106 追放する側の物語
最終話です
長い夢を見ていた気がする。
ゴブリンの家族に育てられてから、今に至るまでの道のりを。
それとあれだ……なんかアイシアにも会えた気がするな。夢かもしれないし、何を話したのか覚えてないけど、もう一度あいつと会えて良かった。
「んん……」
目を覚ます。
真っ先に視界に入るのは木製の天井。ここはどこだ? 俺、何してたんだっけか。
記憶が曖昧でボーっとしていると、近くから声が聞こえてくる。
「あっ、ダル起きたよ」
「マジか!?」
声の方に顔を向けると、アテナとミリアリアとフレイが居た。
何故か俺を見てビックリしていると、勢いよくアテナが飛びついてくる。
「ダル!」
「ぐほぁっ!?」
アテナに抱き締められた瞬間、身体に激痛が襲いかかる。
し……死ぬぅ! おいアテナ、俺を殺す気か!
悶絶していると、ミリアリアが助け船を出してくれた。
「ねぇアテナ、その辺にしといたほうがいいよ。トドメ刺しちゃう」
「す、すまない! しっかりしろ、ダル!」
「はぁ……はぁ……死ぬかと思ったわ」
俺から離れるアテナが申し訳なさそうに謝ってくる。
危なかった……もう一度アイシアの所に逝くところだったぜ。
「ったく、いつまで寝てやがんだボケ」
ペチンと頭を叩いてくるフレイ。
いつまでって……どういう意味だよそれ。
「俺はどれくらい寝てたんだ?」
「一週間程だ。全然起きないから心配したんだぞ、バカ」
「そうか……悪かったな」
涙目で言ってくるアテナに、素直に謝った。
一週間も寝てたのかよ……それにしてもよくあの傷で死ななかった~俺。我ながらしぶといというか何というか、悪運だけは強ぇみたいだ。
ふと思い出したように、アテナ達に問いかける。
「王都はどうなった……イザークは、【深淵】のモンスターは……ぐっ」
「落ち着け、ちゃんと一から全部説明するから」
興奮する俺の背中を優しく撫でるアテナは、思い出すように語り出す。
◇◆◇
「ゴアアアアアアッ!」
「はぁ……はぁ……」
アテナ達をダルの元へ向かわせ、代わりにブラックデーモンと戦うことになったエスト。
限界以上の付与魔術で強化するも、今まで戦ったモンスターの中でも最強の敵に苦戦してしていた。
状況は限りなく不利。死なないように時間稼ぎをするのが精一杯。
ソラやフウが居てくれたらもう少し善戦できていたかもしれないが、彼女達にはグレトラント侯爵と娘のティアナの護衛をしてもらっている。
「このままじゃ……!」
どうにもならない状況に焦るエスト。
体力も切れ、魔力も残り僅か。かと言ってブラックデーモン相手に打開する手立ては思いつかない。
万事休すとは、このことだろう。
「ゴアアアアッ!!」
「くそっ」
戦意を削ぎ落すような咆哮を上げるブラックデーモンがエストに襲い掛かる。
迫り来る死に、最後まで抵抗しようとエストが拳を握ったその時――空から一人の男が下りてきた。
「五月蠅いぞ」
「ゴアアア――……」
「えっ?」
一撃、たったの一撃だった。
男がブラックデーモンの頭頂部を殴ったかと思えば、エストがどれだれけ攻撃しても傷を負わせられなかった頑強な肉体を木端微塵に粉砕する。
ブラックデーモンは悲鳴を上げることすら許されず、謎の男の手によって屠られたのだ。
「あ、あの……」
信じられない光景を目の当たりにしたエストは驚愕したが、窮地を救ってくれたその男に感謝を伝えようと声をかける。
だがその男がこちらに振り向いた刹那、
「――っ」
心臓を鷲掴みされるような恐怖に心を支配され、開きかけた口が止まってしまう。
その男は、大柄な老人だった。
が、ただの老人ではない。使い古された外套から覗ける身体は、老人とは思えぬ二メートル超の屈強な肉体。竜のように荘厳な顔つきに、瞳の色は真っ赤に染まっていた。そして白髪の頭部からは二本の角が生えている。
