38 瞑想
「ぐぅ~ぐぅ~」
「寝るな」
「あいたっ……も~折角寝れそうだったのに……」
「いやいや、寝ちゃ駄目だろ……」
ぶ~たれるミリアリアに呆れてしまう。
瞑想の鍛錬を始めると、こいつはすぐにサボって寝ようとしちまうんだよな。集中力が無いのか、やる気が無いのか。困ったもんだぜ。
集中力を向上させる鍛錬だってのに、鍛錬をするための集中力が無いんだからな。
「ほら、もう一回だ」
「はいはい、やればいいんでしょ」
やる気が微塵も感じられない返事をすると、ミリアリアは静かに瞼を閉じる。背筋をしゃんとさせ、瞑想を開始した。
俺は彼女の後ろに立ちながら、言葉をかけていく。
「大きく息を吸って~小さく長く吐きだす~」
「すぅ~はぁぁぁああああああああ」
「それを三回繰り返してから、自分のペースで呼吸を繰り返していこう」
深呼吸を繰り返し、まずは心を穏やかにさせる。
頭と身体を空っぽにすれば、それだけ世界を満たす魔力を肌で感じられるんだ。
「お前は今、世界と一体になっている。世界はお前で、お前は世界だ」
「世界はアタシで、アタシは世界」
「世界は魔力で満たされている。そこからほんの少しだけ、魔力を分け与えてもらうイメージだ」
「魔力を……分け与えてもらう」
ミリアリアの身体が少しずつ緑色に淡く発光する。彼女は今、世界と繋がろうとしていた。
太陽から、風から、大地から、草木から、魔力というエネルギーを少しずつ掻き集めていく。
きゃっきゃうふふと、風や光、地といった様々な精霊たちがミリアリアに集まっているのが分かる。残念ながら俺には精霊が見えないが、彼等の楽し気な声が聞こえてくる気がした。
(やっぱ天才だよお前は……)
魔力との親和性が高く、精霊に愛される特別な種族のエルフ族。
それを加味しても、ミリアリアが世界と同調する力は非常に優れていた。でもエルフの全てがこんな真似できる訳ではないぞ。
言っておくが俺だってそんな芸当はできない。こいつが特別なんだ。
決して理論とかではない。全部感覚で補ってしまえている。俺が今まで会ってきた奴等と比べても、1、2を争う天才だ。
魔力を保有できる器の大きさは途轍も無く大きいし、こいつなら俺の想像を遥かに越える魔術師になれるだろうな。
「ふぅ~ふぅ~疲れたぁ」
瞑想を止めて、ぐったりしてしまう。
少し誤算があったとしたら、ミリアリアは世界との同調レベルが高いことだった。
正直、俺は世界と同調させる段階まで教えるつもりはなかった。集中力を高められ、己の魔力量をほんの少し回復できる自己完結程度まで考えていたんだ。
だけどこいつは、瞑想の鍛錬を数日繰り返しただけで世界と自分との繋がりを感じ取ってしまい、よく知らずに同調までしてしまったんだ。
その結果、逆流するかの如く膨大な魔力がミリアリアの器を決壊寸前までに満たされてしまい、危うく死んでしまうところだった。
あん時は肝を冷やしたぜ。兎に角上級魔術を空に向けてぶっ放すことで事なきを得たが、最悪廃人になるか身体が爆発するところだったからな。
無知でいるままなのは大変危険なので、俺が知る限りのやり方を教えることにしたんだ。
ただ、自己完結のままならまだしも世界との同調は体力も消耗してしまうらしい。
ちょっとやっただけでも、この通りダウンだ。でも、できるならやらない方が勿体ねぇ。
「つーことでミリアリア、今からそこら辺走ってこい」
「ええ……疲れた。休ませて」
「お前の欠点は集中力の無さと体力の無さだ。念の為言っておくが、走りながら適当に魔術も使えよ」
「もっと疲れるやつじゃん、それ」
「それが目的だって言ってんだ。ほら、ぐずぐずしてないで行った行った」
尻を蹴っ飛ばすつもりで言うと、ミリアリアは鬼の形相で睨みながらランニングを開始する。
魔術師は基本その場から動かない。だけど時には戦場を駆けずり回ることだってある。そん時に必要になってくるのは、やっぱり体力だからな。
それに走りながら魔術を行使するっていうマルチタスクは、体力と魔術訓練を一遍に行えて一石二鳥。瞑想をして頭が冴えている今なら、並行してやるのも難しくはないだろう。
「オラァ!」
「ふっ!」
あっちの方ではアテナとフレイが受け流しの鍛錬を行っていた。
フレイが力任せに木刀を振るい、それをアテナが受け流そうとする。だがフレイのパワーに押されて流しきることができず、木刀を弾かれ体勢を崩されてしまっていた。
アテナの鍛錬にフレイは打って付けの相手だ。あいつは太刀筋とか気にせず力任せに振り回しているだけだが、誰よりも膂力がある。フレイの重い攻撃を受け流すのは相当難しいだろう。だからこそやる意味がある。
