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62 ここだけの話

 


「オレの、木影流の勝ちだ」


 渾身の一撃を与え、リュウを倒したフレイ。

 見事勝利を収めた彼女に、感極まったメイメイが勢いよく抱き付いた。


「フレイーーーーーー!!」


「おごっ!? テメエちったぁ加減しやがれ馬鹿野郎、こっちは怪我人だぞ」


「凄かったっす!! 感動したっすよフレイ!! アチキの柳崩しを喰らわせた時は身体が熱くなりました!! それになんといっても、試合に勝ってくれてありがとうっす!! フレイのお蔭で木影流の看板が守られました」


 満面の笑みを浮かべ、感謝の言葉を伝えてくるメイメイに、フレイは照れ臭そうに頬をかく。

 そんな微笑ましい光景を眺めながら、アテナは感心したように口を開いた。


「ダルの言う通りだったよ。今だから分かるが、フレイの『情動』は凄まじいものだった。一瞬の爆発力が桁違いだったよ」


「そうだろうな。あいつは情動の存在を知らねーし、俺達のように意図して使っている訳でもないが、本能で発動しているんだ。

 それにただの情動じゃないぞ、我慢して我慢して怒りを鎮め、心を落ち着かせた極地の情静からの情動だ。その落差分だけ、さらにパワーが上がったんだ」


「なるほどな……どうやらまた差を広げられてしまったようだ」


「単に脳筋ってだけじゃないの?」


「茶番は終わりにしましょう」


 ダル達が和気藹々とした空気を醸し出す中、低い声が切り裂いた。


 口を閉じ、声のほうに視線を向ける。

 戦勝ムードを切り裂いたのは、眉間に皺を寄せたタオロンだった。


 彼は総身から殺気を迸らせると、静かにこちらへ歩み寄ってくる。そんなタオロンに対し、ダルはへらへらと笑いながら問いかけた。


「茶番だと? 勝負はフレイの勝ちで終わったぜ。まさかお前、この勝負をなかった事にしようってんじゃねーだろーな」


「その通りですよ。こんなのはただの茶番に過ぎません。最初からこの私が出ていればよかったんですからね!!」


 一瞬で間合いを詰めたタオロンは、放心しているフレイの眉間に貫手を放つ。

 だが、彼の指先がフレイに届く事はなかった。何故なら、同時に動き出していたダルがタオロンの腕を掴んだからだ。


「おいおいタオロンさんよ、ガキの喧嘩に大人がしゃしゃり出るもんじゃねぇぜ。まだやるっていうんなら、俺が相手をしてやるよ」


「……いいでしょう。あなたを殺し、そこにいるガキもすぐに排除してやりますよ」


「お前等は下がってろ。神聖な勝負に水を差しやがった外道に鉄槌を下してやる」


「お、おう……」


 ダルの言う通り、フレイはメイメイと共にアテナ達のもとへ下がる。

 タオロンは腕を捻って拘束を破ると、大きく距離を取って構える。そしてダルも、その場で構えた。


「ほう、冒険者にしては様になってるじゃないですか。武術を少し齧った程度で、私に勝てるとでも思っているのですか?」


「はん、弟子は師によく似るっていうが、どうやらその通りみたいだな。ペチャクチャ喋ってねーでかかってこいよ」


「ッ!! ふん、望み通りすぐあの世に送ってあげますよ!!」


 床を蹴り上げ、タオロンは風を切るようにダルとの距離を潰す。

 接近すると、怒涛のラッシュを繰り出した。


「疾ぇ!?」


「目で追えない……なんて疾い攻撃なんだ」


「でも、ダルは見えてるっぽいよ」


 ミリアリアの言う通り、ダルは目にも止まらぬ連撃を全て防ぎきっていた。

 それだけではなく、時折タオロンに反撃を行っている。息吐く間もない攻防。どちらもクリーンヒットが無い中、タオロンは余裕そうに口角を上げる。


「まさか私の動きについてこれるとは思いませんでしたよ!! なら、こちらも破天流の神髄をお見せしましょう!!」


「ぐっ!!」


 タオロンはさらに攻撃の速度を上げる。それだけではなく、破天流の回転を加え出した。

 ダルも喰らいつこうとしているのだが、防ぎきれず押し込まれ、徐々にダメージを負ってしまう。


 フレイがリュウの破天流を破った手段は使えない。というより、既に試して失敗していた。


 リュウとタオロンでは練度が違い過ぎる。リュウの場合は回転しきる前に止められたが、タオロンの回転は放つ瞬間から最高到達点に達している。その上攻撃の速度自体が尋常じゃなく疾いため、受け流すことは不可能だった。


