102 王都燃ゆ
「王様ぁあ! 大変です王様!」
「どうした宰相、何を騒いでおる」
ドンッとけたたましく扉を開いて王室に入ってきた宰相に、バロンターク王国の王であるバロンターク八世が眉間に皺を寄せながら問いかける。
すると、宰相は酷く慌てた様子で答えた。
「大変です、街中にモンスターが現れました!」
「何だと!?」
「外をご覧になってください!」
衝撃の事実を告げられた八世は、宰相と共にバルコニーから街並みを見下ろす。
「「ギャアァァアア!」」
「何でモンスターが居るんだよ!?」
「きゃあああああ!」
「た、助けてくれぇぇええええ!」
「なんという事だ……」
モンスターの雄叫び、人々の悲鳴、至る所の建物から火が上がっている。
夕焼けに染まる王都の街は、阿鼻叫喚の大混乱に陥っていた。凄惨な光景を目にした八世は、顔を驚愕に染めながら宰相に怒鳴る。
「何故王都にモンスターが居るのだ!? 原因は何だ!?」
「わ、わかりません。前触れもなく、突然モンスターが現れた模様です。王様、どう致しますか」
「直ちにモンスターを排除するんだ! 騎士団を動員し、ギルドに連絡して冒険者にも協力要請をかけろ。民間人はギルドや教会に退避させるんだ! 場所がなければ王城でもいい、急げ宰相!」
「は、はい! かしこまりました!」
八世から命令を与えられた宰相は、踵を返して王室を出ていく。
「何故こんな事が起きているのだ……」
大量のモンスターが何の前触れもなく王都に現れるなどあり得ない。
必ず原因がある筈だ。だがこんな大規模なこと、誰がどうやって、何の意図があって行っているのか見当もつかない。
玉座に腰掛け頭を抱えていると、一人の男が眼前に現れた。
「ごきげんよう、王様」
「お、おおイザーク殿!」
にっこりといつも通り爽やかな笑みを浮かべるイザークに、八世が喜々の声を上げる。
王都一番の冒険者パーティーワールドワンのリーダーにして、プラチナランクの【皇帝】イザークと八世は懇意の関係にあった。
だから“何故このタイミングでイザークがこの場に現れたのか”という疑問は、八世の頭に浮かんでこない。
この非常事態に都合よく現れてくれた王都一番の冒険者に力を借りようと、八世がイザークにお願いする。
「聞いてくれイザーク殿、今王都の街にモンスターが現れて暴れ回っているのだ」
「へぇ、そうですか」
「事態の収束に是非そなたの力を貸して欲しい!」
「申し訳ございません王様、その願いは引き受けられません」
「はっ……?」
まさか断られるとは思ってもみなかった八世が愕然としていると、イザークが腰に差してある鞘から剣を抜いて剣先を八世の眉間に突き付ける。
「こ、これはいったい何の真似だ……イザーク殿」
「見ての通りですよ、貴方は俺に殺されるんです」
「――っ!? もしやこのモンスター騒動はそなたの仕業なのか!?」
「流石は王様、ご明察です」
「なんという事だ……」
彼が冗談でこんな真似をする人間でないことは、これまでの付き合いで分かっている。
だからこそ解せない。冒険者の代表として、王国に尽くしてくれたイザークがこのような謀反を引き起こしたのか。
「いつからだ……何の為に国を焼こうとする……」
「今から死ぬ貴方に教える必要はありませんね」
死ぬ前に理由だけでもと尋ねたが、イザークは答えてくれなかった。
まさか一番信頼していた冒険者に裏切られるとは……と、八世は無念なる思いを胸中に抱く。
「さらばです、バロンターク八世」
淡々と告げて、イザークが剣を振り下ろす。
――が、その剣先は八世に届かなかった。
「危っぶねぇ、ギリギリ間に合ったぜ」
「ダル!?」
振り下ろした剣を受け止め、間一髪八世の命を救ったのはダルだった。
予想だにしない人物の登場に驚愕するイザークと八世。イザークは亡霊でも見えているかのような表情でダルに問いかける。
「お前……生きていたのか」
「ああ、この通りな!」
「ぐっ!」
ダルが強引に押し払うと、イザークはたたらを踏みながら後退する。
八世を守るように立つダルを睥睨した。
いったいどうなっている。
致命傷を負った身体でダンジョンから脱出したとでもいうのか。
そんな事は不可能だ。だが、腹が立つことにダルならばやってのけるかもしれないとイザーク自身が納得してしまっている。
「はっ、お前もしぶとい奴だな。どうして俺がここに居ると分かった」
「お前を探してたら突然街にモンスターが現れたからよ、このタイミングで動くと思ったぜ。そしたら微かにお前の魔力の反応を感じたって訳よ」
アテナ達に別れを告げたダルは、ずっとイザークを探していた。
