68 幻影
本日【追放する側の物語】の書籍が発売されました!
書き下ろしも多くございますので、よろしくお願い致します!!
「ふぁ~あ、随分眠っちまったな」
仮眠から目覚めた俺は、身体を起こして首をコキコキ鳴らす。
風呂入って寝ただけで、溜まっていた疲労が全て吹っ飛んだ気がするぜ。
眠っていたのは大体一時間ぐらいか。体感的にはもっと寝ていた気がするが、寝坊しなかったからよしとしよう。
さて、そろそろ三人を呼びに行くか。どうせミリアリアは寝ているだろうしな。
俺は出かける準備をした後、部屋から出る。すると同じように部屋から出たアテナと出くわした。
「あ、ダルも起きたか」
「おうアテナ、お前もかって……なんだその服持ってきてたのか」
「あ、ああ……王都でも恥ずかしくない格好にって、一応持ってきていたんだ」
俺が指摘すると、恥ずかしそうに身を捩るアテナ。
彼女が着ているのは、以前買い物した最中に俺が買ってやった洋服だった。水色をベースとした爽やかな色合いの服は、金色の長髪によく似合っている。
こうして見るとマジで別嬪だな。とても冒険者をやっているようには見えねぇわ。
「やっぱ似合ってんな、どこぞの貴族令嬢みたいだぜ」
「あんまりからかうな……まだ着慣れてないんだ」
「おい、なに廊下でイチャコラしてんだよ。発情するなら部屋の中にしろや」
「イ、イチャコラなんてしてないだろ!!」
素直に褒めると、アテナはからかわれていると思ったようで、微妙な顔になったが、いつの間にか廊下に出て来ていたフレイに苦虫を噛み潰したような顔で言われ、今度は顔を真っ赤に染めて反論する。
「あとはミリアリアだけか」
「寝坊助のことだ、どうせまだ寝てんだろ」
「起こしに行くか」
三人でミリアリアの部屋に向かいノックをするが、全く反応がない。仕方ないから無断で部屋に入ると、案の定気持ち良さそうに眠っていた。しかも素っ裸で。
「ぐ~が~」
「やっぱりこんなこったろうと思ったぜ」
「おいダル、乙女の裸を見るんじゃない! 部屋の外に出ていろ」
「へ~い」
アテナに窘められ、俺は部屋から追い出されてしまう。お子ちゃま体型の裸なんて見たってこれっぽっちも嬉しかねぇが、親しき仲にも礼儀ありってやつだな。
っていうか、すっぽんぽんで寝ていたミリアリアが悪いだろ。
廊下で待っていると、仕度を終えたミリアリアを連れてアテナ達が出てくる。ミリアリアは俺を見上げると、「ん」と手を出してきた。
「なんだその手は」
「アタシの裸見たんでしょ? 心が傷ついたから慰謝料ちょうだい」
「ぬかせマセガキ。それを言うなら少しぐらいそれらしい顔しておけよ」
無表情で強請ってくんなよ……。あとお前、口元によだれ付いてんからな。
「バカやってねぇで、さっさと行こうぜ」
「そうだな、行こうぜ」
「む~、アテナ~ダルが慰謝料払わないよ~」
「ははは……残念だったな」
おいそこのエルフ、しれっとアテナに抱きつくなよ。そんでアテナも騙されるな、頭撫でられて顔がアホみたいに蕩けてるぞそいつ。
いつもの茶番劇を繰り広げた後、俺達は宿を出て街に繰り出した。
「人が多いな」
「王都だっつうのに、あんまり強そうな奴が居ね~な。期待外れだぜ」
「街が綺麗で、見てるだけで楽しい」
アテナが言うように街には沢山の人がいる。富裕層って言えばいいのか、子供から老人までほとんどの人が高級そうな服を身に纏っていた。
やっぱ王都に住んでいる奴等は金持ちなんだろ~な。けっ、羨ましい限りだぜ。
あとフレイ、強そうな奴を探すのはいいけど、お願いだから喧嘩とか吹っ掛けないでくれよ。こんなところで捕まったりしたら中々牢屋から出られねぇからな。
キョロキョロと街の景色を眺めるミリアリアは、いつもより楽しそうだ。王都の建物はほぼ石造りで、凝った形の建物や建造物、落ち着いた色合いなど中々に趣きがある。アートティックって言えばいいのか、美しい構造になっているんだよな。
建物とか見ているだけでも十分楽しめる。それにしても、アテナ以外に興味を示さないミリアリアに、芸術を楽しむ感性があるとは思わなかったぜ。
「腹減ったな、どこでもいいからなんか食おうぜ」
「そういえば昼ご飯を食べていなかったな。私もそろそろお腹が鳴りそうだ」
「あそこなんかいいんじゃない?」
突然腹が減ったと言い出すフレイ。そういや昼飯がまだだったな。
ミリアリアが指す方向を追いかけると、フォークとスプーンが重なったマークの看板が立て掛けらている店があった。
な~んか高そうだけど大丈夫? もう少し庶民的な店を探したほうがよくない?