「破天流・螺旋豪脚!!」


「がはっ!!」


 強烈な脚撃を受け、床を引きずりながら吹っ飛ぶダル。

 防御を貫かれたが、咄嗟に後ろに跳ぶことでダメージを軽減していた。それでも身体に相当な衝撃を受けてしまい、ガクッと膝が崩れ落ちる。


 リュウの螺旋脚は足だけを回転させていたが、タオロンの螺旋豪脚は下半身から上半身、全身を回転させ、全ての力を一点に集中させている。

 その威力は伊達ではない。


「アニキッ!?」


「奴の蹴りも凄まじいが、それよりもダルの様子がおかしい……」


「うん……いつものキレがない」


「おいダル!! テメエ負けたら許さねぇぞ!!」


(許さねぇって……キツいこと言ってくれるじゃない。こちとらとっくに身体がガタガタなんだよ。それにこの野郎、俺が考えていたよりもずっと強ぇ……)


 迷宮教団『七凶』の『艷公』との戦いで、ダルの身体は既に満身創痍だった。


 体力も消費し、全身を斬り刻まれた上、魔力の全開放によって疲労が蓄積されている。本来ならば戦うことすらできない身体だ。それをダルは、気力によって無理やり動かしている。


 そして誤算だったのは、タオロンの実力だった。

 多くのチンピラを従えている破天流の頭も、大した奴ではないと高を括っていたのだが、蓋を開けてみれば超一級の武芸者。

 身体強化も武術も金級冒険者ゴールドランクに匹敵する。


 今の状態で戦うには余りにも厳しい相手だ。


(はっ、んなこと言ってらんねぇよな。あいつらが見てる前で、情けねぇ姿を晒す訳にはいかねぇんだ)


 ――それでも、ダルは諦めない。


 あれだけ偉そうなことを言っておいて、自分が負けたら格好がつかない。アテナにも、フレイにも、ミリアリアにも、メイメイにも、そして自分自身にも。


 ダルは全身を脱力させ、深く息を吐く。

 心を無にし、集中力を極限まで高めた。


「おや、もう諦めてしまったのですか? 他愛もない、やはり冒険者とは口だけのようですね」


(違う……あれは瞑想だ)


 タオロンはダルが勝負を捨てたと考えたが、ミリアリアは違うと考えた。


 今ダルが行った動作は、ミリアリアがずっと鍛錬してきた瞑想であると。

 だが信じられない。彼女も瞑想状態に入るには一分程かかるのに、ダルは文字通り一瞬で深い瞑想状態に入ってしまった。


「今さら何かをしようとしても無駄ですよ!! これで最後です!!」


 ダルへと猛進しながら、タオロンは貫手を放つ。

 トドメの一撃に対し、ダルは軌道を見極め、紙一重で躱した。


「――ッ!? 悪あがきをするな!!」


 攻撃を躱されたタオロンは、激しい連打を繰り出す。

 だが、ダルは全ての攻撃を躱し、受け流していた。急に攻撃が当たらなくなり、タオロンは胸中で焦ってしまう。


(何故だ!? 何故私の攻撃に対応できるのですか!? それに、なんですかこの違和感は……まるで私がどう攻撃するか分かっているように動き出しが早い!? まさか私の攻撃を読んでいるとでもいうのですか!?)


 困惑しているのはタオロンだけではない。

 観戦しているアテナ達もまた、タオロンの攻撃を受け流すダルに驚いていた。


「凄い……さっきまで打たれ放題だったのに、完璧に対処している」


「意味わかんねぇぞ……あの野郎に一体何があったんだ!?」


「攻撃を読んでる?」


「ほっほっほ、ダルは読んでる訳じゃないぞ。誘導しているんじゃ」


「誘導……っすか? お師匠様、一体どうことなんすか?」


 突然ダルがタオロンの攻撃に対処できるようになったカラクリをメイメイが問いかけると、パイは長い顎鬚を撫でながら答える。


「あの二人の実力になると、相手の動きを読み合いながら戦ってるんじゃ。目線、呼吸、動作、気配。それらの要素を一瞬一瞬見極めながら、最適な攻撃を選択しておる。

 ダルはそれを逆手に取り、敢えて隙を作ることで攻撃を誘導し、タオロンの攻めに対応しておるのじゃよ」


「なんだよそれ……あの激しい戦いの中、あいつはそんな馬鹿げたことをやってるってのかよ!?」


「天才だ……」


 ぽつりと零したアテナの反応に、パイはため息を吐きながら「逆じゃよ」と告げて、


「あやつは凡才じゃ。剣の才ならアテナに劣り、身体能力ではフレイに敵わず、魔術はミリアリアに到底敵わんじゃろうて。じゃがなんの才もないからこそ、あやつには誰よりも優れた力がある」


