45 フレイ2(後編)
「おうフレイ、中々様になってるじゃねーか」
「似合ってるぞ」
「ぶふっ……」
「うるせぇな、オレだって好きでこんな格好してねーんだよ」
盛り付けした料理を食卓に並べてると、ようやく起きてきた三人が茶化してくる。
クソったれ、こっちが日が昇る前から働いてるってのに、呑気に寝てやがって。良い気なもんだぜ。
「「いただきます」」
全員で手を合わせ飯を食い始める。
すると、アテナが関心した風にこう言ってきた。
「美味しい……腕を上げたなフレイ」
「ちゃんと食べられる……奇跡か」
「一言多いんだよクソエルフ。オレだってその気になりゃこの程度朝飯前だぜ」
「とかいって、殆どはメイメイのお蔭だろ?」
「……チッ」
バレてやがる。
「でも、フレイも中々手際が良かったっすよ」
「練習した甲斐があったって事だな」
「やめろ気持ち悪い、無理に上げんなっつうの。それよりテメエら、今日はどうするつもりなんだよ。まさかずっと居間で寝転がってる訳じゃねーだろーな」
「それに関してはちょっと考えがある。アテナとミリアリアは別メニューで鍛錬をするぞ」
「そうか、それは楽しみだな」
「うげ~、やっと一日中寝てられると思ってたのに~」
別メニューだとぉ!? オレだって自分の鍛錬してぇのに、こいつらだけズルいじゃねーか。
納得できず抗議しようとすると、ダルに先回りされちまう。
「まっ、フレイはそのままメイメイに付き合ってくれ。昨日も言ったが、これはお前の為でもあるんだ。しっかりやれよ」
「……チッ」
本当にこんな事してて強くなれんのか? なんだかまるめ込まれてる気がするぜ。
◇◆◇
朝食を終えた後、三人はどっかに行っちまった。
オレはメイメイについていき、次に何をするか問いかける。
「んで、次は何をするんだよ」
「食料を買い足しに町に行くっすよ。人数が増えたっすから、いっぱい買わないとっす。走っていくっすけど、ちゃんとアチキについてくるっすよ」
そう言って、空の荷籠を背負ったメイメイは物凄ぇ疾さで階段を降りってちまう。おいおい、いきなり走るんじゃねーよ。
慌ててオレも階段を降りるが、思ったよりも難しいぜこれ。階段を降りるっていうよりは、落ちてるっていう感覚の方が近い。一気に十段ぐらい飛ばしながらやっとメイメイに追いつくと、ある事に気が付いて目を見開いた。
(こいつ、一段一段しっかりと踏んでやがる!?)
階段を飛ばしながら“落ちてる”オレとは違い、メイメイはちゃんと一段ずつ踏みながら“降りている”。信じられねぇ、何でこの疾さで階段を降りることができんだよ。
この疾さで降りても躓かねぇバランス感覚、一段ずつ踏みしめる脚力、身体を支える体幹、どれも尋常じゃねぇ。
いったいこいつの下半身はどうなってんだ!?
あっという間に長い距離の階段を降りきるが、メイメイは少しも息が上がってねぇ。
クソッ体力もバケモンじゃねぇか。オレは何回もこけそうになった上に、慣れない動き方をしたせいで息が上がってんのによ。
「はぁ、はぁ……おい、いつも今みたいに降りてんのか?」
「そうっすよ。武術において大事なのは下半身っすから。今日はフレイがいるから少し遅めにしたっすけど」
こいつっ……!!
ふざけやがって、あれで手を抜いてたってのか!?