「やるじゃね~かミリアリア、行こうぜ」
「そうだな」
心配していると、三人はさっさと店に向かってしまう。
まぁ、今日ぐらい贅沢しても罰は当たらねぇか。
「いらっしゃいませ、何名でございますか?」
「四人です」
「では、あちらの席へどうぞ」
店内に入ると、高級そうな給仕服を身に纏う店員に出迎えられる。
案内された席にそれぞれ座ると、メニューを渡された。
(げっ!? 高っけぇなおい!!)
メニューに書かれている料理の値段を確認すると、目ん玉が飛び出そうになった。
なんだこれ……どれもこれもクッソ高ぇじゃねぇか。やっぱこの店にしたのは失敗だったんじゃねぇのか?
「これはちょっと……」
「高い……」
アテナとミリアリアも、メニューを見て動揺している。
そりゃそうだろう。こんな高い値段、今まで目にした事がねーだろうし。
「別に気にすることね~だろ。全部ダルに奢ってもらうしよ」
「はぁ!? おいこらフレイ、何バカ言ってんだ。何で俺がお前等に奢らなくちゃいけねーんだよ」
「だってお前、アテナと買い物に行った後に言ってたじゃねぇか。パーティーのために頑張ったらなんか買ってくれるってよ。オレはあれから頑張ったぜ、テメーに言われた鍛錬もちゃんとやったしよ。だから奢れ」
「ええ……」
そういやそんな事言ったっけかな。
アテナに洋服を買って帰ったら、その後フレイに茶化されたんだ。それが気に喰わなくて、お前も頑張ったら何か買ってやるとつい言っちまったんだよな……。
このまま奢らされるのは困るので、俺は手もみしながらフレイに別の案を聞いてみる。
「それはまた今度、違うものを買うので今回は許してくれないでしょうか?」
「嫌だね。オレは服とか物には興味ねーんだ。だからここで美味いもん食わせろ、それで許してやるよ」
「あ、アタシもそれでいいや」
「ぐぬぬ……」
フレイに便乗してくるミリアリア。ついミリアリアの口癖が出ちまった。
くっそ~こんなことなら安易に買ってやるとか言うんじゃなかったぜ。
(まぁいいか、あ~だこ~だ言ってたが、こいつらも頑張ったし)
旅に出てから、俺は様々な課題を出した。料理の腕や、個々に課した鍛錬なんかをな。
不満は垂れていたが、なんだかんだ真面目に取り組んでいた。こいつらにしては頑張っていた方だろう。
ちょっとぐらいご褒美をやってもいいかもな。しょうがないから年上ムーブかましたるか。
「はぁ、分かったよ。ここは俺持ちでいい、好きなもん食え」
「しゃあ! そうこなくっちゃな!」
「ダルにしては気が利くじゃん」
「ちょっとダル、本当に大丈夫なのか?」
大喜びする二人とは別に、アテナが心配気に小声で聞いてくる。
「別にいいさ。アテナも遠慮せずに好きなもん食えよ」
「ふっ、お前はそういうところがあるよな。格好つけたがりめ」
柔和に微笑むアテナ。
まぁ、少しは大人の余裕ってもんをガキんちょ共に見せねーとな。
(と、さっきまでは思ってました)
「か~! 美味ぇなおい! こんな柔らけぇ肉初めて食ったぞ! 口に入れた瞬間に溶けやがる!!」
「あの~フレイさん? もう少し遠慮してくれてもいいんですよ?」
「ねぇアテナ、これひんやり冷たくて美味しいよ。食べてみて、あ~ん」
「うん、本当だ。冷たくて甘い。王都にはこんな食べ物もあるんだな」
「おっ、それも美味そうだな。なぁ店員、オレにも同じやつくれよ」
駄目だ全く聞く耳もたねぇ!!