「なんなんだよ……その力ってのはよぉ」


「“見て学ぶ”力じゃ」


「見て……学ぶ力? それがダルの力の秘密なんですか?」


 今一ピンときていないアテナが問いかけると、パイは静かに首肯した。


「誰もが普段やっている事じゃよ。子供が親の料理を覚える時、新人が先輩から仕事を覚える時、人は見て覚え自分のものにしていくじゃろ。あやつの場合、その能力が人一倍長けているんじゃ」


「そうえばダルの野郎、前に言ってたな。簡単に教えてもらえると思うな、見て盗め、俺はそうしてきたぞ……ってな」


 フレイは、以前夜中にダルの部屋に行って話をした時の記憶を振り返る。

 確かあの時、ダルはこう言っていた。


『ンなわけねぇだろ。甘ったれんじゃねえ、強くなるのは自分だ。教えて貰おうと楽な道に逃げるな、いっぱい悩め。

 見て覚えろ、他の冒険者の動きや考えを見て自分で盗め、それを自分のものにしろ。少なくとも俺はそうやってきたぜ』


 アテナに負けたくなくて強く焦り、どうやったらもっと強くなれるかを聞いた。

 だがダルは、楽な道に逃げるな、自分で悩んで考えろと一喝してきたのだ。


「これは単なるワシの想像じゃが、あやつは幼い頃から“そういった環境”で生きてきたのじゃろう。誰からも教えて貰えず、自分自身の手で見て覚えなければ生きていけない過酷な環境にな。

 それは決して才能ではない。ダルが己の手で掴んだ誠の力じゃ」


「じゃあ、あの糸目の攻撃を防げるようになったのも見て覚えたからってこと?」


「そうじゃな。戦っている最中にタオロンの動作と攻撃パターンを覚え、誘導する事で回転を無力化しておる」


「凄いっす……やっぱりアニキは凄いっす!!」


「メイメイよ、あやつの凄いところはそれだけではないぞ。ダルは覚えた力を瞬時に応用できるのじゃ。あやつがこの道場に来た時、あっという間に木影流の型を覚えてしまった。

 それだけでも大したもんだと驚いたが、あやつは型を自分のものにしてしまった」


 今でも覚えている。

 型を覚えたダルと組手をした時、ダルは初めての組手で型を使ってきた。


 それもまるで、何十年も鍛錬してきたような完成された練度で。その上戦い方と癖を掴み、即座に対応してくる。お蔭でパイも武芸者の血が騒ぎ、本気で相手をしてしまった。


「あやつと戦うならば、先手必勝しかないじゃろな。じゃがタオロンは余裕を見せ、ダルに時間を与えてしまった。それが奴の敗因じゃよ」


「おのれおのれおのれぇぇぇえええ!! 雑魚の分際で調子に乗るなぁぁあああああ!!」


「どうした糸目野郎、薄っぺらい仮面が剥がれてるぜ」


「五月蠅い!! 攻撃が読まれてるなら、避けきれない攻撃をするまでだぁああ!!」


 絶叫を上げるタオロンは、全身に回転運動をかけながら必殺の技を繰り出す。


「破天流・螺旋双貫手!!」


 両手から放たれる、超高速の貫手。

 うねりを上げて迫り来る凶手に、ダルは後ろに体重をかけて倒れる。両手を回転させ、タオロンの両腕を下から押し上げるように受け流した。


「木影流・柳落とし」


 完全に流れを変えさせられ、タオロンは前屈みに体勢を崩されてしまう。

 その一瞬の隙を、ダルは見逃さなかった。


「確かこんな感じだったよな、さっきの蹴りって。やられた分はきっちり返させてもらうぜ」


「――っ!?」


 ニヤリと笑うダルは、顔を怒りに染め情静から情動に切り替える。

 倒れる力を利用し、ぐるっと身体を一回転し。

 全ての回転の力を足に乗せ、渾身の脚撃を放った。


「破天流・螺旋豪脚」


「――ガハァ!?!?!?!?」


 ズドンっと重厚な音が轟く。

 強烈な回転蹴りをどてっ腹に喰らったタオロンは斜め上に吹っ飛び、天井に激突すると、ずるりと落ちて床に叩きつけられる。


 ピクリとも反応がない事を確かめたダルは、情動を解きながらこう告げたのだった。


「ここだけの話な。実は俺も、お前の汚ぇやり方にはブチ切れてんだよ」


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― 新着の感想 ―
[一言] > 「はん、弟子は師によく似るっていうが、どうやらその通りみたいだな。ペチャクチャ喋ってねーでかかってこいよ」 途中で駆けつけたのに、まるでフレイとリュウの開戦を見てたかのように言うじゃん…
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