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60 迷宮教団

 


「うふふふふ、楽しいわぁ。こんなに楽しい斬り合いなんていつぶりかしらぁ。興奮してきちゃう。もっと私を愉しませて、もっと私を昂らせて。

 アア、身体が熱くてイっちゃいそう!!」


「バトルジャンキーが、こっちは全然楽しくねぇんだよクソったれが!! 一人で勝手にオナってろや!!」


「そんなつれないこと言わないで、もっと遊びましょう」


 右から振り下ろされる斬撃を紙一重で躱し、左からの一閃を剣で受け止める。

 前屈みになっている所に、顎を目掛けて蹴り上げるが、バク転によって避けられてしまう。


「あっぶね!」


 女は回避しただけではなく、サマーソルトキックを放ってきた。

 しかも爪先に刃物の暗器を仕込んでやがる。身体を反って間一髪避けられたが前髪をちょん切られちまった。ちきしょー、ダサい髪型になったらどうしてくれるんだこの野郎。


「はぁ……はぁ……あ~しんど」


「あらぁ、もう疲れちゃったのかしらぁ? もっと愉しませて欲しい……わ!」


「くっそがっ!!」


 凄まじい速度で接近し、再び高速の斬撃を放ってくる。それに対し、俺は防ぐので精一杯だった。


 このイカれた女の強さは、俺の予想を遥かに越えていた。

 細い身体からは信じられない膂力に、目にも止まらぬ瞬発力。身体強化の練度がバカ高ぇ。


 剣の扱いも達人級だ。双剣を巧みに扱い、まるで手足のように振るってきやがる。

 剣技だけじゃなく、体技も常人のレベルを越えている。今のサマーソルトキックもそうだが、身体の扱い方が上手ぇんだ。


 剣技や体技が凄いだけなら、もっと早く片付けられただろう。未だに膠着状態が続いているのは、別の要因があった。


「それぇ!!」


「あっぶねぇな!!」


 背後から襲ってくる斬撃に対し、剣を後ろにもっていく事で凌ぐ。俺の背中を襲った手と剣は、すぐに消えてしまう。


 何故、女が前方にいるのに関わらず背後から斬撃が襲ってくるのか。そのカラクリは、奴の魔術によるものだった。


 その魔術とは、魔術の中でも会得するのが非常に困難とされている空間魔術。

 奴は攻撃する寸前、手から剣先までを転移させ、俺の近くに出現させているんだ。言うなれば、簡易ゲートといったところだろう。


 あの巨大なゲートを見ても分かる通り、この女は空間魔術を得意としている。

 しかも空間魔術を格闘戦に使用するっつう馬鹿げたことをやってのけていた。


 空間魔術、とくに魔門ゲートを開くのは時間がかかるもんだ。それを、目まぐるしく展開が変わる格闘戦の中、無詠唱かつノータイムで使ってきやがる。


 類まれな戦闘センスと、常人離れした空間認識能力がなきゃ出来ない芸当だ。お蔭でこっちは斬り傷まみれになっちまってる。なんとか急所は外しているから、致命傷にはなってねぇけどな。


 近接戦闘だけでも超一級品なのに、魔術師としても最強クラス。

 はっきり言って化物だ。魔神以外でこんなに強い奴と出会ったのは初めてだぜ。俺もまだまだ世界を知らねぇって事だな。


(とか冗談言ってる場合じゃねぇ。マジでどうにかしねぇと!!)


