101 イザーク(後編)
「くそ……アイシア……ッ」
(まさか魔神に勝つとはな……流石だよダル)
ベッドの上で項垂れるダルを見下ろす俺は、予想外の展開に驚いていた。
『迷王』に会い、魔に魂を売って迷宮教団に入った。
そしてダル達との繋がりを全て断ち切る為に、これまで共に過ごしてきた大切な仲間を殺すことに決めたんだ。愛するアイシアまでも手にかけることになったが、永遠に手に入れられないのなら消してしまえばいい。
どんな手段で三人を消すかは、『艷公』の言う通りにした。
クレーヌの言葉に迷うダルを説得し、ダンジョンの最奥まで連れて行く。そこに待ち受けていたのは、迷宮から生まれる怪物――魔神だった。
まさか魔神を用意するとは思わなかった。
人類の敵であり、絶対に共存しえない魔神を手懐ける迷宮教団の力に脱帽してしまう。
魔神に蹴り飛ばされた俺は、そのまま気絶するフリをして成り行きを見ていた。
(アイシアが消えた? 何をしたんだ!?)
ダル達が魔神に殺される場面を眺めていた時、予想外の展開に目を見開く。
魔神の一撃によって重傷を負うダルに近づいたアイシアが何かをすると、身体が光に包まれて消滅してしまったのだ。
傷が塞がったダルは静かに立ち上がり、一度も使った事がなかった黄金の剣――後に聖剣だと『艷公』から伝えられた――を抜いて魔神と戦う。
魔神をも圧倒する凄まじい魔力で、ダルは魔神を倒してしまった。
まさか魔神を倒してしまうとは思いもしなかった。
ダル……やはりお前は特別なんだな。
その後、意識を取り戻すフリをした俺とクレーヌで、力を使い果たして気絶したダルを抱えながらギルドに帰る。ダルの意識が回復した数日後、俺はダルの顔を見に来た。
(酷いザマだな、ダル。けど俺は、そんなお前の顔を見たかったんだ)
愛する人を失ったダルは、抜け殻のように死人同然の顔をしていた。
目は虚ろで、頬は痩せこけ、いつ自害してもおかしくない様子だった。
光輝いていた面影は一切なく、その姿を目にした俺の心は満たされる。
そこでこう考えた。
敢えてダルを殺さず、このままアイシアを失った後悔と罪悪感を背負わせ、藻掻き苦しみながら生かしてやろうとな。それがダルに対する最大の復讐だった。
「ダル、これからどうする? まだ世界一の冒険者を目指すか?」
「無理だ……俺にはもう、そんな夢を抱き続ける力はねぇ」
「そうか、ならワールドワンは俺が引き継ぐ。構わないか?」
「ああ……勝手にしてくれ」
どうでもいいと言わんばかりに吐き捨てるダル。
ずっと抱いていた世界一の冒険者になるという夢を諦める。
それほど、ダルにとってアイシアの存在は大きかったという事だろう。
「ちょっとイザーク、薄情なんじゃないさね。アイシアが死んだってのに、アンタは悲しくないのかい」
部屋を出るとクレーヌが声をかけてくる。
俺は悲しんでいる顔を作りながら、こう答えた。
「悲しくない訳ないだろう。俺だってアイシアを愛していたんだ」
「なら――」
「だが、一番悲しいのはダルだろう? なら俺が悲しんだ所で仕方がないじゃないか。死んでしまった人間は生き返らない。なら俺は前を向いて進むさ」
「……」
「お前はどうするクレーヌ。俺とワールドワンに残るか?」
「いいさね、ワタシはダルの夢が叶うか見たかっただけ。ダルとアイシアが居ないなら冒険者をする意味はもうないよ。王都でひっそりと魔道具の店でも開くさね」
「そうか、ならここでお別れだな。世話になった、クレーヌ」
さらばだ、ダル。
もう二度と会うことはないだろう。
どうかそのまま、無様に苦しみながら生きてくれ。
◇◆◇
ワールドワンとの繋がりを全て断ち切った俺は、冒険者の活動を続けつつ迷宮教団の仕事も熟していた。
まず最初にキャラを変えた。
無口で堅苦しい騎士から、明るく爽やかな青年を演じる。そちらの方が誰からも好かれ、周りからの印象が良いからだ。
『艷公』をアスタルテとしてワールドワンに加え、さらに迷宮教団から人員を確保して新生ワールドワンを作る。
王都にある三つの上級迷宮を踏破し、【皇帝】という二つ名をつけられた俺は最高峰の肩書であるプラチナランクに昇格した。
その裏で迷宮教団の活動をしていた俺は、成果を認められたことと幹部の『七凶』が一人死んだことで、穴埋めとして『七凶』に加わり『迷王』から『皇魔』の名を授かった。
表の顔は、王都一番の冒険者パーティーワールドワンのリーダーであり、プラチナランクの【皇帝】。
裏の顔は、迷宮教団『七凶』が一人、『皇魔』として暗躍していた。
ダル達と別れて三年。
もうあの頃の記憶が完全に消え去ろうとした頃、信じがたい光景を目にする。
「ダル……王都に来ていたのか!?」
生きる意味と気力を失ったダルは、一人王都を離れたことは知っていた。
どこかで苦しんでいるだろうと思っていたダルは、再び冒険者として王都に舞い戻ってきていた。
それどころか三人の小娘に囲われて、苦しみから解放されたかのように楽しそうな面をしているじゃないか。
(ふざけるな!)
