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第89話 アニメの話

「夕華さんおはよう」


「おはよう。早いのね。まだ寝ててもよかったのに」



 ナツキが一階のリビングに降りてきたとき既にレディーススーツに着替えた夕華が朝食を取っていた。一方のナツキはまだパジャマ。普段なら間違いなく遅刻する時刻。


 一学期の期末テストを昨日終えて、今日は教員たちによる一斉採点日だ。授業はもちろん部活動もできないので、生徒たちは全員が休みである。

 見方によってはテストを頑張ったご褒美。しかしそれは生徒にとっての話だ。夕華たち教員はむしろ今日が本番である。

 膨大な量の採点をするだけでなく試験結果に基づいて成績をつけなければならない。何せ明日は終業式。通知表を渡すのもその日なので、何が何でも今日中に採点と成績づけを終わらせねばならない。故に生徒たちが休みである今日もいつも通りの時間に起きて登校する必要がある。



「結局昨日の晩から眠れなくてな」


「……何か悩み事でもあるの?」


「それは……」



 また心配させてしまった。夕華の思いやりの籠った視線が、優しさが、むしろ苦しい。ナツキとて大好きな相手にそんな顔をさせたくはないのだから。


 夕華は中二な知識に疎い。もちろん、能力者と何か関係があるわけでもない。正直に「能力が覚醒しなくて悩んでいるんだ」と話しても困らせてしまうだけだろう。

 そう、きっと困った顔をする。ナツキの言っている意味がわからないからではない。ナツキの力になってあげたいのに意味が分からなくて助けてあげられないことをもどかしく思うだろうから。



(俺が悩んでいると言ったら夕華さんは間違いなく真剣に話を聞いてくれる。でも、夕華さんでは解決し得ないことを話しても、力になれなくて申し訳ないと思わせてしまうだけだ。今よりもずっと辛い想いを抱かせてしまう)



 無力感の辛さはナツキ自身つい最近経験した。夕華にそんな想いを持ってほしくない。

 かといって、嘘をつくようなこともしたくない。好きな相手には常に誠実でいたい。

 だから正直に話すことにした。ただし、おちゃらけた様子で。



「夜な夜な魔界と通じる闇の儀式をしていてな。ほら、なかなか俺の中に千年封じられているはずの強大な能力(チカラ)が覚醒しなくて困っているところだったんだ」



 嘘は言っていない。儀式めいたものは普段の日常生活でも行っていることだ。おそらく自分の中に能力があるのも間違いない。なぜならナツキ以上に異能力への強烈な憧れを抱いている者などいないはずだからだ。他の者に能力があって、憧憬に焦がれる自分にないわけがない。


 いつものように『なに言ってるの』と優しく笑いながら流されるかと思ったが、今日は何やら様子が違う。

 食事の手を止めて食パンを皿に置き、じっとうつむいてダイニングテーブルを見下ろしている。前髪が陰になって顔が見えない。



「……そう。たしかに昨日もリビングでそんなこと言ってたわね。……ねえナツキ。もし、もしもよ。私に超能力があるって言ったら信じる?」


「え?」



 それは、まさか夕華の口から聞くとは思わなかった言葉。生真面目でクールな彼女からは最も縁遠そうな言葉。



(超能力? 俺の聞き間違いじゃないよな?)



 自分の中二発言に付き合ってくれたのかとも思ったが、しかしそれにしてはいつになく真剣な眼差しだ。

 ぽつぽつと、夕華は話し始めた。



「……たとえばね、時間を止める能力。そういうのってナツキの好きな漫画とかアニメとかでは一般的なのかしら」


「ええと……ああ、アニメの話か! 珍しいな。夕華さんがそういうのを観るなんて」


「……え、ええ。そうよ。アニメの話よ。たまにはナツキの好きなものを私も知ってみようかなって。当たり前じゃない。そんな特別な能力なんていうものがこの世にあるわけがないのに」



