74 ワールドワン
「おい、これがギルドだってのかよ」
「クロリスとは段違いだな……」
「デカい」
巨大かつ豪華絢爛な建物を見上げて驚嘆するアテナ達。
こいつらが驚くのも仕方ねぇだろう。ギルドっていうより、貴族の屋敷って言われてもおかしくね~外観だからな。
中級の迷宮を踏破した次の日。
俺達は迷宮で手に入れた魔石や素材を換金しようとギルドを訪れていた。王都のギルドはクロリスのボロっちぃ木造建ての外観とは対極に、白亜の石を使った豪奢な外観となっている。
クロリスのギルドが酒場を大きくした建物なら、王都のギルドは貴族の屋敷かっていうぐらい荘厳な雰囲気を醸し出していた。
「そりゃそうだろ。地方都市と王都じゃ格も違うわな。外も立派だが、中だって綺麗だぜ。ほら、突っ立ってないで行くぞ」
呆然としている三人に声をかけて、俺達はギルドの中に入る。
すると、煌びやかな光景が視界に飛び込んできた。
「お、おお……」
「ほ、本当にここがギルドなのか?」
「場違い感がヤバい」
ギルドの内観を目にして、再び驚いてしまうガキンちょ達。
室内はとても広々としていて、受付や換金場所に装具店などの規模も大きい。それに、冒険者の数もクロリスとは段違いだった。
「ここにいる冒険者、どいつもこいつレベル高そうだな」
「そりゃそうだろ。王都の周辺にある迷宮はほぼ上級だ。それに潜るってんだから、必然的に王都にいる冒険者は強者ばかりになるんだよ」
キョロキョロと視線を彷徨わせるフレイに軽く説明する。
王都近辺には、東西南北に四つの迷宮がある。上級の迷宮が三つに、中級の迷宮が一つだ。地方都市のように初級の迷宮なんて一つもない。
難易度の高い迷宮しかないのなら、挑戦する冒険者もまたそれに見合った実力者達だろう。ここにいる冒険者達は、全員が銀級や金級に限られている。
元々王都にいる者もいれば、地方から王都に挑戦しに来る冒険者も多いはずだ。
名を上げるため、さらなる強さを求めるため、冒険を求めるために、色々な場所や地方から数多の冒険者達が中央に集ってくるんだ。
「流石は王都というところか」
「はは、燃えてくるじゃねぇか」
「ふぁ~ぁ」
冒険者達から迸る強烈な圧力を肌で感じ取り、アテナとフレイはやる気を昂らせるように身を震わせる。
ミリアリアは呑気に欠伸を噛み締めているがな。本っ当にお前は大物だよ……。
「さっ、さっさとアイテムを換金しちまおうぜ」
三人を連れて換金場所に向かい、昨日の迷宮で手に入れた魔石や素材を換金する。
コカトリスの魔石は鑑定する事になっているので少々時間が掛かったが、それもようやく終わってギルドスタッフがお金を持ってきた。
「迷宮主の魔石を確認致しました。中級の迷宮の踏破、おめでとうございます。残念ながら個人ランク、パーティーランクはともに昇格しませんでしたが、評価はかなり上がりましたよ。そしてこちらが、換金された報酬です」
「ありがとうございます」
「ちっ、ゴールドランクはまだお預けかよ」
「おほ~、やっと美味い酒が飲みにいけるぜ」
アテナが礼儀正しくお礼を言いながら、金がたんまり入った袋を受け取り、昇格できなかったことに不満そうに舌打ちを鳴らすフレイと、懐が温かくなって喜ぶ俺。
これですっからかんな財布とはおさらばだ。今日の夜にでも王都の酒を堪能させて貰うぜ。
「用は済んだし、一度宿に帰ろうか」
「その後は迷宮に行こうぜ! 身体が滾ってしょうがね~ぜ」
「え~、昨日迷宮を踏破したんだし今日は休もうよ。っていうか、フレイだって昨日のダメージが残ってんじゃないの?」
「はっ、テメェの貧弱な身体と一緒にすんじゃねぇよ」
「暑苦しい……」
「あ~ん?」
迷宮に行くか行かないかと、フレイとミリアリアがメンチを切りながら口論してしまう。
俺的にはミリアリアに賛成なんだよな~。
昨日は一日中迷宮を攻略していたし、迷宮主とも戦ったからな。俺とミリアリアはともかく、アテナとフレイはまだダメージが残っているだろう。
まぁ、ギルドにいる王都の冒険者に触発されて、上の迷宮に挑みたいフレイの気持ちはわからんでもないがな。
「こんな所で恥を晒すような真似はするな。ほら、迷宮に行くかは宿に戻ってから考え――」
「終わったなら退いてくれる? 邪魔なんだけど」
「ああん? うるせぇこっちは今取り込みちゅ――って、テメェは!?」
アテナが仲裁しようと声をかけた瞬間、背後から文句をつけられてしまう。
振り返えるフレイが怒声を上げようとするが、文句を言ってきた人物を見て驚いてしまった。