俺がお前を殺さず生かしたのは、アイシアを失った後悔を一生抱えて無様な生涯を遂げさせる為だ。お前が人並みの幸せを掴むのは、断じて許さない。
薄れかかっていた憎しみと怒りが一瞬で甦った俺は、今度こそこの手で引導を渡すことを決めた。それも、ダルが最も苦しむやり方でな。
まだ王都に居るクレーヌに最後の頼みだとお願いし、アイシアの自立型魔導人形を作ってもらう。それをわざとダルに見せつけ、奴の心を惑わした。
「ダル……? ダルじゃないか!?」
「さぁ、そんな名前は知らねぇな」
「ははは、とぼけるなよ。見た目は随分変わってしまったが、俺がお前の顔を忘れるはずがないだろう。いや~、久しぶりじゃないか。何年ぶりだろうね、暫く合わない内にすっかりおっさんっぽくなったじゃないか」
三年ぶりにギルドで会ったダルは、輝いていたあの頃とは風貌が変わっていた。
どこにでもいるおっさんのようなダルに今の俺との格差を見せつけた時、遠い存在になった目で俺を見るダルに何よりも得難い幸福を感じる。
そうだダル、お前も俺が味わった虚しさと苦しみを味わえ。
充分に満足した俺は、笑顔を作りダルにこう言った。
「ダルに、かつての仲間にそう言って貰えて嬉しいよ。当分の間は王都にいるんだろ? どこかで飲もうか」
「おう、奢ってくれるならな」
「はは、勿論さ。それじゃあ、用事があるからこれで失礼するよ」
次会う時が本当の最後。
そして準備を終えた俺は、『艷公』に手を借りてダルを迷宮の中に誘き寄せた。
「やぁダル、待っていたよ」
「――イザークッ!?」
ダルに真実を語るが、戦う理由が無いと抜かす奴を焚きつけて二度目の剣を交える。
三年の間時が止まっていたのにも関わらず、ダルは今でも強かった。『迷王』から力を与えられ、この三年でさらに力をつけた俺に食い下がってくる。
やはりお前は天才だよ。もしあの時アイシアを失わずに世界一の冒険者を目指し続けていたら、いったいどれだけ高みに登っていたんだろうな。
それこそ、世界一の冒険者になっていたかもしれない。
だが、お前の力はこんなものじゃないんだろう?
「ダルを馬鹿に出来たことだし、そろそろお喋りはここまでにしておこうか。ところでダル、何を呑気に突っ立っている。さっさと本気を出してみろよ」
「テメエこそ何言ってやがる。俺は最初から本気だっての」
「とぼけるなよ、“あの時”魔神を殺した力を出せと言っているんだ」
魔神を倒した奇跡の力。
アイシアから譲り受けたその力を越えて、初めて俺はお前を凌駕する。
力を解放することを躊躇するダルを煽るように、嗤いながら告げた。
「そんなに出しシブるんなら、お前の連れの女達を殺してやろうか? そーだな……あの金髪の女の心を壊して貴族にでも売ろう。中々に麗しい見た目だったし、さぞ高く売れそうじゃないか」
「テメエ……そこまで外道に堕ちやがったのか!?」
外道に堕ちた……か。
違うな。俺は自分に正直に生きる為に、悪魔に魂を売っただけだ。
「なんとでも言えばいいさ。さぁどうするダル、お前が力を出さないのなら俺は本気でやるぞ?」
「やってやるよ。お前の望み通り本気でやってやる」
そしてダルは力を解放した。
魔神をも超越する凄まじい魔力量。それこそ化物染みていた。
「そうだ……その力を見たかったんだ。やはりダル、お前は特別だよ。だが残念だな……特別なのはお前だけじゃないんだ」
「何を言って……」
迷宮教団が何度も人体実験を重ねて開発した魔神化の薬を飲み込む。
刹那、全身に膨大な魔力が溢れると同時に身体にも異変が現れた。
(ああ……いい気分だ)
魔神の力に呑まれない強靭な肉体と精神を兼ね備える選ばれた者のみしか至ることができない領域。
一時的に魔神の力を得られる魔神化。
その姿になった俺と、力を解放したダルとの最後の決闘。
「覇軍戦爪ッ!!」
「皇帝の裁きッ!!」
その行方は、俺の敗北にて決着となった。
『迷王』に力を与えられ、この三年間鍛え続け、さらに魔神化になってもダルには届かなかった。
だが、ダルは俺を庇うアイシアを斬れず振り下ろした剣を止めてしまう。
――そうだよな、ダル。
「が……ぁ……かはっ……」
「ははは……偽物であると分かっていても、お前には愛しいアイシアを斬ることはできなかったようだな」
「テメエ……」