フレイはバカスカ頼んで皿を山のように積み重ねているし、ミリアリアは高っけぇ冷菓子を頼んでいる。
こいつらには遠慮っつうか、血も涙もねぇのかよ。
「ありがとうございました~」
「あ~食った食った、ごっそさん」
「ごち」
「ごちそうさま、美味しかったよ」
(ああ……俺の飲み代がぁ……)
店を出て、満足そうに腹を摩るフレイ。
あんだけ食えば満足にもなるだろーよ。その変わり、俺の財布はすっからかんだけどな。
夜に一人酒屋に繰り出し、久々に美味い酒にありつこうとしていたってのによ。これじゃ当分の間は我慢だな。
「おいダル、何してんだよ。さっさと行くぞ」
「おう、今い――っ」
とぼとぼ歩いていたら、いつの間にか三人に置いてかれていた。
追いかけようとしたその時、たった今すれ違った女性に強烈な違和感を抱く。
「アイ……シア?」
咄嗟に振り返って、すれ違った女性を見やる。
可愛らしい洋服に身を包んだ女性は、淡い桃色の長髪を靡かせている。その後ろ姿は、かつての俺の大切な人とそっくりだった。
「いやいや、ただの空似だろ。だってあいつは、アイシアはもう――」
――この世にはいない。
だからあの女性がアイシアである訳がないんだ。
それを分かっているのに、俺は動揺を隠せないでいた。足が勝手に動き、その女性を追いかけてしまう。
「待て、待ってくれ」
人混みをかき分け、必死に追いつこうとする。
しかし手が届く前に、女性は曲がり角を曲がってしまう。俺も追いかけて曲がったのだが、
「き、消えた……」
女性の姿は、忽然と消えてしまった。まるで、最初から存在しなかったかのように。
「はは……何をやってんだ俺は。あいつが居る訳ねぇのによ。ったく、未練がましいにもほどがあるぜ」
手で顔を覆い、大きく息を吐く。
ったく、らしくね~よな。アイシアはもうこの世にいねぇってのに、必死になって幻影を追いかけるなんてよ。
きっとあれだ、あいつらに奢らされたショックで頭がどうにかなっちまったんだろう。
「ダル、何があった!?」
「いきなり走るんじゃねーよ」
「はぁ……はぁ……それな」
馬鹿な自分に嫌気が差していると、俺を追いかけてきた三人に心配されてしまう。
俺は頭を掻きながら、へらへら笑って誤魔化した。
「いや~すんげ~美女がいたもんだから、ちょっと顔を見たくなってな。すまんすまん」
「んだよ、しょうもーねーな」
「そんな事で走らせないでよ」
「本当にそうか? 血相変えていたように見えたが……」
まだ心配してくるアテナに「本当だ」と笑って、
「さっ、観光の続きといこうぜ。お前等のせいで懐が寂しくなっちまったからな、明日は予定を繰り上げてダンジョンに行くぞ。だから今日の内に楽しもうぜ」
「ええ~もうちょっとゆっくりしようよ~」
「オレは賛成だぜ! 早くダンジョンに行って暴れてぇし」
「……」
三人の背中を押し、再び観光に戻る。
アイシアのことは忘れよう。あれはただの、俺の勘違いだったんだからな。
それから俺たちは、日が暮れるまで王都の街を堪能したのだった。