ほう、こりゃ驚いた。
まさかこんな場所でこいつと出くわすとはな。
「エスト……」
「相変わらずパーティーが上手くいってなさそうだね、アテナ」
その人物とは、元スターダストのメンバーだったエストだった。
黒髪黒目に、中肉中背、幼げな顔つき。長剣を腰に差し、黒いマントを羽織っている。
少し背が伸びたか? いや……そう見えるだけか。前より風格が出ているから大きく見えるんだろう。
以前は可愛らしいガキだったのに、いっちょ前に成長してやがる。
それになんだろうな、最後に会った時は闇落ちした感じでどことなく暗い雰囲気を醸し出していたが、今は憑き物が取れたかのように晴れ晴れとした印象が窺えた。顔つきも前より柔らかい。
何があったかは知らないが、お前も大人になったんだなぁ。
エストはアテナの幼馴染で、以前までスターダストに所属していた。
だが色々あったというか、他者にしか付与魔術を掛けられないエストはこの先の戦いには付いていけないと判断して、スターダストからエストを追放したんだよな。
その後は自分にも付与魔術を掛けられるようになり、一人でも十分戦える力を手に入れたらしいが。
どうしていきなり覚醒したのかはわからねぇ。まぁ、パーティーから追放された怒りかなんかで吹っ切れたんじゃねーのかな。そこらへんはどーでもいいが。
んで、スターダストを追放されたエストは、新たにスターライトというパーティーを作ったそうだ。
俺達と同じようにクロリスで活動していたと思うんだが、なんでエストも王都にいるんだ。王都の迷宮に挑戦しに来たのか?
まさかアテナを追いかけてきたって訳じゃないよな。それだったら流石に引いちゃんだけど。
「エストさん、この人達はお知り合いなんですか?」
「ああ、僕が前にいたパーティーの人達だよ」
エストの側には二人の女の子がいた。
どちらも獣人族だ。確か聞いた話では、獣人国からクロリスに来たって酒飲み仲間が言っていたな。
名前はもう忘れちまったけど、どっちも結構可愛いんだよな。片方はあどけない感じで、片方はクールな感じでよ。羨ましいこったぜ。
エストが俺達のことを仲間に話すと、クールな方がこっちを睨みつけながら口を開いた。
「それって、エストが話していたスターダストってパーティーですよね? じゃあ、この人達がエストを追放したという、薄情者の間抜け共なんですね」
「あっ? おい犬っころ、そりゃどーいう意味だ」
小馬鹿にするような刺々しい言い方にフレイが反応する。額に青筋を立てながら詰め寄ると、クールな女の子も負けじと睨み返してきた。
「だってそうでしょ? 強くて優秀なエストを見捨てて追放するなんて、間抜け以外になにがあるのよ」
「はっ! あの野郎がお前等にどんな事を吹き込んだのか知らね~が、あいつは元々アテナの腰巾着の雑魚だったんだよ。雑魚を追い払って何が悪ぃんだ」
「それは貴方達に見る目がなかっただけの話でしょ? エストの話は本人からも冒険者からも聞いていたけど、パーティーから抜けてすぐに強くなったそうじゃない。それって、貴方達がエストの力を引き出せてなかったってことになるわよね」
「それこそ知ったこっちゃねぇ。他人の力に縋ってる時点で考え方が甘ぇんだよ」
「エストを侮辱する気?」
「あっ、やんのかコラ?」
「いいぞ~やれやれ~」
「フレイ、よさないか」
「フウもそこまでにしなよ。僕の為に怒ってくれるのは嬉しいけど、彼女達の考え方も間違ってないからさ」
喧嘩が勃発しそうな険悪なムードに、アテナとエストが制止をかける。あとミリアリア、どさくさに紛れて囃し立てんなって。
そんな、今にもどっちかが手を出してもおかしくない一触即発の時だった。
「「おおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」」
と、突然冒険者達が沸き立つように歓声を上げる。
なんだなんだと冒険者達と同じように注目すると、どうやらギルドに入ってきた二人の冒険者に注目しているようだった。
「イザークだ! 【皇帝】のイザークだよ!」
「隣にいるのは【空魔】のアスタルテか!」
「ワールドワンが帰ってきたぞ。【深淵】の攻略はどうだったんだ!? 踏破したのか!?」
二人の冒険者に熱い眼差しを送りながら、冒険者達が騒ぎ立てる。いや、冒険者だけではなくギルドの職員も浮足立っていやがった。
へぇ~そんなに有名人なのか。しかも、王都の冒険者が騒ぎ立てるほどの実力者。
どれどれ、どんな奴なんだ?
