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31 出発

 


「そうと決まればぐずぐずしてらんねぇ、さっさと行こうぜ!!」


「お前アホだろ。行くと決めてからすぐに出られる訳ないだろーが」


「ああん!? 誰がアホだコラ! だったら何をすればいいんだよ!?」


 何も考えていないアンポンタンなフレイに俺はやれやれと肩を竦めながら必要なものを羅列していく。


「旅をするからには色々と準備をするもんがあんだろーが。食料とか物資とかよ。最低でも馬は欲しいところだ」


「そんなもんいらねーよ。現地調達で十分だぜ」


「ちょっと聞きたいんだけど、お前はどうやってこの都市まで来たんだ?」


「あん? そんなの身一つあれば十分だぜ。人間が通ってそうなところ適当に歩いて、腹が減ったら獣でも狩って食えばいいじゃねーか」


 ええ……なんだこいつ、すげー逞しいな。

 俺がガキん頃でさえ準備だけはちゃんとしてたぞ。旅ってのは何かアクシデントがあった時、そのまま死に直結しちまう可能性がある。


 小さな怪我やなんてことない風邪だってそうだ。そういうのを舐めてかかると後で痛い目に遭うからな。だから数が少なくても医療道具や薬はしっかり持ち運んでいた。

 それが旅をする上で必要なことなんだ。


 まぁでも、フレイの場合は仕方ない部分もあるかもしれないな。

 こいつは亜人の中でも、竜の血を継いでいて身体能力スペックが高い竜人族だ。


 他の亜人、ましてや人間なんかよりも遥かに身体は丈夫だろう。風邪なんかひかねーし、獣の肉を生で食ったって腹を壊さないんだろうな。

 だから何も考えずに村を出られたんだ。全く、羨ましいことだぜ。


「ミリアリアはどうだったんだ?」


「アタシもフレイとかわんない。生活に必要な水と火は魔術があるし、屋根つきの簡易な寝床なら土魔術で作れる。道がなかったら風魔術で飛んでたし。あんまり食べなくてもお腹空かないし」


「なんだお前……ズル過ぎるだろ」


 フレイも大概だったがまだ上がいたわ。

 生きていく上で重要な水と火を自分自身で確保できる上に寝床も作れんのかよ。快適そのものじゃねーか。

 俺も火は自力でなんとかできるが、水だけは無理だ。水は有限であり、使えばなくなる。それにかさばるから多くは持ち運べない。


 だから旅の道中はなるべく水辺の有無を確認しながら進む。水がなくなるとマジで死ぬ恐れがあるからな。清潔を保つには定期的に水浴びもしないといけないし、水は旅において重要なファクターだ。


 それをこのロリエルフは自前でクリアしてやがる。

 まぁ、エルフの誰でもそういう事ができる訳じゃねーだろーけどな。元々保有する魔力量が段違いに多いミリアリアだからこそ、ほいほいと魔術を使えるんだろう。


 その上、エルフはたらふく食べなくても全然生きていける。魔力との親和性が高いからだ。

 世界に満ち溢れている魔素を無意識に体内に取り込んでエネルギーに変換してるんだ。極端に言えば、なにも食べなくても生きていける種族である。


 だからか、エルフは食にあまり関心がない。俺が知ってるエルフも質素なもんばっかり食ってたし。

 その割にはミリアリアは結構食好きだよな。引きこもってないで冒険者になってるぐらいだし、エルフの中でもかわってる方だろう。


「一応聞くけどよ、アテナもまさかこいつらと一緒ってことはねーよな?」


「失礼だな、私は普通だぞ。私の場合は……エストと一緒に旅に出てからすぐに、魔物に襲われている行商人に出くわしたんだ。それを二人で退治したら、感謝されて荷馬車に乗せてくれたんだよ」


「大分運が良いパターンだったんだな」


 一瞬顔に陰りを見せたアテナ。

 エストと二人で旅に出たのなら安心だっただろう。旅は一人よりも二人、数がいればいるだけ危険度が下がる。自分に何かあった時、面倒を見て貰えるからな。


 因みにエストっていうのは、スターダストの元パーティーだった付与術師の少年だ。

 なんやかんやあってパーティーから追放する形になっちまったが、今では可愛い女の子を仲間に加えてぶいぶいやってるらしい。


 エストの方は俺たちを多少憎んでるっぽいが、追放した理由も理由だし甘んじて受けるしかないだろう。道はたがえたが、目指してるところは同じだ。強くなってけば交錯することもあるだろう。


