36 エスト2(前編)
「ゴオオオオオオオオッッ!!」
「硬ったいです!!」
「まだ斃れないの!? ダメージは与えている筈なのに!」
「焦っちゃダメだよ、ジャイアントゴーレムの耐久力は他のモンスターと比べものにならないんだから」
僕はエスト。
シルバーランクパーティー『スターライト』のリーダーだ。
数か月前までは幼馴染であるアテナのパーティー『スターダスト』に所属していたが、付与術師である僕は役立たずの烙印を押されてしまい、パーティーから追放されてしまった。
だけどその後に能力が覚醒し、付与魔術を己にかけられるようになってからは一人で中級の迷宮主を倒せるまでに強くなったんだ。
それからすぐに獣人族のソラとフウが仲間に加わり、僕を追放したスターダストよりも高みへ輝くという意味を込めてスターライトというパーティーを結成する。
スターライトを結成してからは、主にソラとフウとのコンビネーションを強化するために中級の迷宮を潜っていた。
彼女たちは冒険者になったばかりの駆け出しだったが、二人だけで初級の迷宮を攻略していてギルドでは話題になっていたし、銀級にも見劣りしない実力を兼ね備えていた。
それだけではなく、彼女たちのポテンシャルは僕が思っていた以上に高い。
獣人族の中でも希少種である白虎種のソラは、双剣使いのアタッカーながら魔術に長けており、光魔術と回復魔術も使える。どちらの魔術も使える者は少なく、それでいてダンジョンに有用だから本当に助かっていた。
戦闘力が高い黒狼種のフウは、パワー・スピード共に優れた格闘家で、俊敏性だけなら僕と同等のものを持っている。
それに加え光魔術よりも珍しい闇魔術を扱えて、索敵にも使えるからダンジョンでの探索も大分楽だ。
そんな二人に僕の付与魔術を付与すれば、鬼に金棒なのは間違いなかった。
中級の迷宮で付与魔術をかけた戦闘を慣らしながらコンビネーションを高め、あっという間に迷宮主を倒し、上級の迷宮に挑戦する。
上級の迷宮は、僕にとって苦い思い出のある場所だ。
この迷宮で僕は完全にスターダストの足手まといになってしまい、モンスターに襲われて重傷を負ってしまった。
そのせいで、これ以上僕は攻略についていけないとアテナに判断されてしまい、パーティーから追放されてしまったんだ。
だけどもう、あの時の弱虫な僕ではない。
付与魔術を自分に付与できるようになり、僕の強さはアテナを越えた。そして僕の純情を弄んだダルと、怠け者のミリアリアよりも、遥かに強くて真面目で頼りになるソラとフウが仲間になった。
そんな僕、いや僕たちなら、上級の迷宮でも十分通用すると確信を抱いていたんだ。
そしてその確信は、確証に変わった。
上級の出現するモンスターは確かに強い。一体一体が強く、時には厄介な攻撃をしてきたりするモンスターがいたし、初級や中級の迷宮主と同レベルのモンスターだっていた。
だけど僕等は、その全てに対応し突破してきたんだ。
ソラとフウは戦えば戦うほど強くなっていく。けど、強くなるのは彼女たちだけではない。
僕もまた、階段を駆け上がる速度で実力をつけていった。徐々に魔力量が増え、付与魔術の種類が増え、付与した時の上昇値も上がり、一度に重ね掛けできる数も増えた。
正直に言えば、誰にも負ける気がしない。
『迷宮にはアテナたちがいる。俺は助けに行くが、お前はどうする?』
『はっ、相手は魔神だよ? ダルが行ったってどうするのさ。死にに行くようなもんだろ。それに僕はアテナたちより自分の仲間のところに行くよ』
少し前、中級の迷宮に魔神が現れた。
魔神は迷宮が気まぐれで生み出す怪物で、人々にとっては厄災のような存在だ。普通の冒険者じゃ歯が立たず、それこそ金級パーティーが沢山集結して討伐できるかどうかのレベルなんだ。
あの時の僕は、誰もが畏れる魔神という怪物に勝てる気はしなかった。
だからソラとフウを連れて避難しようとしたんだ。だけどその前に、魔神が何者かによって斃されたという報告が駆け巡る。
そしてその報告をしたのは、幼馴染であるアテナだった。
アテナの報告によると、一人の冒険者が突然駆けつけ、魔神と戦闘して倒してしまったという話だった。その者の正体は分からず、挨拶もせずに去ってしまったらしい。
