39 武芸者の町
「おい見ろよ、町っぽいのがあるぜ」
「こんな所に町があるんだな……」
「ぜぇ……ぜぇ……やっとちゃんとしたベッドで寝れるぅ」
俺たちは山の麓にある小さな町に辿り着いた。
拠点の都市クロリスなんかよりもずっと小さい町だが、それなりに住居や店が建っている。
俺たちが目指している王都バロンタークに行くためにも、ここの山脈を越えなければならない。同じ目的として旅人や冒険者が休むための宿屋があったりするんだ。だから意外と賑わっているし、小さい割には栄えている。
「この山脈を越えるとバロンタークだ。しばらくあの町で休憩しながら物資を足していこう」
「詳しいな、ダルはここに来たことがあるのか?」
「ちょっとな。久しぶりに寄りたいところがあるんだ、お前らにも紹介してーし」
「ほう、ダルが誰かを紹介したいなんて初めてだな。どんな人なんだ?」
「会ってからのお楽しみだ」
「話してないで早く行かない? もう限界なんだけど」
息を切らしているミリアリアが催促してくる。
棒切れを杖変わりにしている彼女は、プルプルと身体を震わせて今にもぶっ倒れそうだった。
こいつは本当に体力が無ぇな。まぁここ最近はずっと野宿だったし、疲れも溜まってるか。
「そうだな、久しぶりに旨い飯にでもありつくか」
◇◆◇
「はいお待ちどーさま、猪肉の唐揚げに、卵粥と山菜スープだよ」
「おお、滅茶苦茶美味そうじゃねーか!!」
「いただきます」
「はぁ……疲れた身体に染みるぅ」
町に入ってすぐ、俺たちは茶屋で飯を食っていた。産地の素材をふんだんに扱われている飯は、普段とは違う味わいを堪能できる。
俺とフレイとアテナの三人は握り飯と猪肉の唐揚げを頬張り、ミリアリアは卵粥に山菜スープ。
エルフは肉を好まないと言われているが、ミリアリアは全然平気だ。普通に食ったりしてるしな。ただ今回は疲れ過ぎている身体に重い食べ物が受け付けないとのことで、消化の良い物を頼んでいる。
フレイはあっという間に食べてしまい、おかわりを三人分も頼んでいた。よっぽどお気に召したんだろう。まぁ、普通に美味いしな。
「ふぅ~食った食った! 滅茶苦茶美味かったぜ~」
満足そうに膨れた腹をパンパンと叩き、爪楊枝で口の中を掃除するフレイ。
お前さ、もう少し年頃の女の子らしくしたらどうなんだ? やってることまんまおっさんだぞ。俺のこと言えねーだろーが。
お上品に手巾で口元を拭くアテナを見習ったらどうだ。
っておいスケベエルフ、お前も隙あらばアテナにやってもらおうとするんじゃねーよ。
一休みしていると、店の人が団子を乗っけた皿を持ってきながら声をかけてくる。
「良い食べっぷりだね~お客さん、食後に団子でもどうだい?」
「サンキュー! いただくぜ!!」
あんだけ食ってまだ入るのかよ……お前の腹は底なしなんじゃねーか。
フレイの食欲っぷりにドン引きしていると、笑顔を浮かべる女性店員が尋ねてくる。
「お客さんたちもこれから王都に向かうのかい?」
「はい、そのつもりです。あの、私たち以外にもそういう人が多いのでしょうか? 失礼になってしまいますが、想像よりもずっと人で賑わっているので」
「そうだよ、ここは旅人や冒険者が王都に向かう前の一休みをするために訪れるのさ。こんな小さな町だけどね、有り難いと言ってくれる人も多いんだよ。
だから私たちのように在住している人は、お客さんを満足させるために色々な店を構えているんだ。温泉もあるから、お客さんも入っておきな」
「温泉ですか? それは楽しみですね」
「なぁ、ちょっと気になったんだがよ、町を歩いてっとやたら変な格好をしている奴等がやたら目につくんだよ。あいつらも旅人か冒険者なのか?」
「あーそれはね――」
