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52 メイメイ(後編)

 


 木影流がアチキ一人になってから、早くも一年近くが経ちました。


 この一年で、町の様子も変わってしまったっす。

 今まで悪さをする冒険者は、たまたまその場にいた武芸者が懲らしめていたんすけど、その役目を破天流の武芸者がかって出るようになりました。

 簡単に言えば自警団みたいなもんすね。


 最初は印象が最悪だった破天流も、徐々に町の人達から頼りにされるようになりました。


 でも、それにはカラクリがあったんすよ。いくら節操がない冒険者とはいえ、誰もがそうである訳じゃないんす。アニキ達のような、優しくて懐が深い冒険者もいるんすよ。


 なのでしょっちゅう問題が起きる筈がないんすけど、破天流の奴等がわざと挑発して、問題を起こさせてるんす。

 それを自分達で解決して、町の平和は俺達が守ってやってるって言ってるんす。汚いやり方っすよね。


 印象が良かったのも最初だけで、最近では破天流の弟子達が横柄な態度を取るようになりましたっす。やりたい放題で、町の人も困ってます。


 でも実際冒険者からは守ってくれてるし、相手は仮にも武芸者。歯向かうことができないっすから、何も言えず我慢してる状態っす。


 アチキもそういう現場を見掛けたら注意はしてるっすけど、根本的な問題の解決はできないっす。アチキは馬鹿だから、何をどうすればいいのか分かんないんすよね。

 お師匠様に相談しても、放っておいたらいいって言うだけですし。


 お師匠様はまだまだ元気っすよ。最近腰が痛いって嘆いてるっすけどね。


 アチキもこの一年で大分成長したっす。

 自分自身の手でいくつか技を編み出して、練度を高めてるっす。たま~に他流派と組手をしてるっすけど、かなりイイ線いってる感じがするっす。


 そんな感じで、己の鍛錬に邁進しながらお師匠様と静かに暮らしてる時でした。


 買い物から帰ってきた時、道場の中にお師匠様以外の人が沢山いたんす。この道場に来る人なんて滅多にいなくて、珍しいな~誰だろうな~って気になって中を覗いたところ、吃驚してしまいました。


「アニキ……」


 道場にいたのは、五年前に出会ったアニキだったんす。

 見た目は以前より大分変わってましたけど、アチキはすぐにアニキだってわかったっす。


 居ても立っても居られずアニキに飛び付くと、アニキは優しく頭を撫でてくれたっす。

 ああ……この声、この手、やっぱりアニキっす。また会えてすっごく嬉しいっす!!


 どうやらアニキは、王都を目指して旅の真っ最中だったそうっす。


 でも共にいるお仲間が昔の人達とは違うんすよね。

 アイシア姉さんも居ないし。


 その事を聞いたら、アイシア姉さん達とは今は一緒に居ないそうです。アチキ達にも色々あったように、アニキも色々あったんすね。

 アイシア姉さんと会えないのは寂しいっすけど、アニキと会えただけでも凄く嬉しいっす。


 アニキの新しいお仲間は、アテナにフレイにミリアリアっす。


 アテナは人間なんすけど、すっごい綺麗な容姿の方っす。ついぼーっと見惚れちゃいました。


 艶やかな金髪はお日様みたいに輝いていて、胸も大きく女性らしい身体つきで、まるでお嬢様みたいな人っす。アイシア姉さんも綺麗でしたけど、それとはまた違うベクトルの美しさっすね。


 フレイは竜人族で、背中に小さな翼が生えていて、お尻の上にも尻尾が生えてるっす。


 これまで沢山の亜人を見てきましたけど、竜人族に会ったのは初めてっす。フレイも中々容姿が整ってるっすよ。炎のような真っ赤な髪に、発達した筋肉、背も高くて羨ましいっす。


 ただ、ちょっと顔が恐いんすよね。目が吊り上がってるのもそうですけど、態度ガラが悪いんす。チンピラと変わらない感じっす。


 ミリアリアはエルフっす。エルフには会ったのはこれで二度目っすね。

 顔も名前も忘れてしまったんすけど、確かアニキの昔のお仲間にエルフの女性が居た気がします。あの方も耳が長かったっすから。


 ただ、アチキと一緒で身体がちんちくりんなミリアリアとは違って、その女性は背も高くボンキュッボンで“ようえん”な見た目でした。でもミリアリアも凄い綺麗な顔をしてるっす。

