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24 連携

 


「「ミリアリアッ!!」」


「アハハ! 死んだ、死んだよママ!!」


 ミリアリアがやられた。

 理解しがたい事実に、アテナとフレイに動揺が走る。


 本当に死んでしまったのか?

 ミリアリアが纏っていたローブは焼き切れ、白い肌は黒く焼け焦げている。例え奇跡的に生きていたとしても、時間が経てば死に至ることは間違いないだろう。


 いや、ミリアリアだけではない。

 彼女が倒された今、次に狙われるのは自分たちだ。


 正直なところ、ミリアリアが魔神の身体に重傷を与えた時は“もしかして”と思った。彼女がこれほど強いことは知らなかったが、これだけの力があるなら勝てると見込んでしまう。


 が、それは見込み違いに終わった。

 渾身の上級魔術を放ったミリアリアでさえ、魔神には一切合切通用しなかった。

 ならば、ミリアリアよりも弱い自分たちに魔神を倒す――いや魔神から生き残る術はあるのだろうか。


 答えは否である。


 アテナとフレイの実力では、魔神には到底敵わない。


 ――殺される。


 仲間ミリアリアの敗北を目の当たりにし、アテナは初めて死を実感する。


 そして一度恐怖を抱いた人間は、歯向かうこころを失ってしまう。


 だからといって、逃げようという考えさえわかなかった。

 だって、逃げたくても足が震えて動かないのだから。

 身体が恐怖に支配されているのだから。


 しかし、彼女は違った。


「……っざけんな!!」


 フレイの脳と身体は熱く煮えたぎっていた。

 確かに恐怖もある。野性的本能がすぐにこの場から逃げろと警告してくる。生きるために頭を垂れて強者に媚びろと頼んでくる。


 が、その本能をねじ伏せるほどフレイの感情は燃えていた。

 仲間がやられて黙っていられるほど、大人しい性格ではなかった。


「オオオオオオッ!!」


 獣のような雄叫びを上げ、フレイは魔神に向かって一直線に猛進する。


 その叫びは怒りの表れでもあるが、恐怖を圧し潰すための鼓舞でもあった。

 フレイは拳に怒りと魔力を籠め、顔面に向かって燃える拳を放る。


「ヒートナックル」


「ぶげっ!?」


 当たった。

 フレイの一撃は魔神の左頬を撃ち抜き、顔面を歪ませた。手応えはある。しかし、ダメージを負わせたかと聞かれればそうではなかった。

 衝撃にのけ反っていた魔神は、びっくり箱のように顔を弾ませる。


「んばァ!」


「ッ!? 調子に乗ってんじゃねえぞ!!」


 殴打のラッシュ。

 全身全霊で連打を繰り出すが、魔神はノーガードで自分から受けていた。


 殴る度に魔神の身体に凹みができるも、すぐに元通りになってしまう。

 息を切らした瞬間を狙って、魔神はフレイの顔面に張り手を振るった。


「それぇ!」


「あがっ?!」


 張り手を喰らい吹っ飛ばされたフレイは、鼻から垂れる血を親指で乱暴に拭い取って再び駆けだす。


 攻撃して、殴られて、また攻撃して、また殴られて。

 何度も何度も、フレイは諦めることなく魔神に立ち向かった。


「はぁ……はぁ……」


「ハハ、頑丈だ! すごいよママ! こいつぶっても壊れないんだ! すごいスゴイ凄い飽きた」


「ごふッ」


 嗤い声を上げていた魔神は、突然つまらなそうな声音でフレイの腹部を蹴り飛ばした。

 無理矢理胃液と血を吐かされ吹っ飛んだフレイは、アテナの足下に転がってゆく。


「フレイ!」


 アテナはたまらずフレイに懸け寄り起こそうと手を伸ばすも、フレイはその手をはたき落とした。


「ンだよ臆病者チキン、まだボケっと突っ立てたのかよ。何もしねーならさっさと逃げやがれ。目障りなんだよ」


「フレイ、私は……私だって……」


 ――戦いたい。


 その一言が後に続かなかった。

 恐いのだ。

 魔神から溢れるおぞましい魔力も、理解不能な表情や言動も、強大な力も。


 自分が殺されることも、仲間が殺されることも。

 色んな恐怖の鎖が、身体に巻き付いては離れない。


 青い顔をして言葉を失っているアテナに、フレイは「ぺっ」と口内の血を吐いて、


「恐ぇのがテメエだけだと思うな。クソエルフだって、オレたちを守ろうとしてガチで戦った。オレはあの野郎に負けたくねぇから死ぬまで戦う。じゃあテメエは、なんのために戦うんだよ」


「なんの……ために」


 フレイは立ち上がり、覚束ない足で前に進もうとする。

 彼女は魔神を見据えながら、自分でもらしくない言葉を告げる。


「オレの知ってるアテナって女は、ブルって動けないつまんねー奴じゃなかったぜ」


 そう言って、フレイは再び魔神に向かって駆け出していく。


「ウオオオオオオオオオオオオオオッ」


「アレ? おかしいなァ、さっきのは壊すつもりで蹴ったのにナンデ壊れてないの?」


「お生憎様、こちとらヤワな身体してねーんだよ!!」


(なんのために……戦う)


