79 腕輪
放り出すようにアテナ達を帰した後、クレーヌがふ~と煙草をふかしながら聞いてくる。
「いいのかい? 自分が殺したなんて言っちまったら誤解されるさね。それにあんな冷たく帰しちまって、きっとあの子達も今頃怒っているんじゃないかい」
「俺の弱さがアイシアを殺したんだ……誤解も何もねぇよ。冷たく帰したことは悪ぃとは思ってる。けど言えねぇだろ、あの事についても、アイシアの事もな」
「そりゃそうだ……わざわざ言う必要はないさね。どれ、久しぶりに会った記念に酒でも出そうかね。つい最近上物を手に入れたんだよ」
気を利かして話題を変えてくれたクレーヌに、俺は首を横に振った。
酒を飲みたいのは山々なんだが、今はそんな気分じゃねぇんだよな。
「それはまた今度頼むわ。それより、お前に頼みたいことがあるんだ」
「あら、つれないさね。それで? 頼みたいことって何だい? 抱かしてくれって言うなら優しく慰めてあげるよ」
「もうガキじゃねーんだから一々からかってくんじゃね~よ」
開いている胸元をさらに広げて誘ってくるクレーヌに、俺は半眼を向けながら突っ込んだ。
懐かしいな……昔一緒に冒険していた時は毎日のようにこうやって下ネタでからかってきたっけ。俺もガキだったから顔を赤くして大袈裟に反応しちまって、それを見てクレーヌは面白がっていたんだよな。
「あ~やだやだ、あの頃のダルはどこにいっちまったんだい。若くて可愛くて、ギラギラと夢を語っていた魅力的な若者が、今じゃ外見も中身もこんなおっさん臭くなっちまって。ワタシは悲しいよ、時の流れは残酷さね」
「うるせ~、余計なお世話だっての。エルフのお前が変わらないだけで、他の奴は変わるもんなんだよ」
「それはそれで残酷なんだよ。老いていく人間を側で見ているのってね」
ふ~っと、遠くを見ながら一服するクレーヌ。
そうだな……エルフである彼女は、人間や他の種族よりも長く生きられる。それはつまり、その分だけ別れも多いってことだ。ずっと側にいた者が老けていき、自分より先に旅立つ人達をどれだけ見送ってきたことだろうか。
俺と会う前から、クレーヌはずっと別れと出会いを繰り返してきたんだ。確かに、これほど残酷なことはないだろう。
「それにしたってアンタはちょっと老けすぎじゃないかい? イザークはまだまだ若いのにさ」
「うるせぇ、俺だって髪整えたり髭とか剃ればまだまだ若ぇよ」
「い~や、関係ないさね。外見だけじゃなくて、アンタはもう目と顔が死んじまっているんだよ。夢も理想もない奴ってのは、ある奴と比べたら老けて見えるもんさ。
“生き生きしている”って言葉があるだろう? 野心のある奴は歳食っても若く見えるけど、それが無い奴ってのは若くても老けて見えるもんさね。アンタはまさにそれだよ」
「ぐぬぬ……」
全部当たってるから何も言い返せねぇ……。確かに今の俺は、夢や希望なんて何一つ持ってない。いつ死んだっていいというか、妥協して生きている。
簡単に言えば“終わっている人間”だ。そりゃ王都一番の冒険者にまで上り詰めたイザークと比べたら老けて見えてもおかしくねぇだろうな。
「でも、アンタの顔を見れて少し安心したよ。あれから一度も会っていなかったし、どっかでくたばっちまったんじゃないかって心配だったんだよ」
「アイシアに自分の分まで生きてくれって言われちまったからな。それが無かったらとっくにくたばってたと思うぜ……」
