02 間が悪い
「僕を追放したこと、あとで後悔しても知らないからな!!」
エストは鬼のような顔を浮かべ、怨嗟の怒声を上げながらパーティーハウスから出て行った。
「……」
「なにあいつ、雑魚の癖にキモい」
空気は最悪だ。
アテナは俯いたまま立ち尽くしてるし、ミリアリアはキレてるし。
俺もいくつかパーティーを渡り歩いてきた。
その中には円満に別れたパーティーもあったし、胸糞悪い別れ方をしたパーティーもあった。
だけど今回のは事情が事情なだけに、しんどい別れ方だったな。
俺は椅子から立ち上がると、床にぶちまけれた金を拾っていく。
「あーあ、もったいねえの。エストめ、金ぐらい素直に貰っとけばいいのによ。家も金もなくてこれからどうすんだっての。なぁアテナ」
「……」
落ちている金を拾いながらアテナに軽いノリで問いかけるが、全く反応がない。
ダメだ、これは相当やられてるな。
今日はもう攻略をする気分でもないだろう。
よし、久しぶりに惰眠を貪るとするか。
「悪いが……少し一人にしてくれないか」
「アタシが慰めてあげぐえええ……ちょっとダル、その手を離さないと今すぐ丸焼きにするよ」
「少しは空気を読め発情エルフ」
傷心中のアテナにつけこもうとしているミリアリアの首根っこを掴みながら、俺はアテナに声をかける。
「あんまり思いつめんなよ」
「……ああ」
いつもの覇気が全くない返事をするアテナの背中を横目に、ミリアリアと一緒に二階に上がる。
自分の部屋に行く前に、馬鹿エルフを注意しておこう。
「俺は寝るけどよ、お前はアテナにちょっかいをかけるなよ」
「うるさい。言われなくても分かってる。むしゃくしゃするからアタシも寝る」
「おう、そうしろ」
ミリアリアはふんと鼻息を立て、踵を返す。
あいつが自室に入ったのを確認した俺も、自分の部屋に入ってベッドに寝転がった。
「さて、これから先どうなんのかねぇ」
パーティーの行く末を真面目に考えようとしたが、すぐに睡魔が襲ってきて俺は惰眠を貪るのだった。
◇◆◇
「う、う~~~ん……よく寝たな。こんなに寝たのっていつ以来だ? って、もう外真っ暗じゃねえか……丸一日寝てたのかよ」
久しぶりの快眠に気持ちよく目を覚まして腕をぐ~と伸ばしていたら、窓から見える景色が真っ暗になっていたことに驚く。
ベッドから立ち上がって、硬くなっている身体をゴキゴキと鳴らしつつ部屋を出た。
(ミリアリアは部屋で寝てるっぽいな。アテナは下か?)
部屋から気配というかイビキが聞こえてくるので、ミリアリアはまだ寝ているのだろう。
あいつ、ほっといたら延々と寝てるからな。
アテナの部屋からは気配がないので、まだ一階にいるか外に出かけているかもしれない。
階段を下りて、スイッチを押して照明器具の灯りをつける。
「うお!? びびったぁ~~、お前いたのかよ」
めちゃくちゃびびったわ。
灯りがついてないから誰もいないと思っていたのに、テーブル席にアテナが座ってるんだもんよ。
心臓に悪いぜまったく。
「灯りもつけないで何してんだよって、酒飲んでたのか」
テーブルの上にはガラスコップと半分ほど減っているワインが置かれている。
こいつが酒を飲むなんて珍しいな。酒なんて身体に毒だとか言っていつも飲まねえし。
結局昨日も居酒屋で飲んでなかったしな。
俺は隣の席に座りながら、ほんのり顔が赤くなっているアテナに尋ねる。
「流石のお前でも、飲まずにはいられなかったってか」
「ああ……飲まずにはいられなかった」
「そんなに後悔するなら追放なんてしなきゃよかったのによ」
「考えたんだ……考えて考えて考えて、判断したんだ。後悔することは分かっていたが、結構キツいな」
「悪い……馬鹿なこと聞いちまった」
言ってはいけないことを言っちまった。
こいつは誰よりも考えて、苦悩して、幼馴染を追放するという決断に至ったんだ。