 あと彼女は凄い怠け者みたいっすね。ずっと眠そうにしてるっす。


 三人共冒険者なだけあって、強いんだろうってことは肌で感じ取れます。


 特にミリアリアは只者じゃないっすね。

 小さな見た目とやる気のない態度に惑わされるっすけど、胸の中に凶暴な獣が潜んでるっす。獣人族としての本能が、こいつとは戦っちゃ駄目って訴えてきますもん。


 話の流れで、フレイと勝負する事になったっす。

 武芸者以外の人、ましてや冒険者と組手をする機会はなかったので、凄く有り難いっす。


 ワクワクしながら組手が始まりました。

 想像通り、フレイは凄い強いっす。

 スピード、パワー共に今まで相手をしてきた武芸者の中でもトップクラスっす。


 まともに受ければアチキなんか簡単に吹っ飛ばされてしまうでしょう。それに防御力も半端なくて、アチキの打撃じゃ大した効果にならないっす。


 けど、攻撃は単純なので捌くことはそれほど難しくなかったっす。途中ちょっとだけひやりとしたっすけど、最後にフレイを投げ飛ばしてアチキが勝利したっす。


「お前……強えんだな」


「はいっす! フレイさんも強かったっすよ! 拳打が重くて手がヒリヒリしてるっす!」


 もしフレイの打撃を一度でも捌ききれなかったらアチキの負けでした。それ程、フレイのパワーは驚異的っす。

 でもめちゃくちゃ楽しかったっす。是非また戦ってみたいっす。


 勝負の後は、客室でアニキ達と色々な話をしました。

 話の中で他の弟子がいない話題が上がったんすけど、お師匠様が言わないからアチキが我慢できずに言ってしまったっす。


 そしたらアニキ達も破天流の事を既にご存知のようで、ここに来る前にひと悶着あったみたいっす。

 あいつら……アニキにまで迷惑かけて、許せないっす!!


 話を聞いてくれたアニキは、突然こんなことを口にしました。


「なぁ爺さん、少しの間でいいからフレイを弟子にしてやってくれねぇか」って。


 これにはビックリしました。アチキだけではなくてフレイ自身も驚いていましたから。


 でもアニキには何か考えがあるようで、それを察したフレイも最終的には了承したんす。お師匠様も許して、勿論アチキは大賛成っす。


 また誰かと一緒に鍛錬できるなんて嬉しいっすから。それにアニキ達も当分の間、道場うちに厄介になるそうです。

 久しぶりに道場が賑やかになって、凄く嬉しいっす。



 ◇◆◇



 早速、次の日からフレイを弟子にしての生活が始まりました。

 弟子という事で道着を着させてみたんすけど、これがまぁ全然似合わないんすよね。違和感ありまくりっす。


 まず始めに道場の掃除や料理といった雑務を行うんすけど、案の定フレイは文句たらたらでした。

 雑務は弟子の仕事の内っすから、やらない訳にはいかないっす。弟子が沢山いた時は皆で手分けしてたんすけど、今はアチキ一人でやってるっす。


 嫌々ながらもフレイは雑務を熟していきます。

 手際も悪く雑ではあるっすけど、力がある分意外と綺麗だったり早かったりするんすよね。


 それに料理の方も思ってた以上にできてました。てっきりそういうのは苦手だと思ってたんすけど、どうやらアニキにしごかれたらしっす。流石アニキっすね。


 鍛錬の方はもっと驚きました。

 身体強化の常時発動であるハガネを会得しているのもそうっすけど、身体も凄くタフっす。


 道場へ行く為の長い階段を兎跳びで登るのは弟子達でもやり遂げる者は多くなかったっすけど、フレイは初めてで登りきったんすよ。

 時間はかかりましたけど、フレイは体力も根性も人一倍あるっす。これにはアチキも尊敬の念を抱きました。


 でも型の鍛錬は今一だったっすね。

 アチキが口で教えるのが下手というのもあるっすけど、フレイはかなりのぶきっちょさんでした。とりあえずアチキの動作の真似をさせてみたっすけど、こっちの方が幾分かマシでした。


 それでも、やり続けたらコツも掴めたみたいで様になってきたっす。フレイはアチキと一緒で、身体で覚えるタイプなんすよね。


「オラ、これならどうよ!!」


「へへ、甘いっすよ!!」


 フレイとの実践的な組手は凄く楽しいっす。

 実力が拮抗しているから、お互い全力を出し合えるんすよ。それにフレイはやればやるだけメキメキと上達してるっす。


 攻撃の勢いを殺す受け流しも徐々に上手くなってきていて、アチキの真似をして木影流の技を偶に使ったりしてるっす。まだ勝ち星はアチキの方が上っすけど、フレイは驚異的な速度で強くなってて、抜かされる日も遠くないかもしれないっすね。


