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56 リュウ(後編)

 


「私は破天流師範、タオロンと申します。以後お見知りおきを」


 そう自己紹介する糸目の男――タオロン。

 師範っていうことは、こいつが次々と道場破りをしている本人か。噂では相当強いって聞いてたが……なるほど確かにそうだ。


 一見無警戒の棒立ちに見えるが、実際どこにも隙が見当たらない。それに、俺の武芸者としての経験がこいつは強者だと訴えかけてきやがる。

 他流派の武芸者がやられるのも無理ねぇはな。


「はっ、やられた弟子の代わりに師匠が出張ってくるとはな。噂と違って意外と弟子想いなのか?」


「タ、タオロンさん……」


「すみません、俺達のせいで……」


「ああ~~……君達はもう消えなさい。私の気が変わらないうちに」


「「は――はいぃ!!」」


 タオロンの言葉に、弟子達は声を震わせながらそそくさと去っていく。

 一瞬だったから気付き辛いが、身体の芯が凍えるほどの殺気が放たれていた。

 クソったれ……思わずビビっちまったぜ。


 だが、どうやら弟子想いってのは俺の勘違いだったらしいな。

 まるで虫けらを見るかのような眼差しに、鋭い殺気。とても大事な弟子をおもんぱかる態度じゃねぇだろ。


「で、んのか?」


「その前に話をさせてください」


「話だと?」


「はい。私や破天流のことはもうご存知だと思われますが、私はもっと破天流を大きくしたいのです。この町、いや世界で一番の流派にね。

 その為に若く優秀な人材を探しているのですが、お恥ずかしながら先ほどのようなゴミしか集まりません」


「だから?」


 まどろっこしいからさっさと用件を言え。

 そんな意図を含めて尋ねると、タオロンは一拍置いて、


「単刀直入に言いましょう、破天流に来ませんか?」


 はっ、そんなこったろうと思ったぜ。

 だがその答えは既に決まっている。


「嫌だね。俺は木影流の武芸者だ、破天流にはいかねぇ」


「知っていますよ、木影流師範は弟子に技を教えないってね。そんな場所にいて、果たしてこの先今以上に強くなれますかねぇ。君自身も分かってるからこそ、鍛錬もせずこんな所でくすぶっているのではないのですか?」


「――っ!?」


 図星を突かれ動揺する俺に、タオロンは畳み掛けるように言葉を放ってくる。


「私は弟子に技を教えないなんて真似はしませんよ。どうでしょう、私と戦って破天流を知ってみるのは。きっと君も気に入ってくれると思いますよ」


「結局()るんじゃねぇかよ。だったらその破天流とやら、どれほどのもんか試させて貰おうか!!」


 地面を蹴り上げ、タオロンに向かって猛進する。肉薄し、身体を捻りながら全力の拳打を放った。

 だが――、


「良い攻撃ですね」


「ちっ!」


 片手で受け止められてしまう。

 臆せず拳打や脚撃を繰り出すが、全て受け止められてしまっていた。

 駄目だ……こっちの攻撃を全て見極められちまってやがる!!


「では、今度は私からいきましょうか」


「ぐっ!!」


 攻守が逆転し、今度はタオロンが怒涛の連打を放ってくる。


 疾く鋭い上に、身体に似合わず一打一打が重い。けど俺はその攻撃に喰らいつき、全て受け流していく。

 木影流は後の先、守りの流派だ。これくらいならまだ凌ぎきれるぜ。


「素晴らしい、攻撃よりも防御の方が得意なんですね。益々気に入りましたよ。ならこれならどうです!?」


「がはっ!」


 タオロンが放った拳打を受け流しきれず、モロに喰らってしまう。


 何故だ、何故受け流せない!?

