48 ミリアリア2(前編)
アタシはミリアリア。エルフ族の魔術師だ。
今は大好きなアテナがいる、スターダストというパーティーに所属している。他にも、自分勝手で我儘なフレイと、とても二十歳には見えないおっさんみたいなダルがいる。
アタシ達が普段使っていた中級の迷宮が出入り禁止となり、やった~これでいっぱい惰眠を貪れるぞ~と喜んでいたら、ダルが冒険の旅に出るとかいらん事を抜かし始めた。
断固反対したけど、アテナとフレイが乗り気になってしまい覆らない。何でこのパーティーはこんなにせわしないのだろうか……。
旅の到達点は王都バロンターク。
そこを目指して次の日には出発したんだけど、ただ旅をするだけではなく、それぞれ鍛錬をしながら行くことになった。
ダルめ……また面倒臭いことを言うんだから。長時間歩くだけでも疲れるのに、その上鍛錬も並行してやるなんてどうかしてる。
ダルはアタシ達に課題を与えてきた。
アタシとフレイには料理を作れるようになること。別にそんなことできなくたっていいじゃないかと思ったけど、あれこれと理由をつけられて結局やることになってしまった。
今まで料理なんかろくにやってこなかったから、案の定料理と言えない物ができてしまう。
アテナもダルも「これは酷い……」と顔を渋らせていたけど、しょうがないじゃん。
アタシは余り食に興味がない。美味しいご飯を食べられるに越したことはないけど、お腹を満たせれば十分なんだ。
エルフの里にいた時も、基本野菜や果実ばっかりだったし。エルフの里を出てからも木の実や食草を食べてたし。
料理の他にも、アテナとフレイは課題を与えられていた。
それに関してはよく分からないし興味もない。ただ、ダルはアタシにも課題を与えてくる。
アタシは今でも十分強いから必要ないと言ったんだけど、この男は「お前魔神に負けたじゃん」と煽ってくる。
こいつは馬鹿なのだろうか?
魔神は迷宮が生んだ化物だ。あんなのに一人で勝てる人間がどこにいる。ムカついたから精霊魔術を使えていたら勝ってたとホラを吹いたけど、例え使えたとしても勝てなかっただろう。
自分でも分かってるのに「使えなかったら意味ねぇじゃねえか」と論破されてしまい、二の句が継げなかった。
結局、ダルには体力作りという心底面倒臭い課題を与えられた。
なんで魔術師であるアタシがわざわざ体力を増やさなきゃならないんだ。そういった泥臭いのはフレイのアホにやらせておけばいいのに。
間髪入れずに断ったんだけど、ダルはまた理由をつけてやらせようとしてくる。
ぐぬぅ……なんでアタシが体力作りなんかしなくちゃならないんだよぉ。
それに、課題は一つではなく他にもあった。
今度はなんだと腹が立ったけど、次の鍛錬は“瞑想”というものだった。
瞑想は簡単に言うと、心を落ち着かせて集中力を高める方法らしい。ダルが言うには、瞑想には多少なりとも魔力の回復効果もあるそうだ。
それに他の種族と比べてエルフのアタシの場合、その効果は上がるらしい。
試しにやってみる。地面に座り、瞼を閉じて身体をリラックスさせる。そうすると、段々と眠くなってしまい寝そうになる。完全に寝る前に、ダルに叩き起こされた。
くっ……気持ち良くてつい寝てしまう。というか、寝るなという方が無理がある。
本当にこんな方法で集中力を高められるんだろうか? 魔力が回復するというのも、眠るから回復するだけなんじゃないの?
