71 鍛錬の成果
「ゴアアッ!!」
「よっ」
中級モンスターのレッドコングが放つ殴打を、フレイは冷静に受け流す。体勢を崩した好機に、間髪入れず横っ腹にボディーブローを打ち放った。
「オラァ!」
「ゴハッ!?」
重たい拳が腹にめり込み、悶絶するレッドコング。すかさずフレイが追撃を仕掛けようとするが、レッドコングは反撃に出る。
フレイは攻撃を中断し、身体を半身にして紙一重で躱した。
「木影流・柳崩し」
「ゴッ!?」
上手い。レッドコングの腕を掴んで引き寄せたフレイは、足だけではなく竜の尻尾を使って体格差を補い、レッドコングを背後に投げ飛ばした。
背中から地面に叩きつけられたレッドコングは白目を剥き、意識が混濁する。
「ヒートナックル!!」
「ゴアアアアッ!?」
火炎を纏った右拳で、痙攣するレッドコングの頭を打ち抜きトドメを刺した。
「いっちょあがりぃ! 次はどいつだ!?」
(受け流し、冷静な対応、技のコンビネーション、魔力操作。見違えたぜフレイ、クロリスに居た頃よりも格段にレベルアップしてるじゃねぇか)
大きく成長したフレイに感心を抱く。
以前のフレイならば、中級モンスターをこれほど圧倒することは不可能だっただろう。勝てないことはないが、攻撃を受けて手傷を負ってしまっていたと思う。
しかし完璧な受け流しによって、フレイは無傷でレッドコングを倒した。木影流で鍛えた屈強な肉体、何事にも動じない冷静な精神力、身体に覚え込ませた型と技。心技体、全てに於いて進化を遂げている。
それだけじゃない。ずっと続けていた魔力操作の鍛錬のお蔭か、火属性魔術を付与した打撃の威力もかなり上がっている。
身体強化においてもそうだ。全力ではなく力をしっかりとセーブできていた。それにも関わらずあのパワー。
まだまだ粗削りだが、しっかりとした土台は出来ているだろう。
「ゲギャ!」
「ギャギャ!」
「はっ! はぁあああ!!」
アテナは今、二体のガーゴイルと戦っていた。
ガーゴイルってのは、身体が石でできている鳥人間みたいなモンスターだ。知能も高く、石で構成された身体は防御力が高い。生半可な攻撃ではダメージを与えられないだろう。
その上、石の槍や剣といった武器も所持していた。
「「ギャギャー!」」
「ふっ」
二体から同時に放たれる剣撃を、アテナは冷静に見極め回避する。やっぱり、回避能力に関しちゃ一級品だな。以前にも増して磨きが掛かってやがる。
これはあくまで予想でしかないが、身体強化魔術によって動体視力や思考力を強化しているのだと思われた。フレイと違って、元々アテナは身体強化を三段階に分けられるほど魔力操作に長けている。
ならば、もっと深い強化だってできる。動体視力や思考力の強化みたいにな。恐らく、俺から身体強化の可能性を聞いてから、こっそり鍛錬していたんだろうぜ。
本当真面目で、強くなることに貪欲な奴だよ。
だけど、避けているだけでは状況を打破できない。といっても、アテナ自身もそれは分かっているけどな。
「はっ!」
「ギャ!?」
ガーゴイルの振り下ろした剣を、アテナは横から剣を添えて受け流す。完全に流れを掌握されたガーゴイルは、体勢を崩しよろめいた。
「すぅぅ……」
刹那、アテナから強烈な殺気が迸る。
肉体のセーブを取っ払い、殺気を乗せた渾身の一閃を放った。
「緋閃!!」
「ギャアアアア――」
放たれた緋い閃光が、ガーゴイルの身体を真っ二つに斬り裂いた。そのまま続けて、緋い光を纏う剣でもう一体のガーゴイルを斬り伏せる。
「ふぅ……まぁまぁだな」
ガーゴイルを倒したアテナは殺気を解くと、手の甲で額の汗を拭い取った。
(完璧な受け流しに、一時的な『情動』の発動。しかも魔力が伝って剣自体の威力も上げているとはな……やっぱ天才だよお前は)
フレイと同様、アテナは受け流しを鍛錬し、ほぼ完璧といっていいほどマスターした。回避以外の防御が増えたことにより、戦い方のバリエーションも広がっている。
そして唯一の弱点だった攻撃力の少なさも、怒りの感情を爆発させることでリミッターを外す『情動』により克服した。彼女は温厚な性格なので、『情動』に関してはまだまだ完璧には程遠いが、それでもガーゴイルを一撃で屠る威力を出すことは可能になっている。
「「キィー!!」」
「疾風魔術」
頭上から迫る大量のブラッドバットに対し、ミリアリアは風属性魔術を放って迎撃する。自由自在に動く風の刃が、飛び回るブラッドバットを屠っていく。
(あの数を一瞬で……えげつねぇ)
ブラッドバットは小さな蝙蝠で、決して強いモンスターではない。だがこいつはかなり厄介なモンスターだった。
まず一番厄介なのは、兎に角数が多いことだろう。一匹見つけたら十匹は居ると思わなければならない。