 まるで自分に言い聞かせるように捲し立てる。すぐにいつものキリっとした様子に戻った夕華はつづけざまナツキに言う。



「そういえば今日は期末テストの採点ね。ナツキ相手でも私は甘くつけないから今学期の成績は覚悟しておきなさい。私は厳しいわよ」



 教師の顔に切り替わった夕華が挙げた話題はナツキとしても耳が痛い。テストの点数が良くても授業態度が悪くて最高評価を得られないことがしょっちゅうだからだ。

 その上、二年生に進級した今年からナツキの担任は夕華だ。きっと以前よりもそのあたりは厳しくつけるに違いない。



「そうだな。だが、夕華さんに厳しくされるのは俺は好きだ。……ああ、いや、その、変な意味ではなくて!」


「よかった。ナツキがおかしな趣味に目覚めちゃったかと思ったわ」


「それはもう手遅れだろう」



 手を顔の前でかざし、ポーズを取る。手の甲には黒いマジックペンで描いた六芒星がデカデカと存在感を放っている。



「そうだったわね」



 柔らかく笑いながらコーヒーを口にする姿を見て、『ああ、よかったいつもの夕華さんだ』という想いに駆られる。やはり張りつめた表情は似合わない。尤も、夕華のクールな普段の顔と張りつめた顔の違いがわかるのはナツキと姉のハルカくらいのものだろうけれど。



 食後、学校に向かう夕華を見送る。ベージュ色をしたセミロングヘアと、カチューシャ状にした三つ編み。後ろ姿も美人だ。


 さて、せっかくの休日だ。どうやって使おうか。

 作り置いてあった自分の分の朝食も食べ終えて自室に戻る。ひとまず、例の黒ノートを開いて最新ページを更新した。

『空川夕華、時を止める能力者』と。

 

 思わず吹き出してしまう。我ながら馬鹿らしい。彼女が能力者なわけがないのに。

 でも、それはそれで面白いかもしれない。時止めはどの作品でも強能力の代表格だ。そして、たぶん自分の中にあるまだ見ぬ能力も強大であるに違いない。なんというか、バランスがいい。強能力と強能力。釣り合っている感じがする。


 最初のページに戻る。自分の能力者としての設定が書いてあるページだ。煉獄がどうこう、箱庭の世界でどうこう、組織は研究機関や暗殺者に狙われてどうこう、前世の記憶がどうこう。曖昧な設定が断片的に綴られ、小説の書き出しのようなポエムはどれもこれも尻切れになっている。

 そこに少し付け足してみることにする。


『煉獄を司る赤き眼の黄昏の能力者の隣には、時を司る女性が一人。名を空川夕華。二人は永久(とこしえ)に愛を……』



 ここまで書いて恥ずかしくなった。中学生は、中二病的な意味だけでなく恋愛的な意味でも多感だ。男女問わず、段々と異性への興味を持ち始めるのが思春期である。


 英雄以外の友達がいないナツキの知る由もないことだが、ナツキのクラスメイトの男子にも消しゴムのカバーの下に好きな女子の名前を書いている者は多くいる。いわゆる『バレずに使い切ったら恋愛が成就する』というおまじないだ。それに、ませた者たちはお付き合いなどをし始めるお年頃。おままごとのようにプラトニックな関係性なのだろうが、恋愛ドラマのワンシーンを自分も体験しているのだと陶酔する女子は多い。


 自分の中で気持ちを整理していき複雑な人間関係にもまれながら人は皆成長していく。たまたま人間関係が狭くて希薄なナツキにとってその対象が夕華だっただけのこと。


 自分で書いたくせに顔を赤くしはじめたナツキはそっとノートを閉じる。こんなことでいちいち煩悶していてはせっかくの休日がムダになる。この想いはノートとともに封じておこう。


 それに喫緊の問題は能力がなかなか覚醒しないこと。これだけ大勢の能力者と出会ったというのに一向に自分は覚醒(めざめ)ない。おかしい。今はこっちに注力すべきだ。最重要課題を見失うな。


 今まで夢にまでみた異能バトルの世界。それをもっと謳歌しようじゃないか。

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