 受け流せないことに困惑していると、さらに殴打のラッシュが迫ってくる。それも全て受け流せず、俺はただの的とかしてしまった。

 そしてタオロンは、とどめの一撃を放ってくる。


「破天流・螺旋掌」


「ぐああああああ!!」


 渾身の掌打を腹に喰らい、口から血反吐をまき散らす。

 立っていられず、俺は膝から崩れ落ちた。


(何だ今の……身体が掻き混ぜられてるみてぇだ)


 敗北して這い蹲る俺に、タオロンは膝を曲げてしゃがみながらこう言ってくる。


「どうです? これが武術の“技”というものですよ。君が望むだけで、すぐにこの力を手に入れられるのです」


「く……ぅ……」


「君が来るのを、私はいつでもお待ちしておりますから」


 それだけ言って、タオロンはこの場から去っていく。

 タオロンの言葉は、悪魔のように俺の心に入り込んできた。


「俺は……俺はもっと強くなりたい!!」



 ◇◆◇



「どうしたんすかその傷!? 何があったんすか!?」


「なんでもねぇよ、ほっとけ」


「ほっとける訳ないじゃないですか!! 最近のリュウはおかしいっすよ、鍛錬もサボってどこで何をしてるんすか!? お師匠様も皆も心配してるんすよ!?」


「うるせぇ、お前には関係ねえだろ」


「関係あるっすよ! リュウはアチキの家族じゃないっすか! 家族が怪我をしたら心配するのは当然のことっすよ!

 それに、リュウのしていることは木影流の品位を落としてるんすよ。町民や武芸者の中でも噂になってるっす。木影流のパイは弟子もろくに育てられなくなったのかって……お師匠様を裏切ってまで何がしたいんすか!?」


「うるせぇ! お前に俺の何が分かるんだよ!? はっ、いいよなお前は。いつも能天気で何も考えず楽しくやってんだから、お気楽なもんだぜ。

 俺は木影流の未来ことを誰よりも考えてる。なのにジジイはいつまでも技を教えてくれやがらねぇ。だったら俺は、一人で強くなるしかねぇんだよ!! もう俺に構うんじゃねぇ!!」


「リ、リュウ……」


 ああ、ウゼぇ……マジでウゼぇ。

 話の分からない爺さんも、いつまでも呑気なこいつらにも腹が立つ。苛立ちが爆発した俺は、道場から引き返し再び町に出る。


 気付けば破天流の道場に足を運んでいた。

 そして俺の考えを読み透かしているかの如く、タオロンが待ち構えている。


「きっと来てくれると思ってましたよ、リュウ君。破天流にようこそ、一緒に果てなき強さを求めましょう」


「勘違いすんじゃねぇ、俺はまだ破天流に鞍替えした訳じゃねえぞ。まずは技を教えてもらおうか。話はそれからだ」


「それで構いませんよ。君はきっと、破天流を気に入ってくれると思いますから」


 その日から俺は、破天流に入り浸りタオロンから技を教えて貰っていた。

 木影流の守りの型とは違い、破天流は攻めの型。さらに破壊に特化した流派だった。


 破天流の特徴は回転にある。攻撃の際に拳や足に捻りを加えることで、速度と破壊力が増すんだ。

 それだけではなく、回転を加えると相手の防御を貫通することができる。俺の受け流しが通用しなかったのも、これが仕組みだったんだ。


(すげー……破天流の技はこんなに凄いのか!?)