特にアテナは真面目で、パーティーのリーダーでもあるから、凄く悩んだに違いない。
エストとの夢を取るか、パーティーの躍進を取るか。
苦渋の選択だっただろう。
なのに俺は軽い気持ちで聞いちまった。
こいつよりも年上だってのに、情けねえもんだ。
話題を変えようと、俺は気になっていたことを聞く。
「エストを追放したのはいいけどよ、これで三人になっちまったぜ。三人で攻略するのか。それとも誰か当てがあったりすんのか?」
「元“ドラゴンヘッド”のフレイと話がついてる。明日には顔合わせをする予定だ」
「あ~、あのじゃじゃ馬かぁ。よく誘えたな」
「フレイには何故か気に入られてるからな。パーティーを抜けたという話を聞いてダメ元で誘ってみたら了承してくれたよ」
フレイと聞いて竜人族の女を思い出す。
実力はあるが態度がやたらデケェ礼儀知らずのガキだ。ドラゴンヘッドというシルバーランクパーティーのエースアタッカーだったんだが、メンバーと揉めて抜けたという噂を聞いた気がする。
どうせあのガキの我儘に付き合いきれなくなったパーティーが追い出したんだろうと思うがな。
「戦力の補強としては十分だけど、不安はあるな。大丈夫なのかよリーダー」
「そこは上手くやるさ。私は世界一を目指してるのだからな。そんなことで躓いていられない」
そう言って、アテナはガラスコップにワインを注ごうとする。
その前にワインを取り上げて、アテナに注意した。
「それくらいにしておけ、明日に響くぞ」
「はっ……ダルに酒を注意される日が来るとはな。私もどうかしてる」
その言い草は酷くないか。全くもってその通りだけどよ。
「明日に備えてもう寝る。頼りにしてるからな、ダル」
アテナはそう言って立ち上がるが、足下が覚束ず後ろに倒れそうになってしまう。
俺は咄嗟に支えようとしたのだが、体勢が悪くて一緒に倒れちまった。
くそ、女一人支えられないとは情けなくて泣けてくるね。
(って顔近っ……あれ、こいつってこんな可愛かったか?)
鼻先にアテナの顔があった。
柔らかそうな唇に、雪のような白い肌、高い鼻と、スッとした輪郭。
空色の瞳は潤んでいて、睫毛が超長い。顔にかかっている金の髪からは、女の匂いが漂ってくる。
あんまり気にしたことなかったが、マジマジと見るとどえれー別嬪さんだ。
こりゃーエストが惚れるのも仕方ねえってもんだわ。
さらに酒を飲んでるせいか、顔も紅潮していてなんかエロいし。
かかる吐息も酒臭いけど、それすら淫靡に思えてくる。
アテナに見惚れていたその時――カタンと出入り口の方から物音が聞こえてきた。
横目で確認すると、この世の終わりかといわんばかりの表情を浮かべているエストと目が合う。
放心していたエストはよろめきながら後退すると、脱兎の如く逃げ走っていった。
「あちゃ~~、やっちまったな」
なんと間が悪いことか。
エストには、俺がアテナを押し倒しているように見えただろう。
そしてエストが知っているアテナなら、必ず抵抗するはずだ。
だけど抵抗してないということは、それは合意だということだ。
エストはきっと、俺とアテナがデキていると勘違いしているだろうな。
「まっ、どうでもいいか」
仮にあいつが寝取られた! とか勘違いしたって、俺の知ったこっちゃねえし。
あそこで殴りかかってこない時点で、エストの想いはその程度だってことだ。
俺だったら、本気で好きならとりあえずぶん殴って奪い返すけどな。
「すぅ~すぅ~」
「って寝てんのか~い。ったく、うちのお姫様は世話が焼けるなっと」
いつの間にか寝息を立てるアテナを抱きかかえ、こいつの部屋に行ってベッドに下ろす。
人を抱えて階段上がるのは中々キツかったぜ。
「頼りにしてる……か。そんなこと言われたら、ちょっとだけ頑張ろって思っちまうよな」
毛布をかけて、俺はアテナの部屋を後にしたのだった。