19 授業
「ンギギギギギギギッ」
(おお~耐えてる耐えてる)
自分が戦っていたモンスターを蹴散らしたフレイは、最後に残ったモンスターと戦っているアテナのことを、険しい顔で歯軋りしながら眺めていた。
横から参戦したいが、邪魔になってしまうので我慢しているのだろう。
頭では分かっているが、黙っているのは性に合わず身体に拒否反応が出てしまっている。
面白ぇ奴だよな。
まるで餌が目の前にあるのに主人から「待て」をされている犬みたいだ。
「はああ!!」
「グエエエ……」
アテナの斬撃によって、モンスターは呻き声を上げて斃れる。
全てのモンスターを倒して一息つくことができたので、俺はアテナとフレイに飲み物とタオルを渡してやった。
その際、俺はニヤニヤと気持ち悪い笑顔を浮かべながらフレイに話しかける。
「おーおーよく我慢してるじゃねぇかぁ。偉い偉い」
「うっせぇ!! 本当は手ぇ出してーけど、テメエらが邪魔をするなっつうから仕方なく黙ってやってんだろうが!!」
「すまない、私も今日は調子が良い方なんだが、まだフレイの速さにはついていけないようだ」
「そうだアテナ! テメエがもっと気張ればオレが待ちぼうけをしなくてもいいんだよ!」
「またアテナのせいにする。ちょっとは大人になったと思ったけど全然わかってない」
「ンだとクソエルフ!? 文句があんだったらテメエがアテナを強くしてみろや!!」
横から注意するミリアリアに歯を剥き出しにしてくってかかるフレイ。
そうだな……こいつもやっと人の言うことを聞く気になってきたし、そろそろパーティーの連携ってやつをちょっとだけ教えてやってもいいかもしれない。
今までのこいつだったら何を言っても耳を貸さなかったが、少しだけ大人になった今なら素直に受け止められんだろ。
「そうだぞフレイ、全部を人のせいにしちゃいけねぇ」
「はああ!? テメエが自分勝手な行動するなって言うからオレが我慢してやってんだろーが! なんでオレのせいにされなきゃなんねぇんだよ!」
「俺は自分勝手な行動をするなって言っただけで、“協力するな”とは一言も言ってねぇぞ」
「ンだよそれ、訳わかんねぇ」
短い紅髪をぐしゃぐしゃとかき乱すフレイ。
唇を尖らしているじゃじゃ馬ちゃんに、俺は「そうだな……」と続けて、
「お前にパーティーの連携ってのを少しだけ教えてやる。丁度おあつらえ向きの敵も現れたようだしな」
「あん?」
遠くの方に指をさしながら告げると、フレイや他の二人が追いかけるように視線を移す。
そこには、金棒を携えた青い鬼の姿があった。
「青鬼か……」
青い鬼を見たアテナが険しい顔でぽつりと呟く。
ブルーガは中級にカテゴライズされている中でも上位に位置する鬼系モンスターで、普通の鬼より俊敏で知能もそこそこ高い。
迷宮主よりかは弱いが、シルバーランクのパーティーが手こずるくらいには強いモンスターだ。
「みんな気を引き締めろ。油断していたら殺られるぞ」
「あーそれなんだがアテナ、今回は俺とフレイだけでやらせちゃくれないか?」
「な……何を言っているダル。そんなことできるわけないだろう」
俺の提案を、リーダーは不服そうな態度で断る。
フルメンバーのパーティーでも倒すのに苦労するのに、二人だけでやらすわけにはいかないんだろう。
だけどここはフレイの成長のために、少しだけ協力してくれ。
「やばそうになったらすぐに加勢してくれ、そこはアテナの判断に任せる。だから少しだけやらせてくれねぇか」
「……分かった。少しでも危険だと感じたら出るからな」
「ありがとよ。ってことだフレイ、俺たちだけで戦うが、できるよな?」
思いもよらぬ展開についていけずキョトンとしていたフレイにやや煽り気味で尋ねると、フレイは歯を剥き出しにしてゴツンと拳を合わせた。
