41 木陰流
「それで、お前さん達はどちらで何の用なんじゃ?」
どこからか取り出した座布団に正座で座っているパイ爺さんが尋ねてくるので、俺たちは自己紹介をすることにした。
「フレイ、冒険者だ」
「ミリアリア、同じく冒険者」
「アテナです。私たちはスターダストという冒険者パーティーで、王都に向かう旅をしています。それで、折角立ち寄ったということでダルが紹介しようとここにやってきました」
「ほうほう、お前さん達は冒険者だったのか。ええのう、冒険者ではないが、ワシも昔は各地を周ったもんじゃ。あれはまだワシが髪も元気でハンサムだった頃だったか――」
長話が始まりそうだったので、無理矢理話を切って気になっていたことを問いかけた。
「爺さんの長話は聞き飽きたぜ。それよりも爺さん、何で道場には誰も居ねぇんだ? あんだけいた門弟共はどこにいったんだよ」
「ちっ、老い耄れの楽しみを奪うんじゃないわい。お前さんは昔からせっかちじゃの。まぁええわい、弟子のことじゃったか。それについては――」
「あああああああああああああああああああああああ!!!」
爺さんが本題を話そうとする寸前、突然背後から叫び声が聞こえてくる。
今度は何だよと全員が振り返ると、扉の所に一人の少女が驚いた顔でこちらに指をさしていた。
その少女はプルプルと身体をわななかせると、凄まじい勢いでダッシュしてくる。
「アニキーーーーーーーーーー!!」
「うごっ?!」
突っ込む勢いで俺に抱き付いてきた少女は、花が咲いたように暖かい笑顔を浮かべた。
「ダルのアニキ、お久しぶりっす!! また会えて嬉しいっす!!」
「よぉメイメイ、相変わらず元気そうだな」
「「あ、アニキ……?」」
感激の余り俺の胸に頬擦りする少女の名前はメイメイ。
獣人族の中でも珍しい、白黒熊種の亜人だ。
頭部にある黒い耳は丸く、腰から生えている丸い尻尾は白い。
髪は短く、全体的に白いのだが所々黒が混じっている。顔は小さく、可愛らしい顔つきだ。背はミリアリアとそれほど変わらないだろう。
何故メイメイが俺のことをアニキと呼ぶかというと、昔この道場に世話になった時に懐かれたからだ。
あん時こいつは十歳かそこらで、毎日俺に引っ付き回っていた気がする。多分初めてみる冒険者ってのが物珍しくて、当時のメイメイから見たらカッコイイお兄さん的な風に見えていたんだろう。
いざ別れるとなったら、ビービー泣いていたっけ。
昔を思い出して懐かしさを覚えながら、メイメイの頭を優しく撫でる。
「大きくなったじゃねぇか、ちったぁ強くなったのか?」
「はい! アニキに追いつきたくて日々頑張ってるっす! アニキは前より大人な感じになったっすね!」
「メイメイよ、よくこの男を一目でダルと分かったの。ワシは言われるまで気付きもせんっかったぞ」
「何言ってるんすかお師匠様アニキは昔と全然変わってないっすよ。カッコイイままっす!」
うぅ……嬉しいこと言ってくれるじゃない。
自分でも昔の俺と今の俺じゃ見分けがつかないだろうな。髪は長くてボサボサだし、無精髭も生えてるし。それなのにメイメイは一目見ただけで俺だと分かってくれるのか。
可愛い奴め~このこの。
笑顔のメイメイは、周りを見渡して疑問気に首を傾げる。
「あれ、アイシア姉さん達とは一緒じゃないんすか?」
「……ああ、あいつらとは今一緒にいないんだ」
「そうっすか、残念っす。アイシア姉さんとも会いたかたっす」
しょんぼり落ち込むメイメイ。そういやここに来た時はあいつらも居たんだっけ。中でもメイメイは俺と同じくらいにアイシアにも懐いていたな。
すまねぇな、もうあいつらとは一緒に居ねぇんだ。アイシアに限ってはもう、一生会うことはできない。
まぁ、ここでそれを言うのも野暮ってもんだろうから言わねーけどよ。
「それでこのお方達は誰っすか? アニキのお知り合いっすか?」
「そんなもんだ、今はこいつ等と一緒に旅をしてるんだよ」
「へー! じゃあこのお方達も冒険者ってことっすか? なら強いんすか!?」
瞳を輝かせながら問いかけてくるメイメイ。
あれ、お前ってそんな好戦的なキャラだっけ。どっちかというと以前は戦いが苦手だった気がしたんだが。
メイメイの話に反応したのは、バトル大好きフレイちゃんだった。
「おう! オレはそこらの奴等よりも強ぇぜ!! なんなら勝負するか!?」
「本当っすか!? 是非お手合わせお願いしたいっす!!」