 そんなフレイに負けたくなくて、アチキもより一層鍛錬に励み、成長している気がするっす。

 フレイには負けてらんないすから。


「今、すっごく楽しいっす」


「あん、なんか言ったか?」


「いえ、何でもないっす」


 アニキ達が来て、フレイが弟子になってからの日々は凄く充実していて、幸せを感じてるっす。


 やっぱり一人で鍛錬するよりも、誰かと一緒にやった方が楽しいっすよ。お師匠様との暮らしにも不満はないっすけど、大勢でご飯を囲うのは良いもんなんすよね。


 いつまでもこんな日々が続けばいいなと思うんすけど、アニキ達はもう少ししたらここを発ってしまうんすよね……。

 でもそれはしょうがない事っす。アチキもアニキ達も、それぞれ違う道を進んでいるんすから。


 でも、もう少しだけでいいからこの幸せを噛みしめさせて欲しいっす。


 ――そう願ってた時でした。


 人は何かを強く欲する時ほど、足元を掬われてしまうんす。


「フレイは先に帰って欲しいっす。アチキは他に用があるっすから」


「そうか? んじゃあ先行ってるぜ」


「お願いするっす」


 買い物を終えてから、フレイに荷物を任せて先に帰ってもらい、アチキは一人で町の出店に向かうっす。


 というのも、フレイに何か贈り物を上げようと思うんすよね。そろそろアニキ達はこの町を出ると思うので、その前に買っておこうと思ったんすよ。

 ほら、アチキは一応フレイの姉弟子っすからね。短い期間でしたけど、一緒に汗を流した仲っすから。


「あっ、これなんかいいっすね」


 飾り店を見回って色々探していると、中々良いものを見つけました。それは手首に着けるサポートみたいなもので、フレイの髪に合う赤い色をしたリストバンドっす。

 フレイは装飾とか興味なさそうだし、これが丁度良いんじゃないっすかね。


「これくださいっす」


「はいよ」


 買ったリストバンドを失くさないようにポケットに仕舞いながら帰宅するっす。


「へへ、フレイ喜んでくれるっすかね」


 フレイの事だから素直に喜びはしないと思うっすけど、それはそれでいいっす。受け取ってくれるだけで十分っす。


「おい、お前が木影流のメイメイか?」


「お前達、何者っすか。アチキに何か用があるんすか?」


 その場面を想像しながら、道場に行くための階段を登ろうとする時でした。


 階段を塞ぐように、道着を身に着けた若い武芸者が十人程たむろってるっす。

 その雰囲気からただ事ではないと察して警戒すると、先頭にいる者が下卑た笑みを浮かべながら口を開きました。


「悪ぃけど、ちょっと俺達と相手になってくれよ」


「お前達、破天流の者っすね。今度は木影流を潰しに来たって事っすか」


「へっ、察しがいいじゃねぇか。そういうこった」


「一対一ではなく多勢とは、武芸者の風上に置けないっすね。いいっすよ、かかってくるっす」


「その余裕、いつまで持つかな? いくぞテメエら!!」


 一斉に仕掛けてくる破天流の武芸者達。

 多勢に無勢とはいえ、お前達如きにやられるアチキじゃないっすよ。

 四方八方から飛び交う拳打と脚撃を冷静に見極め、受け流しながら次々と投げ飛ばすっす。


「ぐあ?!」


「こいつ強ぇ!!」


 アチキは強くないっす。お前達が弱いだけっすよ。

 でも、仮にも武芸者なだけあって捌ききるのは大変っすね。武術の練度は低いっすけど、意外と体力スタミナがあって、投げ飛ばしてもすぐに立ち上がってくるっす。


 それでも、木影流の名に懸けてこんな卑怯な奴等には負けられないっす。


「はっ!!」


「「ぅあああああ!!」」


「はぁ……はぁ……これで終わりっすね」


 長い時間をかけ、ようやく最後の破天流を倒しました。

 アチキとした事が、何発か打撃を貰ってしまったっす。まだまだ鍛錬が足りない証拠っすね。


「おいおい、こんな奴になに負けてんだよ。どいつもこいつも情けねぇな」


「えっ……リュウ?」


 これでやっと帰れると安堵した瞬間でした。背後から懐かしい声が聞こえ、振り返ったらリュウがいたんすよ。


