10 嗤う付与術師
僕はエスト。付与術師だ。
一か月前、僕は所属していたスターダストというパーティーから追放されてしまった。
追放された理由は僕が弱いからで、これから上を目指すにあたって僕の存在が邪魔になったかららしい。
しかも追放を宣告したのが僕の幼馴染で、僕がずっと片思いをしていたアテナからだったんだ。
酷いよね。一緒に世界一の冒険者を目指そうと約束したのにさ。
一緒にパーティーを作って、一緒に頑張って、ようやくパーティーがシルバーランクに上がってこれからって時に、お金だけ渡して僕を厄介払いしたんだ。
凄く傷ついたよ。
僕がどれだけパーティーに貢献してきたかアテナたちは分かっていないんだ。
付与魔術は勿論、良い物件のパーティーハウスを見つけてきたのも僕だし、ドロップアイテムも拾っているし、情報収集も僕がやっていたし、荷物持ちをしたり、迷宮の中での気遣いや雑用も僕がやっていた。
戦闘以外のことは僕が全部やっていたんだ。
それだけ貢献しているにもかかわらず、あいつらは僕が弱いという理由だけで僕を追放したんだ。
だけど僕は強くなった。
追放されてから一日と経たずアテナよりも強くなったんだ。
一人で迷宮に入ってモンスターに殺されそうになった時、僕は覚醒した。
他人にしか付与できなかった付与魔術を自分にも付与できるになったし、さらに強くて便利な付与魔術も沢山使えるようになったんだ。
この力なら、強くなった僕ならまたスターダストでやっていける。
アテナと約束した世界一の冒険者を目指せる。
それを報告したくてパーティーハウスに戻った。戻った僕が愚かだった。
信じられないことに、ダルがアテナのことを押し倒していたんだ。
しかもアテナは嫌がっておらず、まんざらでもない様子だった。
その光景を目にした瞬間、僕の感情が急速に冷えていくのが分かった。
アテナも僕のことを好きだと思ってくれていると信じていたけど、片思いをしていたのは僕だけだったんだ。
ダルは僕のことを応援してくれると言っていたけど、真っ赤な嘘だったんだ。
実は二人はデキていて、二人で僕のことを嘲笑っていたんだ。
許せない……許さないッッッ!!
スターダストから僕を追放したのは、僕が弱いからではなくて僕が邪魔者だったからなんだ!!
僕は復讐すると己に誓った。
僕を虚仮にして、スターダストから僕を追放したことを絶対に後悔させてやる。
次の日から、僕は迷宮に入り浸った。
初級の迷宮モンスターは雑魚だった。あっという間に最下層まで到達し、迷宮主だって造作もなく蹴散らす。
初めて戦った時はあれほど脅えていた迷宮主が、こんなに弱いなんて知らなかった。
違う……迷宮主が弱いんじゃない。
僕が強くなり過ぎだんだ。
強力な付与魔術をいくつも自分に重ね掛けできる僕は、人間の身体能力を遥かに凌駕している。
動体視力や反射神経は強化されモンスターの動きが遅く見える。攻撃を受けても全然痛くないし、少しのダメージなら瞬時に自動回復する。
身体が軽くなり疾風の如く地を駆け、防御力の高いモンスターでさえ一撃で屠れた。
自分の手でモンスターを倒せることに凄い快感を得られる。みんなズルいよね、こんな楽しいことをやっていたなんてさ。
僕はまるで、物語に登場する英雄のように感じられた。
あはは、アハハハハハハハハハハハハ!!