「ったりめーだろ。そんくらいちょれーつうの。別にオレだけでもいーんだぜ」
「それじゃあ意味ねーだろ。まっ、お前は自由にやってくれていいよ。俺がフォローするからさ」
「オレの邪魔はすんなよ」
「頑張らせていただきます」
ってことでブルーガちゃん。
ちょっと悪いけど、フレイに授業する道具になってくれや。
「ガアアアアッ!!」
俺たちを発見したブルーガが、腹に響くような雄叫びを上げつつ猛進してくる。
それに怯むことなくフレイも地を駆けだし、俺はその後ろについていった。
「ンガ!!」
「おっと危ね、オラぁ!」
真上から振り下してきた金棒を冷静に回避したフレイは、身体を捻って拳打を腹部にぶち込む。
威力のある攻撃にブルーガはダメージが効いたような反応をしたが、すぐさま反撃に出た。
ブルーガは金棒を持っているとは思えぬ速度で連撃を繰り出すが、フレイは紙一重で全て躱しきっている。
「オラッ!」
「グガッ!?」
猛攻をかいくぐったフレイが懐に潜り込み顎目掛けてアッパーを放った。
モロに喰らった青鬼が態勢を整えようと後方に下がろうとした瞬間、横から接近していた俺がふくはらぎを狙って斬撃を浴びせる。
ダメージは浅いが、切り傷から青い血が流れた。
邪魔をしてきた俺に対し金棒を振るってくるが、すでに退いていた俺にはかすりもしない。
俺に意識が囚われているブルーガに、フレイが飛び込んで拳撃の嵐を見舞った。
「オラオラオラオラァ!!」
「グググッ!!」
ブルーガは両腕を交差して防御に専念し、怒涛のラッシュを耐える。
フレイの息が止まり攻撃が中断されたその時を見計らって反撃の拳を放とうとする。近づき過ぎた上に体力を消耗しているフレイは回避を選ばず咄嗟に防御を選択した。
だがブルーガの拳が届く前に、俺はさっき斬った箇所に再び斬撃を放っていた。
「グウゥ……!!」
痛覚を無視できず、青鬼は攻撃を中断しよろめいた。
驚いているフレイに「ボケっとすんな」と告げ、怒りの足蹴りが飛んでくる前に後方に下がる。
鋭い爪先が前髪を撫でる。
あっぶね、調子こいてたけど今のかなりギリギリだったわ。もっと余裕に躱せると予想していたが、やっぱモンスターの身体能力は侮れないね。
でもまぁ、他の奴等から見たら格好良く避けている風に見えるから結果オーライだな。
「しゃあオラァ!!」
「グ……ガアアアアアアア!!」
俺に促されて追撃しようと距離を詰めるフレイに対し、ブルーガは逆に距離を取って俊敏性を生かした機動力を使おうとする。
今さらなんだよ青鬼ちゃん。
その手段を取るには一手遅かったな。まともにやり合えばフレイより速く動けるが、今のお前は最低でもフレイと同等に能力が落ちている。
俺が“そうなるように斬っておいたからな”。
だから距離を取ろうとしてもフレイを振り払えない。
足に力が入らなければ、踏ん張りもきかず攻撃の威力や速度もダウンだ。
「ヒートナックル!!」
フレイの拳が真っ赤に燃える。
竜人族のフレイは火属性と風属性の攻撃魔術に長けていた。炎を纏う拳は、当たれば痛いだけじゃ済まないぜ。
勿論危険を感じて回避行動を取るだろう。だがそうする前に、俺は斜め横からふくらはぎを狙う“フリ”をしながら敵意を飛ばす。
「グガッ――」
(ダメじゃん、こっちを見ちゃさ)
「ガァアアアアアアッッ!!?」
俺が繰り出そうとする再三の攻撃を警戒してしまったブルーガは、防御が間に合わず胸部に火拳を喰らってしまう。
肌を焼き焦がし、かつ骨が折れた感触に勝利を確信したのだろう。
やったぜ! とドヤ顔をするフレイに、ブルーガは口から煙を出しながらも力を振り絞って金棒を振り下ろそうとする。
「――ッ!?」
「詰めが甘かったな」
――その前に、俺は今度こそふくらはぎを両断した。
「ガッ!?」
突然片足がなくなったブルーガは体勢を維持できずその場に跪く。
