51 メイメイ(中編)
アニキが町を出てから四年。
アチキも十四歳になって、年長者になったっす。
といっても、アチキより下の子は三人しか居ないっす。兄弟子達も道場を去ってしまって、沢山いた弟子達も少なくなってしまったっす。広々とした道場を見ると、なんだか寂しくなってしまうっす……。
でも別にいいんす。寂しくはありますけど、道場を出た皆は家族には変わりないんすから。時々お土産を持って帰ってきてくれるっすしね。
この四年間でアチキも成長しました。
背も伸びたんすよ。胸はぺったんこのままで、アイシア姉さんみたいには大きくならなかったっすけど……。別に悔しくはないっす、胸が大きいと動き辛そうっすからね……。
武芸者としても強くなりました。
まだ一人前とは言えないっすけど、身体も丈夫になったし、魔力の使い方も覚えて身体強化の『常鋼』もできるようになったっす。
組手などの実践的な実力においても、木影流の中ではアチキが一番上っす。もしやアチキには才能があるのでは? と喜んでいましたら、お師匠様に「お前なんかまだまだじゃ」と窘められてしまったっす。
アチキの次に強いのがリュウっすね。
リュウもこの四年間で見違えるほど成長したっす。背も伸びて、男の子から大人な男性になった感じがするんすよ。でも成長したのは見た目だけで、中身はまだまだ子供っす。
最近ではお師匠様に「そろそろ木影流の技を教えてくれよ」としつこく付き纏っては袖にされ、いじけたのか鍛錬もサボるようになってしまったっす。
それだけならまだマシなんすけど、リュウは町で他の武芸者に片っ端から喧嘩を吹っ掛けるようになったんす。
「リュウ、その傷……また町で喧嘩をしてきたんすか」
「うるせぇ、お前には関係ねえだろ」
「関係あるっすよ! リュウはアチキの家族じゃないっすか! 家族が怪我をしたら心配するのは当然のことっすよ!
それに、リュウのしていることは木影流の品位を落としてるんすよ。町民や武芸者の中でも噂になってるっす。木影流のパイは弟子もろくに育てられなくなったのかって……お師匠様を裏切ってまで何がしたいんすか!?」
「うるせぇ! お前に俺の何が分かるんだよ!? はっ、いいよなお前は。いつも能天気で何も考えず楽しくやってんだから、お気楽なもんだぜ。
俺は木影流の未来を誰よりも考えてる。なのにジジイはいつまでも技を教えてくれやがらねぇ。だったら俺は、一人で強くなるしかねぇんだよ!! もう俺に構うんじゃねぇ!!」
「リュウ……」
アチキも必死に説得したっすけど、リュウは一向に耳を傾けてくれなかったっす。
このままでは駄目だと、アチキはお師匠様に相談しました。
「ねぇお師匠様、このままリュウの事を放っておいていいんすか?」
「ん~、あの年代の子供は扱いが難しいからのぉ。今はそっとしておいた方がええ」
「それでいいんすか? このままだったらリュウはずっと喧嘩をしますっすよ。それに、アチキ知ってるんす。お師匠様がわざわざ町民や、喧嘩した武芸者の流派に頭を下げに行ってることを。何でお師匠様がそんな事しなくちゃならないんすか。悪いのはリュウなのに……」
「爺の頭一つ下げて済むのなら、いくらでも下げてやるわい」
お師匠様がどうしてリュウの尻拭いをするのか、どうして庇うのか全然理解できなかったっす。
もっと怒って叱ってやればいいのに……お師匠様が悪さを見逃すのが凄い違和感がありました。
「ねぇお師匠様、どうしてお師匠様は弟子に技を教えないんすか? リュウだって、木影流の技を教えて貰えばきっと元に戻るっすよ」
「技か……そんなもんいらんよ。ワシはお前達を弟子扱いしておるが、木影流のためなんかじゃない。この未来何があっても挫けぬ精神と、理不尽な世界に殺されてしまわぬ強靭な身体を持って欲しいからじゃ。
生きていく上で技なんかな~んも必要ないじゃろ? 道場を出ていった者も、皆がみな武芸者になる訳じゃない。真っ当な職に就く者もおれば、嫁に行く者もおる。武芸者としての道を進みたいのなら、一人で極めるのもよし、他の流派に当たるのもよしじゃ。
なぁメイメイ、お前達はワシの家族であり、強く生きてくれればそれでいいんじゃよ」
「お師匠様……でもそれじゃあ……」
「それにの、技なんてものは人から教えて貰うもんではない。己の手で作り上げていくものなんじゃ。リュウもメイメイも、その土台は十分できておる。後は自分次第じゃ」
結局、お師匠様はそれ以降もリュウに対して何もしませんでした。
喧嘩を注意することも、技を教えることもなかったっす。
「技は己の手で作り上げていくもの……っすか」
アチキはお師匠様の話を聞いてから、決めたことがあるっす。
お師匠様は誰にも木影流の技を教えない。
そしたら、もしお師匠様が死んだら木影流の存在が消えてなくなってしまうっす。誰にも託されず、継ぐ者もおらず、そっと静かに消滅してしまうっす。
そんなのは嫌だ。お師匠様はそれでいいと考えてるかもしれないっすけど、アチキは木影流がなくなるなんて嫌だ。
これは単なる予想っすけど、リュウもそれが嫌だからお師匠様に技を教えてもらいたいと思ってるんじゃないかと思うんす。あー見えてあいつは、木影流のこともお師匠様のことも大好きっすから。
だからアチキは決めたんす。木影流は潰させない、アチキが守るって。
決意を抱いたその日から通常の鍛錬の他に、技の鍛錬を始めました。これまで培ってきたもの全てを組み合わせて、自分で考えて技を作っていくっす。
アチキは馬鹿だから中々上手くいかないっすけど、お師匠様が言ったように土台はもう十分できてる。その土台は、お師匠様が作ってくれたものっすから。
後は自分で試行錯誤して、技を編み出し磨き上げていくだけっすよ。
「リュウ……アチキも、いつまでも能天気じゃないっすよ」
◇◆◇
それからすぐの事だったっす。
ついにリュウが禁忌を犯してしてしまったんす。喧嘩で武芸者を殺してしまったんすよ!
