76 クレーヌ(前編)
「ここに、ダルの仲間がいるのか?」
「変わってなければの話だけどな」
俺は三人を連れて、王都の外れにある魔道具店にやってきていた。
目の前にある店は、絢爛な王都の街並みに似合わないほど古臭い外観で、本当に店やってるの? ってぐらいみすぼらしい。
俺が王都から離れる前に、確かここで厄介になるって言っていたんだよな。あいつの気が変わってなければ、まだここにいる筈だ。
「とりあえず入ってみっか」
そう言って、俺は木製の扉をガチャリと開ける。
店内に入ると、ごちゃごちゃとした汚い部屋に全員が顔を顰めた。
「なんだここ、本当に店なのかよ?」
「ごほっつごほ……埃っぽい」
「意外と狭いな」
部屋の中は狭く、魔道具やアイテムらしき物が乱雑に置かれてあった。それに、掃除をしていないのか埃が舞っている。部屋も薄暗くて不気味だしな。
おいおい……こんなんで店開いてんのか?
そんな風に疑っていると、突然誰かに声をかけられた。
「いらっしゃいませ。クレーヌ魔道具店へようこそ」
「「うわぁ!?」」
機械染みた声色につい驚いてしまう。
よく見てみると、カウンターらしき場所に一人の女性が立っていた。いや……こいつ人間なのか?
「ンだよ、いきなり声かけてくるんじゃねーっての」
「フレイ、もしかしてお化けとか恐いの?」
「そ、そんなんじゃねーよ!」
「あの……あなたは店員なのですか?」
アテナが問いかけると、女性は「はい」と短く答えて、
「ワタシは自立型魔道人形のサレンです」
「マギア……ゴーレム? ゴーレムという事は、貴女は人間ではないのですか?」
「はい。ワタシはクレーヌ様に作っていただいたゴーレムです」
「すげ~な、ゴーレムって喋れんのか」
「不思議だ、どういう風に作られているんだろ」
初めて見る魔道人形に感心する三人。
俺もびっくりしたぜ。魔道人形の存在は知っているが、ここまで精巧な物は始めてお目にかかったからな。
メイドが着るようなエプロンドレスを身に纏う女性は、受け応えもしっかりしているし、声音は機械染みてはいるが流暢に喋れている。パッと見、なんら人とかわりね~ぞ。
あいつ、こんな物まで作っちまってたのか。ったく、流石というか、呆れるというか。
「俺達はお前の主様に用があって来たんだが、あいつはいるか?」
「クレーヌ様のお知り合いでしたか。クレーヌ様なら、私室で寝ていらっしゃると思います。起こしてきましょうか?」
「いや、いいよ。俺達が行って叩き起こしてやる。奥に行っていいか?」
「どうぞどうぞ」
サレンに確認を取り、店の奥に通させてもらう。
ったく、ゴーレムに店番やらせて自分は寝てるたぁいいご身分じゃね~か。そういう所は全然変わってね~のな。
まぁ、ここにいる事が分かっただけでもよしとするか。
一応女性の部屋なので、コンコンとノックして声をかけてから部屋に入る。
部屋は店内同様、汚らしい有様だった。そんで目当ての人物は、大きなベッドに寝ていて毛布にくるまっている。
「お~いクレーヌ~、起きろ~」
「も~なにさね~。こっちは徹夜で作業して眠いんだから静かにして欲しいんだよ。ふぁ~あ」
文句を言いながら、もぞもぞと毛布の中から出て起き上がったのは、全裸の美しい女性だった。
絹のようなきめ細かい薄紫の長髪。顔の造形は人形と見間違うぐらい整っており、瞳の色は宝石の如く碧く輝いている。
染み一つない身体は、胸が大きくて腰が細く、尻も大きいナイスバディな体型だ。
それと彼女の耳はピンと横に長く伸びている。この特徴から察せられるが、彼女はミリアリアと同じエルフだった。
そしてこのクレーヌが、俺の元仲間である。
「彼女はエルフなのか」
「ってか、なんで裸なんだよ」
パンツすら着ていないクレーヌに突っ込むフレイに、肩を竦めながら教える。
「ああ、こいつは裸族なんだよ。外に出掛ける以外はほとんど何も着ないんだ」
出会った時からそうだった。俺も最初の頃はガキ臭くあたふたしたし、からかわれて顔を赤くしていたが、一緒にいる内に気にしなくなっちまった。
っていうか、こいつの歳を聞いてから全く気にしなくなったな……。
外見はまだ二十代後半ってぐらいだが、これでも何百歳と生きている婆ぁなんだよね。正確な歳は教えてくれなかったが。
「変わったエルフだな」
「お前が言うかよ……」
同族を見て呟くミリアリアに、フレイが呆れた風に突っ込む。フレイの言う通りだぞミリアリア、お前も十~分変わってるからな。
「っていうか、あんた誰なのよ。ワタシの知り合いにあんたみたいなむさい男はいないさね」
「俺だよクレーヌ、ダルだ」
「ダル~~?」
名前を告げると、クレーヌは目を細めてじ~っと俺を見てくる。
どうやらクレーヌも、一目で俺の事はわからなかったようだな。
「おや、あんた本当にダルだね。外面が変わっていたからわかなかったよ。なんともまぁ会わないうちにおっさん臭くなったね~」
「ほっとけ。お前は相変わらず変わってね~のな」
「そりゃワタシはエルフだからね、ちょっとやそっとじゃ変わらないよ。というか久しぶりじゃないか、何年ぶりだい?」
「三年ぐらいかな」
「あら、まだそんなもんかい。もっと経っていると思っていたよ」
