21 ミリアリア(前編)
アタシの名前はミリアリア、小さなエルフの村で生まれた。
まず最初に、エルフがどんな種族なのか伝えておく。
エルフは姿形は人間とそれほど大差ないけど、ちょっとだけ耳が長くて、麗しい見た目をしている。
人間のように肥えた豚みたいなブサイクは今まで見たことがない。
世の中からの見識でも、エルフは一般的に美しい外見だと思われている。
それと他の種族とは大きな違いが一つあって、エルフは精霊に愛され、精霊の力を借りた精霊魔術を使うことができる。中には他の種族でも精霊に愛されることはあるけど、滅多にいないだろう。
一般的な魔術とは違って、精霊魔術は精霊の力を借りるので消費する魔力はごく僅かだ。
だから魔術戦において、エルフは他の種族の追随を許さない。
そういった知識は遥か昔のことで、今のエルフは魔術でも人間に劣っていた。
少なくともアタシの村にいるエルフは、精霊魔術どころか魔術さえ使っていない。
生きていく上で魔術に触れるような生活はしていなかった。
洗濯物は川で洗うし、火は火打石でつけるし、得物は木や石で作った武器で仕留めていた。
そして、最低限度の生活をするだけで他のことは何もしなかった。
今日明日生きていける仕事を終えれば、すぐに日向ぼっこして寝てしまう。子供たちは森や川で遊んだりするけど、大人たちは時間があればひたすら惰眠を貪っていたのだ。
良く言えば平和で、悪く言えば刺激がない毎日。
娯楽もなにもいらない。ただ生きることさえできればいいと考えている。
それが普通。それが当たり前。その平穏で退屈な生活が死ぬまで続くのだ。
「つまらない」
アタシはすぐにエルフの習慣に飽きてしまった。
惰眠を貪るのは大好きだけど、寝てばっかりじゃ飽きてしまう。だからといって他の子供と同じように森で遊ぶ気にもなれなかった。
なにか楽しいことはないか。
なにか面白いことはないか。
そんな悩みを抱え始めた時、アタシはそいつと出会った。
「君はあれだね、他の子供とは違って好奇心旺盛だね。君みたいな子供は大好きだよ」
「しゃ、喋った……」
突然目の前に現れたカブトムシが、流暢に喋ったのだ。
凄く驚いた、まさかカブトムシが話しかけてくるなんて誰が信じるだろうか。
だけどアタシは、生まれて初めて心が弾んだのだった。
すぐに自己紹介が始まった。
カブトムシはカブトムシではなく、カブトムシの見た目をした精霊だった。
名前はないらしいので、“トム”と呼ぶことにする。
いやそれ省略しただけじゃん……と呆れられたけど、意外と気に入ったのかトムでいいよと言われる。
トムはアタシに色々なことを教えてくれた。
「ミリアリアは内包する魔力量も多いし、才もありそうだ。どうだい、魔術を覚えてみる気はないかい?」
「よくわかんないけど教えて」
トムは沢山の魔術を教えてくれた。
アタシは才能があってどんな魔術も上手く扱えたけど、一番親和性が高いのは水魔術から派生した氷結魔術だった。
それと魔力を使わず精霊に力を借りる精霊魔術も学ぶ。
精霊魔術のやり方は精霊の力を借りて自然現象を自ら操作できる魔術だった。
アタシは多くの精霊に気に入られて、色んな精霊魔術を使えるようになる。
下位精霊は姿が見えないけど、心は通じ合える。
トムは見た目はカブトムシでちんちくりんだけど、これでも上位精霊だったらしい。
ちょっと驚いたけど、納得するところもあった。
「君は外の世界に興味はあるかい?」
「外の……世界?」
トムは魔術以外にも生活に役立つ知識や、村ではない他の世界のことも沢山話を聞かせてくれる。
エルフ以外の種族がいることや、動物ではない獰猛なモンスターのこととか。
世界には迷宮というものがいっぱいあって、そこに入ってモンスターを倒して生活をしている者たちのことを冒険者というそうだ。
「冒険者……」
胸が熱くなるような響きだった。
冒険者は、自分のやりたいことを自由にやる者たち。
自由という言葉に、凄く胸が高鳴った。
「おい、子供が戻ってきていないぞ」
「なんだと……」
「とにかく探そう」
ある日、夕方になっても子供たちが森から帰ってこないことがあった。
村の大人たちは惰眠を中止して、総出で子供たちの捜索にあたる。
アタシも手伝おうと思った時、トムが子供たちの場所を教えてくれた。
「冷静に聞いてくれミリアリア。森から出て遊んでいた子供たちが、人間の盗っ人に連れてかれてしまった」
「人間が? なんで?」
理由を尋ねると、どうやら人間の中には外見が麗しく希少なエルフを攫って売ってしまう悪い連中がいるらしい。
偶然見つかってしまい、攫われてしまったそうだ。
普段は森から出るなと大人たちが厳しく言っていたが、子供たちは好奇心に負けて出てしまったのだ。
なら大人に言って急いで助けに行かないと。
そう思ったが、トムはアタシにこう提案してきた。
「大人たちでは間に合わない。このままなら、子供たちは攫われてしまうだろう。だけど、魔術を覚えているミリアリアなら助けにいける」
「なら、アタシが行く」
「そう言ってくれると思った。だけどボクは森の中を出ることができない。君一人で行かなければならない。それでも行くかい?」
「行く」
「ありがとう、でもくれぐれも気を付けておくれ。君なら負けることはないと思うけど、人間はどんな卑怯な手を使うかわからないからね」
「わかった」
アタシは風魔術を使って森の外に出た。さらに風による索敵魔術で子供たちの声を聞き、急いで向かう。
悪い奴らはすぐに見つけた。
「止まれ。子供たちを返して」
「なんだこのガキってこいつもエルフじゃねーか!? ははっ、テメエみたいなガキが一人でなにができるんだってんだよ!
