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28 アテナ(後編)

 


「おいアテナ、たかが一匹倒すのにどんだけ時間かけてんだよ!!」


「フレイこそ何度言ったらわかるんだ?! お前はもっと協調性を持て!!」


 最早恒例行事の如く、私とフレイはあーでもないこーでもないと言い合っていた。

 ダルとミリアリアも、私たちの喧嘩が始まった途端、またかよ……と呆れた風に休憩してしまう。


 付与魔術がない状態から一か月が過ぎ、私も少しはイメージのズレを修正することができていた。


 しかし、身体が馴染んできただけで強くなっている訳ではない。

 付与魔術の時よりも格段に実力は落ちているし、ましてやフレイには遠く及ばなかった。


 やはりフレイは凄い奴だ。この一か月間、張り合い続けて改めて実感する。


 攻撃力、素早さ、防御力。どれを取っても私が敵うところがない。

 攻撃は荒っぽいが、力が強いからゴリ押しでなんとかできてしまうし。

 回避能力も以前の私より低いが、被弾しても構わないほど防御力が高い。


 フレイについていくだけで精一杯だった。

 もしかしたらエストも、私に対してこのような劣等感を抱いていたのかもしれない。

 追いかける立場になって、初めて彼の気持ちに気づくことができた。


 だが、それが吉となることもある。私が失うものは、もう何一つない。上だけを見ればいい。

 フレイの戦いにガムシャラについていくことで、どんどん成長しているのが自分でも実感できた。


 これまでも強くなることに妥協したことは一度もなかったが、すぐ目の前に高い壁があり、それを必死で追いかける状況はなかった。


 その泥臭さが、私の成長速度を加速させたのだ。

 まあそれでも、まだまだフレイには勝てないがな。


 だが正直に言うと、フレイにも成長して欲しかった。

 自分の身体が最高の素材だということを理解せず、ただ戦うことだけを望んでいる。

 技を磨けばもっと強くなれるというのに、凄く勿体ない。


 しかし彼女より弱い私が何を言っても心に響くことはないので、口惜しい感情を抱いていた。


 そんな時だ。

 いつも私たちを見守っていたダルが、突然フレイに勝負を持ちかけたのは。


 私とフレイ、ダルとミリアリアのタッグマッチによるタイムアタック。

 少し面白そうだとは思ったが、フレイが賭けを持ちかけたことで慌てて止める。

 パーティーのリーダーとして、これ以上輪を乱すことはしたくなかった。


 が、ダルも乗り気になってしまい、勝負は執り行われてしまう。


 私はやりたくなかったが、勝負が始まったら話は別だ。

 やるからには全力で勝ちに行く。


 まずは私とフレイで、かなり良いタイムを出すことができた。

 流石にダルたちは勝てないと思ったが、そんな甘い考えは一蹴されてしまう。


 一瞬だった。

 ミリアリアが広範囲魔術で敵に大打撃を与え、残りの弱ったモンスターをダルが始末する。

 戦士と魔術師の連携が取れた、完璧な戦い方だった。


 二人はそこまで大したことはしていない。

 “普通”に戦っただけだ。

 ここ最近私はフレイと競い合うような戦い方ばかりだったので、普通の戦いを忘れてしまっていた。


 勝負は完璧に私たちの負け。

 だが、フレイは案の定納得がいっていない様子。そんな彼女にダルはフレイに一対一の勝負を持ちかける。

 しかも剣を使わず、フレイが得意な格闘戦でだ。


 流石にそれはダルでも無理があるだろう。

 ダル以外の三人がそう思ったに違いない。

 その予想も覆され、ダルはフレイをねじ伏せた。

 完敗を喫したフレイは、悔し涙を流しながら負けを認めたのだ。


 正直驚いたよ。ダルは力を隠していると思っていたが、ここまで強いことは想像していなかった。


 とにもかくにも、ダルのお蔭でフレイは多少大人しくなる。

 あの時強引にダルを仲間に引き入れて、本当に良かったと己を褒めた。


 その日はダルの提案によって、迷宮攻略は休みになる。

 フレイはミリアリアを連れて迷宮へ。私はダルの付き添いで物資を買いに街に出かけた。


 買うものは沢山あって、慣れないことに私はすぐに疲れてしまう。

