30 旅に出よう
「クソったれがああああああ!! なんで治ったのに迷宮に行けねーんだよ!!」
今日も元気に喚き散らすフレイちゃん。
彼女は竜人族で、勝気な瞳は爬虫類の如く鋭く、背中から紅い翼が生え、腰の辺りからは竜の尻尾が生えている。
容姿はそれなりに良い。
顔はやや男っぽいが整っていて、健康的な肌に、紅蓮の髪は短く乱雑に切り揃えられている。
身体は引き締まっていて、プロポーションもそれなりに良い。まだ成長途中だから、これからもっとイイ女になるかもしれないな。多分だけど。
フレイは【暴竜】という二つ名で呼ばれるほど強く、元シルバーランクパーティーのドラゴンヘッドのエースアタッカーだった。
個人ランクもシルバーだが、スペック的には十分ゴールド級の力がある将来有望な格闘家である。
しかし性格がじゃじゃ馬の如く我儘で、周りに合わせられない彼女はパーティーから追い出されてしまった。
そんな時にアテナに声をかけられ、スターダストに加入する。
スターダストに加入してからも我儘っぷりは健在で、暫くは上手くいかなかった。だがある時から反省して、周りと協調するようになる。
協調するといっても、ほんの少しだけどな。我儘なのは全く直っていない。まぁ、それもフレイの良い所ではあるんだけどな。
「別にいいじゃん。アタシはもっと休みたい」
ソファーに寝転がりながら気怠そうに溢すミリアリア。
彼女はエルフ族で、人間よりも耳が長く、魔術に長けている少女だ。
一般的な知識でいうと、エルフの外見は人形のように美しい。それに漏れず、ミリアリアの容姿は誰が見ても美しいと謳うだろう。
宝石のように輝く土色の瞳に、新緑の長髪は絹の如く滑らかで、顔のパーツは全てが完璧に整っている。
ただ背は低く、身体はおこちゃまだった。というか、ぺちゃぱいだった。まぁ人間よりも遥かに長く生きるエルフにおいて、ミリアリアはまだ幼子だ。百年後くらいにはナイスバディな女性になっているかもしれない。
うん……なってるといいね。
ミリアリアは優秀な魔術師だ。
内包する魔力量も多いし、強力な上級魔術を習得しているのに加え、回復魔術など使える魔術も多彩。俺はまだ目にしたことがないが、恐らく精霊魔術も扱えるだろう。
スターダストの中では、現時点で一番強い。
だけどミリアリアは現状に満足してしまい、これ以上強くなろうとはしない。
元々面倒臭がりで怠惰な性格だからか、修練をしようとはしなかった。それが少しもったいない。
彼女はまだまだ伸び盛りだ。本気で強くなろうとすれば、俺でさえどれだけ凄い魔術師になるか想像できない。だからといって外野ががーがー言えば不貞腐れるのは目に見えているので、それとなく言うだけに留めているけどな。
「仕方ないだろう。迷宮が封鎖されているんだから」
今にも暴れそうになっているフレイにため息を吐きながら告げるのは、スターダストのリーダーであるアテナだ。
冒険者になってまだ一年にも満たない期間でスターダストをシルバーランクまで押し上げ、【金華】という二つ名を授かるほどの実力者。身体能力、魔術共に優れた万能型の剣士である。
アテナの容姿は、ミリアリアにも劣らないほど見目麗しい。
光輝く金色の長髪。雪のように白い肌。すっとした輪郭に、長い睫毛と、潤った唇。透き通った空色の瞳は力強い。
スタイルも抜群だ。胸は大きく、腰は細く、足は長く細い。子供から大人の身体に成長しているのか、最近では色気も増してきた。
ぶっちゃけ、どこぞの貴族令嬢と間違ってもおかしくない美貌だ。
彼女はスターダストのリーダーだ。
つい最近までは色々あって上手くいかずに実力が落ち込んでいたが、気持ちを切り替え、フレイに負けまいと努力している内に凄まじい速度で成長している。
アテナの目標は世界一の冒険者になることらしい。
他の冒険者が聞いたら「夢見んな」と嘲笑うかもしれないが、俺的には届く可能性は秘めていると思う。
アテナならばいつか、世界一の冒険者になれるってな。
「おいダル、なんとかしろや」
「無茶言わんといてや」
フレイからの無茶ぶりに、ため息を吐きながら肩を竦める。
俺はダル。酒と綺麗なお姉さんが大好きなぴっちぴちの二十歳のナイスガイだ。
三人からはおっさん臭いと言われているが、最近俺自身もおっさん臭いなと自覚しているのが辛いところである。
でも仕方ないじゃん? 年下ばかり相手をしていると、気付かないうちに年上ぶっちゃうのよ。
はぁ、スターダストにも頼りになる年上のナイスバディなお姉様が加入してくれないかな。それだったら思う存分甘えられるんだが。なんなら幼児退行できる自信もあるぜ。
