01 追放
「エスト、お前にはスターダストを抜けてもらう」
パーティー“スターダスト”のリーダーアテナが、仲間のエストに追放を宣告した。
「え……スターダストを抜けろって……僕が? そんな、ははは、なにかの冗談だよね……アテナ?」
アテナから突然追放を言い渡されたエストは、信じられないと吃驚した表情を浮かべている。
驚くのも無理ねぇよな。まさか自分が、パーティーを抜けろなんて言われるとは思いもしねえだろ。
それも小さい頃から一緒に育ってきた幼馴染のアテナ本人からよ。
「残念だが冗談ではない、これはパーティー全員で決めた決定事項だ」
「そんな……嘘だ。ねえミリアリア、本当なのかい?」
エストはパーティーメンバーのミリアリアに恐る恐る問いかける。
冗談だと言って欲しいのだろう。嘘だと言って欲しいのだろう。
しかしミリアリアは、エストの方に顔を向けることすらせず怠そうに答えた。
「うん」
「うんって……。ねえダル、嘘だよね? なにかの冗談だよね? みんなで僕をからかってるんでしょ?」
エストは縋るような眼差しで俺に問いかけてくる。
俺も多くは語らず、ミリアリアを習って短く返した。
「残念だがエスト、本当の話だ」
「――!?」
衝撃を受け顔色を絶望に染めるエストは、叫ぶように理由を聞いてくる。
「嘘だ!! そんなはずないよ! これまで上手くいっていたじゃないか! スターダストもシルバークラスに上がってこれからもっと頑張ろうって時に、なんで僕がパーティーを追放されなくちゃならないんだ!?」
それはもっともな疑問だ。
誰だって突然パーティーから抜けろなんて言われて納得するはずがないからな。
エストを追放する理由。
それを説明する前に、まずは昨夜のことを振り返ろうと思う。
◇◆◇
俺はパーティーリーダーのアテナに誘われ、居酒屋に訪れていた。
きょろきょろと店内を見回すと、すでにアテナとメンバーのミリアリアがテーブルについていた。
エストはまだ来ていないのか……。
アテナのもとへ向かい、声をかけてから席につく。
「珍しいな、お前が呑みに誘ってくるなんてよ」
「……相談したいことがあってな」
「なんだよ相談かよ。楽しく飲めると思ったけど、そんな感じじゃねーみたいだな。エストはまだ来ていないのか?」
「エストは誘っていない」
その返答に、俺は怪訝そうに「へー」と相槌を打つ。
珍しいな、アテナが幼馴染のエスト抜きで話がしたいだなんてよ。
疑問を抱きながら、店員に酒を頼む。
すぐに持ってきてもらったエールを飲みながら、暗い顔を浮かべているリーダー様に話を促した。
「で、どんな相談なんだよ」
「エストをパーティーから追放しようと思っている」
「ぶっ!?」
「ダル汚い。次アタシにかけたら丸焼きにするから」
「お、おお……悪いな」
アテナの口から出た内容に驚き過ぎて、口に含んだ酒をミリアリアにぶっかけちまった。
こいつはあまり冗談を言わねーから、次にやったらマジで丸焼きにされるだろうな。
ってそんなことはどうだっていいんだよ。
エストをパーティーから追放するってどういうことだ。
余りにも急過ぎるだろ。
「理由を言えよ。まさか痴情のもつれとか言わねーだろーな」
「……」
「冗談だよ」
アテナが睨み殺す勢いで一瞥してきたので、慌てて軽口を言って誤魔化す。
まぁ俺からしたら決して冗談ではないけどな。
アテナとエストは小さい頃からの幼馴染で、俺が二人と出会った時から仲が良く、絆も強かったように思える。
特にエストは分かりやすく、アテナのことを好いているように見えていた。
だからエストがついにアテナに告白し、玉砕したのかと思ったんだ。
でなきゃあいつと幼馴染のこいつが追放しようなんて言葉口に出さねーだろ。
メンバー間の痴情のもつれで、パーティーが空中分解や解散することはよくある話だ。
だから俺は二人の間になにか恋愛的な問題が発生したと読んだのだが、どうやら当てが外れたらしい。
「黙ってないでさっさと話せよ」
「スターダストはようやくシルバーランクに昇格した。それに甘んじずもっと上を目指したいと思っている」
「ああ、そうだな。お前たちの目標は“世界一の冒険者”になることだもんな」
俺たちのパーティー“スターダスト”は、アテナとエストとミリアリアと俺の四人で作ったパーティーだ。
最初はアテナとエストが二人で始めて、ミリアリアを仲間に加え、最後に俺が加わった。
その四人で探索するのが多くなってきた頃、アテナとエストが正式にパーティーを作ろうと言ってきたんだ。
俺もその話に乗ったし、ミリアリアも賛成した。
俺たちは順調に迷宮を攻略し、ここ最近になってシルバーランクに昇格した。
スターダストの名は冒険者界隈で知れ渡り、一目置かれるようになった。
だけど俺たちの目標……というかアテナとエストの目標は世界一になることなので、調子に乗らないでさらに上を目指している。
だからこそ解せない。
これから盛り上げていこうぜって時に、なんでエストを追放する話になってんだ?