 今まではエストが知らない間にやってくれていたから、大変さに気付くことができなかった。

 本当に私は、エストに頼りっきりだったのだなと、深く反省する。


 休憩している時、遠くの方でエストを見掛けた。

 エストは二人の獣人族の女の子と一緒に居て、凄く楽しそうにしている。


 そんな彼の姿を目にして、私はほっと安堵した。

 獣人族の二人には感謝しなければならない。エストの心を救ってくれて、少し胸のつっかえが取れた気がした。


 その後、何故かダルに洋服店に連れて行かれてしまう。

 あれよあれよと事が進んでいき、私は女性店員に着せ替え人形にされてしまった。

 そして、一番似合う服をダルに見せられる。


 なんだか無性に恥ずかしかった……。


 こういう女の子っぽい服は一度も着たことがなかったので、自分の姿が見慣れなかったのだ。


 だけどダルは似合うと褒めてくれて、さらに一式買ってもらうことになる。

 私はいらないと断ったのだが、女性店員の押しもあり買うことになった。


 ダルにお礼を言って、その服のままパーティーハウスに帰る。


 バッタリ会ったフレイには腹を抱えて笑われ、ミリアリアは私に抱き付いて離れなかった。

 ちょっとは女の子っぽい服に興味を抱いたが、やっぱり遠慮しておこうと思う。


 次の日迷宮に潜ると、フレイはいつもと違って大人しくなった。

 だが遠慮しているだけで、視界に入ってきてウザったい。

 どうすりゃいいんだよ! とフレイが喚いていると、ダルが提案してきた。


 ブルーガ相手に、フレイとダルだけで戦うと言い出したのだ。


 青鬼は中級の迷宮の中でも上位のモンスターだ。今の私では勝てるかわからない。二人だけで戦うのは危険だと注意したのだが、ダルが大丈夫だと告げるのでやらせてしまった。


 ダルの言うとおり、たった二人であのブルーガを圧倒してしまう。


 驚くべきなのは、フレイではなくダルだった。

 後ろから見ているとよく分かる。ダルはブルーガの一手先を全て潰していた。だからフレイが一人で倒しているように見えたのだ。


 その後、ダルの授業が開かれる。

 聞いてる分には簡単そうに思えるが、それは高度な戦闘技術だということが窺える。

 やはりこの男は、ただ者ではなかった。


 さらに次の日、ダルは用事があるらしく、迷宮には三人だけで向かうことになった。


 その時ダルがミリアリアにパーティーのことを頼むと言ったのが納得できない。

 リーダーは私なのに、何故ミリアリアに頼むのだ。

 まあ最近の私は頼りないかもしれないが、形としては私に任せるのが筋だろう。

 ……と、らしくもなく子供のような嫉妬をしてしまう。


 迷宮に入った私たちは、昨日のダルの戦闘を意識してモンスターと戦っていた。

 中々上手くはいかないが、それでも私とフレイは挑戦し続ける。時にはミリアリアとの魔術も交えて、時には意見を交換した。


 ――なんだか、上手く行っている気がするな。


 やっとパーティーが一つに纏まり、これからもっと高みを目指していけると思ったその時。

 私たちに厄災が舞い降りる。


「た、助けてくれぇぇぇぇぇ!!」


 通路の奥から、悲鳴を上げながら冒険者が走ってくる。


 彼は言った。魔神が現れたと。


 魔神。

 名前だけは聞いたことがある。迷宮が生み出す、恐ろしい怪物であると。


 どういった理由で生み出されるのかは解明されていないが、魔神一体が都市を壊滅できるほどの力を有していることは知っていた。

 そして、魔神の確認が取れた冒険者はなんとしてでもギルドに報告しなければならない。


 私たちは冒険者と共に出口に向かって走る。

 しかし、あと少しのところで追いつかれてしまった。

 初めて見る魔神は、目にしただけで全身が粟立つほどのおぞましい魔力をその身から垂れ流している。


 私たちは冒険者を先に行かせ、時間を稼ぐ判断を下す。

 しかし、身体が恐怖に支配されて動けなかった。

 戦ったら死ぬ。理性と本能が、戦うことを拒否したのだ。


 私が脅えて何もできない中、ミリアリアが一人で魔神の相手をする。

 ミリアリアは今まで見たことがない強力な魔術を連発し、魔神を押していた。


 いける! これなら勝てる!