笑いが止まらないとはまさにこのことだよ。
僕は強くなった。今の僕なら、アテナなんか目じゃない。いや、この都市で一番の冒険者より強いはずだ。
初級の迷宮主を倒して、そのドロップ品を換金するためにギルドに持っていくと、受付嬢は凄く驚いていた。
口には出していなかったけど、「えっ? あなたが一人で倒したの? あのエストが? 信じられない……」ってちゃんと顔に書いてあった。
その顔を見れた瞬間、僕は今までにない満足感を得られたんだ。
いや、受付嬢だけじゃない。
僕がスターダストから追放されたことは、すぐに冒険者たちの中で知れ渡った。案の定、奴等は「やっと金魚のフンが追い出されたぞ」と嗤っていたよ。
だけど一人で迷宮主を倒し、中級の迷宮を一人で攻略していることを知るや否や、僕に対する評価がガラリと変わった。
最初は疑った目線が多かったけど、僕が一人で攻略している場面を目撃されることが増え、真実だと理解され始めたんだ。
スターダストの腰巾着であるエストは、弱いわけではなかった。
本当はメンバーの中で誰よりも強かった。
それを知らずエストを追い出したスターダストはマヌケだった。
そんな噂が冒険者たちの中に広がった。
それを聞くたびに、僕は深い満足感を得られた。
お前ら散々僕を馬鹿にしていた癖になにを今さら手のひら返ししてんだよってムカつく気持ちも勿論あったが、冒険者という生き物は良くも悪くも実力主義なところがある。
強いやつには媚を売り、弱い奴は容赦なく叩く。
それが冒険者だというものだ。
だから手のひら返しされてムカつきはしたけど、冒険者たちに認められたんだなと思ったら、凄く嬉しかったんだ。
そして僕の評価がうなぎ登りのように上がるにつれ、スターダストの評価は急速に下降する。
アテナは僕の後釜に竜人族のフレイをスターダストに加えたらしい。
フレイのことは僕も知っている。ドラゴンヘッドのエースアタッカーで、【暴竜】と二つ名をつけられるほどの実力者だけど、性格に問題があり自分勝手でとにかく素行が悪い。
良い噂は聞かなかった。
僕がスターダストから追い出される少し前、フレイはドラゴンヘッドから追い出されたそうだ。自分を金級のパーティーに売り込みに行ったけど、全て断られてしまう。
途方に暮れていた時、アテナが声をかけたそうだ。
僕の後釜になってくれないかってね。
新しくフレイをパーティーに加えたスターダスト。
冒険者たちからはすぐにゴールドランクに上がるのではないかと期待されていたが、その期待を裏切るように足踏みをしていた。
上級の迷宮を攻略するどころか、中級のモンスターですら手こずっているらしい。
それはそうだ。
だって、僕の有能な付与魔術がないんだからさ。
特にアテナは僕の付与魔術がない状態で戦ったことが滅多になかったから、付与魔術がある時のギャップに苦労しているだろう。
それに案の定、問題児のフレイと上手くいっていないようだった。
損得勘定がちゃんと分かっているアテナが何故あんな地雷女をパーティーに入れたのか真意は分からないけど、どうせ自分なら手懐けられるといった魂胆だったに違いない。
全くもって馬鹿な選択だよね。
有能な僕を追放してあんな地雷女を仲間に加えるなんてさ。
一度だけ中級の迷宮でアテナたちが戦っていうところを目撃したけど、その時は笑いを堪えるのが大変だったよ。
アテナは僕がいた時よりも明らかに身体能力が劣っていたし、フレイは自分勝手で連携が崩壊していたし、ミリアリアはサボっているし、ダルなんか僕がやっていたような雑用をしていたんだからね。
パーティーが上手くいってないことは一目瞭然だったよ。
そう思っているのは僕だけでなく、冒険者たちも同じだ。
フレイを加えたスターダストはゴールドに上がるどころかシルバーすら似合わない。
スターダストは落ちぶれた。
エストがいないアテナは弱い。フレイはやはり自己中。他のモブは仕事をしない。
何が期待の新星パーティーだ。
