72 コカトリス
「この先から凄まじいプレッシャーを感じるな」
「多分迷宮主」
「へっ、燃えてきたぜ」
(マジで来ちゃったよ)
あれから俺達は、順調にダンジョンを攻略していった。
危な気なところは一つもなく、小休憩もちょこちょこ挟んでいるから疲労も見えない。っていうか、成長した肉体や進化した戦い方にも徐々に慣れて、状態は絶好調と言っていいだろう。
そんであっという間にダンジョンの最奥部まで来てしまった。
この先にはきっと迷宮主が待ち構えていることだろう。離れているのにも関わらず、重厚な圧力がチクチクと肌を突き刺してくるからな。
「久しぶりの迷宮主戦だな。気を引き締めていこう」
「へっ! どんな奴が相手だろうとぶっ殺す」
「さっさと終わらせてさっさと帰ろう」
どうする、戦うか? って聞こうとする前に、リーダーのアテナが方針を決めてしまう。フレイもミリアリアもやる気満々で、とても帰還しようと言える雰囲気ではなかった。
まぁ、ここまで来たら流石に俺も戦わない選択はしねーけどな。
アイテムも全然使ってないから十分残っているし、強くなったこいつらが打ち負かされる可能性は低いだろ。
「んじゃ、ボチボチ行きますか」
やる気が漲っている俺達は、迷宮主がいる奥に足を運んだのだった。
◇◆◇
迷宮主がいる場所は、今まで通ってきた洞穴みたいな通路とは違い、広い空間になっている。
それは迷宮主自体に大型モンスターが多く、狭い場所だと十全に戦えないからだろう。
迷宮主についてはよく分かっていない。
何故迷宮の主という特別なモンスターが生まれるのか。その謎は未だに解明できていなかった。
迷宮主について分かっていることは、まず第一に他のダンジョンモンスターよりも遥かに強いということ。
そして倒すと、迷宮主から大きな魔石を取れるということだ。大きな魔石は純度も高く、果てしない魔力が内包されているらしい。これが結構な高値で売れるんだよな。
魔石以外にも、爪や鱗なんかの部位も取れたりする。
大きな魔石は迷宮主を倒した証でもあり、ギルドに持っていけば評価に繋がる。どんな迷宮主から倒した魔石だってことは、ギルドが勝手に鑑定して分かるらしい。
不思議なのは、迷宮の主を倒したからといっても迷宮が失われる訳ではないことだな。そして時間が経てば、新たな迷宮主が迷宮から生まれ落ちる仕組みになっている。
同じモンスターが生まれるのか、それとも別のモンスターが生まれるのかはその時になってみないと分からない。
迷宮は謎だらけのブラックボックス。
何故迷宮が存在しているのか。何故迷宮からモンスターが生まれているのか。何故迷宮から魔石や鉱石が採れるのか。
迷宮を研究している者達もいるが、今のところ解明されていなかった。色々な考察はされているみたいだがな。
まぁ頭の悪い冒険者からしたら、戦って金をゲットできればそれでいいんだけどよ。
「コケェェエエエエエエエエッ!!」
「あれがこの迷宮の主か」
俺達はついに迷宮主と対峙した。
上も横も広い場所のど真ん中に、ドンッと大型のモンスターが立ちはだかっている。
(なんだあのモンスター、見たことねぇな)
迷宮主は俺が見たことがないモンスターだった。
体長は家一戸分ぐらい。外見は鶏と竜種を無理矢理継ぎ接ぎした感じの違和感のある姿だ。頭の上には赤い鶏冠がある。白い頭や胴体に足などは鶏ベースなんだが、翼や尻尾は竜種に近く鱗もある。
なんだっけかな~。あのモンスター、どっかの書物で見たことある気がするんだが。
確かコカ、コカ……駄目だ思い出せねぇ。
「気持ち悪いモンスターだな。歯応えもなさそーだぜ」
「気を抜くなよフレイ。相手は迷宮主なんだ、どんな能力があるのかもわからないぞ」
「あんな不細工、アタシが一発で殺してやる」
いつになく強気な発言をするミリアリアは、魔力を練り上げる。恐らく上級魔術を放って瞬殺しようと目論んでいるのだろう。