 魔神の損傷具合を確認して希望を抱くが、即座に絶望に代わってしまう。

 破損している身体は瞬間に再生されてしまい、ミリアリアが焼き尽くされてしまったのだ。


「ミリアリア!」


 死んだ……のか? ミリアリアは死んでしまったのか?


「……っざけんな!!」


 私が動揺する中、フレイは怒り狂って魔神に飛び込んでしまう。


 フレイの猛攻は魔神にヒットしている。だが、ダメージを与えているかと言われれば決してそうではなかった。

 魔神に殴られ、フレイは吹っ飛ばされてしまう。

 が、彼女は何度も何度も魔神に立ち向かって行った。


(なんで……なんでお前は戦えるんだ……死ぬのが怖くないのか?)


 私は恐い。死ぬのが怖い。

 フレイが一人で戦っているのにも関わらず、その場に突っ立っているほど魔神に恐怖を抱いていた。


 そしてフレイが、私の前に蹴り飛ばされてくる。

 立ち上がろうとする彼女に手を貸そうとすると、その手をはたかれてしまった。


「ンだよ臆病者チキン、まだボケっと突っ立てたのかよ。何もしねーならさっさと逃げやがれ。目障りなんだよ」


「フレイ、私は……私だって……」


 ――戦いたい。


 その一言が後に続かなかった。

 恐いのだ。

 魔神から溢れるおぞましい魔力も、理解不能な表情や言動も、強大な力も。


 自分が殺されることも、仲間が殺されることも。

 色んな恐怖の鎖が、身体に巻き付いては離れないんだ。


 言葉を失っている私に、フレイは「ぺっ」と口内の血を吐いて、こう告げる。


「恐ぇのがテメエだけだと思うな。クソエルフだって、オレたちを守ろうとしてガチで戦った。オレはあの野郎に負けたくねぇから死ぬまで戦う。じゃあテメエは、なんのために戦うんだよ」


「なんの……ために」


 私が理由を探している間にフレイは立ち上がり、覚束ない足で前に進もうとする。

 彼女は魔神を見据えながら、脅えている弱い私にこう言った。


「オレの知ってるアテナって女は、ブルって動けないつまんねー奴じゃなかったぜ」


「――ッ!!?」


 ありがとう、フレイ。

 私は一番大切なことを忘れていたようだ。

 私が戦う理由。それは――、


「私は、世界一の冒険者になる」


 世界一の冒険者になるという夢を叶える。

 そのためには、こんなところで死ぬわけにはいかない。


 戦え。


(戦えッ)


 戦え!


「戦ええええええええええええええええ!!!」


 腹の底から雄叫びを上げて恐怖を振り払い、凍り付いていた心を溶かし、縛り付けていた鎖を破いた。

 その勢いのまま、魔神に向かって猛然と駆けだす。


 許せフレイ。

 私は馬鹿だった。私は愚かだった。

 こんな弱い私でもいいなら、お前と一緒に戦わせくれ!!


