06 問題
「オラオラ! 歯応えがねぇなーザコ共―!」
「くっ……」
「フレイ邪魔、魔術が打てない」
「また一人で暴れやがって……かったりぃな」
竜人族のフレイをスターダストに加えた俺たちは、早速迷宮を攻略していた。
今回は肩慣らしということで、上級ではなく一度攻略している中級の迷宮にやってきている。
攻略は順調とは程遠く、早くもいくつか問題が発生していた。
まずは新しいメンバーのフレイ。
フレイはパワーもスピードも予想を超えた実力を兼ね備えていた。掛け値なしにゴールドランクにも見劣りしない。
流石、ドラゴンヘッドのエースアタッカーを張っていただけはある。
しかし自分勝手な個人プレーが多く、連携に支障が出ていた。
俺やアテナと息を合わせず好き勝手にモンスターと戦っている。遠慮というものが欠片もないため、俺とアテナは援護をすることさえできなかった。
というか、助太刀しようものならこっちまで被害が出る始末に陥っている。
体力があるから休みなく先頭にいるし、後退する間がないからミリアリアが魔術を放つことができなかった。
普通魔術師がパーティーにいる場合は前衛のアタッカーはタイミングを計ってモンスターから離れたりする。でないと自分も被弾するからだ。
だがフレイはミリアリアに気を遣うことなく、モンスターに張り付いて殴り倒している。
事前に、今回の攻略はパーティーの連携を合わせると言っているのにも関わらずだ。
戦闘中でも注意しているのだが、全く聞く耳を持たない。
モンスターなんて倒せればなんだっていいだろ! という逆ギレまでかましてきやがった。
我儘なじゃじゃ馬だと予め覚悟はしていたが、予想を遥かに超えたクソガキだったらしい。
それが一つ目の問題。
二つ目の問題は、エストの付与魔術が無いということだった。
いつもより身体が重いし、火力も上がらないし、防御力は低くなっているし、命中率も下がっている。
昨日までの自分と身体が入れ替わったように感じられるんだ。
切れ味のある名刀から錆びたナイフを使っているような、自分の身体が自分のではないような感覚を抱いてしまう。
それが特に顕著だったのがアテナだった。
中級の迷宮、それも上層のモンスター相手に苦戦を強いられている。動きが重そうで、いつものキレがまるでない。
華麗に戦うどころか、鈍くさくなっている。
これが【金華】の二つ名を与えられたアテナとは誰も思わないだろう。
「オラどうしたアテナァ! チンタラやってんだったら引っ込んでろや!」
「くっ……誰がっ!!」
それは仕方ないことだった。
アテナは冒険者になった時からずっと、エストの付与魔術ありきで戦ってきたんだからな。
付与魔術がない状態で戦うのは今回が初めてだろう。
自分の身体がこれまでのようにいかず戸惑っているはずだ。
年配の冒険者がよく口にしているが、若い時のイメージで動こうとしても身体が追いついてこない。まさにそんな歯痒い思いを味わっているだろうな。
その点、俺は別に問題なかった。
エストとパーティーを組んだのはここ最近のことだし、ちょっとした違和感程度にしか感じられない。付与魔術がない状態でもすぐに慣れるだろう。
ミリアリアは魔術の命中精度が悪くなっていた。
好き勝手動きまくるフレイのせいでもあるが、それでもミリアリアは俺から見ても優秀な魔術師だ。魔術においては一級品の技量を持っている。
だが、幾度かモンスターに外すことがあった。
まあこいつもすぐに慣れるだろう。
そして、問題があるのは戦闘面だけではなかった。
「はぁ……はぁ……」
「お疲れ、これ飲んで一息つけや」
「ありがとう……ダル」
「おうおっさん、オレにもくれや!」
「だからおっさんじゃねえって言ってるだろ」
肩で息をしているアテナに給水袋を渡すと、フレイが自分にもとせがんでくるので投げ渡す。
これまでは、こういった役割はエストがやってくれていた。
荷物持ちも、給水袋や汗拭きタオル、軽い傷の手当やモンスターのドロップ品の回収。細々とした気遣いや雑用をエストがしてくれていたお蔭で、俺たちは快適に迷宮を攻略することができていたんだ。
エストがいない今、そういったことは全て自分でやらなくてはならない。
冒険者ならそんなこと自分でやれよって思うが、人間って生き物は一度楽を覚えてしまうと中々抜け出せなくなるんだ。
エストがいない分、一応年長者の俺が気を遣わなくてはならない。かったりいけどな。
「よぉ、エストがいない攻略はどうよ。中々思ったようにはいかねえだろ」
疲れて座っているアテナにそう問うと、自嘲気味に答えてくる。
「ああ……そうだな。こんなに違うとは思ってもみなかった。まるで自分の身体じゃないみたいだよ。いや……これこそが私本来の実力だったんだな。
私はエストの付与魔術に頼りきっていたんだ。違うな……付与魔術だけではなく、他のことも任せっきりだった」
俯いたまま弱弱しい声で話すアテナ。
失って初めてエストが有能だったと気づいたのだろう。
付与魔術の恩恵についても、小さなサポートをしてくれていたことも。
だがそれに気付いた時にはもう遅い。
何故ならエストはもうスターダストにはいないんだからな。
「ならエストを呼び戻すか? あいつのことだ、お前が頭を下げたらきっと戻ってくるぜ」
「そんなことはしないさ。例えエストが戻ってきたとしても、同じことの繰り返しになるだけだろう。これは私自身の問題だ。エストの力に頼らず自分の力を磨いていくしかない」