 最後に別れた時よりも随分身体が逞しくなり、顔つきも大分変わっていました。滲み出る雰囲気も、以前より険しくなってるっす。


「まさかリュウも……木影流を潰すつもりなんすか」


「ああ、そうだよ。こいつらが手柄を立てたいっつうから譲ってやったが、見ての通りこの体たらくだ。なら俺が直々に木影流に引導を渡す他ねぇだろーが」


「どこまで外道に堕ちれば気が済むんすか……リュウ!!」


「強さを求めるなら何にだってなる。その覚悟もなくいつまでもおままごとをやってるお前に言われたかねーぜ、メイメイ」


「リュウ!!」


「お喋りはここまでだ。さぁ、決着ケリを着けようぜ」


 そう言いながら、腰を低く構えるリュウ。

 どっしりとした佇まい、対峙しただけで感じ取れるっす。さっきまでの奴等とは比べ物にならないぐらいリュウは強いっす。


 身体から強者の圧力オーラが溢れ出てるっすよ。

 リュウがそのつもりなら仕方ないっすね。アチキの手で、この馬鹿の頭を冷ましてやるっす!!


「行くぞメイメイ!!」


「来い、リュウ!!」


 地面を強く蹴り上げ、跳ぶように接近してくるリュウ。

 飛んでくる拳打と脚撃は、疾く鋭く、そして重い。一年前とは別物になってるっす。フレイと組手をしていなかったら、初撃で勝負は決まってたかもしれないっす。フレイには感謝っすね。


「おらどうしたぁ!? ちったぁやるようだが、捌くだけじゃ戦いにならねーぞ!!」


「ぐっ!!」


 リュウの攻撃は嵐のように荒々しく、攻撃を捌くので精一杯っす。

 このまま防戦一方ではいずれ受け損ねた時、一気に押し切られてしまう。その前にこちらのペースに持っていかないと。


 アチキは身を低くながら肉薄し、リュウの足に引っ掛けながら胸倉を掴むと、力を振り絞って引っ張り、全体重を上乗せしながらリュウの身体を持ち上げるっす。


「木影流・柳崩し!!」


「――甘ぇ!!」


「なっ――!?」


 後ろに投げ飛ばそうとしたんすが、リュウは両足から地面に着地して持ち堪えたっす。


 そんな……アチキの柳崩しを初見で受けきったというんすか!?


 繰り出した技が不発に終わり、すぐに体勢を立て直そうとする所に脚撃を受け、吹っ飛ばされてしまいました。


「ぐぅぅ!!」


「はっ何が木影流だ。そんなチンケな技が爺の技な訳ねーだろーが。ホラ吹くんじゃねえ」


「はぁ……はぁ……確かにこの技はアチキが考えて編み出した技っす。でも、これはお師匠様にも認められた正真正銘の木影流の技っすよ」


「認めようが認めまいが関係ねーんだよ。俺に破られるようじゃ、そこまでの技だってことだ。段々ムカついてきたぜ。遊びは終いだ、もう終わらせてやるよ」


 接近してくるリュウは、再び怒涛の連打を打ち込んでくるっす。

 アチキはそれを受け流そうとしたんすけど、上手く捌けず喰らってしまったっす。何故受け流せないのか、その仕組みは恐らく“回転”によるものでしょう。

 インパクトのタイミングに回転を加えることで、勢いを殺しきれてないんす。


「ぐっ、がっ、がはっ?!」


 カラクリが分かった時にはもう遅かったっす。

 重い打撃を貰ってしまい、アチキはただのサンドバックになってしまいました。受け流しは諸刃の剣。一度失敗してリズムを崩されたら負うダメージも大きいっす。


(やばい、意識が遠くなってきたっす……)


 ふらふらな状態で、気力で立っているだけのアチキに、リュウが留めの一撃を仕掛けてくるっす。その攻撃を受け流そうとしたんすが――、


「破天流・螺旋貫手」


「がはっっっつ!!」


 リュウが放った貫手を受けることができず、腹を貫かれてしまったっす。

 口から血を吐くと同時に、立っていられず背中から倒れてしまいました。


「はぁ……ぁ……がっ……」


「俺の勝ちだな。メイメイ、木影流はもう終わりだ」


「ま……待つっす……」


 踵を返すリュウに手を伸ばしましたが、そこでアチキは意識を完全に失ってしまったのでした。


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