22 ミリアリア(中編)
村から出て一番近い都市にやってきた。
街の中はたくさんの人で溢れかえっている。
人間だけじゃなく、同族、獣人族、ドワーフ族、他にも知らない種族がいっぱいいる。
村にいたエルフとは全然違って、人々は日々を精一杯生きているように感じられた。
見るもの全てが新鮮で、アタシの心はトムと出会った時より舞い上がっていた。
すぐに冒険者になる訳ではなく、最初は普通の生活に慣れようとする。
住む家とか、買い物とか、街で暮らすための常識を身につける。
凄く苦労したけど、慣れればどうってことなかった。
街での暮らしに慣れた頃、アタシはついに冒険者ギルドに向かった。
登録は簡単で、拍子抜けするぐらい一瞬で冒険者になれてしまう。
都市から少し離れたところにある初級の迷宮に訪れ、初めて迷宮のモンスターと戦った。
緊張して上手くいかないことを危惧していたけど、全然そんなことはない。
余裕だった。簡単な攻撃魔術でモンスターは倒れてしまう。
野生動物や野良モンスターと、大して変わらなかった。
まあ……ここが初級の上層だからかもしれないけど。
でもアタシは、すぐに上層を抜けて中層に進んだ。
中層でも苦労することはなく、こんなものかと思いながらモンスターを倒す。
モンスターと戦うよりも迷宮を進むことが大変だった。
迷宮の通路は広く、何故か薄明るいので攻略自体は苦じゃないのだけど、地面が土や鉄でできていて、長く歩くと疲れてしまうのだ。
アタシはそれほど体力に自信はないので、少し困ってしまう。それに休憩しようとしてもモンスターは容赦なく襲い掛かってくるので、一人での攻略に限界を感じてしまっていた。
冒険者の中には、多人数を集めてパーティーを作ったりしている。
というか、一人で迷宮に入る冒険者は滅多におらず、ほとんどの冒険者がパーティーを作っていた。
だからアタシもどこかのパーティーに入ろうとした。
丁度そう考えていた時、新人で強い魔術師のエルフが現れたという噂が冒険者の中で広まり、多くのパーティーに入らないかと勧誘を受ける。
だけど、その全てをアタシは断った。
その理由は、精霊たちの言葉だった。
都市の中にも意外と下位精霊たちがいる。アタシを好いてくれる精霊が、あのパーティーはダメだと教えてくれるのだ。
中々精霊のお墨付きが貰えるパーティーが現れない中、一人の女の子を見つける。
「綺麗……」
それがアテナだった。
アテナはアタシが見てきた中で――エルフを含めて――一番美しく、キラキラしていた。
あの子と喋ってみたい。あの子と仲良くしたい。
アタシは初めて誰かに興味を持ったのだ。
精霊たちも、アテナは凄くオススメだと教えてくれる。
精霊のお墨付きが貰えたのも、運命かなにかだと思った。
アタシはすぐにアテナに声をかけ、パーティーに入れさせてくれと頼み込んだ。
「パーティーに? いいぞ、是非入ってくれ。共に頑張ろう」
アテナはアタシを見ると、一瞬も迷わずすぐに申し出を受けてくれた。
凄く嬉しかった。
パーティーにはもう一人男の子で付与術師のエストがいたけど、彼には全く興味がなくアテナだけに夢中だった。
アテナとは色んなことを話して、喋るだけで凄く楽しかった。
アテナは世界一の冒険者になりたいようだった。あまりピンとこなかったけど、夢を語るアテナはキラキラしていて素敵だった。
それにアテナは凄く強かった。
舞うように剣を振るい、戦う姿がとても美しく、その光景を見られるのが幸せだった。
三人のパーティーで迷宮を攻略するようになってから少し経つと、アテナが一人の男をパーティーに勧誘したいと言い出す。
それがダルだった。
左頬に切り傷があって、死んだ魚のような目をしているアタシたちより年上の男。
ダルのことは元から知っている。いつもギルドにある酒屋で真っ昼間からお酒を飲んでいるろくでなしだ。
シルバーランクなのにパーティーも作らず、初級の迷宮で小銭稼ぎしているクソ野郎とよくない噂がある。
なんでアテナがそんな奴をパーティーに誘うのか理解に苦しんだけど、意外なことに精霊たちもダルに対して悪い印象はなかった。
だからアタシは何も意見せず、アテナのすることを見守る。
パーティーの勧誘は失敗に終わったけど、アテナは何故か諦めず何度も何度も誘う。
彼女の熱意に折れたのか、ダルは仕方なさそうにパーティーに入った。
ダルはよく分からない男だった。
普段はかったるそうにしているのだけど、迷宮やモンスターのことをアタシたちに丁寧に教えてくれる。
まるでトムのように教師の役目をやっていた。
そこまで強いという訳ではないけど、力を隠していることはすぐに分かった。
なんで本気を出さないのかは気になったけど、アテナが何も言わないのでアタシも聞くことはなかった。
ちゃんと自分の仕事はしているし。