それに外見が黒いため、薄暗いダンジョンの中では視界に捉えにくい。いつの間にか血を吸われているっていうのもよくある事だ。そんで血を吸われる時に毒を盛られてしまう。ウザったくて厄介なモンスターがブラッドバットだ。
なので見つけたらなるべく早く駆除しなければならないのだが、すばしっこい上に見つけにくい為殺すのが難しい。
じゃあなんでミリアリアが容易に殺しているかっていうと、魔力探知によりブラッドバットの動きを捕捉しているからだ。それも、『同調』を応用した方法でだ。
ミリアリアはこの小さな空間にだけ『同調』し、魔力を保有する生きとし生けるもの全てを探知魔術によって位置を掌握していた。
俺はてっきり、『同調』ってのは魔力を回復することが主な役目だと思っていたのだが、応用すればこんな芸当もできるらしい。
「ふぅ……疲れた」
やれやれ、いつの間にこんなやべ~ことできるようになってたんだよ。これだから天才は困るんだよな。
ブラッドバットの特性に対しても、冷静な対処をしていられる。これも瞑想の鍛錬や山の中で鬼遊びをした鍛錬の賜物だろう。以前より状況判断も良くなり、集中状態を維持していられる時間がかなり伸びた。
しかも体力もついたしな。
「しっかしまぁ、本当に強くなったよ……」
アテナ、フレイ、ミリアリア。この三人は、俺の想像を超えて強くなった。それが嬉しくもあり、寂しくもある。
なんだか一人だけ、置いてかれている気分を味わってしまうんだ。
別にいいんだが、こうも間近で成長する姿を眺めていると羨ましいんだよな。そう思うのは多分、こいつらに比べて俺は何一つ成長していないからだ。
だから、嬉しい反面寂しい気持ちを抱いてしまっている。
そしてこう思うんだ。
――もうこのパーティーに、俺は必要ないんだろうなってな。
「ふぅ、あらかた倒したか」
「おいダル、テメェ自分だけ戦わないでサボってただろ」
「そ~だそ~だ~ズルいぞ~」
モンスターを全滅させて集まると、フレイとミリアリアが文句を言ってくる。そんな二人に、俺はやれやれとため息を吐いて、
「人聞きの悪いこと言うなよ。お前等が気持ちよ~くモンスターと戦ってた時に、俺はせっせと魔石を拾ってたんだよ。モンスターと戦うのはいいけど、魔石を手に入れないと金にならね~んだからな。どっかの誰かさん達が高ぇ食いもんモリモリ食ったせいで、こっちの懐事情は火の車だしよ」
「ちっ、ならしょーがねーな」
「うんうん、しょーがない」
半眼で睨みながら反論すると、二人は手のひら返して納得する。あっ、一応高いレストランで爆食いして悪いとは思ってるのね。
フレイとミリアリアの反応に苦笑いを浮かべるアテナがこう言ってくる。
「ははは、今は私達だけで充分やれているし、ダルにはサポートに回ってもらおう」
「そうさせてもらうぜ。にしてもお前等絶好調だな。どうだ、久々のダンジョンはよ」
三人に問いかけると、フレイが興奮気味に口を開いた。
「めちゃくちゃ調子が良いぜ! 身体は思うように動くし、攻撃も喰らってね~し、全然疲れてもねー。メイメイと鍛錬した型や、木影流の技も実践で使えているしな。前より強くなったってことをはっきり実感しているぜ。オレは強くなった!!」
「私もだ。以前よりも確実に成長している。身体が軽いし、鍛錬の成果も出ている。もう身体と頭の違和感もない。弱くなる前の頃よりも、強くなっている事がわかる」
「アタシはそんなに変わってないかな」
うん、ちゃんと自分が強くなっているのを自覚しているな。それって結構大事なことなんだぜ。自信にも繋がるしな。
それとミリアリア、お前が一番えげつない伸びしてるぞ。
「今日は肩慣らし程度だと思っていたが、どうする? このまま先を進むか?」
「当たり前だろ~が! こっちはまだまだ戦り足りねぇぜ」
「フレイに賛成だ。私もまだ行けるぞ」
「え~アタシはもう帰りたいかな~」
王都を観光してからの翌日。
俺達スターダストは予定を一日繰り上げ、王都から近くにある中級迷宮に訪れていた。
随分久しぶりのダンジョン攻略だったので、初日は様子見程度にしておこうと思っていたのだが、かなりのハイペースで攻略してしまっている。
もう迷宮の中腹辺りまで来ているだろう。
このまま行ったら最奥部についてしまい迷宮主と戦う可能性もある。
だけど、格段に成長したこいつらなら今日だけで中級迷宮を踏破できるかもしれない。万全を期すなら明日にとっておいた方がいいと思うのだが、やる気は十分あるし、こいつらの気持ちを買って突き進むのも悪くはないだろうな。
一人帰りたいとぐずっているミリアリアはおいておいて。
「んじゃ、行けるとこまで行きますか」
「しゃあ! そうこなくっちゃな!」
「ほら、ミリアリアも頑張ろう」
「アテナがハグしてくれたらやる気出すと思う」
という事で、俺達は行けるところまでこのまま迷宮を攻略していくのだった。