「そうだったのかい……言葉は呪いにもなるし、希望にもなるさね。アンタにとっては希望だったってことだ。アイシアの言葉がアンタをこの世に繋ぎ止めているんだね」
「そうだな……」
あいつの言葉が無かったら、俺は多分死んでいただろう。自分からあいつのもとに行こうと考えたことも何度もあった。だけど、アイシアから生きろと言われたから、俺はまだ生にしがみついていられるんだ。
「やれやれ、しみっぽくなっちまったね。それで、頼みってなんだい?」
「ああ、お前に会いに来た目的はこれだよ」
そう言って、俺は両腕に着けてある腕輪をクレーヌに見せる。
「お前に腕輪の調整をしてもらいたかったんだ」
「なんだい、ワタシの顔を見に来たんじゃなかったのかい。調整っていったって、まだそんなに経っていないだろう? もう駄目になっちまったのかい?」
「いや、調子が悪くなった訳じゃないんだが、ここ最近で二回外しちまったからな。念の為見てもらおうと思ったんだ」
俺の中に眠る膨大な魔力を抑えるためにこの腕輪を作ったのは、何を隠そうクレーヌである。
こいつは魔術師としても超凄いが、魔道具を造るのにも長けているんだ。本人はただ暇潰しの趣味でやっているし、殆どはガラクタばっかりなんだが、中には優れた機能の魔道具も開発している。
この腕輪とか、さっき店内にいた精巧なマギアゴーレムのようにな。
俺自身の力では溢れ出る魔力を抑えきれず、自分の身や周囲にまで被害を及ぼしてしまうから、クレーヌに魔力を抑える為の魔道具を造ってもらった。それがこの腕輪って訳だ。
この腕輪がなかったら、俺はとっくのとうに死んでいる。
「直近で二回外したってことは、二回とも強敵と戦ったってことかい?」
「まぁな。一度目はダンジョンで魔神と、二度目は迷宮教団とかいう滅茶苦茶強い女と戦った時に外した」
「あらまぁ、それは災難だったね。魔神はちゃんと殺したのかい?」
「ああ、殺したよ。女の方には逃げられちまったがな」
「力を解放したアンタと戦ってよく生き延びたもんだ。まぁいいさね、貸してみな。見てあげるよ」
「ああ、頼む」
俺は両腕に着けてある腕輪をカチャリと外す。その瞬間、体内に眠る膨大な魔力が暴れるように噴き出した。
くっ……! やっぱ自力で抑えるのは辛ぇな。
「相変わらずエゲつない魔力量だね。長く生きたエルフのワタシよりも多いんだから参っちまうよ。こりゃ結界を張らないと周りに被害が出るさね」
俺から溢れ出る膨大な魔力を間近で感じるクレーヌは呆れるようにため息を吐いた後、パチンッと指を鳴らす。
恐らく、魔力が外に漏れないように店の周りに結界を張ったんだろう。鍛えられた冒険者や魔術師なら耐えられるが、一般人がこの魔力に当たってしまうとぶっ倒れたりしちまうからな。マジで有難いぜ。
「どれ、貸してみな」
「頼む」
持っている腕輪をクレーヌに渡すと、彼女はじろじろと腕輪を観察して「う~ん」と唸りながら目を細める。
「確かにちょいとガタがきてるね~」
「駄目そうか?」
「全然。これぐらいならちょちょいと直せるさ。少しの間そのまま我慢してな」
ふぅ~良かった、壊れている訳じゃないみたいだな。腕輪が無いとろくに外を出歩けないから、直せるって聞いて安心したぜ。
クレーヌは腕輪に液体を塗ったりと修復しながら、こう言ってくる。