魔神を単騎で倒せる者なんて、それこそ伝説となっている白金ランクの冒険者ぐらいしか思いつかない。
だけど僕はその話を聞いた時、ふと思い出してしまったんだ。
魔神の出現に全ての冒険者が絶望を抱く中、一人駆けつけに行った冒険者のことを。
だけどそれはただの気のせいだろう。“あいつ”なんかが、魔神を倒せる訳がない。
しかし、今の僕なら違う。
あの時よりも遥かに強くなった今の僕なら、魔神にだって負けやしない。それだけの実力と自信を積み重ねてきた。
「双光斬!!」
「ブラックシュート!!」
「ゴアアアアアッ!?!?」
ソラによる光属性の斬撃が腕を斬り飛ばし、フウの闇を纏った脚撃が足を粉砕する。
僕たちは今、上級の迷宮主であるジャイアントゴーレムに挑戦していた。巨大石像はゴーレムの最上位種で、その名の通り巨大なゴーレムだ。
天井まで届きそうなぐらい高く、尋常じゃない防御力を有している。その防御力はモンスターの中でも随一と言っても過言ではないだろう。それに加え質量のある攻撃をまともに喰らってしまえば、一撃でノックダウンだ。
そんな相手に僕らはコツコツとダメージを蓄積し、罅が入ったところを狙って攻撃していた。そしてやっと今、ソラとフウの技によって腕と足を破壊し、ジャイアントゴーレムを崩すことに成功した。
「やりました!!」
「勝ちました!!」
「……まだだ!!」
地面に崩れ落ちるジャイアントゴーレムを目にして喜ぶ二人に、僕は警戒を促す。
ジャイアントゴーレムはまだ生きている。身体は崩したが魔力反応が消えていない。戦いは終わっていない。
僕の想像が正解だと言わんばかりに、ジャイアントゴーレムの眼が一際輝いた。
「ゴ……ゴオオオオオオオオッッッ!!」
突如、ジャイアントゴーレムの身体がバラバラになる。一つ一つが巨大の岩となって宙に浮き、縦横無尽に飛び交った。
「きゃあ!?」
「くっ!!」
「ちっ、まだこんな切り札を残していたのか」
つい舌打ちを打ってしまう。ジャイアントゴーレムは今、岩石を飛ばして無差別に攻撃を繰り出してきている。さながら岩の嵐のようだ。
恐らくどこかに核があるだろうけど、どこにあるかは判別できないし、例え分かったとしてもこの嵐の中を突き抜けるのは至難の業だ。
「僕は世界一の冒険者になるんだ。こんなところで躓いていられないんだよ!!」
アテナと約束した時、能力が覚醒した時、僕は己に誓ったんだ。
世界一の冒険者に、絶対になるんだと。
「攻撃力上昇×10+筋力上昇×10+貫通力上昇×10+衝撃波付与」
僕が付与できる最大限の付与魔術を自分に付与する。こんな無茶な付与は今までやったことがないし、もしかしたら僕の身体がもたないかもしれない。
でもやってやる。僕はもう負けない!
「はぁぁぁあああああああああああああ!!」
狙いはジャイアントゴーレムの中心。
そこが岩石が多く、ずっと動いていない事は観察して分かっていた。恐らくあの周辺に核がある。その中心一帯を消し飛ばしてやる。
僕は溜めていた力を解き放つように拳を振るった。
「スターエンドォォォオオ・スマァァァァアアアアッシュ!!!!」
刹那、暴風の如く衝撃波が放たれる。
一筋の衝撃波は宙に浮く岩石を消し飛ばしながら猛進し、中心地を跡形もなく消滅させた。
「ゴ……ォ……」
核が失われたからだろう。宙に浮いていた残りの岩石が次々と落下していく。魔力反応も無いことから、今度こそジャイアントゴーレムの消滅を確認できた。
「はぁ……はぁ……勝った」
「エストさーん!!」
「エスト!!」
「うわ!?」
勝利に安堵していると、ソラとフウが飛びつくように抱き付いてくる。勝利したからか、二人共興奮するように喜んでいた。
「今のなんですか!? 凄すぎますよ!!」
「分離した時はひやりとしましたが、流石はエストですね。あんな強力な攻撃を隠し持っていたなんて」
「付与魔術を最大までかけたんだけど、リスクもあるから今までやったことなかったんだよ。でも、ソラとフウが頑張って削ってくれたから僕も力を温存できたんだ。勝てたのは二人のお蔭だよ、ありがとう」
感謝を伝えながらソラとフウの頭を撫でると、二人は照れたように顔を真っ赤に染めて喜んだ。
(ついにやったぞ)
そんな二人を横目に、上級の迷宮を攻略したことに僕は達成感に酔い痴れていたのだった。