77 アテナ3(前編)
「クソったれが! ダルの野郎、あそこまで話しておいて急に帰れってなんなんだよ!」
「本当それ。納得できない」
「物に当たるなフレイ。怒りたくなる気持ちも分かるが、少し落ち着け」
部屋の椅子を蹴っ飛ばし、荒ぶるフレイに注意する。
彼女が苛立つ気持ちも分からなくないが、もし壊してしまったら弁償しなくてはならない。普通の宿ならまだしも、高級宿の備品はきっと恐ろしく高いだろう。だから物に当たるのはやめてくれ。
怒っているのはフレイだけではなく、ミリアリアもベッドの上で機嫌悪そうにしている。
珍しく本気で怒っているようだ。
二人が怒るのも無理はない。
さっき聞いた話は、それほど衝撃的なものだったからだ。
(はぁ……ダルの過去を聞けると楽しみにしていたら、藪蛇をつついたみたいになってしまったな)
思ってもみなかった展開に、私は心の中で深いため息を吐いた。
◇◆◇
私はアテナ、冒険者だ。
目の前で貧乏揺すりをしているのが竜人族のフレイで、ベッドに寝転がっているのがエルフのミリアリア。
そしてもう一人、ダルという男を合わせた四人がスターダストのメンバーである。
私達スターダストは、長い旅を経て王都バロンタークにようやく辿り着いた。
余りにも大きな都市で、入国した際ははしゃいでしまったな。初日は軽く王都を観光したり、暫く泊まる宿を確保したりしていた。
王都の街並みは美しく、クロリスとは比べ物にならないほど綺麗で胸が躍ってしまう。だがその変わり、品物や飲食代に宿代などの支払いが普通の値段より数倍もかかって仰天したよ。
王都では何をするにもこんなに高いのか、とな。
四人分の食費をダルに奢らせたのは少し気の毒だったな。まぁ、その分凄く美味しかったし、珍しい料理も食べられて楽しかったが。
王都での一日は、観光を満喫して終了した。
そして二日目、私達は久しぶりに迷宮を訪れていた。
久しぶりの迷宮で少し緊張したが、モンスターに後れを取ることはない。
以前よりもモンスターを倒すのが嘘のように楽だったんだ。それだけ、私達がレベルアップしたということなのだろう。
ダルに教えて貰った受け流しで防御の手段が増え、弱点だった攻撃力も感情を爆発させる『情動』によって克服した。
全体的な動きのキレも良くなり、身体が羽根のように軽い。
自分のイメージに身体の挙動速度が合致し、自由自在に動かせた。
それが嬉しくて、楽しくて、ついつい戦闘に夢中になってしまう。
レベルアップしたのは私だけではなく、フレイもミリアリアも見違えるように強くなった。
ミリアリアはパッと見て判断し辛いが、状況判断能力や魔術の精度が上がったと思われる。目には見えないところが確実に上がっていた。
基礎体力も増えたのか、すぐに疲れた~と駄々をこねることも少なくなったしな。
三人の中でも一番レベルアップしたのが、フレイだと私は感じている。
魔力操作を磨き、身体強化の練度がかなり上がった。さらに受け流しや、木影流の道場でメイメイと共に修行したことで、技や型などの武術を習得する。
今まで身体能力や秀でた攻撃力だけでゴリ押ししていたフレイが、武術や防御法を取り入れたことで、攻防隙のない格闘家に進化した。
成長したのは身体能力だけではなく、考え方にしてもそうだ。
周りをよく見るようになったし、連携に関しても以前よりも精度が増している。根本的な戦い方が変わったんだ。上手く言い表せないが、戦い方そのものが子供から大人になった、と言うべきか。
性格までは変わらないみたいだがな……。
実力が底上げされた私達は、現れるモンスターを蹴散らしながら順調に攻略を進める。そしてあっという間に迷宮の最奥まで辿り着いてしまった。
この先には迷宮主が待ち構えている。絶好調だった私達はこのまま迷宮主と戦うと決める。ダルはなにか言いたげだったが、私達の意見に賛同してくれた。
いざ迷宮主と戦うことになったんだが、いきなり出鼻を挫かれてしまう。
迷宮主の尻尾の先端部分にある顔、その両目が妖しく光ったと思ったら、突然ミリアリアが苦しむように倒れてしまった。彼女の身体は痺れているように硬直してしまう。
何が起きたんだ!? 攻撃されたのか!?
どうしてミリアリアの身体が硬直してしまったのか分からず困惑していると、ダルが事情を説明してくる。
彼によると、どうやら迷宮主はコカトリスというモンスターで、尻尾の先端にある顔に目を合わせてしまうと身体が硬直してしまうのだそうだ。一種の状態異常だと思われる。
それを聞いてミリアリアをこのままにしておけないと判断した私は、一旦退いてミリアリアを回復させようと提案しただのが、ダルに首を振られてしまう。
どうやらこの状態異常はコカトリスによる魔術の効果によるもので、回復は難しいとのことらしい。しかも放っておけば死んでしまう恐れもある。
どうすればいいんだ!? このままではミリアリアの命が危ない!
