78 アテナ3(後編)
ギルドから宿に帰ってきて、私達は一斉にダルに問い詰めた。
イザークとの関係や、ワールドワンの事が凄く気になっていたから。それにいい機会なので、私もダルの過去について少しでも知りたかったんだ。
こんな時でもないと、こういった話は気まずくて自分から聞けないからな。気軽に聞いていいかどうかも分からないし。
三人で問い詰めると、観念したのかダルは話してやるよと面倒臭そうに言った。
喜びも束の間、話すのは誰かと会ってからだそうだ。どうやらその誰かとは、かつての仲間の一人らしい。まだ王都に居るかは分からないが、尋ねてみるそうだ。
ダルの仲間か……いったいどんな人なのだろうか?
「ここに、ダルの仲間がいるのか?」
ダルに連れられて、私達は王都の外れにある古びた魔道具店を訪れた
とても店を開けているようには見えず、というより人が住んでいるかも怪しいぐらい酷い外観だった。
だ、大丈夫なのか……? 本当にここにダルの仲間がいるのだろうか?
心配していると、ダルが扉を開けて店の中に入る。私達も続くように入ると、中の様子に顔を顰めた。
なんだこれは……凄く部屋が汚いじゃないか。足の踏み場もろくに無いほど魔道具やアイテムなどの売り物が散乱しているし、埃も舞っている。部屋の中は汚らしく、店を開けているようには見えない。
人なんて居ないのではないか? と疑問を抱いていたら、不意に声をかけられた。
「いらっしゃいませ。クレーヌ魔道具店へようこそ」
「「うわぁ!?」」
機械染みた声色に、全員が叫び声を上げた。
恐る恐る声が聞こえた方に視線を向けると、カウンターに一人の女性が背筋を伸ばして立っている。
び、びっくりした……最初からそこに居たのだろうか? 全く気配を感じなかったぞ。薄暗い部屋も相まって、かなり恐い雰囲気をその身から醸し出している。
「あの……あなたは店員なのですか?」
エプロンドレスを身に纏っている綺麗な女性に問いかけると、女性は「はい」と短く答えて、
「ワタシは自立型魔道人形のサレンです」
マギアゴーレム? なんだそれは、初めて耳にする言葉だな。
ゴーレムということは、もしかして彼女は人間ではないのだろうか。気になった私は、興味本位で女性に再度尋ねる。
「マギア……ゴーレム? ゴーレムという事は、貴女は人間ではないのですか?」
「はい。ワタシはクレーヌ様に作っていただいたゴーレムです」
やはり人間ではなかったようだ。
それにしても凄いな……と感心してしまう。表情はあまり無いが、しっかりと受け応え出来ているし、声色は若干カタコト染みているが気にならない程流暢に喋れている。人間と全く見分けがつかない。なんて精巧につくられているんだ。
そもそも、人形に自意識があるのが驚きだ。そんなこと可能なのだろうか?
まぁ目の前に居るのだから、現実に可能ではあるのだろうけど。
私達が呆然としている中、ダルがサレンに主の所在を尋ねる。すると彼女は、私室で寝ていているから起こしてくると言った。
それを断り、ダルが自分で起こしに行くと提案する。エレンに部屋へ通されると、ダルがノックをしてからドアを開ける。
部屋の中に入るダルに続き、私達も中に入るが……。
(うわぁ……随分と汚いな)
部屋の中は服や小物塗れで、店内と同じように酷い有様だった。しかも薬の臭いが漂っているし、空気も濁っている。
よくこんな所に住めるな……とドン引きしていると、ダルが大きなベッドに毛布をくるまって寝ている女性を起こした。
「お~いクレーヌ~、起きろ~」
「も~何よ~五月蠅いわねぇ。こっちは徹夜で作業して眠いんだから静かにしてちょうだい。ふぁ~あ」
(な、なんで何も着ていないんだ!?)
