104 スターダスト
コミックス第3巻本日発売です!
どうぞよろしくお願いします!
「お前もしつこい奴だな! さっさとくたばれ!」
「うるせぇな! テメエにだけは負けらんねぇんだよ!」
王都の街を舞台に、壮絶な戦いを繰り広げていたダルとイザーク。
どちらも昨日の傷が癒えてない中、肉体に鞭を打って戦っていた。
それでも限界は訪れる。
状態が芳しくないのはダルの方だった。昨日の戦いでイザークから受けた胸の傷は既に開いてしまっており、黒のインナーが鮮血に染まっている。
魔力も回復しきっていないまま戦っていたことで、最早身体強化魔術を施す魔力すら残っていなかった。
「はぁ……はぁ……」
身体はボロボロの満身創痍で、倒れていないのが不思議なくらい酷い有様。
何度も意識が飛びそうになっているが、その度に気合と根性で保っていた。
そんな死にかけのダルを見据えながら、イザークは怪訝そうな顔つきで尋ねる。
「分からないな、どうして俺の前に現れた。俺と関わらずに王都から逃げ出していれば、折角生き残った命を無駄にするような真似にはならなかっただろ。
まさか王都にいる人々を助けたかったのか? それとも、冒険者ごっこをしている小娘共を置いていけなかったのか?」
「はは……どっちもなくはねぇな。テメエから王都を滅ぼすなんてやべぇこと聞かされちまった日にゃ放っとく訳にもいかねぇし、ガキ共も放っとく訳にもいかなかった。けどな……本当はそうじゃねえんだ」
「何……」
ごふっと吐血するダルは、勝気な笑みを浮かべながらイザークに言い放つ。
「へへ……卑怯とはいえ、お前に負けちまったからよ。負けたまんまノコノコ逃げるなんてダセェことできねーだろうが。はぁ……はぁ、ただそんだけの話だ」
「ふっ、成程な。お前らしいよ……ならば望み通り決着をつけてやろう」
互いに剣を構える。
ダルは雀の涙しかない魔力を掻き集め、剣に全部乗せる。次の一太刀が本当の最後だ。
息を合わせたかのように地を蹴る二人は、持てる力を懸けた斬撃を解き放った。
「戦爪ッ!!」
「皇帝の一撃ッ!!」
白と黒の光が混ざり合い、拮抗する。
されど、軍配が上がったのはイザークだった。
「――っ!?」
ビシッとダルの剣に罅が入り、ガギンと鈍い音を立てて刀身が真っ二つに折れてしまう。
押し負けたダルは、斬撃波を浴びて吹っ飛ばされてしまった。
「ぁ……か……」
建物の壁に横たわるダル。
彼の側には、亡きウルドの剣が折れたまま転がっていた。イザークは折れた剣を見下ろしながら、瀕死のダルに近づいていく。
「そういえば、その剣は師の形見だったな。最後の最後で師に裏切られるとは、お前も可哀想な奴だ」
「……」
「今度こそお別れだ、ダル」
(悪ぃアイシア……俺もそっちに行くみたいだ)
トドメを刺そうと剣を振り上げるイザークに、ダルは最愛の人に謝りながら瞼を閉じた。
アイシアを失って、何度自死を考えたか分からない。
でもその度に、自分の為に命をくれたアイシアの想いを無駄にしてはいけないと踏み止まって、例え無様でも生きようとしてきた。
死んでしまったアイシアの分まで、生きようと。
けど、それはもう無理みたいだ。
(じゃあな、ガキ共)
「死ね」
振り下ろしたイザークの剣が、ダルの首を斬り落とそうとした刹那――、
「緋閃!」
「氷結魔術!」
「竜の息吹!」
「何っ!?」
緋色の斬撃が、氷結の雨が、竜のブレスが真上からイザーク目掛けて降り注いでくる。
間一髪回避して大きく距離を取ったイザークは、何事かと邪魔者を睥睨した。
「あっぶねぇ、ギリギリ間に合ったぜ。っておいダル、何寝てんだよテメエ」
「しっかりしろ、ダル!」
「これ死んでないよね? とりあえず回復してみるけどさ」
「貴様等は……」
倒れているダルに寄り添う三人の少女達にイザークは目を見開いた。
確かそう……スターダストとかいう、今のダルの仲間達だった。
(んだよ……うるせぇな)
意識を失いかけていたところを、ギャアギャアと騒がれて胸中で愚痴を吐くダルは、ゆっくりと瞼を開けた。
「あっ、生きてた」
「良かった……」
「ちっ、面倒かけやがってよ」
(おいおい……嘘だろ。夢でも見てんのか?)