困惑しているのが顔に出ていたのか、察したアテナが話を続ける。
「付与術師のエストは、私たちに付与術をかけられるが自分にはかけられない。これから戦いはもっと厳しいものになるだろう。このままではエストを死なせてしまう。
現に最近の攻略で、エストは危ない目に遭った。これまでは私たちがカバーしてきたが、今後あいつを守りきれる保証がない。モンスターはもっと強くなっていくのだからな」
(なるほど、そっちか……)
アテナの話に俺は胸中で納得していた。
付与術師のエストは戦う術をもたない。戦いが激化するにつれ、自衛手段がないあいつはパーティーの中で死ぬ確率が一番高いのは間違いない。
アテナは、大事な仲間を死なせたくないといった心配からエストを追放しようと思い至ったのだろう。
一緒に世界一になろうと約束した大切な幼馴染を追い出してまで。
どうやらアテナは、エストと馴れ合うつもりはないようだ。
エストが安全に攻略できるレベルまで落として、地道に成長するつもりはない。
例え夢を追いかけるのが一人になったとしても、最短を駆け上がるつもりなんだろう。
納得のいく理由だ。
エストの身を案じ、自分の夢を追いかけるには、妥当な判断と言えるだろう。
だからパーティーメンバーとして、俺から言わせてもらおう。
「俺の勘で悪いんだけどよ、エストはそろそろ一皮剥けると思うんだわ。だから追い出さずもう少し待ってやってもいいんじゃねえか」
これは根拠がなに一つないただの勘だ。
だけどなんとなく、あいつは何かを掴みそうな気がしている。今も必死にもがいてるしな。
「私もそう思った。それを期待した。だがエストが強くなるのをいつまで待てばいい? 一か月か? 一年か? それとも一生か? その間にもしエストが死んでしまったらどうする。エストが死んだら、悔やんでも悔やみきれない」
余計なことを言っちまったようだ。
エストが強くなることを一番願っているなんて、こいつ以外いなかった。
アテナが一番エストを信じているんだからな。
彼女の想いを聞いちまったからには、俺は何も言うことができなかった。
なのでもう一人のメンバーであるミリアリアに聞いてみよう。
「ミリアリア、お前はどう思ってんだよ」
「別に、エストはいらないでしょ。付与術なんてなくてもやってけるし、術をかけ終わったらただ突っ立ってるだけだし。守るのも面倒だし、居ても邪魔。だったらアタッカーをもう一人増やした方が効率がいい」
間違ったことは言ってねぇな。
付与術のイメージなんてそんなもんだろ。エストもそれを自分で分かってるから、荷物持ちやアイテム拾いとか面倒なことを自分から買って出てるしな。
まあ俺は付与術の便利さを知っているから、なんとも思ってねえけどよ。
ていうか、エストは付与術だけでも有能なんだけどな。
「それに、エストはいつもアテナに色目を使ってる。正直ウザかった。アテナはアタシのものなのに」
一言余計なんだよレズエルフ。
ミリアリアはアテナに惚れてパーティーに加わったらしい。だからアテナを狙うエストを良く思っていない。
こいつの色恋沙汰はどうでもいいが、ウザいというのは同感だな。
色目を使ってるのは最初からだし、好きな女を落したいのは男なら当然思うことだ。
だけど最近のあいつは、色目を使うというより“媚びていた”。
飼い主に捨てられないように、どうでもいいところまで気を使ってたんだ。
はたから見ていてアテナが気の毒に思うぐらいにな。
「最後にもう一度聞くけどよ、本当にいいんだな?」
真剣な声音でそう問うと、アテナは静かに頷いた。
「ああ。エストはパーティーから抜けさせる」
「そうか。リーダーが決めたんだ、文句はねえよ」
◇◆◇
という経緯があって、エストをスターダストから追放することになったのだ。
そのことをリーダーのアテナが伝える。
これから先、モンスターとの戦闘が激化すること。
その戦いで、エストは役立たずだということ。
エストを死なせたくないといった理由は言わなかった。
恐らくだが、エストのプライドを守るためと、甘い言葉を言ったら付け込まれると思ったからだろう。
自分が追放される理由を知ったエストは、瞼を濡らして奥歯を噛み締めていた。
「僕はお払い箱ってことかよ」
「そうだ」
「……っ!! アテナ、一緒に世界一の冒険者になろうって約束したのは嘘だったのかい!?」
「嘘ではない。エストと一緒に目指したかった。だが、お前と一緒では不可能だ」
冷たく突き放すアテナ。
無表情を貫いているが、その胸の内が分かるだけに聞いてるこっちまで心苦しくなってきた。
おえっ、なんか吐きそう。
「そっか……分かったよ! こんなパーティー、こっちから出て行ってやる!!」
「荷物と金を持っていってくれ。エストの分だ」
大量の金が入っている小袋をアテナが渡そうとすると、エストはバチンと叩き払って、
「いるかよそんなお金! 僕を追放したこと、あとで後悔しても知らないからな!!」
怨嗟の叫び声を上げ、エストはドタドタとパーティーハウスを去って行ったのだった。
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