50 メイメイ(前編)
アチキの名前はメイメイっていうっす。
この名前は、お師匠様がつけてくれたんすよ。というのも、アチキには両親がいないんす。
いわゆる捨て子ってやつっすね。
お師匠様から聞いた話だと、ざーざーと雨が降る日に、道場の屋根下に、籠に入った赤ん坊のアチキがポツンと置かれていたらしいっす。
お師匠様はアチキを拾ってくれて、この道場に引き取ってくれたんす。
お師匠様は木影流の師範っす。
師範っていうのは、武術を教える先生で、道場で一番偉い人のことを言うっす。お師匠様はパイって名前なんすけど、パイと木影流は武芸者の中では結構名が知れてるみたいで、沢山の弟子がいました。
アチキには家族が居ないっすけど、お師匠様を始め、木影流の弟子達がアチキを可愛いがってくれて、アチキは全然寂しくなかったっす。皆が家族みたいなもんなんすよ。
木影流道場には、アチキ以外にも身寄りのない子や食べるに困ってる子を引き取ったりしてるっす。リュウもその一人だったんすね。
リュウと出会ったのはアチキが五歳くらいの頃でした。
出掛けから帰ってきたお師匠様が、小さなリュウを連れてきたんすよね。
リュウも家族がいなくて、生きていくために盗みを働いていたんすよ。どういった経緯で知り合ったのかは聞いてないっすけど、お師匠様はアチキ達に「今日からこいつもウチの弟子だ、仲良くしてやってくれ」と言ってきたんす。
突然子供を連れてくるなんて珍しくもなかったっすから、アチキも弟子達も喜んでリュウを歓迎したっす。でも当時のリュウは凄く荒れていて、誰にも心を開いてくれなかったっす。
「話しかけてくんじゃねーよ!! 俺に構うんじゃねえ!!」
皆が辛抱強く話しかけ続けたんすけど、リュウは無視ばかりでずっと一人でいました。
だけどある日突然、リュウが態度を改めたんす。徐々にっすけど、弟子の皆とも話すようになったんすよ。
それと同時に、リュウは武術を習い始めました。何でリュウが心を開いたのかは分からないっすけど、多分お師匠様と何かあったのでしょう。お師匠様といると何でも話しちゃうんすよね。嘘だって吐けないっすから。
アチキもリュウと一緒に武術を習うことにしました。兄弟子達をすぐ側で見ていて武芸者に興味がありましたし、同年代のリュウが始めるということでタイミングも良かったんすよね。
元々身体を動かすのが好きで、武術を習うのは凄く楽しかったっす。
最初は兄弟子達の真似をするだけでしたけど、少しずつ型も学んでいったっす。体力トレーニングはすっごくキツかったっす。今でこそ日課のようにできてますけど、あの長くて急な階段を走ったり山道を駆け回るのは、子供にはしんどかったっす。
ダウンしたアタシとリュウを兄弟子達が背負いながら鍛錬してくれるまでがお決まりで、それが凄く楽しかったんすよね。
でも、兄弟子達はいつまでも道場にはいないっす。
木影流……お師匠様は基本的に技を教えないんすよね。
だから皆、一人で生きていく力を身につけたら道場を出ていってしまうんす。家族と別れるのは寂しいっすけど、強さを求める為だから仕方ないことなんす。
アチキが十歳になった頃っす。
ある日お師匠様が、四人の冒険者を連れてきました。冒険者っていうのは、迷宮という場所でお宝を探したり、モンスターを狩って生計を立てる人達のことを言うんすよ。
この町は沢山武芸者がいるんすけど、冒険者の方もそれなりにいるっす。何でかというと、山を越えた所に凄い大きな町があるらしくて、山越えする前にこの町で一休みしたりするんす。
アチキもまだ一度も訪ねたことがないので、いつしか行ってみたいっす。
冒険者の中には気性の荒い人もいて、偶に悪さをする人もいるんすけど、町の武芸者が懲らしめるから問題ないんすよね。
お師匠様が連れてきた四人の冒険者は、兄弟子達と同じくらい若い人達でした。
その中の一人が、ダルのアニキだったんす。
アニキはかっこ良くて、イキイキしてるっていうか、纏う雰囲気がやばかったっす。自信に満ち溢れているといいますか、キラキラと輝いてたんすよね。
「なんだ、俺になんか用か? ほら、隠れてないでこっち来いよ」
それでいて気さくで楽しい人なんすよ。
アチキが今まで抱いていた冒険者のイメージは、恐くて近寄りがたいって感じがしてましたけど、アニキは違ったっす。
アチキやリュウみたいな子供にも優しく接してくれて、嫌がらず構ってくれたっす。特にリュウなんかは、アニキにくっついて冒険話をせがんでいました。
やっぱり男の子って、そういうのが好きなんすよね。まぁ、アチキも好きっすけど。
というか、お師匠様に気に入られるってのがまず凄いと思うんすよね。お師匠様が自分からお客様を道場に連れてくることなんて今まで滅多にありませんでしたから。
アニキの他には、アイシア姉さんがいました。
姉さんはすっごくお綺麗で、優しくて笑顔が素敵な女性っす。裁縫とか料理とかも得意で、色んなことを教わりました。まるで女神みたいなお方でしたっす。
あとの二人はあんまり覚えてないんすね。
アニキ達は町の宿を借りていて、アニキと姉さんだけは毎日道場に通ってくれましたけど、他の二人は最初だけ来ただけでしたから。
ぼんやりと覚えているのは、男前な男性とえっちぃ格好をした女性だったっす。
アニキはアチキ達と一緒に武術の鍛錬をしてたんすけど、凄いの一言っすよ。なんというか、覚えるのがべらぼうに早いんですよね。
通常、型っていうのは長い年月をかけて己のものにしていくんすけど、アニキはすぐにマスターしてしまったんす。
それもただの見様見真似じゃなくて、完璧にマスターして実践に応用してたっす。
兄弟子達とも組手をやってましたけど、ほとんど負け無しでした。なのでアニキの組手はお師匠様が相手をしていたっす。
流石のアニキでもお師匠様には中々勝ちを取れなかったっすけど、傍から見てても勉強になる組手でした。
普段弟子の組手に参加しないお師匠様も、珍しく楽しそうに組手をしておりました。
よっぽどアニキの事を気に入ったんだと思うんす。これはアチキの想像っすけど、武芸者としての血が騒いだんじゃないかと思うんすよね。
楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、そしていつまでも続かないんすよね。
アニキ達が町を発つことになり、お別れの日がやってきたんす。
「ひぐっ……ぅう……」
「泣くなよメイメイ、また会いに来てやるからさ」
「本当っすか? 本当にまた会えるっすか……?」
「ああ、本当だ。今度は俺が世界一の冒険者になって、会いに来てやるぜ」
そう言って、アニキはアチキの頭を優しく撫でてくれたっす。
アチキは心に決めたんす。
次に会った時、アニキに褒めてもらえるくらい凄い武芸者になってやるって。




