18 成長と現状維持
「おいダル、アテナの服買ったのテメエだったんだな。ンだよ、あいつに気が有ったンなら先に言えや」
「違うわオタンコナス。いつも頑張ってくれているリーダーを労っただけだっつの。それ以上でも以下でもねぇよ」
「はっ、どうだかな」
ニヤニヤとムカつく顔を晒すフレイ。
このガキ、マジで勘違いしてやがる。今後もこの調子でいじられたらたまったもんじゃねぇな。
ため息をつく俺は、投げやり気味に提案した。
「お前もパーティーのために頑張ったら何か買ってやるよ。それでいいだろ」
「べ、別にいらねっての! まぁ、テメエがどうしてもってんなら貰ってやらねーでもねえがな!」
いるのかいらないのかどっちだっつの。
全く、今時のおこちゃまは何を考えてるのか全然わかんねぇな。
勘弁してくれよと心の中で愚痴を吐いていると、迷宮攻略の準備を整えたアテナが二階から降りてくる。
「何を話している?」
「なんでもねぇよ。おいアテナ、浮かれたままでいんじゃねえぞ。ちょっとは協力してやるが、テメエがダラしなかったらオレはまた自分でやるからな」
「だ、誰が浮かれるか!? お前こそ、これ以上好き勝手するのならスターダストから抜けてもらうぞ。昨日はダルに言ってもらったが、今後は私も厳しくすることにしたからな」
「上等だよ」
「朝から二人とも元気だなぁ」
「全くだって言いたいところだけど、ミリアリアも少しは二人を見習ってやる気を出したらどうだ?」
「やだ。めんどい」
さいですか。
まあ、お前はやる時はやる子だって分かってるからあんまり気にしてねぇけどな。
……多分。
「よし、行くとするか」
「しゃあ!」
朝からテンション高ぇって。
そんな張り切っていらねぇ怪我とかすんじゃねえぞ。
でもまぁ、俺も少しは楽しみにしてんだけどな。
今までの振る舞いを反省して、少しだけ大人になったフレイのことはよ。
◇◆◇
俺たちはいつものように中級の迷宮に訪れていた。
上層を抜けてすぐに中層まで進み、パーティー強化のため手頃なモンスターと戦っている。
だが今日は、いつもと変わった光景が目に映っていた。
「クソエルフ!」
「氷結魔術」
(やっと周りを使うようになったか、上出来だ)
モンスターと戦っていたフレイが射線を通すように横に逸れて声をかけると、ミリアリアが魔術を放つ。
フレイがダメージを与えていたお蔭でモンスターは回避することができず、直撃すると耳障りな悲鳴を上げて斃れた。
いいねぇ、大分サマになってんじゃねか。
昨日ミリアリアを連れて色々試した効果が出ているっぽいな。無理矢理付き合された面倒臭がりなエルフちゃんにはご愁傷様と言うしかないが、そのお蔭でフレイが協調するようになっている。
やっと、仲間に頼るってことができたんだ。
それと同時に、今までのように自分勝手な行動をすることを抑えている。
モンスターを見つけたら犬のように突っ走らなくなったし、俺やアテナが戦っている最中に余計な邪魔をしなくなった。
まさかたった一日でここまで改善されるとは思ってもなかったが、これは大きな収穫だぜ。
だが、良い変化が起きたのはフレイだけではない。
「はっ!」
「グギャアアアアッ!?」
モンスターを斬り伏せるアテナの太刀筋は、鋭く疾い。
岩でも背負ってるのかと思うぐらい遅く鈍かった身体が、羽根が舞っているかの如く軽やかに動き回っている。
今までよりも遥かに“キレ”が鋭くなっていた。
華麗に舞う金の華。
今のアテナは【金華】の名に恥じない姿だった。
エストが付与魔術をかけていた全盛期の状態にはまだ少し劣るが、それに近い状態まで引き上げられている。
何故突然アテナの調子が好調したのか。
それは昨日一日休暇をして身体をしっかり休めたってのもあるが、気持ちの切り替えができたんだと思う。
幼馴染のエストの追放。
付与魔術がない己の弱さ。
パーティーの和を乱す我儘なフレイ。
周りから刺してくる期待外れの視線。
多くの問題があいつの背中にずっしりとのしかかっていた。
上手くいかないことに焦りを抱いていた。
だが、アテナはそれらの意識を切り替えた。
言い方を変えると、開き直ったんだ。
苦しそうな表情だったが、今じゃふっきれたように笑っている。
人間の強さは、心に左右されることが多い。
落ち込んでいる時は上手くいかず調子が出ない。
上手くいっていることがあれば調子は上がる。
単純で不可解な生き物だ。
けど。単純だからこそ面白い。
昨日まで愚鈍だったアテナの動きが、別人と感じてしまうほど良くなっているんだからな。
そして気持ちの振れ幅が大きいほど、人は大きく成長する時がある。
特に若い奴らは、階段どころか壁を飛び越えてしまうほど成長することがあるんだ。
今のアテナがまさにそうだった。
無敵にでもなったように錯覚するほど、動きにキレがある。
(楽しいねぇ、誰かの成長を直に見れるってのはよぉ)
アテナとフレイ。
この二人は昨日までより確実に強くなっている。
アテナは少しだけ子供に、フレイは少しだけ大人になったと方向性が真逆だが、同じくらい成長している。
その成長を直接見られて、肌で感じられることが嬉しかった。
そして気付くんだ。
やっと俺も、教える側になったんだなと。
ただそうすると、もう一つだけ気掛かりなことがある。
俺は心配ごとのタネに声をかけた。
「なぁミリアリア、お前もそろそろ気合入れねぇと、あの二人に置いてかれちまうぞ」
「余計なお世話。アタシは二人より全然強い」
(今は……な)
確かにミリアリアは優秀な魔術師だ。
それも、サボりがちだが単にサボってるだけじゃなく、パーティーに迷惑がかからないギリギリの線を引いてサボるという面倒臭ぇことができるくらい優秀なやつだ。
俺でさえ、こいつが本気を出したらどれくらいのものなのか想像がつかない。
けど、アテナとフレイが追いつかないほど力が離れているとも限らない。
いや、あの二人のポテンシャルならそう遠くないうちに追いついてしまうだろう。
だけどミリアリアも、二人に負けないポテンシャルを持っている。
しかし強くなろうとはせず、現状で満足しちまってるんだ。
もったいない。
こいつが本気で上を目指せば、マジで凄いやつになれるのによ。
まあ、反骨精神あるアテナとフレイと違ってこいつの場合は外野がとやかく言うとへそを曲げちまうから、俺もあんまり言いたくねぇけどよ。
それでも、余計な世話をしたくなるんだよな。
「後で泣きついてきても知らねぇからな」
「笑える。例えそんなことがあったとしてもダルには絶対に頼らない」
さいですか。
なんだろう……そう言われると二十歳、ちょっとだけ悲しくなっちゃう。