恐ろしい外見もさることながら、その身から溢れ出ている濃密な魔力は人間離れしていた。
「あ……」
老人に一瞥されたエストは、ただただ息を殺していた。
動いたら殺される。生存本能がそう訴えかけてくるほど、老人の威圧感は凄まじい。
「嘘でしょ~、何で隠居していた筈のアレがここに居るのよぉ」
クレーヌと戦っていた『艶公』も、突如現れた老人に驚愕していた。
どうやら彼女は老人の事を知っているようで、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべている。
「予想外の展開だわぁ。イザークも死んだようだし、これは計画失敗ね。はぁあ、ここは退いた方が無難かしらね」
「おいおい、ワタシが見す見すとアンタを逃がすと思っているのさね」
「うふふ、貴女との戦いは全然燃えないし、ここは退かせてもらうわぁ。空間魔術!!」
「――っ!?」
クレーヌの周囲に多数のゲートが展開される。
そのゲートから剣に槍に斧といった、様々な武器が一斉に飛来してきた。回避は不可能と判断したクレーヌは、自分を覆うように強固な結界を張る。
攻撃は凌いだが、『艶公』の姿はどこにも見当たらなかった。
「ちっ、逃げられたさね」
自分を守る為に結界を張ってしまったので、『艶公』を閉じ込めていた結界を一時的に解除してしまった。その一瞬の隙を突いて、『艶公』は空間転移で逃げたのだろう。
最後まで奥の手を隠していたのもそうだが、潔い撤退と中々に食えない敵だった。
「……」
「フン」
クレーヌと『艶公』のやり取を黙って眺めていた老人は、飛ぶように空へと舞い上がっていく。その間ずっと息を殺し続けていたエストは、地面にへたり込んでしまう。
その直後、王都で暴れ回っていた残る三体の【深淵】のモンスターも老人の手によって屠られる。
こうして、迷宮教団の計画は失敗に終わり、王都滅亡は免れたのだった。
◇◆◇
「――といった感じだな。ダルの一撃でイザークは消滅し、【深淵】のモンスター四体は全部その老人が倒し、分が悪いと思ったのか『艶公』は逃げたそうだ」
「成程な……」
アテナから事の顛末を聞いた俺は、安堵するように息を吐いた。
そうか……イザークは死んだか。被害は甚大だろうが、王都も無事で良かったぜ。
それよりも……。
「【深淵】のモンスターを全滅させたっつうその老人は何者なんだ? ヤバ過ぎんだろ」
「詳しくは分からない。ただ、老人に助けてもらった冒険者が名を聞くと老人はこう答えたらしい」
『名前などない。強いて言えば、“原初の魔神”とでも言っておこう』と。
「はぁ? 何だそれ、魔神が人間を助けてくれたってのか?」
そう尋ねると、アテナは首を振って、
「わからない。その老人は角が生えていたが、魔神のように肌が青白い訳でもなかったようだ。ただ、あの凶悪なモンスターを一瞬で倒すほどの力を有しているのなら、魔神であるのも頷ける」
「ふ~ん」
原初の魔神ねぇ。
その老人が言っている事が本当だとすると、迷宮から生まれた初めての魔神ってことになるよな。
どんだけ長生きしているんだよって突っ込めばいいのか、何で魔神が人間の味方をしてるんだよって突っ込めばいいのか分からねぇな。
「ん?」
老人の正体について考えていると、ふと両手についている腕輪に目がいく。
あれ、いつの間に腕輪なんか付けたんだ? と不思議に思っていると、アテナが神妙な顔で口を開く。
「クレーヌさんが新しく作ってくれたんだ。それがないと、身体が持たないんだろ?」
「どうしてそれを……」
「ダルには悪いが、クレーヌさんから全部聞いたよ。ダルの過去をな」
「マジ~~~~~!?」
あの婆ぁ、何勝手に喋ってんだよ!