アテナ、ミリアリア、フレイ。
彼の周りにいる三人を目にしたダルは、幻覚でも見ているのかと正気を疑う。
が、彼女達は夢でも幻でもない。全て現実に起きていることだった。
「お前等……何で……」
「何でもクソもあるか。テメエがダラしねぇから助けに来てやったんだよ」
「はっ?」
助けに来た? アテナ達が?
全くもって意味が分からない。どうして三人がここに居る。
呆然としているダルに、アテナが柔らかい笑みを浮かべて、
「私達は仲間だ。仲間が危ない目に遭えば助けに行くのは当たり前だろう。ダルだってあの時そうしてくれたじゃないか」
「仲間って……俺はパーティーを抜けるって言った気がするんだけどな」
「ダルが勝手に言っただけ。アタシ達は許可した覚えないし」
してやったり顔でニヤリと口角を上げるミリアリアに「マジかよ」と呟くダル。
一方的に突き放したのにも関わらず、助けに来てくれたのは素直に嬉しいし感謝もしている。
だけど、自分の戦いに三人を巻き込む訳にはいかない。
「さっさと……逃げろ、お前等が敵う相手じゃねぇんだよ。マジで死んじまうぞッ」
「逃げろだ? はっ、笑わせんなよ。オレは相手が誰であろうと逃げねーよ。それはテメエも知ってんだろうが」
「後は私達に任せてくれ」
そう言って、アテナ達はイザークと対峙する。
後一歩の所でダルを始末できたのに邪魔をされたイザークは、眉間に皺を寄せながら口を開いた。
「よくも俺とダルの戦いに水を差してくれたな。生きて帰れると思うなよ小娘共」
「相手はプラチナランクの冒険者だ。出し惜しみをしている暇はない、最初から全力でいくぞ」
「当たり前だボケ、ぶっ殺してやる」
「アイツ倒したら、アタシ達がプラチナになんないかな」
格上のプラチナランク冒険者、【皇帝】のイザークを相手にアテナ達は全く臆していなかった。
アテナは剣を構え、フレイは腰を落とし、ミリアリアは瞑想する為に瞼を閉じる。一瞬の静寂が空気を包み込む中、アテナが叫んだ。
「行くぞ!」
ダンッと地を蹴り、アテナとフレイが同時にイザークへと接近する。
瞬く間に肉薄すると、同時に攻撃を仕掛けた。
「はぁああ!」
「オラァア!」
「ちっ!」
右側から放たれる斬撃を剣で受け止め、左側から迫る蹴りを腕で受け止める。
息つく間もないアテナとフレイの猛攻に、【皇帝】は防戦を強いられてしまう。
アテナは疾く、フレイは重い。
単純に二人の実力を見誤っていたのもあるが、それでも格上であるイザークが押されてしまう理由は他にあった。
(攻撃に一切の迷いがない、思考が繋がっているのかこいつ等!?)