「おいおい……流石にフレイ相手じゃ厳しいんじゃねぇか」
この数年でメイメイも以前よりは成長しているだろうが、フレイの相手にはならないだろう。
最近のシーンを思い起こすと大したことないと思われてしまうが、フレイは銀級冒険者で、実力的には一握りしかいない金級にも引けを取らない逸材だ。
現段階でも総合力ではアテナより勝っているし、脳筋だった以前よりも頭を使うようになり、受け流しの鍛錬を行うようになった今のフレイは掛け値なしに強い。
流石にメイメイじゃ勝負にならないのでは? と思ったが、横からパイ爺さんが「かまわんよ」と言ってくる。
「試しにやってみるとよい」
「別にオレは構わねぇぜ。誰とやろうが負けねーよ」
「じゃあお願いするっす!」
という事で、急遽ながらフレイとメイメイが勝負をすることになった。
二人は中心に立って構え、俺たちは部屋の隅っこで座って観戦することに。
「なぁ爺さん、メイメイはそんなに強くなったのか?」
「まぁ、見てれば分かる」
「手加減しねぇからな」
「胸を借りるつもりでいくっす!」
勝負が始まり、先制を仕掛けたのはフレイだった。
ダンッと強く床を蹴り上げると、凄まじい勢いで間合いを詰める。
「オラァ」
「ふっ」
鋭い拳撃の嵐。されどメイメイは慌てることなくフレイの拳打を捌いていく。
やるな……フレイの拳速をしっかりと目で捉えられているのもそうだが、重たい拳に真っ向から受けず、勢いを殺すように受け流している。それも一つ残らず取りこぼすことなく、全て捌き切っていた。
これには俺も驚いたぜ……まさかメイメイがこれほど成長しているとは予想だにしなかった。
「ならこれならどうよ!」
「なんの!」
拳打を中止し、フレイは屈みながら足払いを放つ。だがメイメイはジャンプする事で足払いを躱した。
次に繋がる良い攻撃だ。跳ばせたことにより、今のメイメイは体勢が崩れている。
「これなら躱せねーだろ!」
「ぐっ」
下からの豪快なアッパーに、メイメイは両手で受けることを選択した。
流石にこれを受け流すことはかなわず、吹っ飛ばされたメイメイは後方にクルクルと宙を回転しながらシュタッと床に着地する。
上手いな、ヒットする瞬間に身体を脱力することで威力を軽減させやがった。
「へっ、やるじゃねーか」
「そっちこそ凄い拳打っす。今度はアチキからいくっすよ」
笑顔を浮かべながら、今度はメイメイがフレイに向かって突っ込む。
おっ、メイメイから仕掛けんのか。てっきり完全に後の先タイプだと思っていたが、どうやら勘違いだったらしい。
一瞬でフレイに肉薄するメイメイは、鋭い拳打を繰り出す。その攻撃に対しフレイは防御しているのだが、受け流しを行っていた。
ほう……まだまだ粗削りだし、全部が全部受け流せている訳じゃねぇが、意外と様になってるじゃねえか。鍛錬の成果が出ているようで嬉しいぜ。
「ハッ! テメエの軽い拳なんか効かねーンだよ!!」
「固いっすね! じゃあこれならどうっすか!!」
「――ッ!?」
「木影流・柳崩し」
勝負は一瞬だった。
メイメイが自分の足をフレイの股に差し込み、内側から外側に足払いを行うと同時に、胸の辺りの服を掴んで勢いよく手前に引っ張る。
前傾姿勢に態勢を崩したところを、さらに自身も背中から落ちることで重力を加速させた。
受け身を取りながら、フレイを背後に投げ落とす。床に叩きつけられ背中を強打したフレイは、肺から空気を出された。
「ガハッ……この――ッ!?」
「勝負あり、だな」
いつの間にかフレイの腰に跨っていたメイメイの拳が、フレイの鼻先に突き付けられている。勝負は決した、誰が見てもメイメイの勝ちだろう。
ギリリと悔しそうに強く歯を噛み締めるフレイは、起き上がって反撃する仕草をほんの少し出したが、大きく息を吐き出すと負けを認める。
「オレの負けだ」
「ありがとうございますっす」
メイメイから手を差し出されると、フレイは一瞬躊躇しながらもその手を掴む。起き上がったフレイは、腕を組みながらこう言った。
「お前……強えんだな」
「はいっす! フレイさんも強かったっすよ! 拳打が重くて手がヒリヒリしてるっす!」
「チッ、お前と話してるとなんか調子狂うぜ……」
屈託のない笑顔で賞賛してくるメイメイの態度に、フレイは困ったように頭をガシガシと掻き乱す。
そんな二人の姿を見て、俺はあることを決めたのだった。