 俺は破天流の技に酔い痴れた。

 回転を習得するのはそれほど難しくなく、コツさえ掴めば誰でもできる。それこそ、ろくに武術を学んでいないチンピラでもだ。


 今まで武術の基礎を固めてきた俺なら、もっとこの技を高められる。もっと強くなれる。

 俺は久しぶりに、身体が燃え上がるほど高揚していた。


「流石はリュウ、私が見込んだだけあって覚えが早いですね。それにやはり君は守りの柔より、攻めの剛と相性が良いようです。気性的にも、破天流が合っているんですよ」


「ふん……タオロンさんの教えが上手いのもあるだろうけどな」


 実際、タオロンは指導も上手だった。

 まどろっこしい説明を抜きに、スパッと分かり易く教えてくれる。さらに、こうすればもっと良くなるのではないかとアドバイスもしてくれるんだ。


 悔しいが、武芸者としても俺よりずっと格上だ。

 だが、だからこそ素直に教えを受け入れることができたのかもしれねぇ。俺より弱い奴から教えを乞うなんて真っ平ごめんだからな。


 それだけではなく、環境も良かった。

 破天流の弟子はどいつもこいつもギラついた目をしていて、強くなろうと必死にもがいている。その雰囲気に俺のモチベーションも上がっていた。

 木影流のおままごととは大違いだぜ。


「どうです? そろそろその力を試してみたくはありませんか?」


「試すってどうやってだよ。ここにいる奴等とはあらかた戦ったが、俺の相手になる奴はいなかったぜ」


「ここにいないなら、他の流派の弟子と戦えばいいじゃないですか」


 タオロンに連れられ、俺は他流派の弟子に試合を申し込んでいた。


 寸止めで終わる組手ではなく、本気で闘う試合だ。

 試合は連戦連勝。怪我を負うこともあったが問題なかった。その傷が、血肉沸き立つ闘いをする事で強くなっていると実感していたからだ。


 だが、ある試合で俺は他流派の試合で相手を殺してしまった。


「破天流・螺旋貫手」


「がはっ!!」


 相手は強く、俺と同等の実力があり、勝つことに必死だったんだ。一歩間違えば俺が死んでいたかもしれない。やるしかなかった。


「はぁ……はぁ……」


「よく勝ちましたねリュウ。君は大きな壁を乗り越えました。これで君はもっと高みに登れます」


 初めて人を殺めて放心している俺に、タオロンは心地の良い言葉をかけてくれる。

 そうだ……俺は死と隣り合わせの闘いに勝ったんだ。

 この経験は、どの鍛錬にも勝るものだ。




 その日の夕方。

 木影流の道場に帰ると、爺さんが見たことない怒った顔を浮かべて俺を待っていた。側には悲しんでいるメイメイもいる。

 どうやら俺が殺人を犯してしまったことは、爺さんとメイメイの耳に入っていたらしい。


「リュウ……他流派の弟子を殺してしまったって……本当なんすか? 嘘っすよね? いくらリュウでも、そんな馬鹿な真似しないっすよね!?」


「ああ、殺したさ」


「そんな……!? なんでそんな事したんすか!? どうしてお師匠様を裏切るような事をしたんすか!?」


「もうよい、メイメイ」


「お師匠様!! でも!!」


 メイメイを制し、爺さんは真っすぐ俺の目を見つめ問いかけてくる。


「リュウよ……何か言いたいことはあるか?」


「別に……ねぇよ」


「そうか……それならお前を木影流から破門とし、追放する。二度とこの道場に足を踏み入れるでない」


「――ッ!? 追放だぁ!? はっ、言われなくたってこんなしみったれた道場、こっちから出て行ってやらぁ!! 俺には破天流があるからな!!」



 こうなる事は分かっていた。

 爺さんと、木影流と決別する日は必ず来ると分かっていたんだ。

 この日この時がタイミングだったんだろう。


 破門?

 追放?


 上等じゃねぇか、もう木影流にはなんの未練もねぇ。

 俺はここから出て、もっと高みに行ってやる。


 別れは告げた。これで迷うことなく先に進める。

 踵を返して階段を降りていると、メイメイが駆け寄り声をかけてきた。


「リュウ! 本当にこれでいいんすか!? これまでアチキ達を育てくれたお師匠様を裏切ってまで、強さを求めなくちゃならないんすか!?」


 裏切っただと?

 俺は誰よりも爺さんと木影流の未来を考えていた。俺の気持ちに応えなかったのは、爺さんの方だろーが。


「はっ! 裏切っただと!? 最初に裏切ったのはあの爺の方じゃねえか!! なら俺は俺の道をくまでだ!!」


「リュウ……」


「そうだメイメイ……お前も破天流に来いよ。タオロンさんはいいぞ、あんなに強い人は初めて会ったぜ。出会って間もない俺なんかにも、破天流の技を教えてくれたしよ。俺の目指す強さは、あの人の中にあったんだ。