 魔神に立ち向かっていくフレイの背中を見つめながら、アテナは言葉を反芻する。


 自分がなんのために戦うのか。

 今までなんのために戦っていたのか。

 その答えは、意外とすぐに出てきた。


「私は、世界一の冒険者になる」


 そうだ。そうなのだ。

 自分が戦っていたのは、強くなろうとしていたのは、世界一の冒険者になるという夢を叶えるためだったのだ。


 他にも細々とした理由はあるかもしれない。

 だがアテナの根幹にあるのは、世界一の冒険者という夢である。


 ならば。

 この場で立ち上がれない理由はもうない。戦えない理由はもうない。

 世界一の冒険者になるために、死ぬわけにはいかないからだ。


 世界一の冒険者になる。

 その言葉を口にした瞬間、恐怖に縛られていた鎖が砕かれた。

 もう、アテナを縛るものは何もない。

 後は、翼を羽ばたかせるだけだ。


「ほらホラほらァ!! なんで攻撃してこないのぉ?! ボクだけじゃつまらないじゃないかーー!!」


(ちっきしょ……流石にキチぃぜ)


 魔神の打撃をガードしているフレイは、胸中で毒づいた。

 彼女が魔神の攻撃を未だに耐えられているのは、ひとえに優れた身体能力によるものだ。


 フレイは人間や他の種族と比べて身体能力が高い竜人族の中でも、とりわけスペックが高い。さらに身体強化の魔術も発動しているので、身体能力だけで言えばゴールドランクの冒険者にも引けを取らなかった。


 さらに言えば、魔神が魔術を使ってこないからなのもある。

 ミリアリアの上級魔術を破った火炎魔術を使われれば、いくらフレイとてひとたまりもないだろう。

 手加減しているのか遊んでいるのかは分からないが、魔術を一切使ってこないことが唯一の救いだった。


 だが、それでも限界というものがある。

 頑丈な壁も杭で打ち続ければ崩れるように、魔神の打撃を受け続けていればいつかは壊れる。


 そして、すでにフレイの身体は壊れかけの満身創痍であった。

 とうとうガードする腕も上がらず、拳が顔面に振り下ろされる。


「これでオワリだァアアアああああ!!」


「クソ……ったれ」


 ――その前に、一陣の風が吹いた。


「はえ?」


 一筋の閃光が煌めき、フレイにトドメを刺そうとした拳が斬り飛ばされる。

 フレイの命を救ったのは、アテナの剣だった。


「手がああああ!?! ママァァァ、ボクの手が取れちゃったよおおおお!!」


 手首から先がなくなって絶叫を上げながらふらつく魔神。

 その間にアテナは倒れそうになるフレイに肩を貸し、ポーションを渡した。


「ンだよチキン、やっと目ぇ覚ましやがったのか」


「すまない、それとありがとう。フレイのお蔭で、私は立ち上がることができた」


「へっそーかい。でもどうすんだよ。どっちみち奴には勝てねぇぜ」


「勝てないとは思っていないさ。だけど、私一人でどうにかなる相手でもない。だからフレイ、少し休んだら手を貸してくれ」


「はっ……うちのリーダーは人使いが荒いぜ」


 フレイをその場に下ろし、アテナは未だに喚き散らす魔神に向かって地面を思いっきり蹴り上げた。


「行くぞ」


「ボクの手を、ボクの手を斬ったのはお前かあああああああ!!!?」


「はぁあああああああ!!」


 魔神の出鱈目で疾い攻撃を、紙一重で躱しながらカウンターを与えていく。

 魔神の一撃は必殺だ。フレイよりも耐久力が低いアテナが一撃でもまともに喰らってしまえば、その時点で死が確定してしまう。


 だから一撃も受けてはならない。

 全ての攻撃を見切り、全部躱されなければならない。


 かといってそんなこと常人が成せることではない。

 飛んでくる拳一つ一つが死を彷彿させる恐怖であり、その恐怖に脅えないのは不可能であった。


 だが、アテナは常人ではない。


「アたらない、当たらないよママァ?!」


(私はフレイのように恐怖を振り払うことはできない。ならば、身に巣食う恐怖を飼い慣らすしかないだろ!!)