「この腕輪はアイシアが持っていたマジックアイテムと髪を素材にして造ったんだからね。言わばアイシアの形見ってやつさね。グズグズ泣いていたアンタに気を遣ってやったワタシにちゃんと感謝しなよ」
「勿論感謝してるさ。この腕輪があるから、俺はあいつの事をいつまでも忘れずにいられるんだからな」
アイシアが死んで悲しむ中、自分の中で暴れ狂う膨大な魔力にも苦しめられていた俺は、痛みと悲しみで頭がぐちゃぐちゃになっていた。
クレーヌがこの腕輪を造ってくれて魔力の方は解決したが、やはりアイシアを失った悲しみはデカく毎日のように泣いていた。
そんな時、クレーヌがこの腕輪はアイシアが持っていたマジックアイテムのペンダントと彼女自身の髪を素材に作ったのだと教えてくれて、だから元気出せと、いつまでもめそめそするなと言ってくれたんだ。
アイシアの腕輪があるからこそ、俺はあいつと共に生きていると実感できる。
腕輪だけじゃない。俺の中には“アイシアの魂” も宿っているんだ。
「それにしても驚いたよ」
「何が?」
「久しぶりに顔を見せに来たと思ったら、若い子を連れて来るじゃないか。それも皆可愛い女の子ときた。アイシアをきっぱり忘れてハーレムでも囲っているんじゃないかと目を疑ったさね」
「ばっ! 違ぇ~よ、あいつらはそんなんじゃねぇって。しつこくパーティーに入って欲しいって誘われたから仕方なく入ってやったんだ。そしたら色々あって男が俺一人になっちまったんだよ」
「ふ~ん、強く否定するのがまた怪しいねぇ」
「お前なぁ……」
にやつきながらジト目で俺を見てくるクレーヌ。
このババア、一々俺をからかわなきゃ気がすまんのか。マジで昔っから苦手なんだよな……こいつに口で勝てる気がしねぇし。
「まぁ別に、それならそれでいいんだよ。アイシアだって、いつまでも居ない自分に未練を抱き続けるより新しい女を作って欲しいと思ってるさ」
「ど~だかな。ああ見えてアイシアってヤキモチ焼くんだぜ」
「確かにそうだったね……。思い出したよ、昔のアンタは周りの女にキャーキャー言われて結構モテてたけど、それをアイシアはニコニコ笑って見ながら嫉妬のオーラを振り撒いていたさね。流石にあのアイシアにはワタシでもからかえなかったよ」
「そ、そうだったのか……」
初めて聞いたんだが……。まぁアイシアって怒る時はいつも笑ってたしな。それがまぁ恐くて恐くて。
「あの子達はどうなんだい? ダルがパーティーに入るってことは、それなりにやれるんだろう?」
アテナ達について聞いてきたクレーヌに、俺は「ああ」と言って、
「竜人族で態度が悪い奴が居ただろ。あいつはフレイって言って、それはまぁ我儘なじゃじゃ馬で、パーティーに加わった時は揉めまくって大変だったぜ」
「ふっ、確かに最初から最後まで態度の悪いガキだったさね」
「だろ? でもよ、ここ最近は態度もマシになった方だし、協力的になったんだぜ。それに俺としてはあれくらいトンがってもいいと思うんだ。上を目指そうって気概は全然悪くねぇし、それがフレイの良いところでもある。
それにあいつは身体能力だけなら一級品だしな。まだまだ荒削りだが、才能だってある。きちんと磨けば化物になると思うぜ」
「そうだね~。今は結構落ちぶれちまったが、昔は最強種と謳われてブイブイ言わせていた竜人族だからね。元が良いのはわかるよ」
昔って……どれくらい昔のことなんだ?
