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第95話 獣人なんて敵じゃない

「ハァッ!」



 真一文字に刀を振るう。あくまで峰打ちだ。目的は殲滅ではない。事態の収拾と暴走する能力者の確保が最優先事項。

 しかし鳥男はナツキの一刀を素手で受けた。違う、爪だ。爪も鳥のように黒々と太いかぎ爪になっている。猛禽類が空中から強襲し得物を足で捕らえやすいように、容易く肉を引き裂けるように。鳥が生物の進化によって会得した生き抜く武器を能力者の人間という関係のない生物が用い、刀と競り合った。ナツキと鳥男、両者が空中で弾き飛ばされ合う。


 ナツキは天井に着地し、膝を曲げて勢いをつけ空中でたじろいでいる鳥男に上からもう一度剣戟を与える。こうした三次元戦闘は先の実技試験から何度も行い、すっかり手馴れたものになっていた。下から上へ。上から下へ。敵の意識や視線を攪乱するように。


 ショッピングモールの吹き抜けは一階のイベントを上の階から覗けるようになっている。一メートルほどのガラス張りの壁と、木の手すり。たとえば一階に芸能人を呼んできてトークショーをすれば、二階は手すりに寄り掛かって見下ろす立ち見客でいっぱいになるだろう。

 

 天井、つまり上からのナツキの攻撃を受けた鳥男は斜め下に勢いよく落下する。そのようなベクトルで壁にぶつからずに二階の床に転がることが出来たのは建物の構造が味方したためだった。

 逃げ遅れて二階に残っていた客たちは突然近くに現れた鳥男の異形な姿を見て悲鳴を上げる。特に若い女性の集団の悲鳴は甲高く、鳥男の心をひどく掻きむしった。



「テ、テメェらも俺を気持ち悪がって……クソッ! クソがッ!」



 鳥男の眼は四等級を示す黄色。それでも血走っていることがわかった。鳥男が吐き捨てると背中の羽が引っ込み、今度は全身の筋肉が盛り上がって服が破け散った。常人の二、三倍はあるだろうか。そして蒼銀色の毛で背中や胸、腕が覆われ、両腕を床につき四足歩行になった。それは寒い地域の陸地で生きる哺乳類の特徴。狼である。



〇△〇△〇



 ところで、同じく刀とかぎ爪のぶつかった反作用によって空中で放り出されたナツキは三階の手すりから一階にかけて下ろされている垂れ幕を掴んで落下せずに済んだ。自身は仕掛けた側なので鳥男のように落ちるのではなく、ふわりと宙を舞っていた。『本日ポイント二倍、大バーゲンセール実施中!!』と縦書きされた垂れ幕の『日』と『ポ』の中間あたりを手繰り寄せて握った格好である。

 そのまま刀を持たない片腕で全身を引っ張り上げ、三階の床に転がる。吹き抜けを挟んで逆側の二階に鳥男──変化して狼男になっていた──を見つけると、すぐさまエスカレーターまで行き後を追いかける。



「チッ……どうしてこうも一般客が多いんだ……!」



 エスカレーターでは騒動に驚いた客たちが押し合いへしあいしながらエスカレーターを駆け下りている。が、それ故に完全に詰まっていた。全員が自分のことしか考えていないためだ。

 ナツキはジャンプし、エスカレーターの手すりベルトに乗っかる。そしてそのまま三十度はあろうかという急勾配を走り抜けた。ただでさえ坂を走って下るのは足がもつれるのに、それを手すりベルトという十センチメートル程度の細い通り道で。


 焦った表情で押しのけ合う人々の顔の横を一瞬で抜けて二階に着いたナツキは走る足を止めずに狼男を探した。

 いた。雑貨屋だ。地べたを四足で這う狼男は両前足で、両後足で、鋭い牙の口で、暴れ回っている。身体が馴染んできたのか、筋肉ダルマのように膨れた上半身のバランスをやっと取れるようになったのか、むくりと立ち上がった。


 絵本で見るような二足歩行の狼男。膨張した筋肉はもはや存在が暴力的。狙いを定めるまでもなくただブンと腕を振り回すだけで柱は折れて金属の看板がひしゃげる。棚は倒れ、陳列された商品がいくつも割れながら床に叩きつけられている。足元には元々彼が着ていたであろう衣類がボロボロに裂けて散らばっていた。