そんな疑問を抱きつつ、アタシはダルが付きっきりで瞑想の鍛錬を開始するのだった。
◇◆◇
旅に出てから一か月が経った。
その頃になると、アタシの料理も少しは上達する。といっても、凄く美味しいという訳ではなくマシになった程度だけど。
まあ、これくらいできれば十分だとお墨付きをもらったから、それでいいや。
瞑想に関しては予想よりも大きな収穫があった。
最初は眠くなるだけだったけど、やればやるほど世界に漂う魔力を感じられるようになる。
正直びっくりした。世界はこんなにも魔力で満ち溢れているのかと。こちらから語りかけ、世界からほんの少しの魔力を分け与えてもらう。そういう風にイメージすると、本当に魔力を回復することができた。
ただ、一度だけ大きな失敗をしたことがあった。
もっと、もっと頂戴と調子に乗って世界に語りかけると、アタシの許容量を遥かに越える魔力がどんどん送り込まれてきて、危うく死にそうになってしまったんだ。
「はぁ……はぁ……熱い、身体が熱い!!」
「馬鹿野郎!! なんでもいい、今すぐ魔術を放て!!」
「ア……アイスストーム!!」
慌てるダルに急かされたアタシは、咄嗟に上級氷結魔術を放った。
その威力は凄まじく、通常の何倍もの威力で、一面氷の世界にしてしまうほどの規模だった。
体内から一気に全魔力を失ったアタシは、意識が遠くなり気絶してしまう。
「おい、ミリアリア! しっかりしろ!!」
気絶する間際、ダルの必死な掛け声がやけに耳に響いた。
「ん……」
目覚めると、辺りはすっかり真夜中。
アテナもフレイも既に寝ていて、ダルだけが起きて焚火の近くにいる。アタシも焚火の近くに寝かされており、毛布をかけられていた。多分、身体を温めてくれたのだろう。
起き上がったアタシに、ダルが声をかけてくる。
「おう、起きたか。具合はどうだ?」
「ちょっと怠くて寒いけど……平気」
「怠いのは魔力欠乏症だろうな。んで寒いのは多分、咄嗟に放った氷結魔術のせいかもしれねぇ。魔術をぶっ放したと同時に、お前の身体も一部凍っちまったんだよ」
へぇ……だから寒いのか。それで焚火の側で温めてくれたと。
一応手足の指先まで身体を動かしてみるが、おかしなところはなかった。
「ねえダル……アタシ生きてるよね」
「なんとかな。マジで危ないところだったんだぜ。あのまま魔力を溜め込んでたら、身体が耐えられず爆散しちまってただろうぜ」
「ふ~ん……」
まあ、なんとなくそうなるとは思った。
まるで栓が壊れた蛇口のようにとめどなく魔力が送られてきて、止めようにも止められない。全身が苦しくなり、もう駄目だと思ったんだ。
ダルが言うには、アタシは世界と“同調”し過ぎてしまったんだとか。
同調とは即ち、繋がること。アタシと世界が繋がったパイプが太くなったのが事故の原因。
けど、そんな事は普通あり得ない。普通の人は同調することすら不可能だからだ。けどアタシは魔力との親和性が高いエルフだから、今回の事態を招いてしまったんだ。
あの時の感覚を思い出していると、いつになく申し訳なさそうな表情を浮かべたダルが、突然謝ってくる。
「悪かったな……危ない目に合わせちまって。今回は俺がもっと注意しておくべきだったんだ」
「なに、柄にもなく心配してくれてんの」
「馬鹿野郎、当たり前だろーが」
真剣な声音で告げるダル。彼の態度に驚いてしまった。
なんだろう……胸がポカポカする。本気で心配されて嬉しい?
ふっ、何を言ってるんだアタシは。そんな訳ない、ただの気のせいだろう。
「兎に角、次から瞑想の仕方を変えるぞ。集中力を高めるだけで、魔力の回復はしなくていい」
「やだ」
「……えっ? 今なんて言った? やだって聞こえたんだが」
キョトンとしているダルに向かって、アタシはニヤリと笑いながら口を開く。
「なにビビッてんの、ダルらしくない。確かに同調は一歩間違えたら危ないけど、使い熟せるようになればアタシはもっと強くなれる。それなのにもうやらないなんてあり得ない」
「けどなぁ、今回はたまたま魔術を放って助かったが次もそれで助かるとは限らねぇんだぞ」
「そこら辺の匙加減はアタシも弁える。それに、同調する時はダルがいる時だけにするし。それならいいでしょ」
「……はぁ、わーったよ。まさかお前から積極的にやりたいなんて言葉を聞くとは思わかったぜ。ったく、このパーティーの女共は強気な奴ばっかりでまいっちまうな」
参ったと言わんばかりに、ダルはガシガシ頭を掻く。
確かにそうだ。以前のアタシだったら、一歩間違えたら死んでしまうリスクがある鍛錬なんて絶対にやらなかっただろう。
そんなことは馬鹿な奴がやることだとか言ってね。
でも、何故かは分からないけどダルがいれば死ぬような事はないと思っている。
何故そう思うのかは、自分でもよく分からないけどさ。