42 破天流
フレイとメイメイの勝負が終わった後、俺たちは客室に通され茶菓子を食べていた。
ぽりぽりと煎餅を食べながら、道場に来てから気になっていたことをパイ爺さんに問いかける。
「なあ爺さん、他の弟子達の影が見えねぇが、あいつ等はどこに行っちまったんだ?」
「……」
「はて、どこに行ってしまったんじゃろうかの」
爺さんはすっとぼけたが、隣にいるメイメイの顔色が悪くなる。これは何かあったに違いないな。
俺が世話になった時は、三十人ぐらいの弟子共がいた筈だ。それが今やもぬけの殻で、弟子がメイメイしかいないってのはどう考えてもおかしいだろ。
でも何故理由を教えずすっとぼけるのだろうか。
「とぼけんじゃねえよ、あんだけいた弟子たちが理由も無しに全員いなくなる訳ねーだろ」
「言う必要が無いからの。お前さんには関係ない事じゃ」
「……リュウのせいっす」
「リュウ?」
その名前を聞いて、俺はある子供の顔を思い出す。
確かリュウってのは、メイメイと同じくらいの歳の男の子だったはずだ。元気が有り余ってる感じで、好奇心旺盛。俺にも冒険者の話をよくせがんできたっけか。
強さに憧れを抱いて、鍛錬も人一倍真面目に取り組んでいたと思う。弟子が居なくなった原因があいつにあるのか?
「これメイメイ、他人に言ってもしょうがないじゃろ」
「お師匠様、アニキは他人じゃないっすよ。同じ釜の飯を食った仲っすもん」
「はぁ……お前さんは頑固な所があるからの。まぁ好きにしたらええ」
「なら私達は席を外しましょうか?」
アテナが気を使って席を立とうとするが、爺さんが「別にええよ」と許可する。
「大した話じゃない。単に身内の恥晒しじゃから」
「何でもいいけど話すならさっさとしてくれよ。菓子食ったら眠くなってきちまったぜ」
「同じく」
大きな欠伸を溢すフレイとミリアリア。ミリアリアに関しては既にうたた寝に入りかかろうとしている。
その気持ちは分かるぜ。ここは静かだし、日の光も入ってくるから心地良いんだよな。それに畳から香る独特な匂いを嗅いでいると心が安らいでくるし。眠たくなるのも無理はないだろう。
「そんで、一体何があったんだ?」
改めて問いかけると、メイメイは表情を強張らせて説明する。
「一年ほど前っす。リュウはお師匠様がいつまで経っても技を伝授させてくれないからって、いつも怒ってたんす。その怒りを発散させたいのか分かんないすけど、町で横柄な態度を取るようになったんすよ。それが段々エスカレートして、所構わず喧嘩を吹っ掛けたりもしてたっす」
「ちょっと待った。今技を伝授させてくれないって言ったけどよ、さっきフレイとの勝負で木影流を使ってなかったか?」
「ワシはな~んも教えとらんよ。あれはメイメイ自身が編み出した技じゃ」
「マジか……」
爺さんの話を聞いて驚いてしまう。まさかあの練度の技をメイメイが一人で編み出したとは思いもしなかった。こいつ天才なんじゃねーのか?
そういえば俺も、爺さんから技を教えて貰ったわけじゃなかったな。武術のやり方というか、戦い方を少し教えてもらった程度で、あとは自分なりに見て真似をしたりしていた。
そうか……強さを求めるリュウは技を教えてくれない爺さんに対して憤りを感じていたんだな。その怒りを発散させる為に町に降りて、一般人相手にイキってたのか。
簡単に言うとグレちまったってところだろう。まぁそのへんの年頃のガキにはよくある事だ。身近で言うとフレイもつい最近までそうだったしな。
話の腰を折ってすまないと謝り、続きを促す。
「アチキもお師匠様も、何度もリュウを説得したんす。そんな馬鹿なことはやめろって。でもあいつは全然態度を改めず、ついに罪を犯してしまったんす……」
「罪って……どんな?」
「他流派の門弟と喧嘩して、殺してしまったんす」
おいおいマジか……ガキの喧嘩までの範囲なら許せるが、流石に殺人はやったらやべぇだろ。そんな風になるまで悪に染まっちまったってのか?
