47 アテナ2(後編)
そして次の日。
朝食を食べようと居間に行くと、メイメイと同じ道着に着替えていたフレイが配膳を行っていた。
ふふ、中々似合っているな。どうやらフレイは朝早くからメイメイに叩き起こされ、掃除や料理などの雑務に励んでいたらしい。
それも弟子の仕事の内なのだとか。世話になるので私も手伝おうと思ったが、フレイと違って私達はあくまでお客様なので仕事はしなくていいとのこと。
なんだか悪いなと思っていると、ダルが「甘えられる時に甘えておけばいいんだよ」と言うので、感謝しつつお願いすることにした。
朝食を食べ終えたら、ダルがついて来いというのでミリアリアと一緒に山の中に入っていく。どうやら私とミリアリアは別メニューがあるそうだ。
一体どんな鍛錬なのかと楽しみにしていると、急に立ち止まったダルが私にこう言ってきた。
「ここらでいいか」
「ここで鍛錬をするのか?」
「まあな。ミリアリアはまた別の場所だけどよ。さてアテナ、お前には一つ欠点がある。それはなんでしょう?」
欠点……? 心当たりがありすぎてどれが欠点なのか見当がつかない。
私はフレイのように耐久力もないし、ミリアリアのように強力な魔術を使えない。
でも強いて言うなら――、
「攻撃力……か?」
「正解。なんだよ、自分でもわかってんじゃねーか。アテナは回避能力はピカ一だし、受け流しも習得しつつあり防御面に関しては隙がねぇ。攻撃面に関しても戦闘センスが抜群だし、ミリアリア程でもねえが魔術も扱えて、回復魔術すら使える万能型な剣士だ。
だが、“攻撃力”だけを見ると物足り無ぇんだよな」
「確かにそうだ……私の力ではミリアリアの上級魔術にもフレイのフルパワーにも劣るだろう」
それは自分でも以前から感じていた。モンスターと戦う時も、私は急所を的確に突くことで倒してきた。要するに一撃の破壊力が弱いんだ。
「今からやるのは破壊力を上げる鍛錬だ」
「なるほど……でも一体何をするんだ? 筋力を上げるのか? それとも魔力で応用するのか?」
「魔力操作もあるが、それは第二段階だな。最初はもっと単純なことだ」
もっと単純なこと? 筋力を上げるでもなく、魔力を使わないで攻撃力を上げる方法なんてあるのだろうか。
怪訝に思っていると、ダルはその方法を伝えてくる。
「例えばだ、人間ってのはどんな時に力が湧き出てくると思う?」
「どんな時……誰かに勝ちたい時や誰かを守りたい時……とかか?」
「そうだな、大体そんな感じで合ってるぜ。要するに人間の力ってのは、少なからず感情が関わってくるんだ。んで、感情の中で一番強いのが“怒り”なんだよ」
怒りか……確かにそうかもしれないな。
喜怒哀楽、感情は様々あるが、その中で一番強いのが怒りかもしれない。怒りは人を狂わせる。その衝動は一時であっても、普段温和な人でさえ人を殺めてしまえる力が出るんだ。
「フレイを見てみろ、あいつはいっつもむしゃくしゃしてて、その怒りを発散させようとモンスターに当たり散らしてるだろ?
視野は狭まっちまうが、“タガ”が外れてる分破壊力が増してるんだ。身体強化は別としてな。」
「という事は、私にも怒れっていうのか?」
「まっ、簡単に言えばそうだな」
「そうか……」
だが、果たして私にできるだろうか。
私は今まで、誰かに関して本気で怒ったことがない。いや、怒ることはあるんだ。
自分勝手で我儘なフレイに怒ることもあるし、しゃんとしないダルやミリアリアにも怒ることもある。しかし、我を忘れてまで、極端に言えば誰かを殺したいほど怒ったことがない。
「怒りの感情を解放させる事を、俺は『情動』と呼んでいる。その反対の力、心を落ち着かせることで力を発揮させるのが『情静』だ。身近で例えるとアテナが情静タイプで、フレイが情動タイプだな」
情動と情静か……ダルの言う通りだな。
考えてみれば私はいつどんな時でも冷静であろうとしていて、フレイはいつも心の赴くままに動いている気がする。全く違うタイプの人間だ。
だからこそ、疑問が生まれてしまう。
「でも、情静タイプの私が、情動を習得することなんて可能なのだろうか?」
「勿論できるさ。実はフレイも情静を習得している最中なんだぜ。元々木影流は後の先、静の戦い方だからな。木影流の鍛錬をすることで、自然と情静もできるようになるって寸法だ。
まっ、本人は分かってねーと思うがな。
俺は今回、フレイには情静を、アテナには情動を自分のものにして欲しいと考えている。それぞれ全く反対のタイプのことだが、できるようになれば飛躍的に強くなれるだろう」
「分かった。私は何をすればいい?」
「そうだな。とりあえず見せてやるよ」
「――っ!?!?」
――そう言った瞬間だった。
ダルの身体から強烈な殺気が迸り、恐怖で全身が粟立つ。
いや、私だけではない。草木や山、この空間がダルの怒りに脅えているようだった。
恐怖で身体を動かせないでいると、ダルは背負っている鞘から剣を抜いて近くの岩に叩きつける。岩は真っ二つに斬り裂かさる――ことはなく、木端微塵に粉砕された。放心していると、ダルは殺気を解く。
「とまぁ、これが情動ってやつだ。どうだ? ビビっただろ」
「あ、ああ……凄く驚いたよ。これほどの殺意を感じたのは初めてだ。それに、岩を粉砕した破壊力にもな」
「言っておくが、俺は今身体強化をしてねぇぜ。素の状態、情動だけで岩をぶっ壊したんだ」
なんだと……身体強化をしない状態であの威力を出すことができたのか?
俄かに信じられないが、直接この目で見たので真実なのだろう。
「こんな感じで、アテナには情動をできるようになってもらう。コツといえば、ぶっ殺したい相手を想像し、その怒りをぶつける感じだな。“物に当たる”ってよく言うだろ? あれを意図的にやるんだよ」
「難しいな……殺したい相手なんていないし」
「それなら小っちゃな怒りからでいいぞ。とりあえずやってみっか。ほら、そこにある岩を、俺が今やったみたいにしてみろよ」
そう言われて、私は腰にかけている鞘から剣を抜き放つ。剣を構えると、瞼を閉じてイメージした。
そうだな……最近感じた怒りといえば、リュウや弟子達に対してかもしれない。
彼等に対して怒りを募らせ、私は思いっきり剣を振るう。
「はあああああああああああああ!!」
怒りを叩きつけるように剣を振る。岩は綺麗に真っ二つに裂かれたが、ダルのように粉砕することはできなかった。
「ふぅ……ふぅ……中々難しいな」
「まぁ最初からそんな上手くできねぇだろ。アテナとは真反対な感情だしな。でも、もし情動を使い熟すことができれば、お前はさらに一段階上にいける筈だぜ。
じゃあオレはミリアリアと別のところに行くから、お前はそのまま続けてくれ」
「分かった」
そう言って、ダルはミリアリアと一緒に去ってしまう。
二人を見送ってから、私は深く息を吐き出した。
「ふぅ……やるぞ」