おい、こいつも痛めつけて攫っちまえ!」
「ぐへへ、可愛い顔してんじゃねえか」
「氷結魔術」
「「ギャアアアア!?」」
「な、なんだこのガキ!? 魔術を使いやがるぞ!!」
醜い顔で襲ってくる人間どもを、魔術で蹴散らした。
人間は魔術を使うことができないのか、口ほどにもない。
これで子供たちを助けられる。
そう安堵のため息をついた時、一人の人間が子供たちに刃物を向けて怒鳴ってきた。
「おいガキ! こいつらを死なせたくなったら抵抗すんじゃねえ!!」
「お姉ちゃああん!!」
「……ッ!?」
子供たちを盾にされた時、どうすればいいのか分からず焦ってしまう。
人質を取られた時の対処法なんて、トムに教えてもらったことがなかったからだ。
「へへ、よくもやってくれやがったなクソガキ! テメエだけはぶっ殺してやる!!」
「あう!」
人質を取られたアタシは抵抗できず、人間どもに殴られ蹴られ痛めつけられてしまう。
痛い……暴力ってっこんな痛いんだ。
自然の怪我ではなく、他者から振るわれる暴力の痛みが初めてだったアタシは、ただ呻き声を上げるしかなかった。
「ふぅ……ふぅ……殺してやる」
「いや……」
狂気を孕んだ表情を浮かべる人間が刃物を振り上げた――その時。
「ガキに手を上げたテメエに慈悲はねえ」
「ぎゃあああああああああ!!」
突然現れた人間の男が、アタシを殺そうとした人間の胸を剣で斬り裂いた。
(に……人間? アタシを助けてくれたの?)
何が起きているのか分からず混乱していると、助けてくれた人間は他の悪い人間たちもをあっという間に倒してしまう。
人質に囚われていた子供たちは、泣きながらアタシのもとに駆け寄ってきた。
「お姉ちゃーーん!!」
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
「うん。あとで大人たちに謝ろうね」
泣きわめく子供たちを安心させるように抱き締めていると、助けてくれた人間が近寄ってくる。
警戒すると、“彼”は柔らかい笑みを浮かべながらアタシの頭にぽんっと手を置いた。
「よく一人で頑張ったな」
「う……うん」
「ガキ共を連れて帰れるか? 送ってってやろうか」
彼の親切に、アタシは首を横に振った。
「そっか、なら俺はこの悪い奴等をブタ箱にぶち込まなきゃいけねえから、もう行くぜ」
そう言って踵を返した彼に、アタシは不意に問いかけた。
「あの……あなたは誰?」
「俺? 俺は通りすがりの冒険者だ」
それだけ言って、彼は悪い人間を連れて去ってしまう。
「冒険者……か」
その言葉と彼の顔が頭から離れないまま、アタシは子供たちを連れて村に帰ったのだった。
◇◆◇
「トム、アタシ冒険者になる」
アタシは十四歳になった。
背はあまり高くならなかったけど、もう立派な大人だ。
だからアタシは、トムに冒険者になりたいと相談した。
元々外の世界に興味はあったし、アタシを助けてくれた冒険者のようになりたいと思ったからだ。
「冒険者か……うん、ミリアリアはいつかそう言うと思っていたよ。だけど気をつけてね。知っていると思うけど、外の世界は楽しいこともあるけど危険なことも沢山あるから」
「うん。分かってる」
「そっか、なら行っておいで。君が凄い冒険者になって帰ってくるのを、ずっと待っているよ」
「うん、待ってて」
こうしてアタシは、十四年間育った村と親友のトムに別れを告げて、冒険者を目指して外の世界に飛び立ったのだ。