「これにはお師匠様も堪忍袋の緒が切れて、リュウを木影流から破門にして追放したんすよ。そしたらリュウは、お師匠様に向かってこんな事を言ったんす!!」
『追放だぁ!? はっ、言われなくたってこんなしみったれた道場、こっちから出て行ってやらぁ!! 俺には破天流があるからな!!』
「ここでも破天流か……」
アテナがぽつりと呟くと、メイメイは「えっ?」と驚いた。
「破天流をご存知なんすか?」
「ああ、ちょっとな。この町の茶屋で飯食ってたら、その破天流とかいうガラの悪い奴等に絡まれたんだよ。ここにいるフレイが軽く追い返したがな」
「口ほどにもねー奴等だったぜ」
退屈そうな顔で言うフレイ。でもまさか、ここでも破天流の名前が出てくるとは思わかったぜ。なんつーガラの悪い流派なんだ。
「そうっすか……なら話は早いっすね。破天流は一年ほど前から急にできた流派っす。中でも師範のタオロンという男は相当な武芸者で、あっちこっちに道場破りを仕掛けてます。
これはアチキの想像っすけど、恐らくリュウもタオロンに唆されたんだと思うんす。他流派の弟子を殺した技は、破天流のものでしたから」
「なるほどな……話が見えてきたぜ。リュウは爺さんに追放される前から、そのタオロンって奴と接触していて、技を教えてもらいつつ勧誘されてたんだろうな」
「多分そうっす」
爺さんから技を教えてもらえず、町中で不貞腐れているリュウに声をかけたんだろう。そんで上手いこと言って唆したんだ。木影流なんか辞めて破天流に来ないかってな。
リュウにとってはさぞ甘い言葉に聞こえただろう。手っ取り早く強くなれる技を他流派である自分に教えてくれるってんだからな。
理性が低下しているガキを騙すのは簡単っちゃ簡単だが、タオロンは口も回る奴なんだろう。
メイメイは歯を噛み締め、怒りで身体を震わせながら口を開いた。
「勝手に出ていく分にはいいんすよ。でもリュウは、アチキ以外の木影流の弟子たちを全員破天流に引き抜いたんす!!
こんな道場に居ても強くなれないぞ、破天流ならすぐに強くなれる技を教えてくれるとかふざけた事を抜かして!!」
「……そうか」
「アチキは許せないっす! リュウも他の皆も、全員お師匠様に育ててもらったんす。指導してくれるだけじゃなくて、住む場所もご飯も与えてくれて、何から何までお世話になってるんすよ!!
お師匠様を裏切るだけじゃなく、受けた恩を仇で返すなんて許せる筈がないっすよ!!」
怒号を上げるメイメイ。
彼女の気持ちは痛いほどよく分かる。俺が世話になった時は、爺さんの流派にいる弟子達は小さなガキが多かった。それも、身寄りの無いガキばかりだった。道場というよりは、寺子屋に近い光景だったと思う。
メイメイもリュウも他の奴等も皆明るくて、仲間というよりは家族のような関係だったんだ。
それなのに、甘い言葉に釣られて家族に裏切られちまったとなれば、メイメイが怒るのも無理はないだろう。
「少し聞いてもよろしいでしょうか。他の弟子達が出て行く時、パイ老師は引き留めなかったんですか?」
アテナの疑問に、爺さんは呑気に茶を啜りながらこう答える。
「別に構わんよ。ワシの道場は去る者は追わず、来る者は拒まずじゃからな。本人がそうしたいと決めたのなら、ワシはそれを尊重しよう」
「そうですか……」
「爺さんがそう言うんなら、俺達があーだこーだ言っても仕方ねぇな」
「ハッ、そのリュウって野郎はとんだクソったれな奴だな」
「「……」」
「おいテメエら、なんだよその面は」
いやいや、今は多少マシになったけどお前もちょっと前まで大して変わらなかっただろ。オレ様な態度で誰彼構わず喧嘩を吹っ掛けてたじゃじゃ馬娘はどこのどいつだい。
元パーティのドラゴンヘッドの連中は手に負えないってぼやいてたぞ。
俺達からの冷たい視線に、フレイは「チッ」と罰が悪そうに舌打ちをしてそっぽを向く。
あれだけいた弟子達が居ない理由は分かった。次はこちらの番だ。
俺は爺さんに、ある事を頼む。
「なぁ爺さん、少しの間でいいからフレイを弟子にしてやってくれねぇか」
「ハァ?! テメエいきなり何ホザいてんだ!! 何でオレがそんな事しなくちゃならねぇんだよ!!」
「まぁまぁ、俺も適当に言ってる訳じゃねえぞ。今のお前に必要だと思うから言ってんだ」
「おいおい、マジで言ってんのか?」
「マジもマジ、大マジさ。で、どうだ爺さん、やってくれるか?」
「ほっほ、ワシは構わんよ。言ったじゃろ? 来る者は拒まずとな」
「いいっすね!! アチキもフレイと一緒に鍛錬したいっす!」
爺さんの了承も得られたし、メイメイも喜んでくれている。後、これも言っておかなくっちゃな。
「それと当分の間、俺達もここに世話になってもいいか?」
「構わん」
「またアニキと一緒にいられるんすね! 嬉しいっす!」
「マジなのかよ……」
「いつの間にか凄い展開になってしまったな……」
「ぐが~」
当初の予定では道場の様子を見るだけのつもりだったが、中々楽しくなりそうじゃねえか。