クレーヌに年齢関係のこと聞くと機嫌悪くするからおいそれと聞けないんだよな。
「小っさいエルフはミリアリアっていってな、他の二人と比べて全然向上心がねぇし、口を開けば疲れたとか面倒臭いとか文句ばっかなんだ。でもあいつは今まで会ってきた魔術師の中でも群を抜いて才能がある。マジもんの天才だよ。いずれはお前にだって届くと思うぜ」
「へぇ~、ダルがそう言うくらいなんだから凄いんだろうね。確かに、ガキんちょにしては魔力は多かったよ」
「だろ? ミリアリアはまだまだこれからなんだ。それによ、お前に教えてもらった『同調』も一発でできちまったんだ。あん時はマジで驚いたぜ」
「ほう、『同調』をできたのかい。そりゃ将来が楽しみだね。同胞として頑張ってもらいたいよ」
同じエルフのミリアリアが才能あると知って喜ぶクレーヌに、俺は最後の一人について話す。
「金髪の女がアテナっていってな、俺達はスターダストってパーティーなんだが、あいつがリーダーなんだよ。あいつには凄ぇ~才能があるんだ。伸びしろしかねぇし、限界だって想像できねぇ。きっと、俺の想像を遥か超えて強くなるだろうぜ。ここ最近はリーダーとしての貫禄も出てきたしな」
「あの綺麗な子だろ? 確かにあの子は大物になると思うさね。それでいて純粋無垢で、まるで昔のアンタみたいに力強い目をしていたよ」
「はっ、よせよ。まぁ似ているところはあるかもな。面白いことにアテナは世界一の冒険者を目指してんだ。どっかの誰かさんがとうに諦めた夢を抱いているんだよ」
「ふっ……なんだい、結構楽しそうにやっているじゃないかい」
「そうか? まぁ、あいつらの成長を間近で見られたのは楽しかったな」
「アンタ、あの子達から離れるつもりだろ」
「……」
「類まれな才能があって、これからが大事な時に“終わっている自分なんか”が一緒に居てはあの子達にとって良くない。成長の妨げになってしまう前に身を引くとするか。どうせそんなことを考えているんだろう?」
急に振られたクレーヌの問いに、俺は沈黙してしまう。
お前には全部お見通しって訳か。そんなんじゃねーと言っても無駄だろうな。
口を閉じたまま黙っている俺に、クレーヌは深いため息を吐いてこう告げてくる。
「ダルがどうしようと構わないさ。自分がしたいようにすればいいさね。ただ、共に冒険した仲間のワタシからこれだけは言わせてもらうよ」
「……」
「長く生きてきたワタシが今まで出会ってきた奴等の中でも、アンタほど才能ある奴は居なかったよ。ワタシがダルに誘われて仲間になったのも、アンタの才能に、世界一の冒険者になるという大それた夢を掲げるアンタに惚れたからなんだからね。それだけは忘れるんじゃないよ」
「……買い被り過ぎだっての」
俺にはクレーヌが褒めてくれるほどの才能なんてねぇよ。
ただ、今まで必死扱いてガムシャラに生きてきただけなんだ。
「そうかもねぇ。結局才能を腐らせてこんなおっさんみたいになっちまってるし」
「おい」
「才能があったって生かせず死んだ者なんて五万といるからね。アンタもその中の一人だったって訳さね。ほれ、出来たよ」
そう言って、調整を終えた腕輪を渡してくる。腕輪を両腕に装着すると、体内で暴れる魔力が収まった。しかも以前よりも身体の調子が良い。やっぱりクレーヌは凄ぇなと感心する。
「サンキュー、助かったぜ。もう少し話して~ところだが、そろそろ行くわ」
そう言って立ち上がり、踵を返そうとした俺にクレーヌが問いかけてくる。
「ダル、イザークとは会ったかい?」
「ん? ああ、ギルドで会ったぜ。なんか凄いことになってたな。ワールドワンを王都一番のパーティーにまで名を上げて、自分はプラチナランクになってやがった。やっぱあいつは凄ぇよな。俺なんかとは違ってよ」
「そうだね……イザークもあれから頑張っていたさね。ただ……」
「ただ、なんだよ?」
「イザークを止めるなら、ダルしかいないだろうね」
「あん? 何を訳のわからねぇこと言ってんだよ」
話の趣旨がわからず怪訝気味に尋ねると、クレーヌは「いや……」と濁して、
「なんでもないよ。次は酒でも飲もうさね」
「そうだな。調整ありがとな、クレーヌ」
クレーヌに挨拶をして、俺は店を後にする。
この時クレーヌが言っていた不可解な言葉の意味を、俺は後に知ることになったんだ。
それも、最悪な形でな。