初級の迷宮を踏破した後、アタシたちは正式なパーティーを結成する。
名前はダルが考えたスターダスト。
中級の迷宮を攻略する頃には、スターダストの名が轟いていた。
期待の新星パーティーとか讃えられて、アテナも凄く褒められた。
噂をされるのは嫌じゃなかったし、アテナが讃えられることが自分のことのように誇らしい。
だけどスターダストの快進撃はすぐに止まってしまう。
エストを追放したからだ。
エストは迷宮で役に立たず、守るのも大変ですごく邪魔だった。
それにいつも人の顔色を窺っているのがウザかったし、アテナに色目を使うのも気に入らなかった。
だからアテナのエスト追放には賛成した。
だけどエストが、エストの付与魔術がなくなったアテナは輝きを失ってしまう。
明らかに力が衰え、モンスターに通用しなくなってしまう。
アタシも付与魔術がないのは戸惑ったけど、すぐに昔の感覚を思い出せた。
だけどアテナだけは上手くいかず、苦しそうにしていた。
それに加えて、新たにスターダストに入ってきた竜人族のフレイが面倒だった。
口は悪いし、自分勝手だし、こんな我儘な奴と会うのは初めてだった。
スターダストの評価はみるみるうちに堕ちていき、それと対照的に急に強くなったエストの評価が上がった。
あいつのことはどうでもいいし、周りからの噂や評価も気にしないけど、アテナが心配だった。
強がっているけど、明らかに無理をしていた。
このままじゃ、アテナが輝きを失ってしまう。
どうにかしてあげたいと思った時、ダルがこう言ったのだ。
「勝負しようじゃねーか」
フレイの暴走を止めるために、ダルが勝負を持ちかけた。
協力してくれと頼まれた時、アタシも賛成した。これでフレイの鼻をへし折れるなら、協力するのもやぶさかではない。
勝負はアタシたちの圧勝だった。
だけどフレイはそれでも納得がいかなくて、ならばとダルは一対一の勝負を持ちかける。
それも剣を捨てフレイの土俵に上がるというのだ。
流石にそれは無理だろう。
フレイは口も態度も最悪だけど、気に食わないことに実力だけは一流だ。竜人族だから、人間よりも身体能力は遥かに高い。
ダルが実力を隠していることは知ってるけど、それでもフレイに一対一で勝てるとは到底思えなかった。
けど、それは杞憂に終わった。
勝負は一瞬でついたのだ。それも、ダルの圧勝という形で。
正直目を疑った。なんの魔力も使わず、あのフレイを倒したのだから。
フレイは泣いた。子供のように泣いた。
その姿を見て少しはざまーみろとか溜飲が下がったりするかと思ったけど、そんなことはなかった。
ただ、得体の知れないダルに少しだけ恐怖を抱いたのだ。
あの件からフレイは大人しくなった。
悔しくていじけるかと思ったけど、素直に言うことを聞くようになった。
だけど暴れないだけで、少しマシになった程度だ。
そんな時、ブルーガと戦うことになる。
ダルの提案によってフレイとダルだけで戦うことになった。この二人なら勝てるとは思うけど、厳しくなるとは思う。
そんなアタシの予想は覆り、二人はブルーガ相手に完勝した。
だけどそれはフレイが凄いのではなく、ダルのサポートが凄かったからだ。
ダルは自分が言うように余計なことはせず、少しのサポートしかしていない。
だけどその少しのサポートが戦いを操っていた。
その時確信する。
ダルは強い。多分ゴールドランクか、それ以上の実力がある。
何故力を隠したり抑えたりしているのかは不明だけど、ダルは間違いなくアタシたちよりも遥か遠い場所にいた。
でも、気にしたりはしない。本人が何も言わないのなら、追及しても無駄だ。
だけど、アタシに小言を言うのはやめて欲しい。
フレイに触発されたのか、ダルはアタシにもう少し向上心を持てと説教臭いことを言ってくるようになった。
このままじゃ、アテナとフレイに抜かされるぞと。
アタシは鼻で笑った。
確かにここ最近あの二人は強くなってるけど、それでもアタシには全然敵わない。抜かされる気がしない。
お節介はやめろと言うと、ダルはため息をつくだけだった。
今日、ダルは用事で迷宮に来られないらしい。
三人で迷宮に行くことになった時、ダルは不意にこんなことを言ってきた。
「ミリアリア、こいつ等を頼むな」
なんでアタシに頼んだのだろうか。
馬鹿なフレイはまだしも、アテナではなくアタシに言った意図はなんなのだろうか。
疑念を抱きながら、アタシたちは迷宮に向かった。
◇◆◇
「これならどうだ!?」
「なにがどうだ! だ!? 逆に戦いづらかったぞ! それに目の前をチョロチョロするな、気が散るだろ」
「クソ……連携なんてどうやってやりゃいんだよ!?」
(……またやってる)
中層にやってきたアタシたちは、モンスター相手に連携の訓練をしていた。