「そいつらは武芸者だ」
店員さんの話を被せるように俺が言うと、三人ともポカンとした顔を浮かべる。
知らないようなので、そのまま説明する。
「変な格好ってのは道着のことだな。道着を来ている奴等は全員どこかの流派に属している武芸者たちなんだよ。
ここは山に囲まれ、修行するには打って付けの場所だ。だから各地から武芸者が集まったりして、その内に道場なんかも建てられた。流派も結構あるんだぜ。そうだろ、店員さん」
「お客さんよく知ってるねぇ。そうだよ、その人たちはみんな武芸者さ。それに彼等には沢山助けて貰ってるんだ。お店にもよく足を運んでくれるし、力仕事も引き受けてくれるし、旅人や冒険者が何か揉め事を起こした時にも助けてくれるんだ。とても頼りになる人たちさ」
店員さんの言う通り、この町には王都目当てで沢山の旅人や冒険者がやってくる。その中には荒くれ者もいて、迷惑をかける不届き者も少なくない。そんな時に荒くれ者共を懲らしめる役目を武芸者達が買って出ていた。
要はあれだ、武芸者は町の自警団代わりになっているんだな。
「ハッ、そんな面白そうな奴等がいるのかよ。喧嘩みてぇぜ」
「耳にしたことがない言葉があるんだが、道場と流派というのはどういう意味なんだ?」
「道場ってのは武芸者が集まって一緒に鍛錬する場所のことだ。そんで流派は戦い方の系統のことだ。アテナのように避けるのを重きにしている流派もいれば、フレイのように力でゴリ押しな流派もある。
んで、武芸者は自分に合った流派の道場に入門するんだよ」
「なるほどな……多くの者たちが一同に集まり、同じ戦い方を学んで切磋琢磨するということか」
「まぁそんな所だ」
アテナたちに説明していると、店員が困った風にため息を吐く。
「それがさぁ、一年ほど前にできた流派が道場破りをして困ってるんだよねぇ」
「道場破りってのはなんなんだ?」
「簡単に言うと他の流派に喧嘩を売ることだな。単に腕試し目的なのもあれば、勝った後に金や物をカツアゲしたりする質の悪いのもあるぜ」
「不逞な輩ということか」
「そんで店員さん、道場破りをしてるのはなんて流派なんだ?」
「破天流って言ってね……ほら、あそこにいる武芸者たちがそうさ」
店員さんの視線を追って見てみると、道着を着崩した柄の悪そうな奴等が食事をしていた。
あ~もう見た目だけで碌な奴等じゃねーって察せるわ。
今じゃあんな小者のような奴等がのさばってんのか? この町の武芸者も質が落ちたもんだな。
そんな風に呆れて見ていると、そいつらはガタンと席を立ち、横柄な態度で店員に申してくる。
「おう店員、今日もツケで頼むわ」
「またかい!? あんた達、前もツケだったじゃないか。いい加減払ってくれないとこっちも商売あがったりなんだよ」
「ああん!? 俺たちを破天流と知って言ってんのかぁ!?」
「誰が冒険者共からこの町を守ってやってると思ってんだ!?」
「何言ってんのさ、あんた達のやってる事だって悪さをする冒険者共と一緒じゃないかい!」
「このアマ、言いやがったな」
「ちょっとばかし痛い目に合わなきゃいけねーようだな~」
破天流とかいうクソ野郎共は椅子を蹴っ飛ばしながらこちらに迫ってくる。
お前等やってることがチンピラと同じだぞ。破天流っていうのはこんなろくでなしまで入門してんのか? 名前を借りている偽物って言われても信じるレベルだぞ。
心底呆れていると、今まで静かにしていたフレイがぷっと爪楊枝を吐き出し、ニヤニヤしながら俺に問いかけてくる。
「おいダル、こいつ等ならボコっても構わねーよな」
「どうぞどうぞ、やっておしまいなさい」
「しゃあ! 楽しくなってきたぜ! おいアテナ、止めんじゃねーぞ」
「誰が止めるか、好きにやってくれ」