もぞもぞと毛布から出てきた女性は、身体を伸ばしながら欠伸をする。
そんな彼女は一糸纏わぬ姿で、人がいるというのに全く気にした様子がない。
(それにしても綺麗な女性だな……)
瞼を擦っている女性を観察する。
きめ細かい薄紫の長髪。長い睫毛に、潤った唇に、白い肌。人形と見間違うほど端正な顔。染み一つない身体は女の私から見ても凄いプロポーションで、まるで女神が現世に降臨したような女性だった。
そんな彼女の耳はミリアリアのようにピンと横に長く伸びている。
という事は、彼女はエルフなのだろうか。
彼女――クレーヌに見惚れている間に、ダルと彼女が久しぶりの会話を交わしている。
気の利いた仲というか、親し気な感じで、そこには二人が培ってきた年月を感じられる。
なんだろう……疎外感というか、少し嫉妬してしまうな。ダルの昔を知っている彼女を羨ましく思ってしまう。
ダルが私達を紹介してくれて、クレーヌに挨拶する。彼女はそれぞれ私達を眺めた後、微笑ましそうにダルをからかった。そのやり取りから、なんとなくクレーヌの方がお姉さんっぽく感じられる。
エルフだから歳は外見通りではないのだろうけど、いったい何歳くらい上なのだろうか。
気になっていると、クレーヌがひょいと指を振った。
その瞬間、部屋にある物が一人でに動き、あっという間に綺麗になっていく。
な、なんだこれは!? 彼女はいったい何をしたんだ!?
驚いているのは私だけではなく、魔術師であるミリアリアも吃驚していた。
呪文を発動しないでこんな事ができるのか。この人はいったいどれほど凄い魔術師なのだろうか?
驚いている間に、部屋の真ん中にテーブルと人数分の椅子が並べられる。「座んなよ」と言われたので各自椅子に座ったら、目の前にカップと急須がふよふよと一人でに浮いてきて、温かい紅茶を淹れている。
なんかこう、魔術師というより魔法使いみたいな人だな。というより魔女か。
魔術師が着ている露出が高い服に着替えたクレーヌを見ると、魔女という言葉が脳裏にチラついた。
(この人も以前見たことがある……確かあれは、イザークと同じ時か?)
服に着替えたクレーヌを見た私は、イザークと会った時のように既視感を抱いた。
私は一度、小さい頃に会った覚えがある。恐らく、村を助けてくれた時の冒険者の中にいたと思う。あの時より姿が全く変わっていないから、イザークよりも鮮明に思い出せた。
(ということはやはり……あの青年はダルだったのか)
隣に座っているダルを盗み見る。
私を、私の村を襲ったモンスターから救ってくれた冒険者。
かっこよくて、ギラギラしていて、世界一の冒険者になると宣言していた青年。魔神と戦った時のダルの後ろ姿を目にした時に、ダルがあの時の青年ではないかと思っていた。
本人にも確かめていなし、そうであってくれれば嬉しいぐらいに思っていた。
だが、イザークとクレーヌと会って確信した。間違いない、私を救ってくれたあの青年は、やはりダルだったんだ。
(ダル……ありがとう。私を救ってくれて)
彼はあの時のことを覚えているだろうか。
宿に帰ったら聞いてみよう。覚えていると嬉しいな。でも覚えていなくても別にいいんだ。ただ、あの時助けてくれてありがとうと感謝を言いたい。
貴方のようになりたくて、貴方を目指して私も冒険者になったんだと伝えたい。
ダルが青年だと確信して内心で喜んでいると、クレーヌはパイプの煙草を一服して口を開いた。
「それで、何から話そうかね。というより、何が聞きたいさね」
「あの、ダルが王都で一番のパーティー、ワールドワンを作ったというの本当でしょうか?」
それから私達は、クレーヌにダルとワールドワンについて色々聞いた。
ワールドワンを作ったのはダルということ。しかし、ダルがいた頃はまだシルバーランクで、ゴールドランクにまで上げてその名を王都に轟かせたのはイザークであること。
三年前に、ある事件によってワールドワンは一度解散してしまう。一人残ったイザークがワールドワンを引き継いだらしい。
ミリアリアが事件について聞いたが、それはダルに聞けと言われてしまう。皆がダルの方に視線を向けたが、彼は口を閉じたままで話す気はないようだった。
変な空気になったので、話を変えようと私はクレーヌに気になっていたことを聞く。
「ワールドワンは、ダルとクレーヌさんとイザークさんの三人だったんでしょうか?」
私の記憶では、もう一人居た気がするんだ。
ダルと、イザークと、クレーヌと、もう一人冒険者がいた覚えがある。私の問いに、クレーヌは淡い笑みを浮かべながら答えた。
「いんや、もう一人いたさね。アイシアという、笑顔が花のように可愛い女の子がね」
「(アイシア……確かメイメイが言っていた人の名前だな)あの、その人はどうされたんですか? パーティーを離れたんですか?」
「ああ、アイシアならもう居ないさね」
「えっ?」
もう居ない? それはいったいどういうことだろうか?
