27 アテナ(中編)
スターダストを結成した私たちは、中級の迷宮を攻略していた。
中級の迷宮でもスターダストの快進撃は止まらず、私たちは僅か三か月間で踏破してしまう。
ここまで上手くいくとは思わなかったが、これもみんなが尽力してくれたお蔭だろう。
その頃にはスターダストの名は冒険者の間に知れ渡り、期待の新星パーティーといった噂が流れ始める。
そしてリーダーの私は、実力を評価されて【金華】という大層な二つ名をつけられた。
周りから評価されるのは嬉しかったが、恐れ多くも感じてしまう。
本当に自分達に、それほどの価値があるのだろうかと。
そんな不安とは裏腹に、中級の迷宮を踏破した功績でスターダストはブロンズからシルバーランクに昇格した。
これは純粋に嬉しく、世界一の冒険者へ近づいたのだと素直に喜ぶ。
この調子で、もっともっと上を目指そう。
私たちならきっと成し遂げられる。
そう信じ、希望を抱いていた。
しかし、落とし穴はすぐ目の前に広がっていたのだ。
「逃げろエスト!!」
「うわあああああああ??!!」
上級の迷宮に挑戦していた時だ。
その時は多くのモンスターに囲まれていて、誰もがエストの元に行けなかった。
モンスターはエストに襲いかかり、ひどい傷を負って倒れる。私が動揺する中、ダルが囲まれたモンスターを全て倒してくれた。
「エスト! しっかりしろ!」
エストは重傷で、身体から大量の血が流れている。
このままではエストが死んでしまう!
そんな恐怖に駆られる中、冷静なダルが適切な処置を行った。
「ミリアリア、氷結魔術で傷を凍らせろ」
「あ、ああ!」
「アテナはポーションを身体にぶっかけて口の中にも入れろ」
「あ、ああ!」
ダルに言われた通りにする私とミリアリア。
すると少しだけ、エストの顔色が良くなった。
「一先ず命は繋いだ。早く戻って医者に見せるぞ」
私がエストを背負い、ダルが荷物を持って私たちは急いで都市に戻る。
そして医者のところにいき、エストを診てもらった。
「もう大丈夫です。時間が経てば目を覚ますでしょう」
「ありがとうございます」
医者の上級回復魔術によって、エストの身体は回復する。
傷も残らないらしい。
「すまない……エスト」
眠っている彼の側で、私は深く謝罪した。
私の過ちで、幼馴染のエストを失うところだった。
このままでは、エストを殺してしまう。
私は迷っていた、エストをどうするのかを。
エストは中級の迷宮の中層辺りから、モンスターとの戦いについていけなくなった。
だが彼は付与術師なので、別に戦わなくたっていい。付与魔術をかけてくれるだけでとても力になる。
だがしかし、そう思っているのは私だけで、本人は自分が戦えないことを負い目に感じてしまっていた。
だからなのだろう、戦闘以外のことを積極的にやってくれることになった。
簡単に言ってしまえば雑用だが、それでもやってくれるだけ有り難かったし、面倒なことを自分からやってくれて助かっているのも事実だった。
だが、それを良く思わない周りの冒険者がエストのことを腰巾着とか金魚のフンだと蔑んでしまう。
聞くに堪えずやめさせるよう注意しようとしたが、エストから止められてしまう。
――本当のことだから気にしないで。
――みんなが分かってくれるだけで、アテナが怒ってくれるだけで僕は大丈夫だから。
苦しそうに笑うエストに、私は何も言うことができなかった。
エストはスターダストに必要な存在だ。そう思っていたのは確かなんだ。
だが今回エストが死にそうになってしまったことで、私の気持ちは陽炎のように揺らいでしまう。
私はもっと上を目指したい。
だがこのままでは、厳しい戦闘について来れないエストを私の我儘で殺してしまう。
ならどうしたらいい?
たどり着いた答えは、エストをスターダストから追放することだった。
考えて考えて考え抜いて、脳が焼けるまで考えて出した答えがそれだった。
例え憎まれたっていい。罵倒されたっていい。恨んでくれたっていい。
一緒に世界一の冒険者になるという夢は果たせなくなるけど、大事な幼馴染が死ぬよりはマシだ。
だから私は、エストにこう告げるのだ。
「エスト、お前にはスターダストを抜けてもらう」
◇◆◇
「いるかよそんなお金! 僕を追放したこと、あとで後悔しても知らないからな!!」
鬼のような顔で、怨嗟の声を上げながらエストはパーティーハウスから出て行った。
きっついなぁ。
こうなる事が分かっていた筈なのに、いざ言われてみると大分心にクる。
エストのあんな怒った顔なんて初めて見た。毒のある言葉も初めて聞いた。
そして考えてしまうのだ。
もっといい方法はなかったのかと。なにか違う道はなかったのかと。
大して飲めない酒を飲みながら、私は後悔と自責の念に圧し潰されていた。
そんな時、不意に明りが灯る。
私の目の前に、ダルが座った。
少し話をして、話題はパーティーが三人になってしまうことになる。
私は元ドラゴンヘッドのフレイを誘ったことを伝えた。
ダルは乗り気ではなかったが、私はフレイしかいないと決めていた。
フレイは私から見てもゴールドランク級の腕前があるし、私は何故か気に入られている。
何度かフレイの方から声をかけられたこともあったからだ。
周りからは我儘な奴と言われているが、私ならフレイを制御できる自信があった。
そうだ、こんなところで躓いてなんかいられない。
前に進むんだ。強くなるんだ。
私は世界一の冒険者になるのだから。
椅子から立とうした時、酒が回っていたのかふらついて倒れそうになってしまう。
そしたら何故か、すぐ鼻先にダルの顔があった。
(ああ、やっぱり少し似ているな……)
ダルの顔に懐かしさを感じながら、酔った私は意識を失ってしまったのだった。
◇◆◇
フレイを新たに加えたスターダストは、多くの問題に直面していた。
そして、一番大きな問題の要因が私だった。
「テメエなにチンタラしてんだ!? さっさと本気を出しやがれ!!」
(やってる、私は本気でやっている! 本気でやって“これ”なんだ!!)