「よく言った、それでこそリーダーだ」
そう言って、俺はアテナの頭に手を乗せる。
もしアテナが現状に不満を抱いてすぐにエストを呼び戻すなんてことをヌかしたら、今度は俺がパーティーから抜けていた。
自分を信じきれねえリーダーのパーティーなんかにいたくねえし、エストに対しても失礼極まりない行為だからだ。
「こ、子供扱いはよせっ」
「へいへい、悪かったな」
「おいアテナ、お前の実力はこんなもんだったのかよ? もしそうなら拍子抜けだぜ」
フレイが虫けらを見るような眼差しでアテナを馬鹿にしてくる。
その言い方に腹が立ったが、俺は何も口出ししなかった。拍子抜けしたということは、それだけフレイがアテナに期待していたという意味だからだ。
こいつは口が悪過ぎるが、言葉は真っすぐだし嘘がない。
他の奴らはカチンとくるだろうけど、俺は嫌いではなかった。
勘違いすんなよ。嫌いじゃないだけで腹が立たないとは言ってないからな。
問われたアテナは、包み隠さず真実を告げる。
「ああ、これが私の実力だ」
「マジかよ……調子が悪いとかじゃねーのか? オレが見た時のお前は、もっと凄い奴だったぜ」
「それはエストの付与魔術があったからだ。私の実力は今見た通りだよ」
「あの腰巾着の力だァ? 信じられねーけど、お前がこの程度ってことは事実みてぇだな。ちっ、結局お前もその程度だったってことかよ。折角オレと合わせられる奴と組めると思ったのによ。当てが外れたぜ」
盛大に舌打ちをして苛立つフレイ。
こいつはきっとアテナに期待していたんだろうな。
本気の自分を受け止めてくれると思ったんだ。
これは勝手な予想だが、こいつはドラゴンヘッドでも実力が頭一つ抜けていて、周りとの実力差に疎外感を抱いていたのだろう。
本気の自分に誰も追いついてこれない寂しさってやつだ。
何も言い返せないアテナの代わりに、ミリアリアが険しい表情を浮かべて反論する。
「アテナは悪くない。フレイが好き勝手動いてるからアテナが戦い辛いだけ。よーするにフレイが邪魔してる。それとアタシもフレイが邪魔で魔術が打てない」
「ああ!? オレが悪いって言いてぇのかよ!?」
「そう言ってる」
「オレの動きについてこれねぇお前らが鈍臭えだけだろーが!」
「フレイよぉ、そもそも今日はパーティーの連携を確認するのが趣旨だったじゃねぇか。なのに何でお前は連携もしねえで好き勝手やってんだよ。
はっ、ドラゴンヘッドもよくこんな我儘なガキとパーティーを組んでいられたな。我慢できずに追い出したのも納得だわ」
「ああ!? おいテメエオレに喧嘩売ってんのか!?」
鬼のような剣幕で近づいてきたフレイは俺の胸倉を思いっきり掴み上げてくる。
ガン飛ばして凄んでくるが、これっぽっちも恐くねえから。
「パーティーの連携を確認しようとリーダーが言った。お前はそれを了承した。にも関わらずお前はパーティーの方針に従わない上に、再三の注意も無視して自分勝手な行動を取り続けた。これが我儘なガキの行いだと分からねえなら、一人で勝手にオナってろや自己中野郎」
「くっ……!!」
本心を告げると、フレイは何も言い返さず歯を剥き出しにして黙っている。
言い返してこないのは、俺の言っていることが正しいと自分でも理解しているからだ。
だから手を出してこない。もし手を出してしまったら、自分が我儘なガキであると認めてしまうから。
「そこまでにしろ」
俺とフレイが睨み合っていると、アテナが冷たい声音で止めてくる。
「フレイ、お前は私の力に期待してパーティーに入ってくれた。だが今の私では見ての通りお前の期待に応えられそうにない。だからこちら側のミスだ。いつでも抜けてもらって構わない」
「……」
「だが、私としてもフレイがこれほどまでにパーティーに非協力的だとは思わなかった。今のままならお前とパーティーを組む気はない。
フレイをパーティーに入れて上を目指せるビジョンが想像できないからだ。だが、もし少しでも私たちに歩み寄ってくれるのなら、一緒に世界一を目指さないか」
「ちっ、わーったよ。もう少しだけ付き合ってやる」
フレイはそう言うと、胸倉を掴んでいた手を離す。
あ~あ、長い時間強く引っ張られたから服がヨレヨレになってら。どうしてくれんだよこれ、結構高いんだぞ。
(にしても、やっぱこの女は凄えな)
改めてアテナのカリスマ性に感心する。
こいつには人を惹きつける力があった。
俺を勧誘してきた時も、何度も断ったが諦めず何度も誘ってきたしな。
結局、アテナの押しに負けてパーティーに入ったけどよ。
なんか、こいつについていきたいって思っちまうんだよな。
「流石アタシのアテナ。クソトカゲをも従わせるなんて凄い」
「ああん!? おいクソエルフ、別にオレは従ったわけじゃねえんだからな!」
ツンデレかよ……。
ミリアリアとフレイが始めた口喧嘩を呆れた目で眺めていると、アテナが声をかけてくる。
「ありがとうダル。私が一番に言わなくてはいけないことだったのに、お前が言ってくれて助かったよ」
「まあ、一応年長者だからな。それに損な役割には慣れてる。今はお前も自分のことで一杯一杯だろ。余裕ができるまではサポートしてやるよ。かったりぃけどな」
「ふふ、かったるいか。頼りにしてるぞ、ダル。ただ、私はすぐに強くなるからな」
ああ。
そうしてもらえると非常に助かるわ。
あのガキ共を相手にするのは骨が折れそうだしな。