最悪だ~、よりにもよってこいつ等に知られるとかよ~。恥ずかしくて死んじまうだろうが。
「なに照れてんだよ気持ち悪ぃ。昔のことなんてどうだっていいだろーが」
「そうそう、大した話でもなかったしね」
「お前等な~、そういう問題じゃねぇんだよ~」
呆れた風に言ってくるフレイとミリアリアにジト目を送る。
クレーヌがどこまで話したか知らねぇが、本人にとっちゃ恥ずかしいんだよ。
俺はいじけたように毛布を被ると、三人に告げる。
「つ~かよ、俺なんかに構ってないで新しい仲間を探しに行けよ。こういっちゃなんだが、今ならソロになった冒険者を捕まえられるぜ」
「「はぁ~~」」
「な、なんだよそのため息は……」
「おいアテナ、このバカまだこんな事言ってやがるぜ」
「困ったものだな」
「ダルだから仕方ない」
おい、なんか俺のことディスってねぇか。
別に変なこと言った覚えはねぇぞ。
「あの時にも言ったが、私達はダルがパーティーを抜けることを許可していない。よって、ダルはまだスターダストの一員だ」
「はぁ……何だよそれ」
「テメエに勝ち逃げされたまま逃がしてたまるかよ。オレが勝つまで、パーティーを抜けるのは許さねぇぞ」
「ダルには沢山貸しを作ったからね。こき使ってあげるからそこんとこよろしく」
「お前等……」
三人の言葉に呆然としていると、アテナが優しい笑みを浮かべて、
「世界一の冒険者になるという“私達の夢”はこれからだろ、ダル」
「アテナ……」
“私達の”……か。
ったく、どいつもこいつも好き放題言いやがって。しょうがねぇガキ共だな、付き合わされるこっちの身にもなってくれよ。
まぁ……でもそうだな。
こいつらともう一度、諦めた夢を追いかけるのも悪くねぇかもしれねぇな。
「分かったよ、分かりました! かったりぃけど、もうちょいだけスターダストに居てやるよ」
「「「最初からそう言え、かったるい奴だな!」」」
「ぁ痛った!?」
この世には、人の数だけ物語がある。
「ミリィシスター! コレンがおやつつまみ食いしたー!」
「もうまた~!? コレンは今日のおやつ抜きだからねー!」
貧しくても日々を強く、楽しく生きようとしている者達の物語。
「おい、『皇魔』が死んだそうだな。お前のお気に入りだったのに残念じゃないか」
「あらあら、私がいつお気に入りと言ったかしら? まぁでも、彼で遊ぶのは愉しかったわ。魔神化のサンプルも取れたしね、うふふふ」
悪いことを企み、影で生きているような者達の物語。
「アナタがエストね! 私はカレンよ! この私がスターライトに入るんだから大船に乗ったつもりでいなさい!」
「あはは……よろしくね」
「大丈夫かしらこの人……」
「うん、きっと仲良くできるよ」
どん底から這い上がり、未来を向いて歩くような者達の物語。
――そして、
「さて、どこに行く?」
「ンなもん決まってんだろ! 迷宮だよ迷宮!」
「え~、面倒臭い」
「なぁ、一度クラリスに戻らねぇか」
「急にどうしたんだ?」
「あ~まぁな、お前等に紹介したい奴がいるんだよ。なんつ~か、顔合わせ的な?」
「そうか……なら行こう」
「しょうがねぇな、クラリスの迷宮で我慢してやるか!」
「嘘でしょ……また山登るの?」
アテナとフレイとミリアリア。
この三人を見て、アイシアはどう思うだろうな。
あいつのことだ、面白~いと笑ってくれるだろう。
「んじゃ、ボチボチ行くか」
――これは。
追放する側の物語だ。
完
ご愛読ありがとうございました!
いかがでしたでしょうか。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
俺たたエンドみたいな終わり方ですが、
個人的にはもうこれ以上一滴も絞れないくらい、出せるものは出し切ったと思っています。
ブクマ、いいね、感想、評価ポイントありがとうございました!
とても励みになりました!
それと、これまで誤字脱字を報告して頂いた読者の皆様。
本来作者がしっかりやらなければならないのですが、報告して頂いて本当に助かりました。
心よりお礼申し上げます。
書籍やコミックスの情報は、Twitterやマイページなどで告知せていただきます!
改めてまして、【追放する側の物語】を最後までお読みいただき、誠にありがとうございました!
モンチ02