魔力を探知する魔術を使っていたが、反応は一向に無い。そんな時、突然王都にモンスターが現れた。
イザークが行動を開始したと気付いたダルは、行き先が王城ではないかと予想し的中した。
「今度こそ決着をつけようぜ、イザーク」
「いいだろう……引導を渡してやる」
剣を構える二人は、同時に敵へと駆け出す。
激しい剣戟を繰り返しながら、戦いの舞台は王室の中から外に移った。
「動きが鈍いんじゃないか! まだ傷も癒えてないだろう、それに魔力も回復していないようだな!」
「はっ、それはテメエも同じだろうが!」
建物の屋根を飛び移りながら、ダルとイザークが剣を交える。
互いに昨日の激闘による疲労は癒えていない。しかし、それを感じさせない動きを見せていた。
「その格好はどうした! 随分と懐かしいが、あの頃に戻りたくなったのか!」
「そんなんじゃねぇよ! テメエにやられて着る服がこれしかなかっただけだ!」
鍔迫り合いの中、ダルが胴蹴りを放つ。
お返しと言わんばかりに、イザークが火炎魔術を放った。火炎の中を突っ切って斬撃を放ってくるダルに、イザークもまた剣を振るう。
「どうして王都を滅ぼす!? 迷宮教団は何を企んでやがんだ!」
「新たな迷宮を作り出す。その為にこの国には滅びてもらうのさ!」
「迷宮を作り出すだと!?」
驚愕するダルの隙を突いて、イザークが出力を上げて斬り払う。吹っ飛ばされたダルは、建物の屋根に背中から激突した。
剣を支えに立ち上がるダルに、離れた屋根の上にいるイザークがダルを見下ろしながら口を開く。
「基本的に、迷宮は“魔脈”が通っている地に自然と出現する。だがそれ以外にも、人為的に出現することがある」
「人為的だと……」
「大古の遺跡、亡国の跡地などがそうだ。災害や争いによって一瞬の間に多くの命を失うと、行き場のない魔力が大地に降り注ぐ。その膨大な魔力によって迷宮が生まれるんだ」
イザークの話を聞いて腑に落ちたダルは、険しい顔を浮かべながら問うた。
「じゃあ何か、テメエ等の狙いは王都を滅ぼして新たに迷宮を生み出そうってのかよ!?」
「そうだ。王都に住まう多くの人間の命と魔力を生贄にして、王都周辺にある四つの迷宮を合わせて大迷宮を作る。それが俺達の計画だ」
「ふざけろ! そんな事して何になる? 人を殺してまで迷宮を作りたがる理由がわからねぇんだよ!」
「それをお前が知る必要はない」
「イザーク!」
ダンッと屋根を蹴ってイザークに飛びかかる。
怒涛の斬撃を繰り出しながら、ダルは怒号を上げた。
「モンスターを街中に放って人々を襲わせる。このやり口は武芸者の町もそうだった。つー事は、テメエは武芸者の町も滅ぼして迷宮を生み出すつもりだったのか!?」
「その通りだ! といってもあそこは、本丸を落とす為のデモンストレーションに過ぎなかったがな!」
「デモンストレーションだと!? あそこにはパイ爺さんやメイメイだって居るんだぞ!?」
「それがどうした、俺には関係ない」
「――っの野郎!!」
世話になったパイ師範とメイメイの命など知ったことかと一蹴したイザークにブチ切れたダルは、魔力を乗せた斬撃波を放つ。剣で防御するも、耐えきれず吹っ飛んだイザークは建物の壁にめり込んだ。
「はぁ……はぁ……お前の計画は杜撰だぞ。王都には騎士団も居れば強者の冒険者だって沢山居る。ただのモンスターに遅れを取ることはねぇ」
「確かに王都の冒険者はレベルが高い。だが、“ただのモンスターでなかったらどうだ”? 例えばそうだな……【深淵】のモンスターとかはどうだ」
「はっ?」
イザークの言葉に困惑した刹那、王城周辺の上空に四つの魔法陣が展開される。
魔法陣から解き放たれた四体の凶悪なモンスターは、竜種に悪魔種とモンスターの中でも最上位に位置する化物だった。
その四体のモンスターが王都を蹂躙し始める中、イザークは前髪を掻き上げながら告げる。
「未だかつて誰も踏破したことがない超難関の特級ダンジョン、【深淵】。その魔宮に潜むモンスターは、どれもが迷宮主に匹敵し得る凶悪なモンスターだ」
「まさか……お前が【深淵】を攻略していた理由は……」
「察しの通りだ。この計画を遂行する為にアスタルテ――いや『艷公』のゲートを配置する為に潜ったんだよ。とは言っても、流石の俺でも中層までしか辿り着けなかったけどな。それでも、王都の冒険者を殺すには十分だろう」
「テメエ……イザークーーーーーーーッ!!」
「ハハハハハッ! さぁ来いダル、王都が滅ぶかお前が死ぬか、どちらの命が先に終わるだろうな!!」
轟々と唸る戦火が暗い夜空を灯す中、ダルとイザークは最後の闘いを繰り広げるのだった。