「さっ、早く行くっすよ」
急かすメイメイについていき、食材を買い足していく。会う度会う度声をかけられ、おまけを貰ってやがる。
こいつ……町の連中に好かれてるんだな。
食材を買い足してからまた道場に帰るのだが、帰り方を見て目を見開いた。
メイメイはしゃがみ込み、両手を後ろに回したまま変な格好で階段を登ってやがるんだ。それも、大量に食材が入った荷籠を背負ったままでだぞ。
「おい、なんだそれ……」
「これは兎跳びっていう下半身の鍛錬っす」
「まさかその兎跳びっつーのでこの階段を登りきるつもりなのか?」
「そうっす。これも鍛錬の内っすからね。あっ、フレイは最初はキツイと思うから普通に来ていいっすよ」
そう言って、メイメイはぴょんぴょん飛びながら階段を登り始める。それもかなり速いペースで、荷籠も全然揺れてねぇ。どんだけ下半身が強ぇんだ。
(ふざけろ……舐められてたまっかよ。やってやろーじゃねえか!!)
気持ちを昂らせ、オレも兎跳びを始める。
はっ、余裕じゃーかと最初は良いペースで登れていたが、中間あたりから急に疲労が襲い掛かってきて、キツくなってくる。
クソッ……足が痺れてきやがった。一度止まり、上を見上げるとまだまだ先は遠い。その絶望から、精神的にもダメージがきちまう。
もうやめちまうか……? こんな事しても意味なんかねーだろ。
一瞬諦めそうになったが、歯を食いしばって踏み止まる。一度始めたことを諦めるなんて、オレの性に合わねー。
「オラアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
気合を入れ直す為にも大声を上げながら再開し登っていくと、ようやく辿り着くことができた。
「ハァ……ハァ……やってやったぞちくしょーが」
立っていられず、地面に倒れる。足がプルプルと震えて痙攣しているが、足の感覚が全然無ぇ。
へばっているオレに、メイメイが水を渡してくる。
「驚いたっすよフレイ。初めて兎跳びをやってこの階段を登りきった人は今まで誰もいなかったっす。登りきる事ですら、できる人は余りいなかったっすから。フレイは身体も精神もタフなんすね」
「へへ……よ、余裕だぜ」
渡された水を受け取り、一気に飲み干す。冷たくてめちゃくちゃ美味い。水ってこんなに美味かったっけか? まさに生き返るって感じだぜ。
「そのまま休んでいていいっすよ。昼食の準備はアチキがやっておくっすから」
「何言ってやがる、オレは全然平気だぜ――ッ?!」
立ち上がろうとした瞬間、ガクッと膝が崩れ落ちる。
ダメだ……足が言うことをきかねぇ。力も入らねぇし、立つことすらできなかった。こんなこと初めてだぞ、クソったれが。
いくら気合を入れても立ち上がることができず、オレはメイメイの言う通り休むことにした。
昼食の時間になると、どっかに出掛けていたダル達三人が帰ってくる。アテナは難しい表情を浮かべ、ミリアリアは疲れきっていった。別メニューって言ってやがったし、こいつらも鍛錬をやっていたのか。
クソが……お前らには絶対負けねぇからな。
◇◆◇
「おいメイメイ、マジでやんのか?」
「そうっすよ。滝行って言って、身体と精神を鍛える鍛錬っす」
昼食を終えた後、メイメイに連れられ山の中に入り、川上を目指すと小さな滝を見つける。
小さな滝ではあるが、ザーザーと轟音が鳴り響いていた。この勢いの滝に打たれるだと? 冗談だろ?
「さっ、始めるっすよ」
ちゃぷちゃぷと川の中に入るメイメイは、滝の下に入り直立する。瞼を閉じ、手を合わせ、精神を研ぎ澄ました。
あの勢いの滝に打たれながらじっと黙ってんのか? そんなことして意味があるのかよ?
怖気づいてしまうが、パンッと頬を叩いて気合を入れ、オレも川の中に入ってメイメイの隣に向かい、滝に打たれる。
「あががががががががががががッ」
な、なんだこれ!?
頭と肩を鈍器で叩かれてるみてーだ。それにめちゃくちゃ冷てーぞ。こんなんで本当に精神統一なんかできんのかよ!?
