17 買い物デート?
「しゃああ! 迷宮行こうぜ!!」
「今日は迷宮はお休みだ」
「ああーん!? なんでだよ!?」
朝から元気いっぱいだなぁーフレイちゃんはよぉ。
昨日アテナとミリアリアにも謝ったみたいだし、色々とふっきれたのかね。
やる気が漲ってるところ悪いんだけど、今日は無理なんだわ。
「ここのところ迷宮に入り浸ってただろ。だから今日は身体を休めろ。それに食料とか回復薬が尽きかけてるから、補充しに買い物に行かなきゃなんねーんだよ。誰かさんが食べまくるし使いまくるせいでな」
「ンギギギギギ!!」
苛立たしそうに手を震わせ、歯を食いしばるフレイ。
若いから元気が有り余っているけど、確実に疲労は蓄積している。だからここいらで一休みしとかねぇと壊れちまう。
それにこいつらなら一日休めばすぐに回復すんだろ。
あと、昨日確認したところマジで食料がない。他にも迷宮で必要な物資もストックがなかった。
エストがいた時はあいつが自分で用意してくれていたから俺たちは気にしていなかったが、エストがいない今、誰かがそういった雑用をやらなくちゃならない。
その役目が俺ってことだ。かったりぃことにな。
フレイはそういうのは絶対やらねぇだろうし、ミリアリアにも断られるだろうしな。
「そうだな……なら私も手伝おう。ダル一人では手が足りないだろうしな」
「おっ流石リーダー。助かるぜ」
「じゃあアタシは二度寝しよっと」
「おいミリアリア、オレに付き合え! テメエが何ができるか知っといてやる!」
「うげぇ、く……首がっ」
荒い声を上げながらフレイがミリアリアの首根っこを掴む。
二人で迷宮に行くつもりなんだろう。
まあミリアリアは最近サボってたから体力もあるだろうし、フレイもやる気があるなら少しぐらいやらせてやるか。
苦しそうにしているエルフをそのまま引きずっていこうとするフレイに、俺は注意の言葉をかけた。
「おいフレイ、半日だけだぞ。半日はちゃんと休め。じゃなきゃお前だけ今日の飯は抜きだ」
「わかってらぁ! 一々保護者面すんじゃねえよ!」
「は、はなせ~~~」
フレイはミリアリアを連れて迷宮に行っちまった。
レズエルフには心の中で合掌しておこう。
ドンマイ。
「ありがとう、ダル」
「なんだよ藪から棒に。お礼を言われることなんてした覚えはねえぞ」
「フレイのことだよ。昨日、いきなりフレイが部屋にやってきて謝られたんだ。そしてこれからはなるべくパーティーのことを考えて行動すると言ってくれたよ。ダルがあいつに何か言ってくれたんだろ?
すまない……本当はリーダーの私がフレイに言わなければならないことを、お前に押し付けてしまった」
露骨に落ち込むアテナに、俺は「はっ」と笑って、
「あのガキんちょがいつまでも調子に乗ってんのが気に食わなかっただけだ。それとアテナ、リーダーだからって何でも背負おうとすんな。
お前一人ができることなんてたかが知れてんだからよ。面倒臭ぇことは周りに放り投げて、お前は実力でパーティーを引っ張ればいいんだよ。
まだ目指してんだろ? 世界一の冒険者ってのをよ」
「ああ、勿論さ。今は躓いてしまっているが、世界一の冒険者になるという夢を無くしたわけじゃない」
「ならそれに向かって突っ走っておけばいいさ。ぐだぐだと考えても伸びねーぞ。そこはフレイの馬鹿を見習った方がいいぜ」
もう一人フレイが誕生するのは勘弁だけどな。
ただ、アテナは色々と考えすぎなんだ。少しは頭を空っぽにして、自分のことを考えたほうがいい。
「そうだな……最近は悩んでばかりだった。よし、今日は息抜きするぞ! 待ってろダル、今着替えてくるからな!!」
ばっ! と勢いよく立ち上がって、アテナは二階の自室に向かった。
いいねぇ……若いってのは。
羨ましいぜ。
(やべぇな俺、この頃マジでおっさん臭くなってるわ)
俺は心の中で(俺はまだ二十歳、俺はまだ二十歳)と念仏を唱えるのだった。
◇◆◇
「今日は何を買うんだ?」
「さっきも言ったが、食料や迷宮に使う物資だ。荷物持ちを志願したからには、こき使ってやるからな」
「ああ、任せろ」
俺とアテナは街中に繰り出していた。
露店で売っている肉や野菜や香辛料といった食材を、雑貨屋で迷宮に必要な小道具を、魔道具屋で回復薬やアイテムを買い足していく。
すぐに荷物は一杯になり、アテナの両手は塞がれてしまう。あんまりこういう事に慣れておらず息を切らしていたから、広場のベンチで一息つくことにした。
「はぁ……はぁ……パーティー分の買い物ってこんなに大変だったんだな……知らなかったよ」
「だろうな。こういうのはエストが自分でやってくれてたから気付かなかっただろ」
雑用の大変さを身に染みたアテナにそう教えると、また暗い顔を浮かべて俯いてしまう。
「そうか……こんな大変なことをエストは全部やってくれていたのか。毎回お礼は言っていたが、心が籠っていなかった気がするよ。悪いことをした……」
「感謝こそすれ謝らなくてもいいと思うぜ。あいつが自分でやりたかっただけだからな」
エストは一度も俺たちに相談せず勝手にやってたからな。
俺も手伝おうとしたけど、「大丈夫、僕はこれくらいしかできないから……」と切な気な顔で言われちゃ引き下がるしかなかった。
付与魔術しか使えないことに負い目を感じていて、他のことを頑張ろうとしたんだ。
あん時は、同じ男としてあいつの仕事を取っちゃならねぇと思ったんだよな。
「エストさーん、早くしないと置いていっちゃいますよ~!」
「いつまでも眺めてないで、ほら、行きますよ」
「ごめんごめん、今行くよ」
(あちゃ~……噂をすればなんとやらってか)
懐かしい声が聞こえたと思ったら、遠くにある小さな橋にエストがいた。
その側には二人の獣人族の女の子がいて、楽しそうな雰囲気を醸し出している。
おいおいエストちゃんよぉ~手が早いんじゃないの~?