私の力は、今までと比べて遥かに劣っていた。
身体が重くて思うように動けないし、一撃で屠っていたモンスターは何度も攻撃しなければ斃れない。
それは恐らく、エストの付与魔術がないからだろう。
(付与魔術がないだけで、こんなに違うのか?!)
エストの付与魔術がある時と今の自分の身体能力のギャップに酷く戸惑ってしまう。
違う、何もかも違いすぎる。
身体が想像よりも遅れて動いてしまう。
自分の身体が自分のものではない錯覚を感じてしまっていた。
ミリアリアとダルも違和感を感じていたみたいだが、私ほどではなかった。
二人とも、すぐに付与魔術がない状態に慣れていた。
恐らく私は冒険者を目指してからずっとエストの付与魔術を頼りにしていたから、付与されている状態に慣れてしまっているのだろう。
エストがいない弊害は、付与魔術だけではない。
いつもみんなの分まで持ってくれた荷物を、自分で持たなくてはならないし。
モンスターの戦闘後に、すぐに飲み物やタオルを持ってきてくれて「おつかれ」と労いの言葉がない。
いなくなってしみじみと感じる。
エストが細かな仕事をしてくれていたことが、どんなに有り難いことか。
だけどもう、彼はここにいない。私が追い出したから。
だからこれからは、自分のことは自分の手でやらなくてはならないんだ。
だが、すぐにはできなかった。
私が自分のことで精一杯だったからだ。
パーティーのリーダーだから、表面的には無理に強がっていても、内心では焦燥感に追いやられている。
もう、どうすればいいのかわからない。
けど有り難いことに、エストの代わりのようなことをダルが率先してやってくれた。前までは「かったりぃ」なんて言ってやらないけど、今はなにかと気遣ってくれる。
非常に助かった。
問題は私だけではなく、フレイにもあった。
協調性が一切なく、勝手な行動ばかりしてパーティーに迷惑をかける。
だが、私は彼女にあまり強く言えなかった。
それは私本来の実力がなく、フレイを失望させてしまった負い目があるからだ。
フレイは私の強さに惹かれてパーティーに入ってくれた。
私も自分ならフレイを御せると高を括っていた。
だが蓋を開けてみればパーティーで一番弱いのは私だった。
だからフレイに強く言えなかったのだが、私の代わりにダルが注意してくれる。
本来ならリーダーの私がしなければならないのだが、凄く有り難かった。
お蔭で、フレイは失望してパーティーから離れることはなく、残ってくれることになった。
フレイを加入させて始動してから一か月が経った頃。
スターダストの評価は地に堕ちていた。
その要因は私の力が弱くなっていることと、フレイとパーティーが上手くいっていないこと。
そしてもう一つは、エストが突然強くなったことだ。
スターダストから追放されたエストは、自分にも付与魔術をかけられるようになり、一人で初級の迷宮を踏破し、あっという間に中級の迷宮さえも一人で踏破してしまったのだ。
あのエストが、と信じられず驚いたりもしたが、それと同時に喜びも感じていた。
スターダストを抜けてから腐らなくて良かった。戦う術を得て強くなって良かった。
心の中でそう喜んでいたのだ。
しかしエストの躍進によって、スターダストは周りの冒険者からこう見られていた。
――エストを追放したスターダストはマヌけ。
――順調にいっていたのは全てエストのお蔭。それに気づかず調子に乗っていたスターダストはマヌけ共。
――問題児のフレイをパーティーに引き入れたのは悪手。リーダーのアテナは愚かな選択をした。
――そもそもアテナはエストがいなかったらただの雑魚。なにが【金華】だ。
――何が期待の新星だよ、笑っちまう。
――スターダストは地に堕ちた。
――これからはエストの時代だな。
周りからそういう風に、私たちは思われていた。
私自身は別になんともなかったが、私のせいでダルやミリアリアが責められるのは申し訳なかった。
二人は全然気にしていないとは言っていたが、心苦しく思う。
そんな時、久しぶりにギルドでエストに会う。
エストは以前よりも少し大人びていたが、暗い顔をしていた。
もっと言えば、狂気を孕んでいるようにさえ見えた。
声をかけたものの、憎しみが含まれた声で告げられてしまう。
「今さら戻ってきて欲しいなんて言われたってもう遅いから。僕を追い出したこと、せいぜい後悔するんだね」
ああ、もう後悔してしまったよ。
お前をこんな風にしてしまったのは、私なのだから。
幼馴染から向けられる憎しみの視線に耐えきれず、私は怒るフレイを制して、エストから逃げるようにギルドから立ち去ったのだった。
本日は二話投稿予定です!




