29 これから
「クソ、いつまでここに居なきゃならねぇんだよ。もう大丈夫だって言ってんのによ」
「うるさい。黙って寝てろ」
「ンだとテメエ!? 痛っつ……」
「ミリアリアの言う通り、今は大人しく寝ておけって。今は身体を治すことが先決だろ」
フレイとミリアリアは、無事とは言えねぇがなんとか生きていた。
二人とも火傷が酷かったが、医者の治療によって一命を取り留められたのだ。
助かった理由としては、ミリアリアは耐魔術のローブを着ていたことと、フレイは竜人族で火に耐性があり生命力も高かったかららしい。
それでも重傷なのは間違いなく、二人は全身を包帯でグルグル巻きにされている。
まるでミイラみたいな格好で、仮装しているみたいで面白かった。
医者によると、火傷の跡も残らず綺麗サッパリ治るらしい。
それを聞いた時は安心したぜ。年頃の乙女が傷物にならなくて本当に良かった。
「二人とも元気そうで良かったよ。リンゴを買ってきたから、今剥いてやろう」
「わーい」
「けっ、そんなもんより肉を寄越しやがれ」
リンゴを持って病室にやってきたアテナがそう言うと、ミリアリアは喜ぶがフレイは舌打ちをしてそっぽを向いてしまう。
リンゴを剥くのに手間取っているアテナの代わりに俺がちょちょいと剥いてやり、それをアテナがミリアリアに食べさせる。
フレイは余計なお世話だとか文句を言って籠の中から一つ奪うと皮のままクシャリと丸かじりしていた。
「あ~ん。アテナに食べさせてもらうなんて幸せ」
「言っておくが今だけだからな」
「ケチ」
「つーかよ、何でオレたちは生きてんだよ。アテナに限ってはピンピンしてやがるし。魔神は“通りすがりの冒険者に倒された”って聞いたけどよ、そんなんじゃ納得いかねぇぜ」
愚痴をこぼすフレイ。
こいつの言う通り、俺が倒した魔神はたまたまやってきた冒険者に倒されたことになっている。
というか、俺がアテナに頼んでそう証言してもらったのだ。
俺が魔神を倒したなんて、他の奴らに知られたくなかったからな。
魔神を倒し、フレイとミリアリアを連れて街に戻ってきた俺たちは、二人を医者に任せたあとギルドに報告しに行く。
魔神が現れたという情報にギルドはてんやわんやで、すでに二組のゴールドランクパーティーに多くのシルバーランクパーティーが集結され討伐隊の編成が行われた。
そんな中、アテナが冒険者たちに告げたのだ。
「魔神は一人の冒険者によって討伐された」と。
その情報を耳にした時、冒険者たちは本気で怒ってしまう。
馬鹿な嘘は言うな。そんなことがある訳がないだろう。魔神を一人で倒せる訳がない。
誰もがアテナの言葉を信じなかった。
まぁ、信じられねぇのも無理はねぇけどな。
魔神を単騎で倒せる冒険者なんか、この世に何人いるかわからねぇし。
それこそ、数人しか到達していないプラチナランクの冒険者ぐらいだ。
それに加え、情報の出所が最近落ち目のスターダストのリーダーであるアテナだってのもいけなかった。
気でも狂ったのかとか、目立ちたいから嘘を言ってるだとか散々なことを言われてしまう。
ならその情報が真か嘘か自分たちの目で確かめろと、アテナはきっぱり告げる。
すると冒険者たちは、確認しに中級の迷宮に向かう。
その結果、魔神は本当に何者かに倒されたと判断された。
その理由は三つある。
一つ目は魔神と冒険者が戦ったであろう激しい戦闘の形跡がまだ迷宮に残っていたこと。
二つ目は、アテナたちが生き残っていること。
ギルドに報告しに来た冒険者は、アテナたちに逃がしてもらったので彼女たちが魔神と戦っていることは知っている。
だからもし魔神が生きているのならば、アテナたちが生きているはずがないのだ。
三つ目は、街が無事であること。
破壊の権化である魔神は、迷宮から出たら人間を殺そうとしてくる。生きていれば今頃街を破壊し尽くしていることだろう。
