第87話 サマーホワイトパウダー
実技試験が終了して二週間が経過した。
ナツキも美咲も得点の上位半分をキープしたまま日曜日の正午を迎え、二人で日本支部のビルに向かってナナから合格を告げられた。
土曜日には美咲が拉致されてしまったが、どうやらあのときの戦いでも得点の変動があったようだ。二人は不戦ペナルティのマイナス十点を喰らわなかったばかりか十点が加算されていた。ナナ曰く、アクロマのルール違反で勝敗に関係なく得点はもらえたらしい。
他の合格者たちも同じように集っていた。その中には夏馬誠司や美咲のファンの女子大学生など見知った顔もちらほら。
(それと、透……いいや、アクロマという男はあの後に牛宿が捕らえたらしい)
だからもう大丈夫だ、よく頑張ったね。
そう言ってナナは自分と美咲の二人の頭をわしわしと撫でてくれた。
かくして、晴れてナツキと美咲の二人は正式に星詠機関日本支部に採用されたのだ。
「ナツキ、始まるわよ」
朝食を食べ終えキッチンで食器を洗うナツキに、リビングの夕華が声をかける。
タオルで手を拭き急いで向かった。ソファの夕華の真隣に座り、二人で緊張気味にテレビ画面を眺める。
季節はめぐる。梅雨が明けた。窓から痛いほど差す眩い太陽は真夏の訪れを知らせている。遠くから蝉の鳴き声も聞こえ始めてきた。
今日は七月最初の日曜日。そして……。
『……みんなぁぁッッ!! 海外ツアーの一日目、クスクス、こんなところまで付いてくるあんたち暇なのね! ボッチなの?』
ミサキちゃんがいるからボッチじゃないよぉぉぉぉぉ!!!!
たくさんのファンたちの声が青空を突き抜ける。日本人だけではない。多種多様な人種、肌の色。きっと日本語の意味も分からずに一緒になって掛け声を叫んだ者もいるのだろう。それでも、全員に共通しているものがあった。それは笑顔だ。
ハワイの白い砂浜と青い海をバックにセットされた屋外ステージは、数千人の超満員だ。近くのレストランやオーシャンビューホテルから立ち見している者も含めれば万にも届くだろう。
ステージ上ではマイクを握る美咲の姿があった。白いビキニ風の衣装の上からペールブルーのパーカーを羽織り、健康的でシミ一つない肌はワイキキの太陽よりも眩しい。
ファンたちの声援を一身に受ける美咲の姿は堂々としたものだった。誰かを幸せにする憧れの自分になりたい。アイドルでありたい。その想いが彼女を今この大舞台に立たせている。
「本当に、立派ね」
ちらりと横目で見ると、夕華の目には光るものがあった。親身になって美咲の夢の手伝いをしてきた分、やはり深く思うところがあるのだろう。
それはナツキも同じだ。あの一週間、二人で激闘を駆け抜けた。
最初は本当に能力バトルの世界があるという事実に昂奮しているだけだった。でも、段々と美咲の人となりを知り、想いを知り、愛してくれるスタッフたちを知り、気が付けば自分の好奇心よりも美咲のためにという想いが強くなっていくのを自覚した。
出会いは最悪だった。廊下でぶつかるし、言いがかりはつけられるし、その後も絡まれるし。だけどあのときだって美咲はファンのことを一番に考えていた。忘れもしない。誰も見ていない空き教室で、『でももっともっと頑張らなくちゃ。私は他の娘たちよりも才能ないんだから、いっぱいトレーニングしないとファンのみんなを笑顔にすることなんてできないわ』と言っていたのをナツキはたしかに聞いた。
誰かに見られる仕事と夢を持っていて、誰にも見られないところで本気で努力ができるだろうか。
業界の暗く非道な面を見て、それでも自分の非才を認めた上でたゆまぬ努力ができるだろうか。
きっと美咲に尋ねたらクスクス笑いながらファンのためなら当たり前じゃない、とでも言いそうだ。
(だけど俺は美咲の強い心を尊く思う)
誰でもできることではない。憧れを実現する道がいかに困難か、それをナツキはよく知っている。
「ああ。本当に。すごい奴だよ」
バックバンドがドラムロールでファンの歓声をさらにあおる。会場のボルテージは最高潮だ。
『それじゃあ一曲目いくわよぉぉ! さぁ、私たちで暑さなんてふっとばしちゃいましょう! 聴きなさい! サマーホワイトパウダー』
ここで第二章は終了になります。本編が短いので報告と小話をいくつかしたいと思います。
まず、かなり重要な訂正の報告です。第六十七話にてスピカのセリフで「それにしてもよく日本支部の代理をウシヤドが許したわね。北米支部では支部長のアルタイルがあんなだから事実上トップやってたんでしょ?」とあるのですが、「北米支部」の部分を修正しました。北米全体の代表がスピカだというのは本編でも触れていた通りで、アルタイルは北欧担当ということにしたかったのですが、なぜか北米と書いてしまいました。申し訳ありません。
また、ちょっとした小話なのですが、夏馬誠司の名前の由来は「かませ」→「夏馬せ」→「夏馬誠司」で、夏とついてはいますが主人公と特に関係ありません。
長々とすいません。明日からは第三章として引き続き投稿しようと思っております。多くの方に読んでいただき、最近はブックマークや評価や感想など目に見える反応も増えてまいりました。本当に感謝しています。ありがとうございます!