 フレイにトドメを刺そうとした魔神の手首を斬り裂く。

 恐怖を飼い慣らした私の剣は、彼奴に届いた。


「ンだよチキン、やっと目ぇ覚ましやがったのか」


「すまない、それとありがとう。フレイのお蔭で、私は立ち上がることができた」


「へっそーかい。でもどうすんだよ。どっちみち奴には勝てねぇぜ」


「勝てないとは思っていないさ。だけど、私一人でどうにかなる相手でもない。だからフレイ、少し休んだら手を貸してくれ」


「はっ……うちのリーダーは人使いが荒いぜ」


 ああ、そうだよ。

 私は酷いリーダーだ。仲間が傷ついているのに身体が動かない臆病者だ。

 だけどもう逃げない。死んでも魔神を倒し、二人を助ける。


 私は魔神に襲いかかった。

 魔神の攻撃は出鱈目だが、それほど速くはない。

 だが私の防御力では一撃受けただけでも致命傷となってしまう。


 全て躱す。躱して躱して躱しまくる。

 この時、私の集中力は極限までに達していた。


「アたらない、当たらないよママァ?!」


「はぁあああああああああああ!!」


 何も考えない。

 攻撃を躱し、攻撃を当てることだけに集中する。

 魔神を殺すことだけを考えた。


 そしてさらに、回復したフレイも参戦する。

 今までなら、私とフレイは息が合わずぶつかり合っていた。

 けど今は、自分たちが一心同体になったかのように、お互いの考えが手に取るように分かる。


 意識はしていない。

 私もフレイも、魔神を倒すことだけしか頭に入っていない。

 だが図らずともそれが、最高の連携になっていた。


 いける、このまま押しきってやる!!


 血だらけの魔神を見てそう思ったのだが、突然魔神の雰囲気が一変する。

 フレイは私を庇い、魔神の上級魔術を喰らってしまった。


「フレイぃぃぃぃぃぃいいいい!!」


 私はすぐさま立ち上がり、魔神に飛びかかる。

 だが魔神はこれまでとは比べものにならないくらい疾く、私の斬撃は躱され腹を殴られ、首を絞められる。


「あ……ぐっ」


 苦しい、苦しい。息ができない。

 この苦しさから逃れるため必死に抗おうとするも、力が入らず抵抗できなかった。


「アハハ! 苦しめ、苦しめ!! 死んじゃええええ!!」


 私の首を絞める手が、徐々に強まっていく。


(死ぬのか……)


 死にたくなかった。こんなところで終わりたくなかった。

 やっと、パーティーが良い方向に向かっているというのに。

 これからだっていうのにッ。


(ダル……)


 意識が薄れゆく中、何故か不意に、ダルの顔が浮かんだ。


「ギャアアアアアアアアアアアアア??!!」


 私は殺されず、魔神が悲鳴を上げている。

 戸惑っていると、懐かしい顔が目の前にあった。


「ダ……ル?」


「頑張ったな、アテナ。後は俺に任せろ」


 私を救ってくれたのは、ダルだった。

 なんで……どうしてここに……?

 混乱する中、ダルは抱きかかえている私を優しく地面に下ろしてくれて、頭を撫でてくれた。


「すぐに終わらせる。ちょっとだけ待っててくれ」


 そう告げてくる。

 一人で勝てるのか? 他に仲間はいないのか? 相手はあの魔神なんだぞ?


 そう言った疑問が浮かんだが、すぐに吹っ飛んだ。

 何故ならダルの顔が、安心しろと訴えてくるから。

 だから私は、こう言うのだ。


「ああ、待ってる」


 ダルは踵を返し、鋭い眼差しで魔神を見据える。

 ボサボサの髪をかき上げ、腕輪を外した瞬間、莫大な魔力の奔流が暴れ出す。


 その魔力量は、魔神の魔力を圧倒していた。

 だけどその魔力は、魔神のそれとは違いとてもあたたかい魔力だった。


(ああ……ダル、やはりお前だったんだな)


 その時私は悟った。


 村を襲ったモンスターから私を助けてくれたあのかっこいい青年は。


 ダルであったんだと。

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[気になる点] >そんな彼の姿を目にして、私はほっと安堵した。 獣人族の二人には感謝しなければならない。 エストの心を救ってくれて、少し胸のつっかえが取れた気がした。 誰よりも一番身近にいて誰よりも…
2021/11/28 05:14 ユリンユリン帝国
[一言] お話を別視点で語らせる形式は好きなのですが、 短いスパンで3回もやられるとくどく感じます…
[気になる点] ダル君は自称20歳なのに、現在16歳の二人が魔術師に弟子入りする前なので、12歳よりも幼い二人の子供時代に村を救った時は既に青年だったのでしょうか? 肉体の加齢が止まっていて、実年齢は…
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