主にアテナとフレイが前衛での立ち回りを模索していて、たまにアタシが後ろから合図をして魔術を放ったりしている。
けど二人は体力が凄いから、疲れてしまったアタシは一人休んでいた。
「そう易々とできるものではないだろう。そもそも連携というのは、パーティーの仲を育んで絆を深め、徐々に息が合ってできるものだ。一朝一夕でできるわけじゃない」
「でもあいつはやってたじゃねえか!」
「それはダルが凄いだけだ。それにダルは息を合わせていたわけじゃない。あれはもっと高等な技術だ。今の私たちができるものじゃない」
アテナの言う通りだ。
ダルがブルーガ戦でやったことは冒険者としての高いスキル。アテナならいつかできるようになれるだろうけど、フレイじゃ多分無理。
「ちっきしょう……早く強くなりてぇのによ」
「そう焦るな。地道にやっていくことが近道になってくるかもしれないだろう」
「助けてくれぇええええええええええええええええええ!!!」
「「――ッ!?」」
アテナとフレイが話していた時、奥の通路から冒険者が悲鳴を上げて走ってきた。
それは、“何か”から必死に逃げているように思える。
「ど、どうした!? 何があった!?」
「魔神が……魔神が現れたんだ!!」
「魔神だって!? それは本当か!?」
よろけて倒れそうになる冒険者をアテナが抱きとめると、冒険者は涙を流しながら叫ぶ。
魔神と耳にしたアタシたちは目を見開いた。
魔神。
それは迷宮が生み出す怪物だ。
なぜ生まれるのか理由は不明だけど、一度現れたら都市が壊滅するほどの脅威と恐れられている。
そんな怪物が現れたって? 俄かには信じられない。
「ほ、本当だ!! 俺の仲間が全員殺されたんだ!! 他の冒険者も立ち向かっている! 俺はギルドに報告するため逃がされたんだ!!」
「おいおい、魔神ってマジかよ……冗談じゃねえのか?」
「わからないが、とにかく行動に移そう。本当だった場合大変なことになる。一刻も早くギルドに伝えなければ」
アテナが冷静でよかった。アタシも今、混乱していたからだ。
魔神の出現を発見した冒険者は、第一にギルドに報告しなければならない。誰か一人でも生き伸びて、情報を伝えなければならないのだ。
「この人を連れて、私たちもギルドに行こう」
「あ、ああ……そうだな」
アタシたちはその冒険者を連れ、上に向かって必死に走った。
だけど、さっきからずっと背後から嫌な気配が漂ってくる。背筋が凍るような悍ましい気配だ。
上層に戻ってきてもう少しで出口が見えるといったその時、アタシたちはとうとう“追いつかれた”。
「ぎゃあああああああああああああ!!!!」
「アハ、アハハ、タノシイナ、タノシイナぁ。ゴミ共を殺すのは楽しいなぁ」
「「――ッ!?」」
“それ”は、冒険者の頭を持っていた。
ここまで引きずってきたのだろう。下半身は悲惨な状態になっている。そして命すらも、首を斬られて絶たれてしまった。
(ヤバい、ヤバい、ヤバい、あれはヤバい!! 絶対に戦っちゃいけない!!)
魔神は、人の形をしていた。
肌は青白く、瞳は赤黒く網膜が黒く染まっている。頭に二本の角が生えていた。
でもそんな見た目とかはどうでもよくて、その身に宿る魔力量が尋常じゃなかった。多すぎて器に収まらないのか、身体から漏れ出ている。
その魔力は、アタシたちの戦意を根こそぎ奪うには十分だった。
「あっれ~~~? また見つけちゃった~~。タノシイナァ、あれも殺そっと」
「ンだよ……あの野郎ッ」
「ここは私たちが食い止めます。貴方は早くギルドに報告してください」
「え……お、俺が?」
「早く行け!!」
アテナが冒険者に怒鳴ると、冒険者は「すまねぇ!!」と謝りながら駆けだした。
彼女ならこうするかなとは思った。だけど本当にするとは思わなかった。
だからアタシはアテナに問いかける。
「アテナ、逃げなくていいの?」
「逃げたいさ……正直逃げたくてたまらないよ。だけど私たちが逃げたとしてもどうせ追いつかれるし、誰かが少しでも時間を稼がなければならないんだ」
「テメエ……」
「私がここに残る。だからフレイとミリアリアも今すぐ逃げてくれ」
「はっ!! 誰が逃げっかよ!! テメエが逃げねぇのにオレが逃げてたまるか!!」
「アタシもそう。アタシは仲間を置いていくことはしない。一緒に戦う」
フレイとアタシがそう言うと、アテナは「ありがとう」と感謝して、
「正直助かるよ。私一人では、何秒もつかわからない」
「あへへ? 逃げないんだ? 戦うんだ? いいね イイナ! すっごくイイ!! タノシイナァ!!」
「何笑ってやがる。今からそのムカつく面ぶん殴ってやっからよ」
「……」
ここにきて、今朝ダルが言った言葉が脳裏に甦る。
『ミリアリア、こいつ等を頼むな』
ああ、うん。
大丈夫、アタシが絶対に二人を死なせない。
だからお願い。
早く助けに来て。