慌てふためいていると、ダルが「まぁそう慌てんな」と言ってくる。彼によると、ミリアリアは今すぐ死ぬ訳ではなく、状態異常もコカトリスを倒せば解けるとのこと。
それを聞いて安心した私達は、ダルにミリアリアを守ってもらい、私とフレイの二人でコカトリスと戦うことに決めた。
そして私はフレイと共に迷宮主に挑んだ。
尻尾の顔に目を合わせないように戦うのはかなり厄介で難しかったが、幸いなことにコカトリスの動きはそれほど速くはなく、私とフレイだけでも圧倒できた。
どちらかが尻尾を担当して、互いの位置を確認しながら時には入れ替わり、言葉を交わしつつ連携を取る。攻撃を受けたら即座にカバーに入る。
以前魔神と戦った時のような、意思を分かち合っているような感覚。
まるで私とフレイの思考がシンクロしているような感覚だった。
あと一息で倒せるところまで消耗させたのだが、突然コカトリスが空中に飛翔してしまう。
まさか飛べるとは思っていなかったため、私達は驚いてしまった。
空にいる敵に攻撃を行う方法がなくどう対処すべきか困惑していると、フレイが「どうにかなんねぇのか!?」と怒ってきた。
そんなフレイを見た私は、ふと彼女の翼に目がいく。
そうだ、フレイにだって翼があるじゃないか! それを本人に指摘すると、フレイは忘れていたかのようにポンっと手を叩いた。
おいおい……とジト目を送ったが、そういえばと記憶を遡る。フレイが飛んでいる場面を一度も見たことが無いのだが、果たして彼女は飛べるのだろうか?
そんな心配は杞憂に終わった。フレイは竜の翼を羽ばたかせ、ギュンっと空中に舞ったからだ。彼女は凄まじい速さでコカトリスの上を取ると、コカトリスの脳天に拳を叩きつけた。それだけではなく、竜種だけが使える吐息まで放ってみせたんだ。
打撃とブレスを喰らったコカトリスが地上に落ちてきたところに、私はすかさず『情動』を発動させて剣技を放ち尻尾を両断する。
その後すぐに、上空から飛来してきたフレイが火炎を纏った拳打を打ち込むと、コカトリスは灰となって散っていく。
無事迷宮主を倒した私はフレイと拳を重ねる。落ちていた魔石と素材を拾いダル達のもとに戻ると、魔術が解除されたのかミリアリアは元気そうだった。心配だったので一応本人にも聞いてみると、身体が怠い程度だそうだ。ふぅ……ミリアリアが無事で良かったよ。
それからいがみ合っているフレイとミリアリアの口喧嘩をやめさせ、私達は帰還することにする。
労ってくるダルに、私はお礼を伝えた。
彼がコカトリスの情報を知っていなければ、判断を誤ってしまい危うくミリアリアを死なせてしまうところだった。本当にダルは頼りになる男だよ。
私もパーティーのリーダーとして、もっと精進しなければならないな。
その次の日、私達は迷宮で手に入れた魔石や素材を換金する為にギルドを訪れた。
王都のギルドはクロリスとは違い大きく豪奢で、本当にギルドか? と疑ってしまうほど外観も内観も綺麗だった。すれ違う冒険者も屈強そうな者ばかりで、やはり王都は格が違うなと認識させられる。
王都のギルドに感心しつつ換金を終えた。残念ながらランクは昇格しなかったが、焦らずやっていけばいずれ金級にもなるだろう。お金も多く貰えたしな。
換金も終えたし宿に戻ってから休むかダンジョンに行くか考えようとしたその時、不意に声をかけられる。
「終わったなら退いてくれる? 邪魔なんだけど」
「エスト……」
私達に声をかけたのは、かつてスターダストにいた、私がパーティーから追放したエストだった。
久しぶりに会った彼は以前より大人びていて、成長しているように窺える。それは見た目だけではなく、恐らく実力の方も成長しているだろう。
だが、なんで王都にエストがいるのだろうか?
彼も王都のダンジョンに挑戦しに来たのだろうか?
