第9話 二十一天
辛うじて互いのシルエットが見える程度の暗い会議室で、十名弱の人間が円卓を囲んでいた。テーブルの上で指を組んでいる者、足を乗せている者、頬杖をついている者、等々……。皆、思い思いの格好をしている。共通しているのは全員瞳の色が特異であることと、黒いブレザージャケットを着用していることくらいか。
「たかだか極東の連続失踪事件程度でオレたち星詠機関の二十一天を集めるたぁちっと心配性が過ぎるんじゃあねぇか? シリウスさんよォ」
「控えなさいよレグルス。シリウス様にそんな態度は許されないわよん?」
「ンだぁアルタイル、このオレに口答えするってこたぁ早死にしてぇようだなァ。ケッ、とんだ親不孝モンだよテメェは!」
「へえ、お子ちゃまが言ってくれるじゃない。いいわよ。あんたのこと悩殺してあげる。文字通り脳みそを溶かしてね!」
「よさないかレグルス、アルタイル。切磋琢磨することは否定しないが我々は同じ大義を掲げる同志だろう。仲良しこよしをしろと言っているんじゃない。選ばれし者として我々には負うべき使命と責任がある以上はそれを互いに妨害し合ってはならないと言っているんだ。わかるだろう?」
「……ええ。出過ぎた真似をしてごめんなさい」
「チッ、いちいち言葉が回りくどいんだよテメェは。だがオレの質問には答えてもらうぜェ?」
「もちろん。レグルスの質問は尤もだ。他の皆も忙しいところ集まってもらってすまない。実はスピカが先日捕らえた財団のスパイが面白いことを吐いてね。財団は日本で非能力者を能力者にする研究をしていると言うんだ。アメリカの能力者のデータバンクを漁ったのもそちらに利用するためだそうだ。そして連続失踪事件は実験が最終段階に進んでいる証拠。そうだね、スピカ」
「さあ。私は彼女を捕まえただけだから」
「しかし彼女が情報を吐き出すように精神のへし折ったのは君の技量だよ」
「それはどうも」
「さて、本題はここからだ。星詠機関の使命はひとつ。能力者と非能力者の共存、平和と安寧の維持。その上で、能力者の暴走を促す財団の暴挙は許してはならないわけだ。彼らの実験が万が一実用化された場合、世界は混沌と混乱に陥るだろう。だから我々は止めなければならない」
「待てや。オイ、シリウス、財団がわざわざ日本なんて辺鄙なところでその実験とやらをしてたのはあそこがオレらでも手を出せねェ領域だからだろ。止めるっつったってどうすんだ」
「特定の国を悪く言うのは君の悪い癖だよ、レグルス。ここには日本出身の者もいるんだ。……いや、今日は彼女たちは欠席しているようだが、まあいい。たしかに、日本は国連に参加していない国の一つだ。トップである聖皇とその一族の歴史は世界最古で、ある種『聖域』となっているその伝統は国際条約の影響下にない。当然国連の下位組織でしかない我々星詠機関も手出しができない」
「だが財団はするすると入り込めちまう。公的組織か私企業かって違ェは随分とデケえ」
「ああ。だから交渉したのさ。私は久しく前線には立っていないからね。外交くらいはしないと君たち二十一天の皆に顔向けができない」
「あら、そんなつまらないことを考えていたの? シリウス様はただそこにいるだけで充分なのよ。あなたはあたしたちの王なの。どんと構えてなさいな」
「オイ、バカアルタイル、いつオレがシリウスを王に祭り上げたよ? アアン?」
「えぇ~でも、あんたってそうやって誰にでも噛みつくし口は悪いくせに、ちゃんとシリウス様に呼ばれたらこうやって集まるのよね。みんなが抱いてる疑問を代弁するのも、先生に良い質問をする優等生みたい。もしかしてレグルスって根は真面目ちゃんなのん?」
「ンなわけねえだろボケェェェェ!!」
「……それで、シリウスがどんな交渉をしたわけ?」
「ハハ、今はスピカの良識が助かるよ。なに大したことはしていないさ。今回の件に限り自由に日本で活動をさせてもらう代わりに、先の大戦で破損した三種の神器の一つを修繕したのさ。私の能力の場合は修繕という表現は正確ではないがね」
「オイオイそりゃァいくらなんでもふっかけられすぎじゃねえか? 釣銭もらえるレベルだぜ」
「ふっ、そうかもしれないね。だが私は生憎おつりを全て募金するタイプなんだ。無論、お札でもね」
「ケッ、ボンボンは言うことが違ぇな」
「え、あたしはむしろシリウス様がおつりが生じるような庶民的な買い物をしていることの方が驚きなんだけど」
「アルタイル、君は私をなんだと思っているんだ。……それで、今回のこの騒動、誰が行く?」
「私に任せてくれないかしら」
「スピカが自分から立候補するなん珍しいじゃないか」
「まあ乗りかかった舟みたいなものよ。情報元を捕まえたのは私なんだから。なんだか途中で放り出すのは性に合わないわ」
「なるほど。わかった。他の皆もそれでいいかい? よし、じゃあ今日はこれで解散だ。スピカには詳しい情報について追って連絡しよう」
〇△〇△〇
シリウス。星天で最も明るく輝く星の名を冠された、ダークブルーの長髪の男性。二十一天の面々が退室した広く暗い会議室の中で彼は独り残っていた。
キャスターのついた黒革のアームチェアに体重を預けて深々と座り、そのイスを一八〇度回転させ後ろを向く。暗いときはただの壁に見えるその場所は、近づけばガラス質だとわかるだろう。
シリウスが手をかざすとガラス張りの壁が一面透明になった。まるでマジックミラーの表裏が反転したかのようだ。暗い部屋に満天の星や月の明かりが差してシリウスの顔をガラスに映す。
シリウスはイスから立ち上がって窓の方へと歩いた。そこから見える街やビル、タワーなど夜景から、彼がいる場所が就中高いのだとわかる。電気が明るくて星が見えなくなった、それは低い土地に住む者の感想だ。高層からでは依然変わりなく星の輝きははっきりと届く。
シリウスはガラスを通して満天の星々を見つめる。手を伸ばせば、彼の掌の中に星は収まる。
ゆっくりと手を握りしめる彼の冷たい横顔を理解できる者は誰もいない。
読んでくださり本当にありがとうございます!! ためしに明日は午前八時に投稿してみようと思っています。よろしくお願いいたします。