王都に居ないということだろうか? 疑問を抱いていると、隣にいるダルが代わり答えた。
「アイシアは俺が殺した」
「「――っ!?」」
彼の発言に、ぴしゃりと空気が凍り付く。
はっ……? アイシアを殺した? ダルが?
彼が何を言っているのか理解できない。いったいどういうことなんだ?
衝撃の事実に誰もが驚き口を開けないでいると、ため息を吐いたダルが先に帰れと私達に言ってくる。
フレイが訳を話せと怒鳴ったが、私が止めた。
私だって聞きたいさ。仲間を殺したというのは、いったいどういうことなのか。
しかし、苦しそうな顔を浮かべているダルを見ていると、これ以上聞くのは酷だと思った。彼のこんな顔、今までに一度だって見たことない。
きっと、何か事情があるのだろう。
また帰った時にでも聞いてみればいい。
私は激怒しているフレイとミリアリアを連れて、宿に戻った。
◇◆◇
「あ~クソ、苛つくな」
「ちょっとフレイ、貧乏ゆすりやめてくれる。ウザったいんだけど」
「あん!? うるせぇ、こっちは苛ついてんだよ。気になるならテメエがどっか行けや」
「何でアタシが。アンタが出ていけばいいじゃん、ここはアテナの部屋なんだからさ」
「いい加減にしろ!」
「「……」」
いつまでも言い合っている二人に怒鳴ると、二人は肩を跳ねさせる。
くそ……私まで二人にあたってどうするんだ。リーダーの癖になんて情けないんだ。しっかりしろ。
驚いた眼差しでこちらを見てくる二人に、私はため息を吐きながら心を落ち着かせて口を開く。
「ダルが帰ってきたらもう一度聞いてみよう。それでいいじゃないか」
「それでいいって……おいアテナ、テメェはなんとも思わないのかよ!? あの野郎はオレ達に隠し事してやがったんだぞ」
「なんとも思わない訳ないじゃないか。私だって困惑しているんだ。だが人には誰だって隠していることの一つや二つやあるだろう? 仲間なら全部包み隠さず話さなければならないのか?」
「はっ、オレは隠すようなことなんて一つもないぜ」
けっと悪態を吐くフレイ。お前はそうだろうな、隠し事するような人間でないのは分かるよ。
だが、誰もがフレイのように純粋ではないんだ。人には明かしたくない過去や秘密だってあるだろう。
「別に隠し事があったっていいんだけどさ、さっきの話が本当ならダルは人殺しじゃん。アタシ達は犯罪者と行動していたってことでしょ? それを隠していたなら許せないでしょ」
「それにも何か事情があるのだろう」
「事情って?」
「そうだな……例えば殺したくなくとも、殺さなくてはならない場面だったとか。モンスターに操られて仕方なく殺したとか、逆にアイシアという女性がダルを庇って死んでしまったとかな。それなら、ダルが殺してしまったと言えなくもない」
「むむ……」
様々なパターンを出すと、ミリアリアは考えるように唸った。
そうだ……ダルがああ言っただけで、直接的に殺した訳ではないかもしれない。何か事情があるんだろう。
「テメエはやけにあいつの肩を持つんだな。何でそんな信じられるんだよ、アテナだってダルとパーティーを組んだのはここ最近なんだろ?」
「信じる……か。そうだな、確かに私はダルのことを何も知らない。パーティーだって組んでまだ一年にも満たない。だけど私は、これまでダルと一緒に居てあいつが信じられる人間だと思っている。
それに何より……アイシアという人の話をする時、ダルは凄く辛そうに見えた。あんな顔、今までに一度だって見たことがなかったよ」
「「……」」
私の話を聞いたフレイとミリアリアは無言になる。
本当のところは二人も分かっているんだろう。ダルが人を殺すような人間ではないことが。
だけど、隠し事をされて裏切られた気持ちに陥ってしまったんだ。
(ダルは話してくれるだろうか……)
私達は部屋から出ることもなく、ただ静かにダルの帰りを待っていたのだった。
あけましておめでとうございます。
今年も【追放する側の物語】をよろしくお願いいたします。
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どうぞよろしくお願いいたします!!