「――っ!?」
気になった俺は、注目の的である冒険者を見て絶句する。
いや、厳密に言えば“男の方”を見て驚いちまった。
(イザーク……お前だったのか)
二人の冒険者のうち、一人の方には見覚えがあった。
サラサラとした銀髪。見惚れてしまうほどの二枚目な顔つき。背は高く、身体はスマートだが筋肉は引き締まっている。
装具は装着しておらず、ラフな格好だがやけに様になっていて、かつ強者の風格を漂わせていた。
そんな色男の名前はイザーク。
俺はあの男を知っていた。
(んで隣にいるのは……なんだあのエロい女)
イザークの隣にいるのは、両目に眼帯を付けているナイスバディな女性。艶やかな黒髪に、露出度が高いエロティックな黒い服を着ている。
なんだあの服、明らかに誘ってんだろ。気が強い野郎ばっかいるこんなところにそんな服着て来るんじゃねぇよ。ていうか顔を眼帯で隠してるけど、あれでよく歩けるな。見えてんのか?
(あの女、初めて見るんだがどっかで会った気がするんだよなぁ)
恐らく他人の空似だろうが、誰かに似ている気がしなくもない。
誰だったっけかな~。駄目だ、全然思い出せねぇ。
「なんだあいつら、そんなすげ~のか?」
「【深淵】ってなに?」
首を傾げて尋ねてくるミリアリアに、俺が説明してやる。
「【深淵】ってのは、王都近辺にある四つの迷宮の内の一つのことだ。未だかつて誰も踏破したことがない超難関ダンジョンで、冒険者の中では特級ダンジョンとも呼ばれている。そういうやべ~迷宮には、冒険者の二つ名みないに特別な名前が付けられるんだよ」
「へ~、そんな迷宮があるんだ」
「で、あいつらは誰なんだよ」
「おいお前等、ワールドワンを知らねぇのか?」
フレイがしつこく聞いてくると、突然近くにいた冒険者が割り込んでくる。
なんだこいつ、急に出てきたからビックリしたじゃねーか。
「ワールドワンってのは、王都で一番のゴールドランクパーティーのことさ。リーダーのイザークは【皇帝】って二つ名で呼ばれ、世界に数人しか居ない白金ランクなんだぜ」
「「プ、プラチナ!?」」
得意気にベラベラと話し出した冒険者の話に、フレイだけじゃなくアテナやミリアリア、エスト達までもが驚愕する。
まぁ驚くのも無理はねぇだろう。世界に数人しか到達しておらず、全ての冒険者の目標であり、最高峰の頂。魔神と単騎で戦り合えるほどの実力者。
それがプラチナランクの冒険者だ。
(へぇ……イザークがプラチナランクとはな。いつの間にか、そんな遠い所に行っちまったのか)
多くの冒険者から声をかけられ、優雅に応答している知り合いの出世に、俺は感慨深くなり胸中でため息を吐いた。
「皆、話はまた後でね。早い内にアイテムを鑑定してもらいたいからさ」
そんなイザークとアスタルテって女は、冒険者の囲いを抜けながらこちらに向かってくる。
「使わないなら譲ってもらってもいいかい?」
「は、はい」
換金所の前で邪魔になっている俺達にイザークが声をかけてくる。先頭にいたエストが、緊張した感じで道を譲った。エストに習い、俺達もそこから場所を空ける。
イザークが俺達の前を通り過ぎようとしたその時、俺と目が合った。
やっべ。
マズいと思った俺は咄嗟に顔を背けるも、時すでに遅かったようだ。イザークは俺に近付いてくると、じ~っと見つめてきて、
「ダル……? ダルじゃないか!?」
「さぁ、そんな名前は知らねぇな」
「ははは、とぼけるなよ。見た目は随分変わってしまったが、俺がお前の顔を忘れるはずがないだろう。いや~、久しぶりじゃないか。何年ぶりだろうね、暫く合わない内にすっかりおっさんっぽくなったじゃないか」
嬉しそうな笑みを浮かべて気軽に肩を叩いてくるイザーク。
ちっ、流石に誤魔化しきれなかったか。はぁ……かったりぃな。
「おい、誰だあいつ。イザークが仲良さ気に話してるぞ」
「知り合いか? ってことは名のある冒険者だろうが……あんな奴は知らねーぞ」
イザークが名も知らぬ無名の冒険者に声をかけたことで、ギルドが騒々しくなる。皆が怪訝そうな顔で俺のことを見てきた。
ちっ、これだからバレたくなかったってのによ。
ほら、アテナ達も鳩が豆鉄砲を食ったような顔しちまってるぜ。
誰もが気になっているだろう。俺とイザークの関係を。
この場にいる全員を代表して疑問を尋ねたのは、俺達に説明してくれた冒険者だった。
「な、なぁイザークさんよ。アンタとこいつはいったいどんな関係なんだ?」
その質問に、プラチナランク様はにこりと笑って答える。
「どんな関係って、俺とダルは同じパーティーの仲間だったのさ」
「は?」
「え?」
「ふぇ?」
この場にいる全員が驚愕する中、イザークはさらに驚くべきことをぶっこんだ。
「というか、ワールドワンを作ったのはダルなんだよ」