 周囲の客たちはどうやら一階に避難したようだ。もしも狼男の暴風雨のごとき攻撃のごとき攻撃に巻き込まれれば、骨などいとも容易く砕いてしまう。放置はできない。ここで自分が一刀のもとに斬り伏せなければならない。もちろん、峰打ちで。


 狼音は足音に釣られるようにナツキの方を見た。これも動物の本能なのだろうか。そして四足歩行に戻るとナツキのもとへと猛スピードで突進してきた。人体の構造上、二足歩行による走行の方が速い。腕や手よりも脚の筋肉の方が量が多いというのも理由のひとつ。だというのにどういうわけか狼男の瞬間的な速度は自動車にも匹敵した。つまり、上半身の筋肉を移動時には脚代わりに使っている。攻撃と移動の両用仕様というわけだ。


 ナツキはすぐさま刀で受け止めて応戦しようとした。しかしそんなとき、頭にふと良くない考えがよぎる。



(動物の特徴を得る能力、しかし蓋を開けてみれば飛ぶ、駆ける、噛む、引っ掻く、殴る。たしかに制空権を取られたのも、あの筋肉も、厄介と言えば厄介。だが単調な動きに基づいた接近戦しかしてこない)



 パワータイプでない場合もあるだろう。ナツキが脳内に蓄積された漫画、ラノベ、アニメの図書館に検索をかければ、例えば電気ウナギを模して電気能力を使う者もいた。だが今の相手にそれほど器用なマネができるほどの理性があるとは思えない。



(だったら、こういうやりやすい相手との戦闘こそがチャンスなんじゃないか? ククッ、そう、能力の覚醒の……!!)



 眼帯を外して投げ捨てる。普段ナツキが眼帯をしている右眼は赤い。カラーコンタクトが入っている。赤と黒のオッドアイになったナツキは血走った眼で自分に襲い掛かる狼男に、ゆっくりと掌を向ける。

 良い機会だと思った。相手の動きはもう読めている。何も焦ることはない。ただ自分の(うち)に隠されし異能の力を呼び起こすだけでいい。



「よこせ、俺の秘められしチカラ。覚醒(めざめ)の時は来たれり。今こそ封印を打ち破り、真なる姿を現出せよ──」



〇△〇△〇



 ドゴォォッッ!!


 鈍い音がショッピングモールに鳴り響いた。人が殴り飛ばされる音だ。

 ナツキは五メートルほど飛んでいき、海外の食料品を扱う店舗の棚を倒しながらようやく止まった。西アジアの香辛料やエチオピアのコーヒー豆が袋から破れてぐったりとしたナツキの身体に降りそそぐ。ナツキの背中の下で砕けて果汁をまきちらす果物がどれほどの威力だったのかを物語っている。全身に青アザが浮かぶほどの強打。



(まずい……まともに喰らった……)



 頭を揺さぶられたのだろう。軽い脳震盪。うまく言葉が出てこない。狼男は牙を見せつけるように口をかっ開きながら自分に追い討ちをかけようと近づいてきている。それはなんとなしに視界にあるので認識できるのだが、避けろと頭が命令しない。

 ああ、もうすぐそこ、目の前だ。鋭い犬歯と爪が……。

 

 体が勝手に動いた、というのはこういうことを言うのだろう。爪と牙が顔面を切り刻む直前、寝返りを打つようにゴロンと転がって直撃は回避した。頬が裂かれ血が吹き上がる。

 続けざま、逆の手の爪で狼男はナツキの脇腹を狙った。だがしかし。



「私の付き人に何してくれてんのよ!」



 ナツキに覆いかぶさるようにしていた狼男の後頭部に美咲が銃口を当て、その引き金を引いた。強烈な音波、空気の波が狼男の頭を揺さぶり、ナツキとほとんど同じ症状にさせる。ナツキ以上に悲惨なのはそれが音波であるために鼓膜や三半規管までやられたことだろうか。


 付き人になぞなった覚えはないのだがな、と思いつつ、朦朧とした意識でぼそりと『ありがとう……』と美咲に感謝を伝える。



(能力、覚醒しなかったな……)



 手から何も出てくることはなく狼男に無防備に殴り飛ばされた瞬間がフラッシュバックしながらナツキは意識を手放した。

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