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第97話 バケモノ

「うっ……痛っ……」


「無理に動かないで。それにしても、あんたがあんなに派手にやられてるとこ初めて見たわ。今はゆっくり休んでなさい」


「……すまない」



 目を開き見上げると美咲の顔があった。大きな眼と長いまつ毛。さすがアイドル、真正面からじっと見つめるほどに日本トップレベルにかわいらしいと改めて思い知らされる。

 背中は硬くて痛いのに後頭部はとても柔らかい。そもそも、どうして見上げたところに美咲の顔がある?



「クスクス、これじゃあママに甘えるお子ちゃまね! 中学生にもなって恥ずかしくないの?」


「……少し恥ずかしい」


「わ、私も……」



 美咲に頭を撫でられながら返事をする。恥ずかしがるくらいならば最初から煽るようなことを言わなければいいのに。

 そして頭を撫でられるという状況からやっと自分の体勢がわかった。膝枕をされている。ショッピングモール内のベンチだろうか。美咲の太ももを枕にし仰向けに寝ていた。


 アイドルは歌いながら踊る職業ゆえ、足腰や体幹もしっかりしていなければならない。衣装によってはヒールのある靴を履かされることもあるからだ。だからだろうか、美咲の太ももはただ柔らかいだけでなく弾力があって気持ちがいい。

 寝返りを打ち横向きになって膝からももにかけてを頬ずりすると、凹凸一つない美しい肌と内側に秘められた濃密な肉感が存在感を主張して……。



「ちょ、やめ、くすぐったいから! ていうかスカート中見えちゃうでしょ!!」



 ボンッ! と突き飛ばされ床に転げ落ちる。こっちは怪我人なんだが……という言い訳はぐっとこらえ、なんとか自力で起き上がった。


 やはりここはショッピングモールの一画だ。一階の隅、エレベーターやトイレなどがある奥まった場所。ショッピングモール全体にもう一般客はおらず、テープが張られて人が入れないようになっていた。



「無許可で映画の撮影をしてたってことにするそうよ。……ゴメン、ちょっとやりすぎた」



 差し出された手を取りナツキは立ち上がる。こういうケアをするあたりファン対応のプロフェッショナルというか普通に良い子というか……。

 それにしても、映画撮影で通るのだろうか。かなりの人数があの異形の能力者の姿を見ていたと思うのだが。

 ベンチに座り直したナツキ。まるで彼の心を読んでいたかのように美咲が話す。



「今回ばかりは私の知名度が役に立ったわね。ほら、私、弾が出ない銃を使ってたでしょ? だから撮影用だって言い訳が無理なく使えるってわけね」


「なるほどな。なあ、あそこにいる大勢の黒服は諜報部か」


「ええ。情報統制と情報収集の専門家ね。私もあんまり詳しくないけど、星詠機関(アステリズム)に限らずどこの組織も諜報機関ってあるみたいよ。私たちみたいに表に出てドンパチするだけが戦いじゃないってことね」


「情報収集か……。あの男、別にバックに組織があるようには思えなかった。錯乱こそしていたが、もっと私的な……そう、怨念のような」



 鳥男──途中から狼男になったが──の叫びを思い出した。気持ち悪いものを見るような目を向けるな、周囲の客たちに彼はそう言っていた。あれが嘘だとはナツキにはどうしても思えなかった。



「あんたが目を覚ますまで私が諜報部から漏れ聞いた話、知りたい?」


「ああ。頼む」


「情報料は高いわよ」


「俺で払えるものなら」


「じゃあ今度デー……じゃなくて、買い物に付き合いなさい」


「そんなことでいいのか?」


「そんなことでいいのよ。それでね、私が耳にしたのは、やっぱり暁の言う通りあの男が一般人だったってこと。どうして能力が発現したのかまでは不明らしいけど……。彼、恋人に能力発動中の動物っぽい姿を見られて、すごく気味悪がられたんだって。気持ち悪がられたって」


「一緒に買い物に来ていたのか。でも妙だな。恋人に普通そんな態度は取らんだろう」


「……そうでもないわよ。あんたはこういう世界に抵抗ないのかもしれないけどね、能力なんて知らない一般の人からしたら……私たちってバケモノみたいなものでしょう?」


「バケモノ……?」



 考えたこともなかった。能力者とは、自分の理想。憧れの姿だ。自分を能力者だと思わない中二病なんていない。それどころか『バケモノ』と呼ばれることすら孤高で特別感がありカッコイイと喜んでしまうかもしれない。

 それが忌避される存在だなんて。きっと彼もその恋人と長い時間を過ごし、思い出を積み重ね、愛を囁き合っていたはずだろう。そんな相手に嫌悪感を伝えてしまうくらいに不浄なものだと……?



「そう。愛し合った相手から気持ち悪いって言われて……。いいえ、気持ち悪がられただけで『言われた』とは限らないわね。ほら、ずっと一緒にいた相手なら口に出さなくても視線なんかでわかっちゃうでしょう? 今ウソついたなって。隠し事したなって。その方がきっと遥かに辛いわ」


「そういうことか……。それなら自棄になるのもわかるな」


「私だって、もしあんたに気持ち悪いなんて思われたら……」



 自身の身を抱き震えるようにそう漏らした美咲の弱弱しい姿が意外だった。彼女でもそんなマイナスな考え事をするのか、と。だから食い気味に答える。



「思うわけがないだろう。実技試験のときからお前には助けられっぱなしだ。俺にとって美咲は最高のパートナーだよ」


「じ、人生のパートナーって、伴侶ってこと!?」


「いやそこまでは言っていない」


「クスクス、照れちゃって。トップアイドルの雲母美咲にプロポーズするなんて熱心なファンでもできないわよ? チャンスよ?」


「うん、ああ。まあそうだな」



 たしかに美咲の歌は一生聴いていたいし伴侶みたいなものかもな。耳の。


 どこか自分の世界に入ってしまって妄想しながらウネウネしている美咲を放置し、ナツキは諜報部に囲まれている鳥男の方を見やる。黒スーツに黒ネクタイで、黒手袋をし、全員インカムのようなものをつけている。いつもならそんな恰好の人たちを見ればカッコいいと思うものだが、今はどうもそんな気にはなれない。


 手錠をされ、全身をワイヤーでまかれ、もはや抵抗の意思もなくやつれた表情でうなだれる鳥男。この後彼は意識を奪われ緑色の液体に浸されて輸送および収容されるのだろう。二度と愛した女性と会うことは叶うまい。国際条約上、能力を用いた犯罪は殺人以上の重罪なのだから。


 ナツキはその痛ましい姿に自分を重ねてしまった。

 ついさっきまでナツキは能力を覚醒したいと思っていた。自分は能力者になるものだと思っていた。でも、もし。もしもだ。自分が本物の能力者になったとして、それを夕華に正直に話したとして、もしも気味悪がられてしまったら。



(いいや、夕華さんは優しい人だから、きっと言葉にはしない)



 さっき美咲が言ったように嘘をつくのだろう。気持ち悪くなんかない、と。でも長年一緒に暮らしていれば相手の考えていることくらい手に取るようにわかる。もし夕華が能力者(バケモノ)になった自分に少しでも生理的嫌悪感や抵抗感を抱いたなら、それを見抜いてしまう自信がある。



(そのとき俺はまともでいられるだろうか)



 そう考えると、諜報部のようにあのうなだれた鳥男を責め立てるような気にはとてもなれないのだった。

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