ボーっとしているフレイに視線を送って催促すると、フレイはヒートナックルをブルーガの顔面に叩きこんだ。
その一撃で決着がつき、青鬼は仰向けに倒れながら今度こそ絶命したのだった。
「はぁ……はぁ……」
「お疲れさん。疲れているところ悪いんだが、忘れない内に反省をするぜ」
肩で息を切らしているフレイにそう告げると、煩わしそうに舌打ちをしながらも首肯した。
「問題1。ブルーガの特徴を言ってみろ」
「……知らねぇよ。普通のオーガより強ぇってことだけだろ」
「ぶっぶー、それじゃあ十点満点中サービスの一点しか上げらんねぇな。他に分かる奴はいるか?」
戦闘が終わって近づいてきた二人にも聞くと、優等生のアテナが答えた。
「ブルーガの特徴は普通のオーガよりも素早いことと知能が高いことだ」
「ピンポーン、正解です。じゃあ問題2、俺はブルーガの機動力を削ぐのと高い知能を逆手にとった行動をしたんだが、どんなことをしていたでしょう」
「足を斬った……ンじゃねえのか」
自信なさげにフレイが答える。
おっ、今度は半分当たってたぞおめでとう。だけどそれだけじゃ足りないんだよね。
フレイの代わりに、今度はミリアリアが答えた。
「足を斬って素早さを低下させた。同じところを二回斬って、ブルーガの注意を足に逸らした。だからバカフレイの攻撃がまともに当たった」
「ピンポン大正解! 流石ミリアリア、よく見てるな」
「くっ、そこまでは分からなかった」
アテナも分からなかったか。
まあ仕方ない、あれは結構高度な駆け引きだから気付くのも難しいだろ。むしろよくミリアリアが分かったなと驚いちまってるよ。
「とまあ、今の戦いで俺がしたことはその程度のことだ。ほとんどフレイの手柄だよ。ってことでここからが肝心だ。よぉフレイ、今の戦いをどう感じた? 俺を邪魔だと思ったか?」
「邪魔なんて思っちゃいねえよ、それどころかすげー戦いやすかった……攻撃は面白ぇぐらい入るし、やべーと思った時も攻撃がこなかった。だからおもいっきり戦えた」
「それは何故だと思う?」
「……テメエがいたお蔭だからだ」
ビンゴ、大正解です。
良かったぜ、そのことをちゃんと理解してくれていてよ。もし自分が強いだけだからなんて言われた日には授業した甲斐がねえからな。
「これが連携ってやつだよフレイ。お前の場合1+1が0になるかもしれないが、ちゃんとやれば2にも3にも10にもなる。一人じゃ倒すのが難しい相手だって、楽に勝つことができる」
「……」
「つっても、今回は初歩中の初歩だ。他のパーティーだって、それこそブロンズランクのひよっこ共でさえやれているところだってある。
もっと凄いやつらは仲間を信頼し、息を合わせているんだ。お前はまだ体験したことないかもしれないが、仲間の全てと歯車が噛み合った時の感覚はたまんねぇぞ」
「……それをオレにやれってのかよ」
いじけた風に顔を背けるフレイの頭に手を置き、俺は挑発するような言い方で言う。
「すぐにやれとは言わねぇよ。ただ、連携ってものを知っておいて欲しかったんだ。自分が一番で相手の邪魔をするんじゃなくて、仲間の思考を読み取って協力する。
仲良しこよしをしたいから言ってるんじゃねぇぞ、パーティーで戦うのならそっちの方が絶対に強ぇから言ってんだ」
「そんだけ言うんなら、テメエが教えてくれんだろうな」
「甘ったれるなガキんちょ。前にも言ったが、俺は誰かに教えられるほど強くねぇし立派でもねぇ。自分で悩んで、探して求めろ。その方がお前は強くなれる」
「うっせぇ、わかった風な口聞いてんじゃねえよぶっ殺すぞ。わーったよ、やってやんよ!
見てろよ、すぐにできるようになってテメエにアホ面かかせてやっからな!」
頭の上に置いていた手をはたきながら、勝気な顔で宣言する。
ああ、そうだな。
その日が来るのを、楽しみに待ってやるよ。




