26 アテナ(前編)
私の名前はアテナ。
小さな村に生まれた普通の子供だ。
いや、今よりはもっと大人しく女の子らしかったかもしれない。
村は決して豊かではないが、みんなで楽しく頑張って生きている、あたたかく長閑な村で、そんな村のことが私は大好きだった。
村には少なからず子供がいるのだが、同年代はエストしかいなかった。
子供の頃のエストは今と違って、活発で明るくよく笑う男の子だった。
引っ込み思案な私を、よく外に遊びに連れて行ってくれていたな。
あの時は凄く楽しかった。
両親や村のみんなやエストに囲まれて、幸せな毎日だった。
だが、それを壊すかのように不幸な出来事が起きてしまう。
「モンスターが現れたぞ!!」
「あいつら野菜や家畜に手を出しやがった!!」
「女子供を家に入れろ! 男は村を守るぞ!」
ある日突然、野生のモンスターが現れ村の畑や家畜を荒らしたのだ。
モンスターはゴブリンやウルフといった下級のモンスターばかりだったが、数が多く、なんの力もない村人にとっては恐ろしい化物にしか見えなかった。
その時、私とエストは外に遊びに出ていて、丁度村に帰ってきていた頃だった。
「ぐわあああああ」
「痛い! くそ、離せえええ!!」
「ひっ」
目の前で村の男がゴブリンに首を噛みつかれ、ウルフに腕を噛み千切られ死んでいく様を、私はただ脅えながら見ていることしかできなかった。
ただただ怖かった。
このまま自分も、大人たちのように喰い殺されてしまうのではないか。
死んでしまうのではないか。
思考と肉体が、恐怖によって支配されていたのだ。
「おいガキ共! 逃げろ!」
そしてついに、モンスターは大人たちを掻い潜り私たちに飛び交ってくる。
下卑た哄笑を上げるゴブリンに殺されそうになったその時、モンスターの声が不意に途絶えた。
「えっ?」
見上げると、そこには金色に輝く美しい剣を持った青年が立っている。
何がなんだか分からず混乱していると、青年は私とエストの頭に手を乗せて、優しい笑みを浮かべた。
「もう大丈夫だ、安心しろ」
青年の言葉通り、村を襲ったモンスターを青年と仲間たちがすぐに駆逐してくれた。
そこで初めて、私は自分が助かったのだと安堵する。
青年たちは襲ってきたモンスターだけではなく、村周辺にいる野生のモンスターまで倒してくれたそうだ。
それに加え、村に対して沢山のお金をくれた。
このお金で、冒険者ギルドから定期的に冒険者を雇ってモンスターを間引けと教えてくれる。
モンスターを倒して村を救ってくれたこともそうだけど、お金まで頂いたので、村は青年たちに精一杯のお礼をしようとしたかったのだが、青年たちは急いでいるらしくすぐにここを発たければならないらしい。
どうやらこの村には、たまたま通りすがっただけなのだそうだ。
私たちは運が良かったのだろう。
彼等が通りすがってくれなければ、全員モンスターに殺されていたのかもしれないのだから。
少なくとも、私はあの時殺されていた。
青年たちが発つ前に、私は命の恩人の名前を聞こうと尋ねた。
「お兄さんは、誰なんですか?」
「俺か? 俺はいずれ世界一の冒険者になる男だ。覚えておいて損はないぜ、お嬢ちゃん」
そう言って、青年たちは村を立ち去った。
冒険者……冒険者とはなんなのだろう。
私は凄く冒険者というものに興味を惹かれた。
いや違う……私が憧れたのは、私を救ってくれたあの青年だった。
そして私は決意した。
私もいつか、あの青年のような冒険者になりたい。
強くてカッコイイ冒険者に、世界一の冒険者になりたいと。
そう決意したのは私だけではなかった。
エストもまた、彼等のような冒険者になりたいと願う。
そして私はエストと共に、世界一の冒険者になろうと約束したのだった。
そう決意してから、私たちは冒険者になるための行動を開始する。
まずできることは、身体を鍛えることだった。
走ったり、筋肉を鍛えたり、木を削って剣に見立て、二人で剣術のような真似をする。
それに加え、私は話し方や振る舞いを変えた。
今の引っ込み思案の性格を直したいと思ったのだ。
大人を意識して、固くかっこいい口調や態度を心掛ける。
そうすることで、自分が強い人間になると思った。
月日は流れ、私が十二歳になった頃、村に高齢の魔術師がやってきた。
私とエストはその老人に頼み込み、魔術を習うことになる。
魔力という未知の力を体感し、初めて魔術を成功させた時は感動したものだ。
私は色々な属性の魔術を使うことができるのだが、その中でも身体能力向上の魔術が一番得意だった。
魔術を発動した時の身体能力は通常よりも遥かに強化され、疾く駆けることができて岩を斬り裂くこともできた。