「店は壊すなよ~」
俺とアテナがひらひらと手を振りながら許可すると、フレイはバシッと拳を合わせ、それはそれは嬉しそうな笑みを浮かべて立ち上がる。
あーあ、あいつらもタイミングが悪かったな。他の奴だったらちょっと痛い目を見るだけですんだのに、フレイが相手じゃボッコボコじゃ済まされねーぞ。
可哀想に……。
精一杯険しい顔を作って店員に詰め寄ろうとする破天流の男共の間に割り入るフレイ。
突然邪魔に入られ、男共は顔を顰めた。
「おう何だ姉ちゃん、邪魔すんじゃねーよ」
「テメエから痛い目に遭いてーのか!?」
「うるせぇ!!」
「――ゲビャ?!?!」
フレイが放った問答無用の拳を顔面に喰らった破天流1は、俺たちの上を越えて店の外に吹っ飛んだ。
手を出すのがなんて早い奴なんだ。見ろ、突然過ぎて破天流の皆さんの顔が鳩が豆鉄砲を食ったようになってるじゃないか。お兄さんもビックリだよ。
伊達に冒険者ギルドで喧嘩を売りまくっていただけはあるな。チンピラレベルが高いよ。
「て、てめぇいきなり何しやがる!?」
「こんなことしてタダで済むと思うなよ!?」
「喧嘩はもう始まってんだ、口じゃなくて手を出せよノロマが!!」
「「――ぐほッ?!?!」」
――バキゴキバキズンバキゴッバキバキバキ!!
早い、余りにも早い。フレイは瞬く間に破天流1・2・3をのしてしまった。
弱い、余りにも弱い。お前等絶対武芸者じゃねーだろ、雑魚過ぎるぞ。
「お、お、覚えとけよぉぉ!!」
「この借りは絶対返すからなぁぁ!!」
「破天流を敵に回したこと、後悔しやがれ~~!!」
「チッ、口ほどにもねー奴等だ。腹ごなしにもならなかったぜ」
フレイはパンパンと手を叩き、尻尾撒いて逃げていく台詞まで三下共に悪態を吐く。
お前の気持ちは分からんでもない。俺でさえもう少し歯応えがあると思っていたが、予想を裏切られてしまった。
逆に殺してなくて安心したわ。フレイも手加減を覚えたんだな、いい事だ。
「お客さん、どうもありがとね。お蔭で助かったよ。お礼に今回は払わなくていいよ」
「おっマジか!? ラッキーだぜアテナ、オレのお蔭だな」
「いえ、払いますよ。私たち……というよりフレイが食べ過ぎてしまいましたから。タダという訳にはいきません」
タダになると聞いて喜ぶフレイだったが、アテナがすぐさま遠慮する。
まぁ確かに、フレイは一人で三人分以上食ったからな。それを無料にするってのは店側としても厳しいだろ。
しかし店員も折れず、遠慮するなと強く言ってくる。
「いいんだよ、あんた達のお蔭で溜まってた鬱憤もスッキリできたしさ。こんなことでしかお礼できないんだよ、受け取ってくんな」
「そこまで言うなら、今回はご馳走になります」
「ありがとよ!」
「店員さん、俺たちしばらくこの町にいるから、また何かやっかんできたら言ってくれ。すぐにこいつが飛んでいくからよ」
「あらいいのかい? そう言ってくれると心強いわ」
俺がそう言うと、店員は嬉しそうに微笑む。
喧嘩大好きなフレイちゃんのストレス発散にもなるし、対人戦の修行にもなるし、こっちとしても有り難い。向こうからやって来てくれるんだからな。
(それにしても破天流か……面倒臭ぇもんができたもんだぜ)
下っ端共があそこまでのさばっておいて、他の流派の武芸者が黙っているこの状況。
恐らくだが、あらかた道場破りをされてしまって歯向かえなくなってしまったのだろう。道場破りをされて負けた側は基本何も言えなくなるからな。
ってことは少なくとも、破天流の天辺にいる奴は相当強い奴ってことだ。
「かったりぃなぁ……」
折角温泉にでも入りながらゆっくり休養しようと思っていたんだが、どうやらそんな呑気なことを言っていられそうにもないみたいだ。