何が【金華】だ、笑わせるな。
冒険者たちはスターダストをボロクソに酷評した。
スターダストの罵声を聞くたびに、僕は充足感で満たされていた。
そして僕はついに一人で中級の迷宮主を倒した。
その時が、僕の評価とスターダストの評価が完全に逆転した瞬間だったのだ。
「おい、エストだぜ」
「つい最近中級の迷宮を一人で踏破したらしいぜ。受付の姉ちゃんが言ってたわ」
ギルドに戻ってくると、すぐに冒険者たちが僕に注目して話をしていた。
その話題にも勿論スターダストのことも入っていて、顔には出さなかったけど内心で喜んでいた。
だけど、もっと面白いことがあったんだ。
「……エスト」
換金しようとすると、先に換金していたアテナたちと鉢合わせたんだ。
久しぶりに会ったアテナは、あの美しい姿は見る影もなく汚れ塗れ、まるで新人冒険者のような無様な姿だった。
(醜いな……僕はなんでこんな女にご執心だったんだろ)
あれだけ恋焦がれていたのが不思議なくらい、今のアテナには魅力を感じられなかった。
きっと、僕は強いアテナに憧れていたんだな。
強く気高く美しい彼女に、憧憬の想いを抱いていたのだ。
だけど今は、その感情は跡形もなく吹き飛んだ。
それは多分、僕がアテナよりも強くなったからだ。
僕とアテナの視線が交差する。
「上手くいっているそうだな。安心したよ」
はっ?
この女は何をふざけたことをぬかしているんだ?
自分から僕を追い出しておいて、安心したってなんなんだよ。いつまで僕を下に見ているんだ。
腸が煮えくりかえった僕は、睥睨しながら毒を吐いた。
「安心した? 僕を追い出した奴が何をほざいてんだよ。僕の心配よりも自分たちの心配をしたら? 堕ちたスターダストさん」
「――!?」
目を見開くアテナ。
僕にこんな暴言を吐かれたことがよっぽどショックだったのだろう。僕からしたら、言われないはずがないと思うんだけどね。
良い子ちゃんぶるなよな。
今さら媚びてきたって、僕は絶対にスターダストに戻るもんか。
「言っとくけど、今さら戻ってきて欲しいなんて言われたってもう遅いから。僕を追い出したこと、せいぜい後悔するんだね」
そう言うと、アテナは泣きそうな顔を浮かべた。
ああ、そうだ、そうなんだよ、この顔が見たかったんだ。
僕を追い出したことを後悔するような、こんな顔がずっと見たかったんだ。
脳がぶっ壊れるくらいの幸福感に包まれていると、アテナは言い返すこともなく去って行った。その時ダルが何かを言っていた気がしたけど、幸福感に包まれていたのでどうでもよかった。
「あの、私たちをエストさんのパーティーに入れてくれませんか?」
「お願いします。絶対に役に立ちますので!!」
換金を終えると、二人の女の子が僕に声をかけてきた。
この二人のことは僕も知っている。
獣人族のソラとフウだ。噂では獣人の国のお偉い方だって聞いている。
駆け出しではあるけど、すでに初級の迷宮を踏破するほどの実力があり、ポテンシャルも高い。
それと、二人とも凄く可愛い。田舎娘のアテナなんかよりも、気品に溢れていた。
僕は優しい笑顔を浮かべながら、
「そうだね、そろそろパーティーを作ろうと思っていたんだ。だけど僕は世界一を目指している。その目標についてこられるかい?」
「はい!」
「それくらい大きな目標があった方がいいです!!」
「あはは、その意気込みかったよ。これからよろしく」
「「やった!!」」
丁度、そろそろ仲間を集めようとしていたところだったんだ。
一人でも強いけど、僕は付与術師だからさ。付与術師の本懐は仲間を強くすることだろ?
僕がいれば、二人もすぐに強くなれるさ。
こうして、僕は新たに“スターライト”というパーティーを結成した。
その意味は、一番輝く星になるという意味だ。
星屑なんか目に入らないくらい、強く光り輝いてやる。
僕は星空を眺めながら、決意の言葉を口にした。
「スターダストが追いつけないほど、上に駆け上がってやるさ」