 戦ってから結構時間も経っちまってる。

 その間にもゲートからモンスターが現れ、山を下りていた。

 しかもワイバーンといった、上位のモンスターまで出始めている。いくらミリアリアでも、雑魚を相手にしながらワイバーンと戦うのは厳しいもんがあるぞ。


 早いところ決着つけないとな……と焦りを抱いていると、突然女が攻撃を止めて怪訝そうに首を傾げる。


「おかしいわぇ、何でこれが避けられるのかしら。初撃を躱されたのもショックだったけど、こう何度も凌がれると傷ついちゃうわぁ」


「はっ、俺が天才っつうだけだろ」


 実際はただの強がりで、めちゃくちゃ斬られまくってるけどな。


「そうねぇ……なら天才さんのお名前を是非聞かせて欲しいわぁ」


「名を名乗るならまず自分からって言うだろ。俺もアンタが何者なのか、非常に興味があるんだけどな」


 そう聞き返すと、女は「それもそうねぇ」と嗤い、上品に胸に手を当て名乗りを上げた。


「私は迷宮教団『七凶』が一人、『艷公』よ」


「迷宮教団だと!?」


 妖しい女――『艷公』の正体に驚愕する。

 迷宮教団とは、その名の通り迷宮ダンジョンを崇拝している頭のイカれた邪教集団だ。


 この世界を創造したのは神ではなく、ダンジョンであると考えている。世界に魔力が存在しているのも、自分達が生きていられるのも全てダンジョンの恩恵によるもの。

 そんなぶっ飛んだ思想を持ったヤバい奴等が集まっているのが迷宮教団だ。


 奴等が何を目的としているのか、どんな活動をしているのかは知らない。

 だが、黒い事件に迷宮教団の影有りって言われるぐらいには、高確率で厄介事に関与している。


 俺も今までに、二、三回ほど迷宮教団とやり合ったことがあった。そん時は下っ端レベルで、目的も分からなかったからそれほど気にしちゃいなかったがな。


 でもこいつは『七凶』とか言ってたし、実力的にも幹部クラスなんだろう。


「なるほどな。んで、その迷宮教団の『七凶』様がこんな小さい町で何を企んでんだよ」


「それは教えられないわねぇ。それより、私が名乗ったのだからアナタも名乗ったらどうなのぉ?」


「それもそうだな。俺はダル、しがない冒険者だ」


 ちゃんと名乗ったのだが、何が可笑しいのか『艷公』は大きな嗤い声を上げる。


「しがない冒険者ねぇ……私と戦って未だに生きている人が、しがない冒険者だとはとても思えないけど。まぁいいわぁ、続きをやりましょう。もっともっと私を愉しませてちょうだい」


「悪いがお前に付き合うのはもう止めにする。ここからは全力でいかせてもらうぜ」


「へぇ……今までは全力ではなかったのかしらぁ?」


 エロい姉ちゃんと楽しむのはアリっちゃアリなんだが、そんな事言ってられる場合じゃなくなった。


 相手が迷宮教団、それも幹部クラスだと聞いたからには、出し惜しみなんかしてれらんねぇ。

 正直この手は最後まで使いたくなかったが、そうも言ってられないようだ。


 俺は両手首に着けてある腕輪の魔具をカチャリと外す。

 その瞬間、身体に眠る膨大な魔力が解き放たれた。と同時に、身体に途轍もない負荷がかかる。


「この魔力量……信じられないわ。『迷王』様に匹敵するじゃない……」


「どうする? 今逃げるなら見逃してやってもいいぜ」


「うふふふ、ふざけた事言わないで。こんなに美味しそうな獲物を前にしてぇ、喰らわないなんて勿体ないじゃない」


「狂ってるよ、アンタ」


 魔力量にビビッて逃げ出してくれる事を期待していたんだが、どうやらそう甘くはいかないようだ。

 いいだろう、それなら一瞬で決着をつけてやる。


空間魔術ゲート・ディスタード!!」


 刹那、俺の前後左右の周囲に多数のゲートが展開される。

 そのゲートから剣に槍に斧といった、様々な武器が一斉に飛来してきた。

 俺は身体を捻り、剣に魔力を乗せて大きく一閃する。


「戦爪」


 ブオオオオオッ!!! と凄まじい爆音が轟く。

 俺が放った衝撃波が全ての武器を薙ぎ払い、ゲートを消滅させた。

 だが油断してはならない。大技ではあったけど、これは次の一撃の為の布石なんだろ?


「お前の考えなんか読めてるんだよ!!」


「――なっ!?」


 ゲートを通って背後から奇襲してきた『艷公』に対し、俺は振り向き様に斬撃を放つ。寸での所で双剣で防がれたが、構わず強引に薙ぎ払った。


「くっ……まだよ!!」


「いーや、終わりだ」


 吹っ飛ばされた『艷公』はすぐに体勢を整えて反撃を行おうとしていたが、その時には既に追撃の準備は整っていた。

『艷公』目掛け、真上から剣を振り下ろす。


「覇軍戦爪!!」


「――っ!?!?!」


 超高密度の魔力が込められた衝撃波が、『艷公』を巻き込みながら後方にある巨大なゲートを掻き消した。

 衝撃波が通った箇所は跡形も無く消し飛び、地面が更地になっている。


 探知魔術で周囲を探るが、『艷公』の気配は見当たらなかった。

 敵を倒し、ついでにゲートを破壊して目的を達成した俺は、外した腕輪を着けながら深い息を溢す。


「はぁ……疲れた。折角魔神と戦った時の疲労も回復したってのに、また身体がガタガタになっちまったじゃねぇか。それになんか、いまいち手応えも感じられなかったしよ」


 やってらんねぇよと悪態を吐く。

 あの女には多分逃げられただろうな。手応えを感じられなかったってのもあるが、俺の勘がそう告げている。


 普通ならあの範囲の攻撃を逃げられる筈もないんだが、あいつには空間魔術があるからな。無傷とはいかねぇだろうが、恐らく逃げられただろう。


 まぁいいか、一先ず脅威を退けたんだし。


「さて、ミリアリアとアテナの様子を確認して、フレイの応援に行きますかね」


 俺は剣を鞘に仕舞いながら、疲れた身体に鞭を打って山を下りたのだった。


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