以上のことから、魔神は何者かに倒されたのだと判断されたのだ。
中には、そもそも魔神なんて生まれてなかったのではないか? とのたまう奴らもいたが、残虐な殺され方をされた冒険者の死体がいくつも発見されたことから、魔神が生まれたことは確かだった。
そもそも、魔神が生まれたなんて嘘を言う冒険者はいない。
下手をしたら国が動くことを報告して、得をするわけがないからだ。ってかそんな嘘ついたら重罪で最悪死刑にされちまう。
という事でアテナの言葉は真実となり、アテナは魔神を倒した冒険者の特徴を出来る限り報告することになる。
本人は俺とは絶対に結びつかないように説明したとドヤ顔で言っていたが、一体どんな風に説明したんだろうかと背筋が寒くなったわ。
そんな感じで一日が経つと、フレイとミリアリアも目を覚ましたのだ。
二人とも、自分が生きていることにすげー驚いていて面白かったぜ。
まぁあの状況で助かるとは思わなかっただろうしな。
不機嫌そうなフレイに、アテナが柔らかい笑みを浮かべてこう答える。
「本当だよフレイ。私の誇りにかけて誓おう。私が殺される寸前に、一人の冒険者が救ってくれたんだ。それで……あっという間に魔神を倒してしまった。
今でもあの光景が瞼の裏に焼き付いて離れない。月並みな言葉で申し訳ないが、凄くかっこ良かったよ」
あの~アテナさん?
本人がいる前でそういうこっ恥ずかしいこと言うのやめてくれます?
照れちゃうじゃない。
「けっ、テメエがそこまで言う野郎か。オレも一度会ってみたかったぜ」
うん、目の前にいます。
「そんで戦ってみたかったぜ」
うん、すぐそういう脳筋思考になるのはやめてくれ。
「じ~~~~~」
「なんだよミリアリア、何か言いたそうじゃねえか」
「なんでもない」
俺をじ~っと見つめていたミリアリアが、そっぽ向いてしまう。
多分こいつは、なんとなく魔神を倒した冒険者が俺だと勘付いているのだろう。ただ、確証がないため口にすることができない。
全く、油断も隙もねぇエルフだよお前は。
「まっ、とにかく全員無事でめでたしめでたしってことで」
「なに終わった風に言ってやがんだテメエ! オレたちが大変な目に遭ってる時にどこほっつき歩いてやがった!」
「いや~、お前等には悪いが昼間から酒飲んでたわ」
「ああん!? ンだよそれ、傷が治ったら一発殴らせろ!」
ガルルルルと歯を剥き出しにしてキレるフレイを、どーどーと宥めつつ、俺は彼女にこう告げた。
「フレイ」
「ンだよ」
「よく頑張ったな」
「……は、はぁ!? テメエに褒められても嬉しかねぇんだよ!」
俺はその次に横になっているミリアリアに顔を向けて、
「ミリアリア、俺の言葉を守ってくれてありがとな。お前に任せてよかった」
「……知らない」
ささっと頭から布団をかぶってしまうミリアリア。
俺はため息を吐いたあと、最後にアテナに向けて、
「アテナも、よくやった」
「ありがとう、ダル」
三人は本当によくやったよ。
生まれたてと言っても魔神であることに違いはない。たった三人で、魔神を食い止めたことは、本当に誇れることだ。自慢できることだ。
魔神と戦った経験は、きっとこいつらを強くさせるだろう。
落ち目と蔑まれているスターダストの快進撃は、これから始まるんだ。
「おいアテナ、オレが回復したらすぐに迷宮に行くからな! あの時の感覚を忘れねぇ内に確認しておきてぇ」
「いいだろう、望むところだ」
「ああ……アタシのアテナがバカのせいで脳筋になっちゃう」
「ンだと!? おいクソエルフ、テメエなんで実力を隠してやがった!? 上級魔術を使えるなんて聞いてねぇぞ」
「それはパーティーのリーダーとしても同感だな。なぁミリアリア、理由を言ってごらん。怒らないから」
「アテナが怖い……」
(はっ……元気ながきんちょ共だねぇ)
やいのやいの騒がしいが三人を眺めながら、俺はそう確信していたのだった。