なんでそんな事してしまったんっすか……あの馬鹿は!?
喧嘩だけならまだ許される範囲かもしれないっすけど、流石に人殺しは駄目っすよ。
これには今まで見逃していたお師匠様も堪忍袋の緒が切れたみたいで、見た事ないほど怒りました。
「リュウよ……何か言いたいことはあるか?」
「別に……ねぇよ」
「そうか……それならお前を木影流から破門とし、追放する。二度とこの道場に足を踏み入れるでない」
「――ッ!? 追放だぁ!? はっ、言われなくたってこんなしみったれた道場、こっちから出て行ってやらぁ!! 俺には破天流があるからな!!」
(破天流? 何でリュウの口からその名前が出てくるんすか?)
破天流は武芸者の中でもよくない噂が流れてるっす。
つい最近、タオロンという武芸者が他流派に道場破りして、土地も弟子も乗っ取って新しい流派に変えたって。
その上、次々と他の流派に道場破りをしては金目の物と看板を巻き上げているって。
なんでそんな人様に迷惑をかけるような破天流とリュウが繋がってるんすか!?
絶対何かおかしいっすよ!!
怒鳴り声を上げて去ろうとするリュウに、アチキは咄嗟に声をかけました。
「待つっす! リュウ!」
「もういいんじゃよ、メイメイ」
「でもお師匠様、このままでい――っ!?」
それ以上言葉が出ませんでした。
お師匠様の顔は、今にも泣き出してしまいそうな悲しい顔をされていました。こんな苦しくて悲しそうな表情、今まで見たことがなかったっす。
やっぱり駄目っす、このままじゃ駄目なんすよ。
アチキは去ってしまったリュウを追いかけ、必死に引き留めたっす。
「リュウ! 本当にこれでいいんすか!? これまでアチキ達を育てくれたお師匠様を裏切ってまで、強さを求めなくちゃならないんすか!?」
「はっ! 裏切っただと!? 最初に裏切ったのはあのジジイの方じゃねえか!! なら俺は俺の道を行くまでだ!!」
「リュウ……」
「そうだメイメイ……お前も破天流に来いよ。タオロンさんはいいぞ、あんなに強い人は初めて会ったぜ。出会って間もない俺なんかにも、破天流の技を教えてくれたしよ。俺の目指す強さは、あの人の中にあったんだ。
だからお前も破天流に来いよ。俺からタオロンさんに紹介してやるからさ」
「行く訳ないじゃないっすか! アチキは木影流っす! お師匠様の弟子なんすから!!」
「ちっ……そうかよ。後悔してもしらねぇぞ、木影流なんて、いつくたばったっておかしくねーんだからな」
アチキが何をどれだけ言っても、リュウの心に届くことはなかったっす。
それからすぐに、他の弟子達も木影流を去ってしまったっす。
兄弟子も弟弟子もみんな、破天流に行ってしまったんすよ。それも全て、リュウが唆したらしいんす。
いつまでもあんな道場にいたって意味なんかないって。武芸者なら強くなりたいのが当たり前だろって。
木影流を裏切っただけではなく、他の家族にも手を出すなんて許せないっすよ。
それに、皆もみんなっす。甘い言葉に乗せられて、お師匠様を裏切るなんてどうかしてるっすよ。
これで木影流の弟子はアチキ一人になってしまったっす。
でも平気っす。例え一人になっても、お師匠様と木影流はアチキが守るっすから。