すぐに飛び出たい衝動にかられるが、始めたばかりで出るのは情けな過ぎる。だから我慢して打たれ続けるんだが、身体が冷えて意識が遠くなってきやがった。
竜人族のオレは熱さにはめっぽう強いが、寒さには弱いんだよ。結局、十分も持たず滝から出た。
「あ~、あったまるぜ~」
近くにあった枯れ木に火の魔術を放ち、小さな焚火を作る。それで身体を温めながら待っていると、メイメイはオレの三倍の時間打たれ続けてやっと滝から出てきた。
「焚火っすか、ありがたいっす。流石のフレイも滝行は苦手らしいっすね。それでも始めてにしてはかなり頑張った方っすけど」
「はっくしょん! お世辞はいらねぇよ。お前より全然持たなかったんだからな」
「はは、フレイは負けず嫌いっすね。服を乾かしたら戻りましょうか」
オレたちは道着が乾くまで焚火で温まり、道場に戻る。
すると一番最初にジジイと会った稽古場に行き、次の鍛錬を行うことになった。
「そんで、次は何をやるんだよ」
「型の鍛錬っすよ」
「型? なんだそれ、聞いたことねーぞ」
聞き覚えのない言葉に首を傾げていると、メイメイは実践をしながら型について説明してくる。
「型というのは、武術においての基礎っす。攻撃、防御の際に行う動作、所作を身体に叩き込むんすよ」
「そんなもんやる意味あんのか? 実際に戦った方が身になる気がするんだがよ」
「武芸者の中には、フレイのような考えをもつ人も多いっすよ。リュウも、型の鍛錬ばっかやりたくないって愚痴を言ってたっす。でも、アチキはそうは思わないっす。
型の鍛錬をしっかり身体に覚えさせることで、実践の時、無意識でも身体が動いてくれるんすよ。それに型即ち技っす。色々な型を習得し繋ぎ合わせることで技へと昇華するんす。
お師匠様も、技自体は教えてくれないっすけど色々な型を教えてくれるっすから」
「へー、そんなもんなのか」
オレには、変な踊りをしているようにしか見えねーけどな。恐らくこれに意味があるんだろう。
「見るより慣れろっす。フレイはアチキの後ろにきて、アチキの真似をして欲しいっす」
「わーったよ」
言われた通りにメイメイの後ろに周り、鏡のように型を真似する。
ゆっくり動いてくれるからそれっぽくできてはいるが、本当にこんな事をしていて強くなれんのかよ。
疑心になりながらも長い間やっていると、メイメイは肩の力を抜いて振り返り、
「型の鍛錬はここまでっすね。じゃあ、折角フレイもいることっすから最後に組手をやるっす」
「おおー! そうこなくっちゃな!!」
やっと実践的な鍛錬ができると聞いて喜ぶ。オレはこういうのを待ってたんだ。
早速メイメイと組手を始める。改めて戦って分かるが、こいつやっぱり強ぇわ。オレの攻撃が全て捌かれちまってる。打撃が効いてねぇ。
「ハァ……ハァ……もう動けねぇ」
「はぁ……はぁ……つい楽しくて夢中になってしまったっすね」
二人して床にぶっ倒れる。通常の鍛錬もきちぃが、やっぱり実践的な鍛錬の方が体力的にも精神的にも疲れるな。それに、こんな長い時間誰かと戦ったりすることは今までなかったからな。
「さっ、夕食の準備に行くっすよ」
「お、おう」
それからオレ達はどこかに行っていたアテナ達と爺さんと食事を取り、風呂に入る。
この道場の近くには天然の温泉があるらしくて、女から順番に入った。これがめちゃくちゃ気持ち良くて、鍛錬でガチゴチになった身体がほぐれるんだ。
風呂から上がり寝床に入ると、眠気が襲ってくる。
「流石に疲れたぜ……にしても、あんな地味な鍛錬なんかやって強くなれんのかよ。ここを出てった奴等の気持ちも少しわかってき……た……」
そのまま、オレは泥のように眠っちまったのだった。