アテナとフレイの攻撃には躊躇がなかった。
一歩間違えれば誤爆してしまいそうなこの近距離で、口頭や目配せをせずに攻撃を仕掛け、又は互いをカバーし合っている。
それはまるで、相手の考えていることを全て分かっているようだった。
「「はァあアあアあアッ!!」」
“呼吸が合う”。
肉体と思考ではなく、魂が共鳴し合うような極限の連携。
魔神と戦った時、偶然にもアテナとフレイはこの境地に至っていた。
が、今は偶然でも何でもない。
クラリスを出て王都に向かう旅の途中で、二人は毎日模擬戦をしてきた。互いに認め合う仲間でもあり、切磋琢磨し高め合うライバルでもある。
そんな二人は、連携に於いて最も重要である“信頼”を積み重ねてきた。
だからこそ、極限の連携を必然に生み出せる。
そしてその信頼は、二人だけに限らない。
「精霊召喚――来て、トム!」
「君の為に力を貸そう、ミリアリア」
ミリアリアの肩に現れるカブトムシは、彼女の故郷に居た上位精霊のトム。
止まることを知らず強くなっていくアテナとフレイに置いていかれないようにと、ミリアリアも新しい事に挑戦していた。
そんな時、訓練で世界と『同調』していたら懐かしきトムの声が聞こえたのだ。
遠く離れていても、僅かの間だが『同調』によってトムを召喚することができた。それは精霊に愛されたエルフであり、類まれな魔術の才能を持つミリアリアだからこそ成し得る芸当。
「行くよ、トム」
「任せて」
ミリアリアとトムの魔力が溶け合うように集束する。
その膨大な魔力を解き放つ為に彼女が両手を翳した瞬間、何も口にしていないのにアテナとフレイが射線から離れるように大きく距離を取った。
「精霊魔術」
暴風が巻き起こる。
――否、最早それは暴風と呼べる代物ですらなかった。
ミリアリアとトムから解き放たれたソレは、一筋の極光となりてイザークへと驀進する。
「ぐ……おぉおおおおおおおお!!」
光の如く迫ってくる攻撃を回避するには間に合わないと判断したイザークは、咄嗟に剣で受け止める。
両腕がもぎ取れてしまいそうな衝撃に耐え、咆哮を上げながら上空に受け流した。
しかし、イザークには休む暇は一瞬も無い。
ミリアリアが精霊魔術を放っている間に、アテナとフレイが必殺の攻撃を繰り出す準備を整えていたからだ。
左手を添える右拳に魔力を込めていたフレイの身体が真っ赤に燃える。
竜の翼を羽ばたかせ、低空飛行のまま凄まじい勢いでイザークに猛進する。
――その姿はまるで、荒れ狂う暴竜のようだった。
「竜の拳撃ォォオオオオオオオオオッ!!!」
爆炎を纏う右拳を真っすぐに突き出す。
放たれた拳をイザークが左腕で受け止めると、けたたましい轟音が響き渡った。
「ッオオオオオオオオオ!!」
「お……おおおお!!」
渾身の一打であっても、未だイザークの足を下げることは出来てない。が、スターダストにはまだ一人残っている。
「――ッ!!」
剣を鞘に仕舞い、腰を深く落として全身に魔力を行き渡らせていたアテナ。
金色の光を纏いその身が閃光と化した彼女は、イザークに肉薄すると凄まじい速度で鞘から剣を抜き放った。
「星屑の閃光ァァアアアアアアッ!!!」
音を置き去りにした光の斬撃がイザークに強襲する。
イザークは剣で受け止めるも、アテナとフレイの攻撃に耐えきれず初めて足が後ろに下がった。
「ぐ……おっ」
「「おオおオおオおオおオおオおオおオッ!!!」」
「お――ぉおおお!!?」
そのまま押し込む。
裂帛の声を迸るアテナとフレイ。金と赤の閃耀は激しさを増し、イザークの身体を浮かせ押し込んでいく。建物の壁に衝突するも、それでも手を緩めず二人で前へと進む。
ドンッドンッと建物を破壊しながら押し込まれたイザークは、鬼のような形相を作り、