這いつくばるダルを見下ろす。
こういうのを何と例えるんだったか。
ああ、あれだ。勝負には負けたが、試合には勝ったという事だな。
頃合いを見計らったかのように『艷公』が現れる。
どうやらダルは『艷公』のことを知っているようだった。この女、俺にまで黙っていたな。やはり侮れん奴だよ。
何故『艷公』と共にいるのかと問いかけてくるダルに、俺は正体をバラす。
「どうもこうもないさ。俺はワールドワンのリーダーであり、プラチナランクの冒険者【皇帝】のイザークでもあり、そして……『迷宮教団』の『七凶』が一人、『皇魔』でもあるんだよ」
「『七凶』!? 『皇魔』!? ぐっ……!」
「テメエ等……いったい何を企んでやがる」
「話す必要はないが、死ぬ前に教えてやるよ。俺達は王都を滅ぼす」
「王都を滅ぼすだって!? うぐっ……」
「話は終わりだ。行こうか、『艶公』」
「あら~、トドメを刺さなくてもいいのかしらぁ?」
「いいさ、その傷ではもう持たないだろう。それかモンスターに喰われてお終いだ。モンスターに育てられたダルの結末が、モンスターに喰われて終わるならそれもまた本望だろう」
「貴方がいいなら構わないけど~。残念ねぇ、私ももう一度貴方と戦ってみたかったわぁ。さようなら、しがない冒険者さん」
「待て、待ちやがれ!!」
死にかけながらも必死に手を伸ばしてくるにダル、今度こそ最後の別れを告げる
「さらばだダル、生涯最高にして最悪の親友よ」
◇◆◇
ダルを殺したその日の夜。
王都滅亡の作戦準備を終えると、忽然と現れた『艷公』に話しかけられる。
「そういえば、どうしてあの坊やを迷宮教団に誘ったのかしらぁ」
「ああ……エストのことか」
「そうよ、貴方にしては珍しいと思ってねぇ。何か考えがあるのかしら? それとも単に貴方のお眼鏡に適ったのかしらぁ? 気になるわぁ」
「はっ、まさか! 確かに付与魔術は珍しい魔術で利便性はあるかもしれんが、ただそれだけに過ぎん。使い手の彼自身は余りにも平凡だ。魔力量も才能も欠片も無い。他では通用しても、王都では頭打ちになるだろうな」
鼻で笑って否定すると、『艷公』は首を傾げ、
「おかしいわねぇ……ならどうして誘ったのかしら?」
「彼は俺と似ている……いや同じだからだ」
「同じ?」
ギルドでダルに会った時、エストはダルのパーティーと揉めていた。
彼がその中の金髪の娘に嫉妬の感情を抱いているのはすぐに分かった。恐らくあの場に居た者の中で、俺だけが彼の感情に気付けただろう。
ダルと関わりのある者に興味があった俺は、迷宮教団の情報網を使ってエストの事を調べた。
すると面白いことが判明した。
エストは元々ダルのパーティーに居たが、足手纏いの腰巾着と呼ばれていたらしい。
そして遂にはパーティーから追放されることになった。
しかし彼はそこから這い上がった。どんな理由で成長したのかは分からんが、新しい仲間とギルドを作り、ゴールドランクに昇格し二つ名もつけられる。
「嫉妬や怒りの感情はマイナスだけに働く訳ではない。人間にとって一番の成長材料にも繋がる。後はそれをどう扱うかが鍵になってくる。ならば、誰かが道を示してやるだけだ」
「ふ~ん、それが貴方って訳ねぇ」
「ああ。彼も『迷王』様から力を与えられれば、それなりの力をつけられるだろう。そして迷王教団にとって忠実な僕になるという訳だ」
「気になって聞いてみたけど~、なんだかつまらない話ねぇ」
「何だと?」
「それってただの同情というか、彼を自分に重ね合わせているだけでしょう? というより……」
『艷公』は厭らしく嗤い、こう言った。
「あの坊やにも自分のいる場所に堕ちて欲しいのかしら。悪の道を選んだ自分達は正しいのだと、傷の舐め合いがしたくてね」
「貴様……」
「あらぁ、怒っちゃったかしら? うふふふ、冗談よ」
可笑しそうに笑う『艷公』。
傷を舐め合うだと? 誰がそんな愚かな真似をするか。
「そんな事より、計画の準備は終わったんだろうな」
「勿論よ、いつでもいけるわぁ」
「ならば明日、作戦を決行する。この王都を火の海で満たし、四方にある迷宮と合わせて新たに巨大な大迷宮を作り出す」
王都にいる人間共、貴様等にとっては最後の夜を迎えるだろう。
精々楽しいひと時を過ごすんだな。
「さぁ、終わりを始めよう」




