33 魔力制御
身体強化の可能性を知ったフレイは、興奮しながら聞いてくる。
「いいじゃねーか! 早くそれを教えてくれよ!!」
「そう慌てなさんなって。言っておくけどフレイ、身体強化はすぐになんとかできるわけじゃねーぞ。特にお前は魔力制御がド下手なんだからな。まずはそこから慣れていく」
「んだよ、つまんねーな。ていうかよ、そもそも魔力制御ってなんなんだよ」
「そのまんまの意味だ。身体に宿る魔力を自分の思うがままに操ることで、威力や精度を上げることだってできる。それは身体強化だって例外じゃない」
俺は顔をアテナに向けて、
「アテナ、お前は身体強化をする時どういう風に魔力を使用している?」
「私は大体三段階に強弱を分けているな。探索している時、モンスターと戦っている時、強いモンスターと戦っている時だ」
やっぱりアテナは優秀だな。そこまで魔力を制御している奴はそう多くない。
「なっ!? お前そんなことしてたのかよ!? じゃあなにか? テメエは今まで全力じゃなかったってことか!?」
「勿論全力だったよ。ただ私は魔力量が多くないから、探索中常に強化をするには魔力を抑えておかなければならないんだ」
これが人族の弱点だ。
人族は他の亜人と比べて身体がモロすぎる。
ちょっと転んだだけでも打ち所が悪ければ裂傷、捻挫、最悪骨折をしてしまう。だから人族の冒険者はダンジョンを探索する時常に身体強化をかけ続けなければならない。
なので自然と魔力制御も上手くなるんだ。
逆に亜人は頑丈で、身体能力が秀でている。
生身でもモンスターと十分戦えるほどにな。けどスペックに頼っているせいで魔力制御を怠りがちになっちまう。フレイみたいにな。
まぁフレイは亜人の中でも竜人族っつー最高の肉体があるから、なまじ魔力制御が下手でも十分通用しちまうんだがな。
「因みに言っておくが、ミリアリアは身体強化よりも難しい魔力障壁を常に身体に纏ってるんだぜ。知らなかっただろ」
「なっ!? マジかよ……」
「別に……余裕だし」
寝ぼけながら答えるミリアリア。
こいつは天才中の天才で、魔力制御においては超一級品だ。何があってもいいように、常に魔力障壁を張り続けてやがる。
探索中でもない現在もな。こいつにとっちゃ息をするのと同じくらい容易いことなんだろう。心底恐ろしいエルフだよ。
俺的には伝説の精霊族と言われてもおかしくない魔力量と技量を待ってると思うぜ。
「フレイには最低でも三段階はできるようになってもらう。まぁ今は普通に身体強化をやっとけ」
「わかったけどよ、どうやって魔力を制御すればいいんだよ」
「一朝一夕にできるもんじゃねぇよ。意識してればそのうち分かるようになってくる。ほら、スタートだ」
「……わーったよ。やってやるよ」
俺が促すと、フレイは身体強化を発動する。相変わらず全力で荒っぽいな。
まぁ、“一か月”もすればちったぁマシになるだろ。
◇◆◇
「お腹減った~」
「そろそろ飯にすっか」
「もうそんな時間か」
「身体強化してるから腹減って仕方ねーぜ」
昼時の時間になり、俺たちは昼休憩を取ることにした。
地べたに座って休もうとしている三人に、俺はこう言う。
「言っとくが、飯は交代制でやるからな。今日の昼飯はフレイとミリアリアに頼むわ」
「は~~!? 何でオレがンなことしなくちゃならねーんだよ」
「え~面倒臭い~」
不満そうに駄々をこねるガキんちょ共に、俺はため息を吐きながら、
「我儘言うんじゃねぇ。料理でもなんでも一人でできるよーになれ。いつまでもこのパーティーでいられると思うなよ。違うパーティーに臨時で入るかもしれない。何かのアクシデントで一人だけ遭難するかもしれない。俺やアテナが死ぬかもしれない。
そういう時にこれもできねーあれもできねーじゃ、この先やっていけねぇぞ」
冒険者は次に何が起きるかわからない。常に平和であるとは限らない。そういう時に一人でも生きていける力を身につける必要があるんだ。
誰かの力を頼ってちゃいけない。最後に信じられるのは己自身なんだ。
「ちっ、仕方ねーな。やるぞクソエルフ」
「なんでアタシが……」
嫌々ながらも料理に取り掛かろうとしているフレイに、俺は忘れずに伝えておく。
「おいフレイ、誰が身体強化を解いていいって言ったよ。言ったよな? “俺がいいと言うまで身体強化を発動してろ”って」
「――なっ!?」
「それと、味は不味くなってもいいけど道具だけは壊すなよな」
「クソったれ……やってやろーじゃねーか」
身体強化の発動中は、膂力も発動中のものとなる。
特にフレイの場合は全力だから、力加減が難しいだろう。戦闘ではなく細かい作業をしようとすれば、加減ができずに道具をぶっ壊してしまう恐れがあった。
だけど俺の狙いはそこにある。
「どーだ、気持ちいいか?」
「ブルル」
ミリアリアとあーだこーだやっているフレイを横目に、俺は馬に餌を与えながらブラッシングをかけていた。馬は旅の道具ではない。仲間の一人だ。
親身に世話をすれば心も開いてくれる。心を開いてくれれば俺たちのために頑張ってくれる。多少は無理をしてくれる。いざとなったら助けてくれる。
だから馬を大事に扱うことは大切なんだ。
――いざとなったら食料にもなるしな。だから絶対に名前だけはつけない。
「ブルル……」
「悪い悪い、お前を食ったりはしねーよ」
邪まなことを考えていると、馬に頭をハミハミされてしまった。
馬は俺たちが思ってるより聡い生き物だ。顔色で考えていることがバレることもある。まぁ、流石に内容とかまで深く読まれることはないんだけどな。
でも、頭が良いのは確かだ。
「ダル、ちょっといいか」
「おう、なんだ」
馬と戯れていると、浮かない顔のアテナが声をかけてくる。話の内容は大体察せられた。
「私には何もないのか?」
何が? とは聞かない。フレイだけに訓練を課して、自分にはないのか。そういった意味だろう。
焦る気持ちは分かる。アテナにとってフレイはライバルだ。そのフレイが現時点で自分より数歩も先にいるのに、その上さらに遠くまでいってしまう。それなのに自分は立ち止まったままでいいのかという不安。
そしてその不安は当たっている。
俺の予想が正しければ、フレイは化ける。魔力制御をしっかりと身につければ、どれだけ強くなるのか俺でも想像がつかないぐらいだ。
「焦りは禁物だぜ。旅は始まったばかりなんだ、のんびりやっていこーや」
「しかし……」
「しっかり考えてある。ちょっとした鍛錬をな」
アテナだけじゃねーけど。
「ふっ、どうやらお見通しのようだな」
「でも俺はきっかけを与えてやるだけだ。強くなる方法は自分で考えろよ。思考の停止は一番やっちゃいけねーことだからな」
「分かってる。今も模索中だよ、全然いい案は浮かばないがな」
「ならいいさ」
お前なら、俺なんかの力がなくても自分で高みに辿りつけるさ。
そう期待していると同時に、確信も抱いているんだぜ、俺はよ。