 しかしアテナは運が良かったな。

 魔物や野盗から行商人を助けるパターンは意外とよくあることだ。勿論行商人も自前の護衛や冒険者を雇ったりしているが、対処できないアクシデントなんてザラにある。

 そういう時に助けると、「命の恩人だ!! なにかお礼をさせてくれ!!」っつって見返りを貰えたりする。


 ぶっちゃけ俺も、それ目当てで“はってた”時も何回かあったしな。

 俺が魔物や野盗をけしかけたとかそういう非道なことじゃないよ? ただ、ピンチになりそうな時まですぐ側で待機していて、タイミングを見計らって助けてやったんだ。


 人っていうのは、自分の命を救ってくれたりするとそいつに大きな恩を感じるからな。

 ポイントは、何かお礼をしたいと言われた時にニヒルな感じで「困った時はお互い様ですから」みたいなことを一度だけ言って断ると行商人の好感度が上がるんだ。


 ふふふ、これも処世術ってやつよ。よい子は真似しちゃダメだぞ。


 三人の旅の話を聞いた俺は、やれやれとため息を吐いた。


「なんだよ、結局誰もまとも旅をしてねーじゃねーか。しょうがねぇ、とりあえず今日は旅に必要なもんを手分けして調達しようぜ。お前ら三人で食料や物資を買いこんでこい。俺は馬を一頭手配してくるわ」


「おい、テメーだけ楽じゃねぇか」


「アホ、ただ適当に馬を選ぶだけじゃねぇんだぞ。体力があるとか、性格とかを考えて長旅でも問題ない馬を選ぶんだよ。その目利きはお前等じゃできねーだろ」


「確かにな……そういうのは私ではできないだろう」


「一応言っとくけどな、お前らもボカボカと欲しいもんだけ買うんじゃねーぞ。食料と言っても干し肉とか日にちがつもんとか、調味料とかだってあるんだ。他にも旅に役立ちそうな物を買ってこい。これも勉強だ」


「ちっ、面倒くせーな」


「かったる~い」


 気に入らなそうに舌打ちをするフレイと気怠そうなミリアリア。お前らにとっては些細なことなんだろう。


 だけどこれは、お前らにとってこの先大事な経験になる。定職に就くのではなく、冒険者として生きていく上なら尚更だ。やって損にはならない。


 それに、フレイやミリアリアにもそろそろ裏方の苦労ってのを知っておいて欲しいしな。

 道は一つじゃない。いつかスターダストを離れる時もあるかもしれない。そうなった時、誰かと協力する上で支えてくれる人たちの苦労や気持ちを知っていてもいいだろう。


 今回の旅は冒険っていうのもあるけど、お前らの社会勉強でもあるんだぜ。


「ついでにギルドに都市を離れることを伝えておくわ。あとパーティーハウスの見回りも週一回ぐらいで頼んでおく」


 別にわざわざ報告する必要もないんだが、なにかあった時に罰則を受けないようにしておく必要がある。

 この前の魔神騒動の時もそうだったが、冒険者ってのは有事の際に駆り出される。もし招集に行かなければ、罰則として最悪冒険者の権利を剥奪されかねないんだ。


 それを阻止するために、都市から離れることは伝えておいた方がいい。まぁ、そんな有事の際はそうそうねーんだけどな。

 後は、もし俺たちに用があった者がいた場合、そいつに俺らの都合を伝えられる。人探しをする時は大体ギルドを使うから、俺たちの行動を知れるだろう。


 パーティーハウスの見回りも、金がかかるが必要なことだ。ずっと人気がないと泥棒に入られちまうからな。ちょっとだけでもうろついていてくれると狙われる可能性も低くなる。


「さて、そうと決まれば行動開始だ」



 ◇◆◇



 そんなこんなで翌日の早朝。

 俺たちは城門のところに集まっていた。各自持てる範囲の荷物を持ち、大きな荷物は馬に背負ってもらっている。


「ちゃんと準備してきたか?」


「おう、余裕だぜ」


「問題ない」


「大丈夫だ。昨日何回も確認した」


 俺はこいつらが用意した物資をわざと確認していなかった。あれが足りないこれはいらないと今からあーだこーだと言っても実感が湧かないだろうからな。旅をしていれば、自ずと必要な物や不用な物が分かってくる。

 とは言っても、アテナがいるからそこまで心配はしてねーんだけどな。


「んじゃま、ぼちぼち出発しますか」


「ワクワクしてきたな」


「眠い……」


「っしゃあ! 暴れてやるぜ!!」


 こうして俺たちは都市クロリスを離れ、王都バロンタークに向けて長い長い旅に出発したのだった。


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[一言] 旅は続くよ、どこまでも
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