23 ミリアリア(後編)
「二人は黙ってて。アタシがやる」
「はっ? テメエ何言って――」
「氷結魔術」
馬鹿フレイの言葉を無視して魔術を行使し、アタシたちを囲うように氷の檻を発現させる。
これで不意打ちで殺される確率は低くなった。
正直言って、アテナとフレイじゃあの化物には敵わない。
だから出来るだけ、アタシが魔神を抑える。
精霊は魔神を怖がって隠れているから、自分の魔術だけでやるしかない。
「氷結魔術」
「ギャアアアアッ!!? イタイ 痛いよぉ!!!? ママーーーーー!!」
(効いてる…?)
絶叫を上げる魔神。
氷礫の雨を浴びせると、魔神は回避することなく直撃した。
身体には多くの礫が刺さり血が流れ、両腕が消し飛んでいる。
拍子抜けな展開を訝しんでいると、フレイがガッツポーズをしながら喜んだ。
「はっ……なんだよアイツ、全然大したことねぇじゃねえかよ」
「ミリアリアの魔術が強力だったからか……? いや、だとしても……」
(脆い……生まれたばかりだから?)
中級魔術程度の威力で魔神の肉体に傷をつけられるとは思えない。
だが見ての通り魔神は傷を負って両腕を失っている。考えられるとすれば、生まれたばかりの赤子だからまだ肉体が完全体ではないから?
もしその仮説が当たっているのなら、ここで叩いた方がいい。
アタシは魔力を高め、両腕を広げた。
「イタイ……イダイいよおおお……」
「氷結魔術」
魔神の近くに氷の拷問器具を作り出し両腕を閉じて串刺しにする。
これも回避されることなく直撃し、魔神の肉体は潰れ、刺し貫かれ血飛沫をまき散らした。
まだだ、こんなものでは魔神を殺せない。
アタシは両手を掲げ、ありったけの魔力を注入して上級魔術を発動する。
「アンギャーーーーーーー!! ねえーやめてよーもうやめようよーー!!」
「氷結魔術」
吹雪が集約して魔神を取り込み、氷の棺桶に閉じ込めた。
絶望する魔神の顔が、氷越し窺える。
「はぁ……はぁ……」
疲れたアタシは崩れ落ちるように地面に尻もちをついた。
流石に連続で高位魔術を使うのは無理をし過ぎた。体力と魔力の消費が激しすぎる。
だけどこれで、少しの間は時間を稼げるだろう。
「す、凄ぇじゃねえかミリアリア! テメエこんな強い魔術使えたのかよ!? やるじゃねえか、見直したぜ!!」
「まさかあの魔神を倒すとはな……恐れいったよ」
フレイとアテナがアタシを労ってくる。
褒めてくれるのは嬉しいんだけど、今は喜んでいる場合ではない。
何故なら魔神を倒したわけではないからだ。
――ピシッ。
その小さな音に反応したアタシたちは、凍り付いている魔神を一瞥した。
魔神から、膨大な魔力が爆発する気配が漂ってくる。
紅い瞳がギョロリとアタシたちを捉えた。
ほら……やっぱりあの程度で怪物をどうにかできるわけがなかったんだ。
ブオオオオオオオオオオオオオオッッ!!
と、魔神を中心として灼熱の炎が狂い踊った。
炎は一瞬で閉じ込めている氷の棺桶を溶かし尽くし、その余波で氷の盾まで溶かされてしまう。
火属性か……相性最悪。
「おいマジかよ……なんでアレで生きてんだよ!?」
「なんて魔力だッ……」
魔神が死んだと思っていた二人が吃驚する。
あの程度で倒せるわけないじゃん。生まれたばかりとはいえ、アレは迷宮が生んだ化物なんだから。
急いでバックに入っているマジックポーションを飲む。魔力量は多少回復するけど、今みたいな無理な魔術の使い方をすれば今度こそ意識が飛んでしまうかもしれない。
例えそうなるとしても、アタシがやらないと。
でなければ、二人が死んでしまう。
「痛い、イタカッタ~~。ママ、あいつらだよ。あの害虫がママを怒らせたんだね? 待っててママ、今すぐ駆除するからさ。でもね、少しイジめてもいいよね?」
「おいおい冗談だろ……」
「身体が再生しているのか……?」
アタシが吹っ飛ばした両腕が、傷の場所からぐにょりぐにょりと生えてきた。
他の負傷箇所も全て治り、あっという間に完治してしまう。
どういった原理か理解不能だけど、魔神が人ならざるモノだという事実が証明された。
「はっハーーー!!」
「来やがった! やるぞアテナ!」
「分かってる!!」
魔神は口を大きく開けて舌を垂らし、地面を這うように迫ってきた。
アテナが剣を、フレイが拳を構えて応戦しようとする。
「はっ!」
「オラァ!」
「当たらないヨ~~ん!」
肉薄してきた魔神の顔面目掛けて拳打を繰り出すも避けられ、アテナの斬撃は身体をくの字にして躱されてしまう。
それでも二人は息つく間もないほどの連撃を行うが、一度も当たることなく全て避けられしまう。
「気持ち悪ぃ動きしてんじゃねえ!!」
「当たらないッ!?」
「ほらほらどうしたの~? そんなんじゃぜ~んゼン当たらないよ~」
完全に遊ばれている。
魔神が何を考えているか分からないけど、反撃も防御もすることなく二人の攻撃を回避することを目的としていた。
今が好機だ。
二人が攻撃している間に、アタシは大きいのを撃つため極限まで魔力を高める。
次の一撃が勝負だ。
「おそい! おそいおそいおそい! そんなんじゃ全然面白くな~い! アキタ!!」
「「がっ!!?」」
魔神は攻撃を仕掛けていた二人の頭を掴んで叩きつけると、壊れた玩具を投げるように放り投げた。
(――今ッ!!)
二人が魔神から遠ざかった瞬間、アタシは限界まで高めていた魔力を解放する。
両手を掲げ、自分が持つ最強の魔術を放った。
「氷結魔術!!」
「うっひゃあああああああ!! 冷た~~~~~~い!?」
氷の暴風が吹き荒れ、魔神の肉体を叩きつけると同時に凍らせていく。
お願い……お願いだから。
そのまま凍って!!
「な~んちゃって」
「――ッ!?」
「寒いけど、サムいけど、ボクの身体より熱くな~~いい!!」
魔神はアタシに手を向ける。
刹那、火炎の暴風が巻き起こった。
「火炎魔術!!」
「ぐッ!!」
火炎の暴風は氷の吹雪を侵食していき、そして――撃ち負けたアタシに襲いかかった。
「「ミリアリア!!?」」
「ヒヒヒ、ヒヒヒヒ!! 丸焦げだ、マルコゲだーーーー!! いい匂いがする、イイ匂いがするよーー!! ママ、ボクお腹空いてきちゃったよーーー!!」
熱風に巻き込まれたアタシは、全身を焼き尽くされた。
僅かに威力を相殺したお蔭で即死は免れたけど、もう戦える身体ではなかった。
痛い痛い痛い……。
熱い熱い熱い……。
あー、これが痛みか。
あー、これが死か。
自分が死ぬという恐怖は、これほど恐ろしいものだったのか。
ダル……ごめん。
ダルの言いつけ、守れなかった。
ごめん、アテナ。ごめん、フレイ。
二人を守れなかった。
薄れゆく意識の中でみんなに謝罪したアタシは、瞼を閉じた瞬間に意識を失ったのだった。