「調子に乗るなよ小娘共がぁぁあアアアッ!!」
憤怒の叫びを上げるイザークの肌が青白く染まり、頭部に角が生える。
魔神と化したイザークは、膨大な魔力を解き放った。
「皇帝の一撃!!」
「「――っ!?」」
漆黒の斬撃破に押し返された二人は、成す術もなく吹っ飛ばされた。
次いで、間髪入れずにミリアリアへと斬撃波を放つ。
「ミリアリア!」
「ぐぁっ!」
トムが前に出てミリアリアを守ろうとするも、圧倒的な威力に掻き消され、ミリアリアごと吹っ飛ばされたしまった。
「ハァ……ハァ……雑魚共が煩わしい真似を――ぐっ!?」
三人を無力化したイザークだったが、身体に走る激痛に呻いてしまう。
体力も魔力も疲労した状態での強引な魔神化は、彼の身体を蝕んでいた。下手したら肉体が崩壊していた恐れがあった為使いたくなどなかったが、アテナ達を蹴散らす為には仕方がなかった。
「く……ぁ」
「クソ……が」
「うっ……」
「アテナ、フレイ、ミリアリア……」
地面に這い蹲るダルは、倒れている三人を見て奥歯を噛み締めた。
このままでは自分を助けようとしたばかりに、アテナ達が殺されてしまう。
それだけはあってはならない。しかし――、
「何寝てんだよ……動けよ!」
身体が言う事を聞いてくれない。
師の剣は折れ、魔力は尽き、血に塗れる肉体はピクリとも動かない。生きているのがおかしい状態で、戦う力など欠片も残っていなかった。
「終わりだ……ダル。仲間と共にあの世へ葬ってやる」
(頼むぜ神様……少しでいい、あいつ等だけでも助ける力をくれよ)
トドメを刺そうとイザークが魔力を高める中、ダルは神に祈った。
奇跡でも何でもいい。誰だっていいから、立ち上がる力を分けて欲しい。
図々しいことだとは分かってる。
神に祈るのは、コレットが死んだ時で最後のつもりだったけど。
自分はどうなってもいいから、三人を救えるだけの力を分けてくれ。
「しょうがないなぁ、ちょっとだけだよ」
「アイ……シア?」
声が聞こえた。
愛おしい彼女の声が。
――刹那、夜空から飛来してきた黄金の剣がダルの眼前に突き刺さる。
「何で……」
「どうなっている……何故聖剣がそこにある!?」
突如飛んできた黄金の剣に、ダルとイザークが目を見開く。
地面に突き刺さっているその剣は、アイシアがくれた剣だった。
でもどうして、彼女の墓に供えてあった筈の剣が今ここに現れる?
「はは……ありがとよ」
そんな事は分かりきっているし、考える必要はないだろう。
ダルの祈りが届き、アイシアが力を貸してくれた。ただそれだけの話だ。
黄金の剣――聖剣を目にしたダルの身体に活力が溢れてくる。
立ち上がって聖剣を手に取ると、ダルの身体が眩く光輝いた。
「死して尚、ダルを愛し続けているのか……アイシア!」
「知らなかったのか? アイシアは意外としつこいんだぜ」
「ダルーーーーーーーッ!!」
最後の一撃を放とうと二人が力を溜めているその時、
「もうやめてダル! お願い!」
突如割り込んできた人形のアイシアが、両手を広げてダルの前に立ちはだかった。
一瞬躊躇したダルだったが、
「「「お前はすっこんでろ!!!」」」
アテナとミリアリアとフレイが放った攻撃に、人形は跡形もなく砕け散ってしまう。
「お前等……」
「「「行けぇぇええ、ダルッ!!」」」
「おう!!」
己を阻む者はもう何もない。
仲間の声援に応えるダルは、聖剣を大きく振り上げた。
「皇帝の裁きッ!!」
イザークの剣から放たれる漆黒の斬撃波。
迫り来る暴虐の奔流に、ダルも光輝く聖剣を振り下ろす。
「神滅戦爪ッ!!」
魔を祓う光の斬撃は、闇の波濤を真っ二つに斬り裂いたのだった。