そんなもんって……三年は結構経ってるほうだろ。
人間とエルフの時間の流れは違うからしょうがね~か。
「で、今日はどうしたんだい? ワタシに顔を見せにきたのかい。それとも後ろにいる可愛い子ちゃん達を捕まえて自慢しにきたのかい?」
「バ~カ、そんなんじゃねぇよ。こいつ等はパーティーの仲間だ」
「アテナです。私達はスターダストという冒険者パーティーです」
「フレイだ」
「ミリアリア」
それぞれ簡単に自己紹介すると、クレーヌは「ふ~ん」と意味深にアテナ達を見回し、
「冒険者の仲間ねぇ。もう冒険者は辞めて仲間も作らないって言ってた割りには、女の子に囲まれて楽しそうにしているじゃないか」
「だからそんなんじゃねぇって」
「まっ、いいさね。折角来たんだし、少し話そうか。あ~、座るところがないね。今用意するよ」
そう言うと、クレーヌはひょいと指を振る。その瞬間、部屋にある物が一人でに動き、乱雑だった部屋が綺麗に片付けられていく。
「凄い……」
「これは……魔術? 呪文も無しで物体を動かしてるの? そんな……あり得ない」
俺には見慣れた光景だが、初見の三人は酷く驚いている。特に同じ魔術師のミリアリアは、呪文を詠唱しないで物体を動かしていることに、信じられないと言わんばかりに目を見開いていた。
ミリアリアが驚くのも無理はない。クレーヌは何食わぬ顔でやっているが、彼女がしていることはかなりの高等技術だからだ。仕組みは俺もよくわかってないんだけどな。
すぐに部屋は片付けられ、テーブルと五人分の椅子が並べられた。それに加え、紅茶も用意される。
俺達が椅子に座ると、魔女のような服に着替えたクレーヌはパイプの煙草を一服して口を開いた。
「それで、何から話そうかね。というより、何が聞きたいさね」
「あの、ダルが王都で一番のパーティー、ワールドワンを作ったというの本当でしょうか?」
一番最初に質問したのはアテナだった。彼女の質問に対し、クレーヌはちらりと俺を見て、
「なんだいダル、この子達に言ってなかったのかい?」
「別に、自分から話すほどの話じゃねーからな」
「それもそうか。アテナといったね、確かにワールドワンを作ったのはダルだよ。だけど王都一番というのは語弊があるさね。ダルがいた時のワールドワンはシルバーランク止まりで、その名を王都に轟かせたのはイザーク自身の力なんだよ」
「そう……なんですか?」
クレーヌの返事に、アテナは疑問気な様子だった。
それに関しちゃ俺も驚いたよ。ワールドワンは解散されたと思っていたんだが、まさかイザークが後を引き継ぎ、あれほど有名になっているとは思いも寄らなかった。
イザークがプラチナランクに昇格しているのも全然知らなかったしな。
「よくわかんねぇけどよ、何でパーティーを作ったダルがワールドワンってやらに居ねぇんだよ」
「あら、それも言ってなかったのかい。ワールドワンは三年前に、ある事件によって一度解散したんだよ。ダルもワタシもパーティーから離れたんだが、イザークが一人だけ残って引き継いだようだね」
「なるほどな……パーティーは解散したが、ワールドワン自体は残したって事か」
「ある事件って……なに?」
ミリアリアの問いに、クレーヌは瞼を閉じて、
「それはワタシの口からは言えないさね。知りたきゃダルに聞くんだね」
そう返すと、アテナ達は一斉に俺を見る。
話してほしいと目で訴えかけているが、俺は無言を貫いた。“あの事”をこいつらに話すのは、正直気が引けちまう。出来ることなら話したくはない。
話す気がない俺の態度に諦めたのか、アテナが質問を変えた。
「ワールドワンは、ダルとクレーヌさんとイザークさんの三人だったんでしょうか?」
「いんや、もう一人いたさね。アイシアという、笑顔が花のように可愛い女の子がね」
「(アイシア……確かメイメイが言っていた人の名前だな)あの、その人はどうされたんですか? パーティーを離れたんですか?」
「ああ、アイシアならもう居ないさね」
「えっ?」
「アイシアは俺が殺した」
「「――っ!?」」
俺が発した言葉に、場の空気が凍った。
アテナもフレイもミリアも、嘘だろ? と言いた気な顔を浮かべて俺を見つめる。
これ以上詮索されたくなかった俺は、自分から話を切った。
「聞きたい事は大体聞いただろ。お前等は先に帰ってろ、俺はまだクレーヌに用がある」
「帰れって……気になるような事言っておいて何ほざいてんだテメェ。殺したってどういう事だよ!?」
「やめろフレイ、無理に聞き出すことじゃないだろう」
今にも掴みかかってきそうなフレイをアテナが止める。
彼女は席を立ち上がると、俺にこう言ってきた。
「積もる話もあるだろう。先に戻っているぞ、ダル」
「ああ、悪いな」
「ちっ、わーったよ。勝手にしやがれ」
「なんかよくわかんないけど、アテナを裏切るような真似をしたら許さないから」
フレイとミリアリアは不機嫌そうに言い残し、この場を去った。
アテナは最後に俺を見つめたが、開きかけた口を堪えて二人を追いかけるように出て行く。
(すまねぇな……あいつの話は、できればお前等に言いたくねーんだ)
去って行った扉を見つめながら、俺は胸中で三人に謝罪したのだった。