ふとそんな疑問を抱いていたら、エストの新しいパーティーメンバーとフレイが言い争いに発展してしまう。ミリアリアまで囃し立てる始末で、このままではいつ手が出てもおかしくない雰囲気になってしまったので止めようとした瞬間、突然ギルドが大きな歓声に包まれた。
「なんだ……?」
歓声に釣られ、言い争いも止まり全員がそちらの方に視線を向ける。
歓声の中心にいるのは、二人の男女だった。二人とも容姿がとても整っており、全身から只者ではないオーラを放っている。多くの冒険者が二人に集まり話を聞こうとして、優雅に受け応えしていた。
凄いな……王都の冒険者が尊敬する人物か。いったいどんな人なのだろうか。
そう思っているのは私だけではなく、フレイとミリアリアがダルに質問する。ダルの話に、近くにいた冒険者が得意気に話してきた。
それによると、彼等はワールドワンという王都一番の冒険者パーティーで、リーダーであるイザークという名の男性はプラチナランクの冒険者だそうだ。
「「プ、プラチナ!?」」
それを聞いて、この場にいる誰もが驚いてしまう。
プラチナランクは冒険者の頂点だ。誰もがその頂を目指し、日々迷宮に挑んでいる。私だってその一人だ。いつかはプラチナランクになり、世界一の冒険者になりたいと思っている。
しかし……その頂点がまさか目の前に現れるなんて……。
驚いていると、イザークが眼帯の女性を連れてこちらにやって来た。びくびくしていると、彼はエストに換金を使わせて欲しいと頼んでくる。緊張した様子のエストが場所を譲り、私達もそこから離れる。
イザークが私達の横を通り過ぎようとした瞬間、不意に彼の足が止まった。
その視線は、何故かダルに注がれていた。彼は何かに気付いたように、ダルに声をかける。
「ダル……? ダルじゃないか!?」
「さぁ、そんな名前は知らねぇな」
なんと、ダルとイザークは知り合いらしい。
しかもそれだけではなく、王都一番の冒険者パーティーであるワールドワンを作ったのが、ダルであるとイザーク自身が告げたのだ。
衝撃の事実に、ギルドにいた全員が目を剥いた。
ワールドワンを作ったのがダルだって……? 本当にそうなのか?
困惑していると、ギルドにいた冒険者の中にもダルを知っている者が数人いた。彼等の話を聞く限りどうやら事実らしい。
ダル本人に問いかけようとしたら、イザークが気軽に声をかける。
それはまるで、久しぶりに再会した友と世間話をするような光景だった。この光景が、ダルがイザークとかつての仲間だった証明でもある。
本当にダルが……ワールドワンを作ったのか。そこで私はふと疑問を抱いた。
――何故ダルは、自分で作ったワールドワンから離れたのか、と。
そうこうしている内に、イザークは換金場所に向かってしまう。
彼の横顔を間近で見た私は、なんとなく既視感を抱いていた。
(あの人、どこかで見たことがある……確かあれは……)
私が小さい頃、村がモンスターの群れに襲われた。
村人も応戦したが歯が立たず、もう駄目だと諦めていた時に窮地を救ってくれたのが、たまたま通りかかった冒険者達だった。その冒険者達の中に、イザークに似た顔の男性が居たような気がする。
今よりもまだ若かったが、多分あれはイザークだと思う。
「おいアテナ、行くぞ」
「あ、ああ」
イザークの方を見ていた私をダルが呼んでくる。
仲間のもとに戻ろうとしたら、後ろにいるエストから声をかけられた。
「アテナ、僕はゴールドランクになったぞ。スターライトもだ」
「……」
エストがゴールドランクになったと聞いて、私は純粋に嬉しかった。
私から離れて――いや、私が追い出した後、エストがどうやって強くなったかは分からない。
しかし、上級の迷宮でモンスターに襲われ生死を彷徨った彼が、己の力で強くなり、あの時点で目標にしていたゴールドランクに手が届いたのはとても喜ばしいことだ。
きっと、以前までの私なら嫉妬していたかもしれない。
弱いからと、このままでは私の道についていけないと、死なせたくないと苦渋の決断をして追放した筈のエストが、何故私より先にゴールドランクになっているんだ、と。
追放なんかしなければよかったと、醜くも後悔していたかもしれない。
自分で追放した彼を、私を恨んでいるエストに「戻ってきて欲しい」と愚かにも頭を下げて頼んだかもしれない。
だが、今の私は違う。
歩みは遅いかもしれない。エストの付与魔術《存在》がなくて上手くいかず躓きもした。
けれど、私は必ず世界一の冒険者になる。一歩一歩、階段を強く踏みしめながら。
私の心に、一点の曇りはない。
だからこう告げるのだ。かつて共に世界一を目指した仲間に。
「……そうか、おめでとう。私はまだシルバーランクだ。だが、私もすぐに追いつくよ」
心の底から祝福して、私は踵を返した。
道は違えたが、目指すべき場所は同じだ。ならばいずれどこかで交差するだろう。
エストに負けぬよう頑張らねばと、私はやる気を昂らせた。
【宣伝です】
追放する側の物語 仲間を追放したらパーティーが弱体化したけど、世界一を目指します。
のコミカライズ第1巻が、来年2023年1月6日頃に発売予定です!
よろしくお願いします!
今年の更新はこれで終わりです。
この作品が書籍化、コミカライズ化できたのも、多くの読者様が応援してくれたお陰です!
心より感謝を申し上げます。
来年も【追放する側の物語】を
どうぞよろしくお願いします!
では、よいお年を!