32 身体強化魔術
「ちっ、つまんねーな。おいダル、なんか面白ぇーことしろよ」
「あのねフレイ君、そういうのって無茶ぶりって言うんだよ」
ちょっとした助言だけど、その無茶ぶりは出会いの場では絶対にしちゃダメだからな。特に気の弱い奴にはフるなよ。
「疲れた~、アテナおんぶして~」
「私も荷物を背負ってるから無理だ」
クロリスを発ってから二時間ぐらいで、もうダレてきやがった。フレイは露骨に舌打ちや貧乏ゆすりをしているし、ミリアリアはへばってきている。アテナは大丈夫そうだが、ずっと無言のままだ。
今にして発覚したんだが、このパーティーの欠点はモチベーターが一人もいねぇことだな。
陽気というか、お調子者というか、良い意味でのおバカキャラだ。場を和ませてくれる奴がいるだけで、パーティーの雰囲気が明るくなる。鼻歌を口ずさむような奴が一人でもいれば、何もない道中でも楽しくなるんだ。
しかし、スターダストにはその役目を担うキャラが一人もいない。
アテナは堅物な感じだし、フレイは常に苛ついてるし、ミリアリアは口を開けば疲れたなどマイナスな言葉しか言わない。
当然ながら俺もそういうキャラじゃねーしな。
「しょうがねー、ちょいとここらで休憩するか」
「そうだな。一休みしよう」
「わ~い」
「もうかよ。ったく、だらしねー奴等だぜ」
街道のすぐ側で休憩を取ることになった。
各自水分補給をしている中、ミリアリアは地面に寝転がってしまう。おい駄エルフ、小休憩なんだからそのまま寝落ちすんじゃねーぞ。
まぁ眠たくなる気持ちは分からなくない。今日は天気も良いし、風もほどよく暖かくて気持ちが良い。さぁ……と雑草が揺れる音は子守唄のようだ。
こういうゆったりとした時間や空気は久しく味わってなかったけど、いいもんだな。
そんなことを思いながら、欠伸を噛み締めているフレイに声をかける。
「よぉフレイ、まだまだ元気そうじゃねーか」
「ったりめーだろ。こんなノロマなペースで誰が疲れるんだっての」
「ならお前にだけちょっとした訓練を課してやる」
「おお! いいじゃねーか!! オレはそういうのを待ってたんだ!!」
「待て、そういうことなら私もやるぞ」
フレイに負けじと参加の意を示してくるアテナに、俺は「まぁ待てよ」と断って、
「最初からトばしてもどうせバテる、そう焦ることはねーよ。今は旅に慣れとけ。フレイは体力が有り余ってそうだからやってもらうんだ」
「分かった……」
悔しそうな顔を浮かべるアテナに、フレイは胸を張りながら「へへ」と勝ち誇った態度を取る。
言っとくけど、お前の態度がうざったいって理由もあるんだからな。それは言わないでおいてやるけどよ。
「で、オレは何をすればいいんだ?」
「簡単なことだよ。俺がいいと言うまで身体強化魔術を発動してろ」
「あん? そんだけか?」
訓練内容を聞いた途端に不服そうな態度を取るフレイに、俺はため息を吐きながら説明する。
「お前、身体強化魔術を舐めてるだろ。この魔術は意外と魔力制御がシビアなんだぜ。特にお前は制御がとんでもなく下手で、常に百しか出せねー。だから燃費も効率も無駄が多すぎる」
「あん? 魔術に無駄もなにもねーだろ。発動できたらそれでいいじゃねーか」
やっぱそこらへんは詳しく教えてもらってねーみたいだな。
誰にどうやって炎魔術や強化魔術を教えてもらったのかわからねーけど、魔術の触りぐらいしか知らないみたいだ。
まずはそこからレクチャーしてやらなきゃな。
「いいか、魔術ってのは己の身体に宿る魔力を対価にして世界に干渉し、無から有を創造する奇跡だ。考えてみろ、何もないところから水や炎を生み出せるなんて奇跡の他ないだろ?」
「あぁ……言われてみればそうかもな」
「特に魔術は自然に属する力に干渉しやすい。風を操ったり、土を隆起させたりな。だから魔術は初級炎魔術や初級水魔術など自ずと自然の中にあるものになっている。
じゃあ魔術ってのはそもそもどうやって発動する? 魔力を使ってどうやってこの世界に発現させるんだ?」
「し、知らねーよ……なんとなく使えちまうんだから、んなもん気にしたことねーし」
そう、それが魔術を使える一般人と魔術師の歴とした違いだ。
生きとし生けるもの全てに魔力は備わっている。だが世界に干渉できるほどの“器”を持っている者は限りなく少ない。
簡単に言えば魔術を発現できるほどの魔力量を身体に溜めておけないんだ。
だからほとんどの者は魔術を使うことができない。
だが稀に、世界に干渉できるほどの器を持っている者がいる。元から大きな器を持つ奴もいれば、身体の成長によって大きくなる奴もいる。
そういう奴等は、ちょっと魔力操作のコツさえ掴めば“なんとなくで”で魔術を扱えてしまうんだ。別に“呪文を知らなくてもな”。
が、一般人でできる魔術は所詮その程度のものだろう。