そんな私と比べて、エストは付与魔術というものしか適正がなかった。
本人は残念がっていたが、強化魔術に付与魔術を重ね掛けしてもらった時の私はとんでもなく強くなり、そのことを褒めるとエストは喜んでくれて付与魔術を極めると意気込んでいる。
それからさらに三年が経ち、十五歳になった頃。
私とエストは冒険者になるべく、村のみんなに別れを告げて近くの都市に向かったのだった。
◇◆◇
都市にやってきた私たちは、早速冒険者ギルドを訪れて登録をする。
晴れて念願だった冒険者になることが叶った私たちはそれに喜ぶことなく、初心者向けの初級の迷宮に向かった。
モンスターはそれほど強くはなかった。
魔術師に魔術を教えてもらってからは、村を襲うモンスターは私とエストが倒していたので、それらと同じくらいの強さで、歯応えが余り感じられない。
自分の力だけで充分やっていけるが、エストに付与魔術をかけてもらった時は負ける気がしなかったのだ。
しばらく二人で初級の迷宮を攻略していると、エルフの魔術師からパーティーに入れてほしいとの誘いを受ける。
そうか……冒険者はパーティーを作るものなのか。
今のところ私たちだけで手は足りているが、その内仲間は必要になってくるだろうから、私は魔術師を仲間に加えた。
魔術師の名前はミリアリア。歳は私たちより一つ下だ。
エルフという種族には初めて会ったが、耳や尻尾や羽根がある獣人族や背が極端に低いドワーフ族と比べたら人間とそれほど見た目は大差なかったので、あまり驚くことはなかった。
エストは凄く感激していたが。
ミリアリアは優秀な魔術師だ。
強力な魔術もそうだが、後方支援がいると凄く戦いが楽になる。
だが体力がないところもあり、すぐにバテてしまったり休憩しようと駄々をこねたりしてくる。
その際に、よく私に引っ付いてきたりしていた。何故だか分からないが、魔力の回復力が高まるそうだ。
三人で迷宮を攻略していた頃、私はある一人の男に興味を抱いた。
いつもギルドの酒屋で昼間から酒を飲んでいるダルという名前の冒険者だ。
シルバーランクの癖に、どこのパーティーにも属さず初級の迷宮に入り浸っているろくでなしと周りの冒険者たちから疎まれている。
だが、そんな周りの噂や評価は私にとってどうでもよかった。
ダルを見た時、私は無性に懐かしさを感じたのだ。
彼はあの時私を助けてくれた、青年ではないのかと。
だがしかし、これはただの勘でしかない。
ダルは髪はボサボサで顎髭も生えており、欠伸を噛み締める顔には覇気がなく、そして青年にはなかった筈の古傷が左の頬にある。
あの勇ましくかっこよかった青年が、こんなくたびれた大人の男には到底結びつかない。
だが、どこか面影があるのだ。
私を助けてくれた、世界一の冒険者になると言ったあの青年に。
それとこれも勘なのだが、彼は只者ではない気がした。
周りからはただの飲んだくれにしか見えないだろうが、私は彼から歴戦の風格を感じられるのだ。根拠は全くないがな。
知りたいと思った。確かめてみたいと思った。
だから私は、ダルにパーティーに入ってくれないかと勧誘する。
「あっ? 俺?」
「そうだ、貴方に言っている」
「おいおいお嬢ちゃん、誰かと間違えてんじゃないのか? 俺なんかじゃなくてもっと活きが良いのがその辺に転がってるだろ」
「貴方がいいんだ」
「悪いけど、他を当たってくれ」
ダルに断られてしまうが、私は諦めずに何度も誘い続ける。
毎日毎日頼み込むと、やっと折れてくれたダルがパーティーに加入することになった。
ダルは多くのことを知っていて、沢山のことを教えてくれた。
迷宮内で気を付けること、モンスターの効率的な倒し方や魔術の操作方法などと色々と教えてくれた。そして意外にも料理が上手かった。
実力の方も申し分ない。ミスというミスを一切せず的確に対処している。だがしかし決して強いというわけではない。私の方がずっと強く感じる……。
本人は十歳の頃から冒険者になったというから、私たちからしたら大ベテランだ。
多くの事を知っているのも頷ける。
性格的に言うと、だらしなく面倒臭がりなところがある。
髪型を始めとして身だしなみが汚いし、部屋も汚いし、積極性がない。さらに酒が好きなのか、報酬が入ればほとんどを酒に使い、時にはエストにお金を借りる始末。
だけど、頼りになる時があったりする。
そういうところが憎めないところだった。
ただ、そんなダルと私を助けてくれた青年の姿が重なることはなかった。
新たに四人で迷宮を攻略し、迷宮主を倒して踏破した後。
私たちは正式にパーティーを結成する。
その名はスターダスト。
リーダーは、私だった。