 恐い。死ぬのが怖い。今すぐ逃げだしたい。

 その感情を決して否定せず、それでもアテナは己に打ち克ち魔神と対峙していた。


「すげぇ……ンだよあいつ、やりゃあできんじゃねーかよ」


 アテナの戦う姿を目にして、フレイは感嘆の息を漏らす。

 躍るように魔神の攻撃を躱して、舞うように剣を振るう。

 それはまるで、フレイが一度だけ見た【金華】と謳われる姿だった。


 これだ、これなんだ。

 自分が認めたライバルは、やっぱり凄い奴だった。


 アテナが戦う姿を目にして身体に活力が戻ったフレイは、棒の足に力を入れて強引に立ち上がる。

 そして、共に戦うために拳を振るった。


「なにチンタラやってんだ!? 鈍臭ぇとオレがまた奪っちまうぞ!!」


「ふっ、もう少し早く来ると思ってたんだがな。流石に疲れたか?」


「アアン!? ナマ言ってんじゃねえぞ!!」


「ズルイ、こいつらズルいよママ! 二人じゃないか! ズルい奴は、懲らしめてもイイよねぇえええ!?!?」


 魔神がフレイに拳を振るうが、アテナが脇腹を斬って阻止する。

 魔神がアテナを蹴ろうとするが、フレイが膝を蹴り姿勢を崩して阻止する。


 時には息をつくため攻撃をずらして、時には好機と見て二人がかりで仕掛ける。


 それは奇しくも、今まで彼女たちが一度も成し遂げられなかった連携と呼ばれるものであった。

 ただ、アテナとフレイは意識をしているわけではない。自分が成せる最善の一手を死に物狂いで打っているだけだ。


 二人は分かっていない。

 自分たちが今していることが、ダルが説明していた“息が合った攻撃”であることを。


「「はあああああああああああああ!!!」」


「いだッ、痛いよママーー!! こいつらがイジめてくるよおおお」


((イケるッ!!))


 アテナとフレイは手応えを感じていた。

 今の自分たちならばこのまま押し切れると、微かな希望を抱いた。


「もういいわ、テメエら死ねよ」


「「――ッ!?」」


 魔神の雰囲気が一変すると同時に、内包する魔力が膨れ上がる。

 舌打ちをしたフレイは、突然アテナを蹴り飛ばした。

 瞬後、灼熱の熱波が広範囲に波濤する。


火炎魔術ファイアストーム


「がああああああああああああああ!!?」


「フレイぃぃぃいいいい!!」


 蹴り飛ばされたアテナは範囲から免れたが、至近距離で熱波を受けたフレイの肉体は焼け焦げてしまう。


 口から煙を吹いて白目を剥くフレイは、背中から地面に倒れた。

 フレイまでやられて言葉が出ないアテナに近づきながら、魔神はコキコキと首を鳴らしながら悪態を吐く。


「ったくよ~~~、調子に乗りやがってよ~~~せっかく楽しく遊んでやってたのによ~~~、全然タノシクないじゃんかよ~~、ねえママ~?」


「はあああああ!!」


「もういいって」


「うぐっ?!」


 魔神はアテナの斬撃をいとも容易く躱し、腹に一発ぶちこんでから首を締め上げ身体を持ち上げた。


「うっ……がっ」


 首を絞められて呼吸ができず苦しむアテナ。なんとか脱しようと魔神の手を離そうと藻掻こうとするが、徐々に力が入らなくなりダランとしてしまう。


 意識が遠くなる時、ふと仲間の顔が浮かんだ。


(ミリアリア、フレイ、ダル……不甲斐ないリーダーですまない。許してくれ……)


「アハハ! 苦しめ、苦しめ!! 死んじゃええええ!!」


 魔神は狂気を顔に浮かべ、アテナの首を握る手に力を込めようとする。


 しかしその前に、腕が半ばから両断されてしまった。


「――へっ? あれ? ない、ナイよ? ボクの腕がないよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお??!!」


 失いかけていた意識が戻ってきて、アテナは瞼を静かに目を開いた。

 そこには、ここにいるはずのない仲間の顔があった。


「ダ……ル?」


「頑張ったな、アテナ。後は俺に任せろ」


 アテナの命を救ったのはダルであった。

 ダルはアテナの首がへし折れる前に魔神の腕を斬り飛ばし、アテナを抱きかかえている。


「み、みんなが……」


「大丈夫だ。ミリアリアもフレイもギリギリ生きてる。まぁ早く治療しなきゃやべーけどな。すぐにあいつをぶっ殺すから、みんなで帰ろう」


「でも……」


 助けに駆けつけてくれたのは嬉しい。

 それは本心だ。

 だが、一つ疑問がある


 ――ダルは魔神に勝てるのか?


 そう問うつもりだったが、アテナは口にするのをやめた。


 何故ならダルの顔が、今まで見たことないくらい、頼れる男の顔をしていたからだ。


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― 新着の感想 ―
[一言] 魔神ってゴールドランクが束になって漸く勝てる存在なんでしょ 流石に一人で倒しちゃうのは、実力詐欺すぎるのでは…
[気になる点] ダル君ダル君、死にかけたけど心が折れたわけではないし成長が見込めない訳でもないし役に立たなかった訳でもないのにリーダーの自己満足で追放されたエスト君が一も二もなくアテナを助ける為の行動…
[一言] なんだ結局オッサンが主人公なだけのよくある只の俺tueee系の作品じゃん。最終話になったらまた呼んでくれよなそこだけ見に来るわ
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