あんだけアテナにゾッコンだったのにもう女の子を囲ってんのかい。羨ましいこった。
それも結構マブい女の子じゃん。噂で聞いたが、二人とも獣人国から来たんだっけ。
楽しくやってくれてるのはいいけどよ、今はタイミングが悪いって。
アテナがまた落ち込んじまうじゃねえか。
恐る恐るアテナの顔を横目で見ると、驚くべきことに笑顔を浮かべていた。
「あれ、もっとショックを受けると思ったのに意外と平気そうじゃねえか」
「自分で追放しておいてショックなんてあるものか。逆だよ……楽しそうにしていて救われたんだ。前に顔を合わせた時は狂気を孕んでいたからな。心配してたんだ。
獣人族の二人に感謝したいぐらいだよ。エストの心を救ってくれてな」
「お優しいこって」
落ちぶれている自分とは違い上手くいっているエストを見て気に病むと思ったんだが、俺の杞憂だったようだな。
こいつはそんなタマじゃねえわ。
「よし、帰りにちょっと寄っていこうぜ」
「どこへ行くんだ?」
「それはついてからのお楽しみだ」
◇◆◇
「洋服屋……か?」
「おうそうだ、入るぞ」
「おい、待ってくれ!」
俺がアテナを連れてきたのは洋服屋だった。
店に入ると、商売上手な店員がすぐに駆け寄ってくる。
「いらっしゃいませ~~、今日はどんな御用でしょうか~?」
「こいつに合う服を見繕ってくれないか」
「は~い! かしこまりました! あらあなた、とても綺麗な顔してるわね。スタイルも抜群じゃない。それなのにこんなダサい服着てちゃもったいないわぁ。ほら、早く来てちょうだい」
「えっ!? あっおい、ダル、これはどういうことだ!?」
「いってらっしゃ~い」
中々キャラが濃い女性店員に腕を引っ張られて去っていくアテナに笑顔で手を振る。
洋服屋を訪れた理由は、アテナにまともな洋服を買わせるためだった。
あいつ、迷宮用の装備服は結構マシなのを持っているんだが、私服は男物っぽいダセぇ服しか持ってねぇんだ。
折角見た目が良いんだから、可愛い服の一着や二着持ってねぇともったいねぇだろ。
終わるまで待っていると、女性店員が可愛いらしい洋服に身を包んだアテナを連れてくる。
「ど~お? すっごく素敵でしょ?」
「おお、似合ってる似合ってる」
「うう、恥ずかしい……」
水色をベースとした洋服に包まれたアテナはため息が出るほど可愛かった。
貴族の令嬢だと間違われてもおかしくないレベルだ。
うん、やっぱりこういう服を着ねえのはもったいねぇわ。
「んじゃ店員さん、これ貰うわ」
「お買い上げありがとうございま~す!!」
「おいダル! 何買おうとしてるんだ! この服結構高いんだぞ!!」
「ダメよお嬢さん、男に良い所を見せさせるのも女の甲斐性ってもんよ。ここは有難く買ってもらいなさい」
流石店員さん、よく分かってらっしゃる。
「てことで店員さん、これ代金ね」
「はい、確かに頂きました」
「ありがとな、また来るよ。いくぞアテナ」
「うう……」
「またのご来店をお待ちしておりま~す」
洋服を着たまま店を出た俺たち。
恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めているアテナを、俺はにやけた面でからかった。
「照れんなよ。そんなに恥ずかしいのか?」
「仕方ないだろ。こんな女性らしい服を着るのは初めてなのだから」
「だと思ったぜ。お前は見た目が良いんだからよ、こういう服を一着ぐらい持ってなきゃもったいねぇって。一応言っとくがマジで似合ってるぞ」
「か、からかうな……」
ふいっと子供らしく顔を背けるアテナ。
やっとガキらしいところを見せたな。
いつも大人ぶってたからな、良い気分転換になっただろうよ。
「ありがとう……大事に着させてもらうよ」
「おう、是非そうしてくれや」
その後は二人してずっと、パーティーハウスまで無言で帰ったのだった。