しかし魔術師は違う。魔術師はとりわけ大きな器を持ってる奴等が、魔術について知識を蓄えたエリートなんだ。
じゃあ一般人と魔術師の違いはなんなのか。
それは――知識量による。
「魔術を創造するために必要なのは、“想像”だ」
「イメージだぁ?」
「魔術は全て想像によって作られる。そう聞くとすんげー簡単に思えるだろ? ところがどっこい、想像ってのは意外と難しい」
そこで俺は、眠りこけそうになっているミリアリアに問いかける。
「ミリアリアは氷結魔術をよく使ってるが、氷の雨なんて見たことあるのか?」
「ない」
「じゃあ誰にどうやって教えてもらった?」
「精霊のトムに教えてもらった」
――そう。
見たこともないものを想像するには誰かに教えてもらうしかない。ミリアリアの場合は精霊という稀有なパターンだが、普通の魔術師は先人達が残した魔術本を高値で買い、深く読み込み、足りない想像を知識で補う。
そこでやっと魔術を発現することが可能になるんだ。
しかし魔術を使うのに一々想像するなんて面倒極まりない。戦ってる最中なんてもっての他だ。
じゃあどうやって瞬時に魔術を発現できるのかといえば、“呪文”だった。
呪文は、魔術を瞬時に使えるように編み出した先人達の努力の結晶である。言葉を発しただけで無意識に想像するために呪文をキーにするからこそ、想像を最適化、簡略化して魔術を使うことができるんだ。
一般人と魔術師の違いは、知識量の差にある。
「魔術に必要なのは想像だ。けど、想像すりゃ何でもできるわけじゃない。魔力には色っつーか適性みたいなもんがあって、合わない属性は必死こいても使えねぇ」
これについては俺もよく知らねー。確か才能や、親の血や世代に関係するとか聞いたな。
ぶっちゃけ俺の魔力はどの属性にも合ってない。だから使えたとしてもちょっと便利ぐらいなもので、攻撃魔術なんてのは無理だ。
因みに魔術には下から順に初級・中級・上級とカテゴライズされているが、それは単に対価とする魔力量の違いによるものだ。上級魔術を使える奴なんて数は少なく、それこそミリアリアや魔神クラスの魔力量がないとできない至難の業である。
「ここまでごちゃごちゃと小難しい話をしたが、ようは魔術は想像すればできると思っておけばいい。お前みたいになんとなくでもできるしな。そこで本題だ」
つい熱が入って色々と余計なことも言っちまったが、ここで話を戻す。
「無から有を生み出す奇跡が魔術だとしたら、じゃあ身体強化魔術はなんなんだ?」
「なにって言われてもよ、そのまんまの意味じゃねーのか。身体を強化するってことでよ」
まさしくそうだ。身体強化は身体を強化する。この魔術は初歩中の初歩で、冒険者にとっては必須であり、これがないとまともに戦闘なんてできない。
だから身体強化ができない奴は冒険者になれないと言ってもいい。逆にできない奴はどれだけ頑張ったって銅級のひよっこ止まり。それだけ簡単で重要な魔術だ。
――それだけに、奥が深い。
「そうなんだよ。だけど身体強化は他の魔術とは違う点がある。なんだか分かるか?」
「あん? んなもんわかるか」
ガシガシと頭を掻くフレイの代わりに答えたのはアテナだった。
「身体強化はなにかを発現するわけじゃない……か?」
「ビンゴだ。魔力を対価にして世界に干渉し、無から有を生み出す魔術とは違い、身体強化は自分自身に干渉する魔術。だから対価を支払う必要もないんだ」
そしてその魔術を魔術師は“無属性”魔術と呼称している。
単に色や属性がないといった意味もあれば、有を生み出さず無だけで完結しているからという意味もある。
まぁこれはそこまで重要なことじゃない。知っていても知らなくてもどっちでもいい話だ。
「身体強化はその名の通り身体の強度を上げる。その仕組みは体内に宿る魔力を循環させ、保護することでリミッターを外しても壊れないようにするんだ」
「なるほど……そういうことだったのか」
「ダメだ……頭がこんがらがってきたぜ」
人間は無意識に肉体の力を制御している。そうしなければすぐに身体が壊れてしまうからだ。だが身体強化は力の放出量の限界値を底上げすることができる。
この魔術の本質は身体を強化するわけじゃない。身体を壊さないように“保護”する魔術なんだ。
「世界にではなく自分に干渉する魔術。ならやり方は一つじゃない。全身を万遍なく強化したり、拳や足だけを一点強化することもできる。目を強化すれば遠くまで見れるし、耳を強化すれば心臓の音だって聞こえる。
さらに突き詰めれば、反応や思考力にだって及ぼすことができる」
「おい……マジかよ」
話を聞いて驚愕するフレイ。やっと身体強化の面白さを理解してきたな。
俺は顎を摩りながら、ニヤッと笑ってこう告げる。
「ちょっとワクワクしてきたろ? 可能性は無限大……ってわけじゃねーが、身体強化の活用法はお前の想像よりも沢山あるんだぜ」