「魔神の影響が探索活動にも被害を及ぼすとはな……」
やれやれと愚痴を零すアテナ。
魔神の襲来から三日が経った。
フレイとミリアリアも、魔神から受けたダメージで重傷だったのだが、医療魔術師の上級回復魔術――かなりお高め――と三日間の安静により完治している。
普通の人間だったらもっと時間をかけないと治らないのだが、二人とも身体スペックが高いのかあっという間に完治してしまったのだ。
全く羨ましい限りだぜ、こっちは久々に力を全解放したことで、全身ガタガタだってのによ。
今俺たちが話しているのは、迷宮が封鎖されてしまい探索活動ができないといった内容だ。
魔神が出現すると、調査のために近辺の迷宮が全て封鎖されてしまう。初級や上級の迷宮は二週間から一か月程度だと思うが、魔神が直接生まれた中級の迷宮はいつ封鎖が解除されるか分からない。
そしてスターダストはもっぱら、中級の迷宮で活動していた。
だが中級の迷宮は封鎖されてしまっている。なので俺たちは、今のところ迷宮の探索活動はできないわけだった。
「ンがああああああああ!! 折角あの時の感覚を掴もうと思ったのによーーー!!」
「そうだな……確かに迷宮が使えないのは困る。強くなるためにも、金銭的にも、どうにかしたいところだが……」
「いいじゃん、みんなでぐ~たらしようよ」
迷宮が使えず困っている彼女たちに、俺は後頭部を掻きながら提案する。
「お前らさ~迷宮のことばかり考えてっけど、それだけじゃないだろ~よ」
「ああ~ん!? 何意味わかんね~こと言ってんだおっさん!!」
だからおっさん呼びはやめてって。
俺の話に、アテナが怪訝気味に問いかけてくる。
「どういう意味だ?」
「冒険者ってのは本来、色んな場所に未知を求めて冒険をする者のことを言うんだぜ。それをお前らは迷宮迷宮と馬鹿の一つ覚えに言うんだからよ、笑っちまうぜ」
「「あっ……」」
あっ、じゃねえよ。マジで忘れてたのかこいつら。
冒険者は旅をしつつ、秘境やお宝を求めて活動する者を呼ぶ。だが最近の冒険者ってのは、迷宮を探索することを目的としてやがる。
まぁそれは仕方ないっちゃ仕方ないのかもしれない。迷宮には冒険者が求めているものがほとんど詰まっているからだ。
見たことない景色に、モンスターから手に入る素材、魔石や鉱石やお宝だってある。一攫千金を狙うなら、自分の実力にあった迷宮を探索するのが効率が良くて手っ取り早い。
今は冒険者=迷宮探索ってのが常識だ。
だけどそれだけじゃ勿体ないだろ。世界は広い、まだ見ぬ世界が無限に広がっているんだ。
俺もガキの頃は色んなところを回ったもんだぜ。苦労もしたし、死にかけたことも何度もあったが、それを加味しても旅をしたり未知の場所を冒険するのは面白いし、楽しかった。
なにより多くの経験を得られたんだ。
だからこいつらにも、そういった体験をしてもらいたい。迷宮だけではなく、外の世界をもっと知ってもらいたい。
「お前ら、この都市以外にどっか行ったことあんのか?」
「いや……私は村を出てからすぐにこの都市に着いたから」
「オレもだ」
「アタシも」
「んだよ全員おのぼりさんかよ」
って、おのぼりさんでもないか。この都市はそれなりに大きいが、王都なんかはもっと栄えている。それと比べれば今いる都市は田舎よりもマシ程度ってもんだ。
つーかこいつら、マジで村を出てからこの都市しか行ったことねーのかよ。残念過ぎるだろ。
「どうせ当分は迷宮に行けねーんだ。この際だから、旅でもすればいいんじゃねーのか」
「旅か……いいかもしれないな」
「ええ~面倒臭~い」
アテナは乗り気だが、ミリアリアは想像通りの返答だな。
さて肝心のフレイはというと。
「けどよ、呑気に旅なんかして強くなれんのかよ」
「こんな都市でお山の大将気取って威張ってるみたいだが、外の世界にはお前より強い奴なんかゴロゴロいるんだからな。そういう奴らと手合せするのも旅の醍醐味なんだぜ」
「しゃあ!! 早く行こうぜテメエら!!」
「「……」」
素早い手のひら返しに、アテナとミリアリアがジト目を送る。
やっぱりフレイはチョロいな。チョロ過ぎておじさん、この先ちょっと心配なんだが。頼むから変な詐欺師に高い壺とか買わされないでくれよ。
アテナはパンと手を叩いて、
「よしわかった。スターダストは当面の間、旅に出よう。私ももっと色々なことを経験したい。なぁミリアリア?」
「まぁ、アテナが行くならアタシも行くけどさ」
ということで、俺たちスターダストは当分迷宮活動を休止し、冒険の旅に出ることになった。
旅の最終目的地は王都、バロンタークだ。