しかし彼女が魔術を放つ前に、迷宮主が動いた。
「コケー!」
「尻尾に顔だと? やべぇ――」
鳴き声を上げる迷宮主は、尻尾をこちらに向けてくる。何か仕掛けてくるのかと警戒したら、尻尾の先に竜種の顔があるのを視界に捉えた。
尻尾の先に竜種の顔があるモンスター。その特徴を知ってやっと思い出した俺は、仲間に危険を知らせようとするのだったが、僅かに遅かった。
尻尾の顔の両目が妖しく輝く。
その瞬間――、
「ぅ……あっ!?」
「ミリアリア!?」
「おい、どうした!?」
ミリアリアは呻き声を上げると、身体が痺れたように硬直して倒れてしまう。
アテナとフレイが慌てて声をかけるが、ミリアリアは苦しそうにしていて、満足に口を開けない様子だった。
その症状で俺は、迷宮主がどんなモンスターなのかを確信する。
「悪い、気付くのが遅かった。あいつは恐らくコカトリスだ」
「コカトリス? ダルは知っているのか?」
「ああ、資料だけで実際に見たことはねぇけどな。ミリアリアが動けなくなっちまったのも、あの尻尾の先にある顔に睨まれたからだ」
「はぁ!? 睨まれただけで喰らっちまうのかよ!?」
「厳密に言うと、目を合わせると駄目らしいぜ。だからお前らも気をつけろ」
「気をつけろって言われてもよ……」
特徴を教えると、どうすりゃいんだよと言わんばかりにフレイが険しい表情を浮かべる。
コカトリスの竜種の尻尾に付いている顔に睨まれ、目を合わせてしまうと身体が痺れたように動けなくなるんだ。
だから戦うとしたら、なるべく目を合わさないようにしなければならない。しかし強力なモンスターと戦う場合、目線に気を付けて戦うのは至難の業だろう。
「どうする? ミリアリアもこの状態だし、一旦退くか?」
パーティーリーダーであるアテナの提案に、俺は「いや……」と首を横に振った。
「この状態異常は魔術によるものだ。放っておいても治る類のものじゃねぇ。それどころか、このまま放っておけば死に至るかもしれねぇ」
「なんだと!?」
ミリアリアの身体をざっと調べてみたが、魔力の流れが異常におかしい。滞っていたり、逆流したりしている。
俺も最初は単なる麻痺を疑ったが、そうではなく魔術によって魔力経路を狂わされていた。
「まぁそう慌てんな、今すぐに死ぬ訳じゃねぇよ。それに恐らく、コカトリスを殺せば魔術も解けるだろうぜ」
「はっ、それなら簡単な話じゃねぇか。要はアイツをぶっ殺せばいいんだろ? さっさと終わらせてやるよ」
「そうだな、私達でコカトリスを倒そう。ダルはミリアリアを守ってやってくれ」
「了解だ」
フレイは獰猛な笑みを浮かべながらガチンと拳を合わせる。アテナの指示に、俺は静かに頷いた。
(力を解放するか? いや……ここはあいつらを信じよう)
力を解放すれば、恐らくコカトリスを瞬殺できるだろう。
だけど俺は、可能ならばあの力を使いたくなかった。ミリアリアも今は動けないだけで、今すぐ危ない状態ではない。俺が魔力の調整をし続けていれば、症状も抑えられるしな。
本当にヤバくなったら力を解放しよう。それまでは、アテナとフレイがやってくれると信じるんだ。
「行くぞフレイ、私達だけであいつを倒す」
「余裕だろ。おいアテナ、ちゃんとオレについてこいよ」
「そっちこそ、私にしっかりついてこい」
「へっ、言うようになったじゃねぇか。そうこなっくちゃな!」
(こいつら……頼もしい限りだよ本当に)
二人っきりでの戦いになってしまったというのに、アテナとフレイは微塵も臆していなかった。
迷宮主が相手だろうが、勝つ自信が漲っている。
その背中を見て、俺はふっと小さく笑みを零したのだった。
誤字脱字のご報告ありがとうございます!
本当に助かってます!
毎回のように誤字脱字をしてしまい、申し訳ありません!