 だからお前も破天流こっちに来いよ。俺からタオロンさんに紹介してやるからさ」


「行く訳ないじゃないっすか! アチキは木影流っす! お師匠様の弟子なんすから!!」


「ちっ……そうかよ。後悔してもしらねぇぞ、木影流なんて、いつくたばったっておかしくねーんだからな」


 そう、遅かれ早かれ木影流は爺さんと共に消える。

 その時になって後悔するのは、お前の方なんだぜ、メイメイ。



 ◇◆◇



 俺は正式に破天流の弟子になった。

 いや、俺だけじゃない。タオロンさんに頼まれ、メイメイ以外の木影流の弟子も破天流に移籍してきた。


 というのも、タオロンさんはもっと破天流を大きくしたいらしく、若い武芸者を欲していたんだ。


 あいつらも武芸者の端くれ。最初は渋っていたが「木影流に居てもこの先未来はない、もっと強くなるなら破天流に来い」と伝えると、俺の話に乗った。

 やはり武芸者とは強さを求める者だ。爺さんやメイメイがおかしいんだよ。


 さらに一年が経ち、俺はもっと強くなった。

 タオロンさんにはまだ勝てないが、他の武芸者で俺に勝てる者はいない。破天流も町で大きくなり、名実ともに最強の一番の流派になったんだ。


 何もかもが上手くいっている

 そんな時、タオロンさんが俺にこう言ってきた。


「木影流が目障りになりましてね、そろそろ潰そうと思っているのですが、リュウに任せたいと考えているんです」


「俺に……ですか?」


「はい。あの流派を終わらせる役目は、やはり君ではないかと」


「わかりました、俺にやらせて下さい」


 タオロンさんの提案に対し、即座に返事をする。

 木影流に引導を渡すのは、俺以外に誰がいるんだ。




「リュウも……木影流を潰すつもりなんすか」


「ああ、そうだよ。こいつらが手柄を立てたいっつうから譲ってやったが、見ての通りこの体たらくだ。なら俺が直々に木影流に引導を渡す他ねぇだろーが」


 俺はメイメイと戦った。

 こいつも多少は強くなっていたが、俺の足下にも及ばない。木影流の技を繰り出してきた時は驚いたが、この程度の技が爺さんの技な訳がない。余りにも弱すぎる。


 やはり破天流に移ったのは正解だった。もし木影流に居たままだったら、俺はメイメイと同じ弱者の道を辿っていただろう。


 そして俺はメイメイに勝利した。

 これで木影流は終わりだろう。俺の手で終わらすことができて、とても清々しい気分だ。


「よくやりましたね、リュウ。やはり君を破天流に誘って良かった」


「いえ、俺の方こそタオロンさんに感謝しています。あのまま木影流にいたら、俺は弱いままでしたから。でももう木影流は終わりですよ」


「その事なんですが……少し面倒な話になりましてね。先ほど看板を譲り受けに道場に伺いましたら、他にも弟子が一人居たんですよ」


「えっ?」


 驚愕した。今の木影流にはメイメイ以外弟子はいない筈だ。

 困惑していると、タオロンさんはため息を吐きながら状況を説明してくる。


 タオロンさんは流派の看板を賭けて弟子同士を戦わせようとした。だが木影流にはメイメイしかおらず、そのメイメイも俺が重傷を負わせたことで戦うことは不可能。


 そのまま看板を取れる筈だったのだが、横から弟子だと名乗る奴が現れ、メイメイの代わりに戦うことになったらしい。

 その弟子は竜人族の女で、他にも冒険者らしき者達が居たそうだ。


(木影流の道場に冒険者……? まさかダルが来ているのか?)


 いや、そんな都合の良い話はないだろう。

 だが爺さんが道場に冒険者の客を招き入れるといったら、ダルしか思い当たらない。


「申し訳ないのですが、リュウにはその弟子とやらと戦って欲しいんですよね。まぁ、君なら負けることは無いでしょうが」


「いいですよ、誰が相手だろうが俺は負けませんから」


「ふふ、頼もしい言葉ですね。期待してますよ、リュウ」


 待ってろ爺。

 今度こそ俺の手で木影流を終わらせてやるからな。


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― 新着の感想 ―
リュウが変わったのは洗脳でもされたのかと思ってたんですが、技を教えて貰えず、くすぶってた所為だったんですね。 同じ話が続いているのは、ダルの仲間達の時であって今回では無いのに……。ほんと荒らしが多い…
[気になる点] 同じ場面をいくつサイド変えてやったら気が済むのか いい加減飽きた
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