アテナの弱点はパワーだ。まともにかち合えば打ち負けるのは当然。今までは神がかりなまでの回避能力でやってこれたが、それを封じられると対処できなくなってしまう。
己よりも強い膂力を持った相手の攻撃を受け流すには、シビアで完璧を求められる。でも、アテナの才ならできないことはない。
「オラオラどうしたアテナ、全然なってねぇじゃねぇか!!」
「――調子に乗るな!」
「うおッ!?」
楽しそうなフレイが放った上段からの斬り下ろしを、アテナはタイミングを見極めて外側から剣を添え、軌道を逸らすように払い除ける。
完璧な受け流しに身体の重心を崩されたフレイの首筋に切っ先を向け、勝ち誇った笑みを浮かべた。
「ふふ、どうだフレイ」
「チッ、イキってんじゃねーよ。たまたまだろーが」
い~や、今のは偶然なんかじゃない。完璧な受け流しだった。
ちょっとでも力の入れ方、間の取り方をミスっていたらフレイの体勢が崩されることはなかった。力の流れを掌握できたからこそ、フレイも踏ん張ることができなかったんだ。
(これだから天才って奴は嫌いなんだよなぁ)
ついため息を吐いてしまう。
受け流しの技術は高等技術だ。だが、僅かに軌道を逸らすだけの防御なら鍛錬を続ければ誰もが身につけられる技術でもある。
ただ、今のように力の流れを完璧に操り、相手の体勢を崩すに至るまでの事をやるのは至難の技だった。
それをアテナは、たった一か月ほどの短い期間で感覚を掴んでやがる。これを天才と言わずなんと呼べばいいんだ。
完璧な受け流しはまだまだ成功確率は低いが、軌道を逸らすだけの流しは形になりつつある。マスターするのも遠くはないだろう。
「よっしゃ、そろそろ交代しようぜ」
「そうだな。ふふ、今まで楽しそうにやってくれたからな。今度は私の番だ」
「へへ、テメエの攻撃なんざ余裕に捌いてや――へぶっ?!」
攻守交代。今度はアテナが攻め、フレイが受け流す側に回る。
二人とも木刀を捨てると、アテナがステップを踏みながら接近しストレートを放つ。手の平で受け止めようとしたが、間に合わず顔面にパンチを喰らってしまった。
「どうしたフレイ、余裕で捌くんじゃなかったのか?」
「クソったれが!!」
アテナが繰り出す拳撃や脚撃に、フレイは上手く流すことができず喰らい続けてしまう。受け流しは成功すれば身体にダメージを負わないが、失敗すれば普通に防御するよりもダメージは大きくなってしまう諸刃の剣だ。
今までフレイは攻撃が来たらガードするだけだった。その癖がついてしまっているために、受け流そうとしても身体が追いついてこないんだ。
その点アテナはずっと回避ばかりしていたから、受け流す技術をすんなりと受け入れたのかもしれないな。
ぶっちゃけて言えば、竜人族で防御力が高いフレイは普通に防御した方がいいかもしれない。流しではなく弾くの技術だけでも十分やっていけると思う。
ただ、どうせなら挑戦して欲しい。常人離れした膂力を持っているこいつがその技術を身につけることができたら鬼に金棒。攻守に隙がない完璧な格闘家になれると思うぜ。
「ふぅ……そろそろ時間だな。今日はフレイが食事当番だろ?」
「チッ、やっとあったまってきたってのにもうそんな時間かよ」
頃合いを見て鍛錬を中止する二人。
食事の当番制は継続していた。最初は料理と呼べなかったフレイとミリアリアも、ちょっとばかしはマシになっている。
まぁ、それも俺とアテナが頑張って指導したお蔭だがな。
因みに何で俺が見学しているのかというと、別にサボりたいからではないんだ。それにはちゃんと理由がある。
一つはミリアリアの様子を見ていなければならない。あいつはすぐに体力が切れてぶっ倒れちまうから、回収しに行かなきゃならないんだ。ほっとくとそのまま寝ちまうしな。
それとアテナとフレイに関しては、あの二人でやらせた方が色々と身につくからだ。
アテナは格闘家、フレイは剣士として攻撃に回ることで、いつもとは違った戦い方を体験することができる。
別に上手くなれと言っている訳じゃない。ちょっと齧ったり知ったりする程度でも、気付くことや身につくことはあるんだ。それって結構大事なことなんだぜ。活かせる部分だってあるしな。
ていうかアテナは格闘家としてもやっていけそうだよな。もっとパワーがあれば転向しても良かったかもしれない。
時々俺も相手をしてやるが、あんまり教えてやるのも勿体ないので口は開かない。技を見せてやるだけだ。それを盗めるかはこいつら次第。
それにやっぱり同年代で切磋琢磨した方がいいだろうと思うし。
「良い感じだな」
旅立って、鍛錬を始めてからまだ一か月。
急激に成長していくこいつ等に、俺も久しぶりにワクワクしていたのだった。